19 / 43
第2章 弓士団としての初仕事
ザ・ハッタリバトルの開幕
しおりを挟む
「お、おい、どうした?」
この二人が仕事中に居眠りすることは、日常茶飯事だ。
だが、馬車を運転していた御者まで同時に眠りに落ちることは考えにくい。
「……ひょっとして……」
そう思いながら、後ろをのぞき込むとすべての馬車が停止していた。
そして、四方からガサガサと草むらが揺れる音がする。
このことから考えられる結論は1つだ。
「山賊、か……」
セドナは一言つぶやいた。
そう思った矢先、草むらから山賊と思しき一団が現れた。
人数は現在視界に居るだけで8名。
内訳はエルフ6名、ドワーフ1名、サキュバスが1名。
エルフの武器は全員弓矢。ドワーフは斧。そしてサキュバスは無駄にアカデミックなローブを身にまとい、大仰な装丁分厚い本を持っている。恐らく彼女が睡眠魔法をかけたのだろう。
山賊たちはニヤニヤと笑みを浮かべながら、馬車に近づいてきた。
「さて、どうするか……。あの人数が相手じゃ、まともに戦っても勝ち目はないよな……」
幸い、山賊たちはこちらに気づいていない。
サキュバスがしきりに眼鏡をくい、と上げながら本をぱらぱらとめくりつつ、自慢げに自分がどれほど強力な魔法をかけたのか語っている。
ドワーフはガハハ、と豪快に笑いながら、酒を煽りつつ、こちらに近づいてくる。
他のエルフたちは警戒を完全には解かず、こちらを遠巻きに眺めている。
真っ向から突っ込んでいってもドワーフに動きを止められ、エルフから魔法と弓で攻撃され、倒されるのが落ちだろう。
セドナは少し考えた後、
「種族がバラバラだから……よし、この作戦で行こう」
そうつぶやいた後、軽く肩を回して馬車から降りた。
「おやおや、ずいぶん派手にやってくれたな……」
ねっとりとした口調を意識しつつ、セドナは余裕ぶった口調で笑いかけた。
「ん……? 睡眠魔法が効かなかった奴がいたの?」
「おい、お前絶対どんな種族でも眠らせるって言ってたよな、どういうことだよ?」
エルフがサキュバスに詰め寄る。やはり彼女が術者だったようだ。
「え、そんな……。私の魔法が効かないなんて……」
動揺するサキュバスを見て、セドナはさらに畳みかけるように声をかける。
「それと後ろのお二方。そろそろ出た方が良いぜ?」
「!!!」
その発言に、一番後ろで笑みを浮かべていた、頭領と思しきエルフの顔から余裕が消えた。
後ろからがさり、と音がする。隠れていたエルフたちも動揺を隠せないようだ。
「悪い、それでも隠れたつもりだったんだな? 無駄だよ。……お前らの『闘気(オーラ)』を感じれば、物陰などガラス張りも同然だからな……」
ニヤニヤ笑いながらセドナは答えた。
(俺には『気』を扱う能力なんて無い……。後ろの伏兵に気づいたのは、単に俺の聴覚が人より優れてるだけなんだよな……)
因みに、この世界には『魔法』はあるが『闘気術』や『超能力』の類は、物語の世界にしか存在しない。つまり、セドナの発言は口から出まかせだ。
だが、セドナは少数種族である『人間』なので、そのような『神通力』の類があると誤解させることは不可能ではない、と踏んでいた。
実際、その発言にサキュバスが、恐れの混じった笑みを浮かべた。
「闘気(オーラ)……?まさか、あなたは、あの……」
何知ったかぶりしてんだよ。闘気を扱ったり、気で周りの気配を探ったりなんて出来るわけないじゃないか。
そう言いたいところを抑えながら、セドナはサキュバスの方を見据えた。
「そっか。あんたら、俺たちのことを知らないんだな。じゃあ、そこにいるドワーフのあんた。少し相手をしてやるよ」
「ほう、俺様と戦うってわけか?」
「ああ、そうそう。指一本で戦ってやるから、安心しなよ」
そう言うと、セドナは剣を地面に置き、指を突き出した。
勿論、これには勝算があった。
セドナには、水筒と同様、元の世界から持ち込めた『秘密兵器』をポケットに忍ばせていたためだ。
