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第2章 弓士団としての初仕事

人類の持つ最強の武器

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「うげ、ロナ!」
チャロは露骨に嫌そうな顔をするが、セドナは笑顔で尋ねた。
「あれ、ロナもパーティに来たんだな?」
「違うわよ。私は……」
「おお、お帰り、ロナ。ロナはセドナと知り合いなのか?」
「ええ。……私は彼の妻よ」
老爺のそばに座り、少し恥ずかしそうに答えた。

セドナは思慮深げにうなづく。
「ああ、やっぱりそうだったのか!」
「やっぱりって?」
「だって、この間書いてた手紙、『エルフ構文』じゃなかったからさ。多分ロナの言ってた『恋人』って人間だろうなって思ってたんだよ」
「……そ、そうだったの……。と言うか、あなた、私のことセドナに話してなかったの?」
それを聞き、ロナは顔を赤らめた。
「そう言えば、ワシの妻の名前まではセドナ達には言っとらんかったな」
「私は、セドナが夫と会っていたのは聴いてたけど……。パーティをうちでするのは知らなかったわ」
「すまん。うっかり伝え忘れてな……」
老爺はそう誤るが、ロナは良いのよ、と答えた。
「じゃあ、折角だしロナもパーティに参加しないか?」
「……ごめん、私は夕飯の支度したいんだけど……」
ロナが用意していた食材を見て、隣に居た青年が立ち上がった。彼の種族は獣人だ。
「じゃあ、代わりに俺がやるよ。見た感じムニエルでも作るんだろ?」
「え?なんでわかるの?」
「だって俺、もともと傭兵団の炊事係だったからさ!戦争が無くなって仕事がなくなってからは、日雇いの仕事ばっかりだったけど……。料理はあんたよりうまいぜ?」
「そ、そう? じゃあ、お願いしようかしら……」
「おし、任せてくれ!」
そう言うと青年は厨房に立ち、慣れた手つきで魚をさばき始めた。

「へえ、あなたがロナさん? すっごいきれいな人で、羨ましいなあ……」
先ほどの少年が羨望の目をロナに向けた。人間がエルフに向ける、特有の目だ。
「そうじゃろ? 何と言っても、ワシの宝じゃからな?」
「けど、どうして二人は知り合ったの?」
「ああ、それはな。戦争中にワシが倒れてた小隊を看病したんじゃよ。その中の一人が、ロナだったんじゃ」
「へえ……。それで惚れちゃったってわけ?」
「けど、誤解しないでね。私は、別に看病してもらったから好きになったわけじゃないから」
「じゃあ、どうして?」
「……どんな時でも一生懸命になって他人の命を救おうとする姿が、好きになった理由よ」
「ああ、俺も戦争で怪我したとき、その爺さんに自陣まで運んでもらったことがあったしさ。凄いんだよ、爺さんは」
料理をしていた獣人の青年も手を止めずに答えた。
「ハハハ……。ま、今はただの爺さんじゃけどな」
「そんなことないって!爺さんのおかげで、俺も命が助かったんだし!」
「そうそう!私も、セドナの紹介でおじいちゃんに読み書き教えてもらったでしょ!だから、絵本もかけるようになったんだし!」
横から、一人の少女が老爺の肩を叩いた。
それを見てロナはクスリ、と笑った。
「あなたが前話してた教え子の女の子って、この子なの?」
「そうだよ! 折角だから、ロナお姉ちゃんも読んでみてよ!」
そう言って、少女は絵本を手渡した。

「……へえ……よくできてるわね……」
ロナは、少女の絵本を読みながら、感嘆の声を上げた。
内容は、ごく普通の剣と魔法の世界を旅する話だった。
様々な種族が登場し、悪い王様を退治する物語。
才能こそ感じるが、これで生計を立てていけるのか、と言うとロナは難しい、と感じた。
「あなた、絵本作家になりたいの?」
「うーん……。なれたらなりたいけど……。今は、絵本を書きたいってことしか頭にないかな」
ニコリ、と笑う少女。その希望にあふれた表情とは裏腹に、手は日々の仕事による酷使のためか、ひびとあかぎれにまみれていた。
「文字を学んで、本を読むとさ!もっともっと、書きたいものが出てくるんだ!だから、おじいさんには感謝しているんだ」
「……そうなのね。……セドナ、ちょっと外に出ない?」
「ダメ!」
チャロはセドナに抱き着いて、威嚇するように叫んだ。
「じゃあ、あなたも一緒で良いわ。ちょっと外で話したいことがあるの」
「え、私も?……なら、良いけど……」
「ああ、分かった」
そう言うと、セドナ達は外に出た。