また、一見『挑発』に見えるが、この言動は一番厄介そうなドワーフと一対一で対峙できるように誘導することを目的としている。
「おもしれえ、やってやろうじゃねえか!」
ドワーフは血気盛んな種族だ。このように挑発的な喧嘩を持ち掛けるとすぐに乗ってくる。
合理的に考えれば、これは明らかに山賊側にとっては悪手だ。
「指一本で戦える」と言う言葉を信じるのであれば、山賊たちはこの場で距離を取り、森に隠れながら魔法の集中砲火をかけるべきだ。そうすれば、セドナは一瞬で丸焼けになっただろう。
「へえ、何か面白そうなことやるみたいね……」
「ああ、ここはお前に任せたぜ」
だが、エルフたちはその発言を聞き、逆に興味深そうにこちらを見据えてきた。
知識欲の高いエルフの特性が、その合理的な判断を妨げたのだ。
「おら、いくぜ!」
そう言うと、ドワーフは斧を大きく振り下ろしてきた。
「……くっ!」
辛くもよけたが、想定を超える速さにセドナは態勢を崩した。
「おら、そんなもんか!」
そう言いながら、斧をぶんぶんと振り回すドワーフ。だが、豪快なドワーフの性格を反映してか、その一撃は大振りで、何とかかわせる。
だが、いつかはクリーンヒットすることになるだろう。
(く……もう少し……)
そう思いながらセドナは、チャンスをうかがうべく、挑発的な口調で言い放つ。
「なんだ、大したことないな。もっと派手な技を見せてみろよ?」
「んだ、てめえ!じゃあ、望み通り見せてやるよ!」
そう言うと、ドワーフは斧を頭上でぶんぶんと振り回し始めた。恐らく、この一撃で決めるつもりだろう。
「食らいやがれえええ!」
そう言って、ドワーフは地面に思いっきり斧を叩きつけた。
グワン!と大地が揺れるような地響きとともに地面から岩槍が飛び出す。
(よし、いまだ!)
その大ぶりな構えから出来た隙を見た刹那、セドナは懐に踏み込みポケットから『秘密兵器』であるスタンガンを取り出した。
セドナの手とドワーフの陰に隠れて、周囲の山賊からはスタンガンは見えない。
「はあ!」
そう叫びながら、手の内に隠した秘密兵器……『スタンガン』をドワーフに打ち込む。周りからは、指をドワーフに突き刺したようにしか見えない。
「ぐあ!」
その瞬間、ドワーフは顔を引きつらせ、大きく体を傾げる。
「ぐうううう……」
苦悶の表情を浮かべながらうずくまるドワーフを見下ろしながら、セドナはサキュバスに言い放つ。
「……ま、こんなものか……」
後一歩踏み込みが甘ければ、岩槍の直撃を受けていた。だが、そのことを気取られないように余裕を見せるようにセドナは髪をかきあげた。
「ところで、自己紹介が遅れたな。俺は……『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』の一人、セドナだ。あんたは知ってるか?」
そんなもん、俺だって知るもんかい、と思いながらも、隣で怯えるように震えるサキュバスに尋ねた。
もちろんこの名称は、たった今セドナが夢魔の好きそうな言葉を繋げた、出鱈目なものだ。
だが、リオの態度を見れば分かるように、夢魔とは『カッコつけ』な生き物だ。そのため……。
「ええ、知ってるわ。……まさか、現実に居るなんて思わなかったけどね……」
ほら、乗ってきた、とセドナは思った。
「え、あんた知ってるの?」
「……で、新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)どんな奴なんだ?」
山賊たちは口々に彼女に訊ねてきた。
こういう注目を浴びるために知ったかぶりをすることをセドナは踏んでいた。
「ええ、私も古代図書館で一度読んだことしか知らないんだけど……。
数千年前……だったかしら?北国のどこかに『闘気(オーラ)』を自在に操って世界を支配した人間の一団が居たって聞くわ……。その集団の中でも特に優れた能力を持つ者たちの異名が……」
そこでサキュバスは一息つき、
「『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』……そう呼んだらしいの……。その力はわずか1人で数百の兵をまるごと壊滅させる、と聞いたわ……」
こちらの突っ込みを恐れているのか、サキュバスはちらちらとこちらを見ながら語り掛ける。
固有名詞や具体的な数字を避け、曖昧な表現ばかり使っている彼女の姿は、さながらインチキ占い師のようだ。
そもそも『古代図書館』ってなんだ。この大陸にそんな施設はない。
「それで、その末裔が近年この国にも出没するって話を聴いたわ……」
「じ、じゃあ闘気(オーラ)ってのはなんだ?」
「え、ええ……。人間にしか扱えないそうだけど……。すべての生き物の体内に存在する力の流れを操る力らしいわ。だから、ドワーフのみならず、竜族でも一撃で仕留めることが出来る……そう聞いたわ」
手に持った書籍をぱらぱらとめくりながらサキュバスは答える。
(お前、今見たまんまの情報をそのまま言ってるだけだろ。よくもまあ、書いてあるはずもないことをペラペラと話せるものだな……。)
セドナはそう思いながらも、話をつづけた。
「なるほど、さすがだな。あんたなら、俺の『闘気(オーラ)』も分かるんじゃねえか?」
「……ええ。恐ろしいほどの気が『聞こえる』わ……」
気は香木ではない。なのにわざわざ『感じる』でなく『聞こえる』とするところが、夢魔らしい。
『自分は特別な存在』と思わせるのって、そんなに大事かねえ……そう思いながらも、セドナはゆっくりと足を進めた。
そして山賊たちの囲みを抜け、背後に回り込んだタイミングで、
「さて……話にもそろそろ飽きたな。そろそろあんた達には退場してもらおうか!」
そう叫ぶと、今度はこぶしを握り、一番近くに居たエルフに一撃を見舞う。
スタンガンはここぞという時のため、少しでも電池を温存させる必要があるためだ。
「く……!」
対応が出来なかったためか、エルフは脇腹を抑え、そのまま倒れこんだ。
「お、おい……!」
「やばいよ、これ……!」
これは、卑怯なだまし討ち以外の何物でもない。
もしセドナの話が本当なら、こんな背後から先制攻撃などせずに正面から山賊を叩き潰せるはずだ。
だが、先ほどのサキュバスの滅茶苦茶な知ったかぶりを信じたためか、山賊たちは明らかに浮足立っており、その事実には気づけなかった。
すでに草むらに隠れていたエルフたちは逃げ出したのか、気配は消えている。
「く……!」
エルフたちは腰から短剣を抜き、切りかかった。
「無駄だ!」
だがセドナは腰から抜いた剣を叩きつけ、短剣を捻じ曲げた。
……エルフの剣はそもそも華奢なエルフの肉体を貫くための強度しかない。そのため、人間の力でも力を込めれば容易に折り曲げることが出来るためだ。
「ひい……!」
「これが、新月のダーク・オブ・×××の力なのね……!また会いましょう!」
その様子を見て、他のエルフたちも退却を始めた。サキュバスは『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』の名前を忘れたのだろう、最後の方はいい加減な呼び方でごまかしていたのだが、誰も突っ込むことはしなかった。
「ち……役立たずどもが! くらえ!」
だが、頭領と思しきエルフはひるまずに、炎の魔法をセドナに打ち込んできた。だが、恐怖のためか狙いは逸れてセドナの後ろにある馬車に命中した。
「く……!」
セドナは頭領の服をグイ、と引っ張り、膝をみぞおちに見舞った。
チャリン、と音が鳴り、頭領が身に着けていたバッジが地面に落ちた。
「……ぐは……!」
だが、落ちたバッジに気を向ける余裕もないのだろう、セドナの膝をまともに受け、頭領はうずくまるように地面に崩れ落ちた。
(まずい!あの馬車にはロナが……!)