家の外に出ると、中からカリンバの音が家の中から夜風に流れ、聞こえてきた。
以前セドナがもらってきたものだが、現在では多くのメンバーが演奏をマスターしている。
「いい曲ね……」
「ああ、以前譲ってもらってから、みんな使っててさ!すっげー上手くなったんだよ」
「そうだったの……。あなたは弾かないの?」
チャロは恥ずかしそうに首を振る。
「私は、そう言うの苦手なんだよ……。基本的に、戦うこと以外はあまり好きじゃないから」
チャロは少し不貞腐れたような表情で言う。
「けどさ! その分強くなったし、セドナのことは絶対に守ってやれるから! セドナが働けなくなっても私が働けるし!」
「……フフフ、そうね……」
珍しく反論せず、ロナは寂しそうに笑った。
ロナの頬を月光が明るく照らし出し、その美しさはある種の芸術品のようだった。
「…………」
それを見て不安に思ったのか、チャロはセドナの顔をグイ、と横に向けてきた。
「お、おい、何すんだよ!」
「別に? で、話ってなに?」
ロナは、ゆっくりと話し始めた。
「……さっきの夫の話、覚えてる?」
「ああ、ロナ隊長とのなれそめだろ?あれがどうしたんだ?」
「あの話、一つだけ言ってないことがあるの」
「なんだ?」
そこでロナは少し息をのんだ。
「私は元『ディエラ帝国』の兵士……つまり、夫の敵側の兵だったのよ」
なお、現在では王国とディエラ帝国の間には不可侵条約が結ばれている。
「へえ、そうだったのか」
「うん。それで?」
「……フフ、やっぱり驚かないのね……」
ロナはセドナ達の反応を見て、軽く笑った。

「あなた達からすると、敵兵の怪我を治療する兵士って、普通なの?」
エルフにとって「敵国の兵士を治療する」と言うことは、よほど奇異に映るのだろう。
それを察したのか、セドナとチャロは同時にうなづいた。
「まあ、助けられる状況だったら、普通は助けるかな」
「そうだね。……もちろん、捕虜にはすると思うけど」
ふうん、と不思議そうな表情でロナは尋ねる。
「それが、私たちエルフには分からないのよね……。なんで、敵国の兵士である私を助けてくれたのかって。……それも『人道主義』……えっと、ヒューマニズムっていうんだっけ?なのかしら?」
「まあ、そうだね」
チャロがこくん、とうなづいた。
「そう言うのが、私には分からないのよ……」
そうロナがセドナの方を見て、尋ねた。だが、セドナは首をかしげた。

「分からない、か?」
「え?」
「確かに理解できない価値観はあると思う。……けど違う価値観を持つ『相手』を『理解』することは出来るんじゃないかな」
「相手を?」
「ああ。今の質問だって、少なくとも『人間は、主義や思想、利害よりも人命を尊重する特性がある』って『理解』してたから聞いたんだろ? それにロナは、爺さんのそう言うところに惹かれて結婚したんだと思うしな」
ロナは、はっとしたようにうなづいた。
「……そうか、そうかもね……」
「俺もさ、いろんな人たちと話し合っていろんな人たちを見てきたけど……。やっぱり、人間には理解できない価値観を持つなって思うことはあるよ。例えば『エルフ構文』とかな」
「ああ、それ言ったら私もあなた達が『モテる』ために努力するのを理解できないわ」
ロナの発言に、セドナはリオの方を見やった。