そう思ったセドナは、同じく眠りに落ちていた御者を離れたところに放り投げると、炎が上がり始めた馬車に飛び込んだ。
この二人が仕事中に居眠りすることは、日常茶飯事だ。
だが、馬車を運転していた御者まで同時に眠りに落ちることは考えにくい。
「……ひょっとして……」
そう思いながら、後ろをのぞき込むとすべての馬車が停止していた。
そして、四方からガサガサと草むらが揺れる音がする。
このことから考えられる結論は1つだ。
「山賊、か……」
セドナは一言つぶやいた。
そう思った矢先、草むらから山賊と思しき一団が現れた。
人数は現在視界に居るだけで8名。
内訳はエルフ6名、ドワーフ1名、サキュバスが1名。
エルフの武器は全員弓矢。ドワーフは斧。そしてサキュバスは無駄にアカデミックなローブを身にまとい、大仰な装丁分厚い本を持っている。恐らく彼女が睡眠魔法をかけたのだろう。
山賊たちはニヤニヤと笑みを浮かべながら、馬車に近づいてきた。
「さて、どうするか……。あの人数が相手じゃ、まともに戦っても勝ち目はないよな……」
幸い、山賊たちはこちらに気づいていない。
サキュバスがしきりに眼鏡をくい、と上げながら本をぱらぱらとめくりつつ、自慢げに自分がどれほど強力な魔法をかけたのか語っている。
ドワーフはガハハ、と豪快に笑いながら、酒を煽りつつ、こちらに近づいてくる。
他のエルフたちは警戒を完全には解かず、こちらを遠巻きに眺めている。
真っ向から突っ込んでいってもドワーフに動きを止められ、エルフから魔法と弓で攻撃され、倒されるのが落ちだろう。
セドナは少し考えた後、
「種族がバラバラだから……よし、この作戦で行こう」
そうつぶやいた後、軽く肩を回して馬車から降りた。
「おやおや、ずいぶん派手にやってくれたな……」
ねっとりとした口調を意識しつつ、セドナは余裕ぶった口調で笑いかけた。
「ん……? 睡眠魔法が効かなかった奴がいたの?」
「おい、お前絶対どんな種族でも眠らせるって言ってたよな、どういうことだよ?」
エルフがサキュバスに詰め寄る。やはり彼女が術者だったようだ。
「え、そんな……。私の魔法が効かないなんて……」
動揺するサキュバスを見て、セドナはさらに畳みかけるように声をかける。
「それと後ろのお二方。そろそろ出た方が良いぜ?」
「!!!」
その発言に、一番後ろで笑みを浮かべていた、頭領と思しきエルフの顔から余裕が消えた。
後ろからがさり、と音がする。隠れていたエルフたちも動揺を隠せないようだ。
「悪い、それでも隠れたつもりだったんだな? 無駄だよ。……お前らの『闘気(オーラ)』を感じれば、物陰などガラス張りも同然だからな……」
ニヤニヤ笑いながらセドナは答えた。
(俺には『気』を扱う能力なんて無い……。後ろの伏兵に気づいたのは、単に俺の聴覚が人より優れてるだけなんだよな……)
因みに、この世界には『魔法』はあるが『闘気術』や『超能力』の類は、物語の世界にしか存在しない。つまり、セドナの発言は口から出まかせだ。
だが、セドナは少数種族である『人間』なので、そのような『神通力』の類があると誤解させることは不可能ではない、と踏んでいた。
実際、その発言にサキュバスが、恐れの混じった笑みを浮かべた。
「闘気(オーラ)……?まさか、あなたは、あの……」
何知ったかぶりしてんだよ。闘気を扱ったり、気で周りの気配を探ったりなんて出来るわけないじゃないか。
そう言いたいところを抑えながら、セドナはサキュバスの方を見据えた。
「そっか。あんたら、俺たちのことを知らないんだな。じゃあ、そこにいるドワーフのあんた。少し相手をしてやるよ」
「ほう、俺様と戦うってわけか?」
「ああ、そうそう。指一本で戦ってやるから、安心しなよ」
そう言うと、セドナは剣を地面に置き、指を突き出した。
勿論、これには勝算があった。
セドナには、水筒と同様、元の世界から持ち込めた『秘密兵器』をポケットに忍ばせていたためだ。
また、一見『挑発』に見えるが、この言動は一番厄介そうなドワーフと一対一で対峙できるように誘導することを目的としている。
「おもしれえ、やってやろうじゃねえか!」
ドワーフは血気盛んな種族だ。このように挑発的な喧嘩を持ち掛けるとすぐに乗ってくる。
合理的に考えれば、これは明らかに山賊側にとっては悪手だ。
「指一本で戦える」と言う言葉を信じるのであれば、山賊たちはこの場で距離を取り、森に隠れながら魔法の集中砲火をかけるべきだ。そうすれば、セドナは一瞬で丸焼けになっただろう。
「へえ、何か面白そうなことやるみたいね……」
「ああ、ここはお前に任せたぜ」
だが、エルフたちはその発言を聞き、逆に興味深そうにこちらを見据えてきた。
知識欲の高いエルフの特性が、その合理的な判断を妨げたのだ。
「おら、いくぜ!」
そう言うと、ドワーフは斧を大きく振り下ろしてきた。
「……くっ!」
辛くもよけたが、想定を超える速さにセドナは態勢を崩した。
「おら、そんなもんか!」
そう言いながら、斧をぶんぶんと振り回すドワーフ。だが、豪快なドワーフの性格を反映してか、その一撃は大振りで、何とかかわせる。
だが、いつかはクリーンヒットすることになるだろう。
(く……もう少し……)
そう思いながらセドナは、チャンスをうかがうべく、挑発的な口調で言い放つ。
「なんだ、大したことないな。もっと派手な技を見せてみろよ?」
「んだ、てめえ!じゃあ、望み通り見せてやるよ!」
そう言うと、ドワーフは斧を頭上でぶんぶんと振り回し始めた。恐らく、この一撃で決めるつもりだろう。
「食らいやがれえええ!」
そう言って、ドワーフは地面に思いっきり斧を叩きつけた。
グワン!と大地が揺れるような地響きとともに地面から岩槍が飛び出す。
(よし、いまだ!)