どうやら、先日の反省点を踏まえ、スラム街の住民と仲良くやれているようだ。これだけでも、数日前に比べて『レベルアップ』したことがうかがえた。
「だろ?けどさ、話し合いを続けると、相手がなんでそう言う考え方を持つようになったのかの『理解』は出来るんだよ。それが出来れば、良いんじゃないかって思うんだよ」
「なるほどね。……話し合う、か……」
顎に手を当てながら、ロナはフフフ、と笑った。
「そうね。……確かに、私も人間のことがちょっとだけ、理解できた気がするわ……」
「それは、お互い様だよ。……で、話ってそれだけか?」
チャロが少し寒そうにしていたので、セドナは自分の上着をチャロに貸し与えながら質問をした。
「ううん、あなたにお礼を言いたくって」
「お礼? もういいよ、あの時のことは……」
「そのことじゃなくってね。夫を元気にしてくれたことに、よ」
ロナは手に持った紅茶を一口飲みながら、月を見上げながら言った。
「ちょっと前まで、あの人ったら、腰を悪くしてね。それで歩くのも難しくなってから、いつもふさぎ込んでたのよ」
それを聞いて、チャロも頷く。
「そう言えばそうだったね。確か……セドナとさっきの子に読み書きを教えるようになった頃かな?あの頃から、よく笑うようになった気がするよ」
「さっき話を聴いたら、セドナがあの子を紹介してくれたそうじゃない。だから、セドナのおかげなんだなって思ったのよ」
「そうそう! セドナの凄いところって、ほかの人たちを明るくさせるところだからね!」
チャロは得意げに笑みを浮かべる。
「だから、改めてお礼を言いたかったの。……ありがとう」
「どういたしまして。……なんか、こうやって改めて礼を言われると照れるな」
セドナは照れ隠しをするように、目をそらしながら頭を掻いた。

「後、夫だけじゃないわね。……ここの人たちって、貧乏だけど自分のやりたいことを持っていて、とても希望にあふれた目をしてるもの」
「ああ、そりゃなんてったって、レクリエーション活動を主催するのは、前の世界……ゴホン!昔っから得意だったからな」
思わず口が滑りそうになるが、そこをセドナは咳払いでごまかした。
「そうだったのね。……やっぱり希望を持てると、どんな状況でも人は輝けるのかもね」
その発言にセドナは、満面の笑みで首を縦に振る。
「ああ!だって『希望は人類が持つ最強の武器』だろ?」
「……フフフ。くさいセリフね。まるでリオみたい」
そう言いながらも、感心したような口調でロナは続けた。

「ただ、今の時代は『魔王』も『モンスター』もいないけど……。いろんな人に生きる希望を与えてくれる、あなたみたいなのが『勇者』って言うのかもね?」
「……ハハハ、リオにも言われたよ、それ。剣もへたくそ、魔法はてんで使えない勇者様ってやつか?」
本人が言うほど剣の腕は低くないのだが『天才』と思われる可能性を考慮し、セドナは謙遜を込めて言う。
「それなら私は、セドナを守る格闘ヒロインってところだね?」
「なるほど、じゃあリオはお調子者の道化師ってところか?」
チャロとセドナの寸劇のようなやり取りを見て、ロナは満足げな笑みを見せた。
「フフフ、ずいぶん偏ったパーティね。……けど、お礼も言えてよかったわ。そろそろ家に戻らない?」
部屋の中からは、何か楽しむような声が聞こえてきた。
「お、ゲームやってんな!」
「きっと、新しいシナリオが出来たんだよ!セドナも行く?」
「ああ、そうだな!」
「なに、シナリオって?」
「テーブルトーク・RPGのシナリオだよ。時々シナリオを作ってくる奴が居るんだよ!」
「へえ……。私も参加していい?」
少し恥ずかしそうに訊くロナに、チャロはニヤリと笑みを浮かべた。
「いいけど、あんたのこと、ぼっこぼこにするつもりだけど?」
「あなたには無理よ……。あのね、あなたは知らないかもしれないけど、ゲームって言うのは腕力や魔力で勝てるものじゃないのよ?」
「私のことバカにしてるでしょ、あんた!言っとくけど、私はゲーム超強いから、覚悟しといてよね!」
「あら、それならちょっとは本気出してあげても良いわね。あなたの空っぽの頭に敗北の文字を刻み付けてあ・げ・る」
相変わらずの皮肉を飛ばすロナに、チャロは挑戦的な目を向ける。
まだロナを嫌っていることに違いはないが、少し打ち解けたのだろう、セドナは嬉しそうに笑った。
「それじゃ、中に入ろうか?」
そう言うと、ロナ達は部屋に戻っていった。
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