その大ぶりな構えから出来た隙を見た刹那、セドナは懐に踏み込みポケットから『秘密兵器』であるスタンガンを取り出した。
セドナの手とドワーフの陰に隠れて、周囲の山賊からはスタンガンは見えない。
「はあ!」
そう叫びながら、手の内に隠した秘密兵器……『スタンガン』をドワーフに打ち込む。周りからは、指をドワーフに突き刺したようにしか見えない。
「ぐあ!」
その瞬間、ドワーフは顔を引きつらせ、大きく体を傾げる。
「ぐうううう……」
苦悶の表情を浮かべながらうずくまるドワーフを見下ろしながら、セドナはサキュバスに言い放つ。
「……ま、こんなものか……」
後一歩踏み込みが甘ければ、岩槍の直撃を受けていた。だが、そのことを気取られないように余裕を見せるようにセドナは髪をかきあげた。
「ところで、自己紹介が遅れたな。俺は……『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』の一人、セドナだ。あんたは知ってるか?」
そんなもん、俺だって知るもんかい、と思いながらも、隣で怯えるように震えるサキュバスに尋ねた。
もちろんこの名称は、たった今セドナが夢魔の好きそうな言葉を繋げた、出鱈目なものだ。
だが、リオの態度を見れば分かるように、夢魔とは『カッコつけ』な生き物だ。そのため……。
「ええ、知ってるわ。……まさか、現実に居るなんて思わなかったけどね……」
ほら、乗ってきた、とセドナは思った。
「え、あんた知ってるの?」
「……で、新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)どんな奴なんだ?」
山賊たちは口々に彼女に訊ねてきた。
こういう注目を浴びるために知ったかぶりをすることをセドナは踏んでいた。
「ええ、私も古代図書館で一度読んだことしか知らないんだけど……。
数千年前……だったかしら?北国のどこかに『闘気(オーラ)』を自在に操って世界を支配した人間の一団が居たって聞くわ……。その集団の中でも特に優れた能力を持つ者たちの異名が……」
そこでサキュバスは一息つき、
「『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』……そう呼んだらしいの……。その力はわずか1人で数百の兵をまるごと壊滅させる、と聞いたわ……」
こちらの突っ込みを恐れているのか、サキュバスはちらちらとこちらを見ながら語り掛ける。
固有名詞や具体的な数字を避け、曖昧な表現ばかり使っている彼女の姿は、さながらインチキ占い師のようだ。
そもそも『古代図書館』ってなんだ。この大陸にそんな施設はない。
「それで、その末裔が近年この国にも出没するって話を聴いたわ……」
「じ、じゃあ闘気(オーラ)ってのはなんだ?」
「え、ええ……。人間にしか扱えないそうだけど……。すべての生き物の体内に存在する力の流れを操る力らしいわ。だから、ドワーフのみならず、竜族でも一撃で仕留めることが出来る……そう聞いたわ」
手に持った書籍をぱらぱらとめくりながらサキュバスは答える。
(お前、今見たまんまの情報をそのまま言ってるだけだろ。よくもまあ、書いてあるはずもないことをペラペラと話せるものだな……。)
セドナはそう思いながらも、話をつづけた。
「なるほど、さすがだな。あんたなら、俺の『闘気(オーラ)』も分かるんじゃねえか?」
「……ええ。恐ろしいほどの気が『聞こえる』わ……」
気は香木ではない。なのにわざわざ『感じる』でなく『聞こえる』とするところが、夢魔らしい。
『自分は特別な存在』と思わせるのって、そんなに大事かねえ……そう思いながらも、セドナはゆっくりと足を進めた。
そして山賊たちの囲みを抜け、背後に回り込んだタイミングで、
「さて……話にもそろそろ飽きたな。そろそろあんた達には退場してもらおうか!」
そう叫ぶと、今度はこぶしを握り、一番近くに居たエルフに一撃を見舞う。
スタンガンはここぞという時のため、少しでも電池を温存させる必要があるためだ。
「く……!」
対応が出来なかったためか、エルフは脇腹を抑え、そのまま倒れこんだ。
「お、おい……!」
「やばいよ、これ……!」
これは、卑怯なだまし討ち以外の何物でもない。
もしセドナの話が本当なら、こんな背後から先制攻撃などせずに正面から山賊を叩き潰せるはずだ。
だが、先ほどのサキュバスの滅茶苦茶な知ったかぶりを信じたためか、山賊たちは明らかに浮足立っており、その事実には気づけなかった。
すでに草むらに隠れていたエルフたちは逃げ出したのか、気配は消えている。
「く……!」
エルフたちは腰から短剣を抜き、切りかかった。
「無駄だ!」
だがセドナは腰から抜いた剣を叩きつけ、短剣を捻じ曲げた。
……エルフの剣はそもそも華奢なエルフの肉体を貫くための強度しかない。そのため、人間の力でも力を込めれば容易に折り曲げることが出来るためだ。
「ひい……!」
「これが、新月のダーク・オブ・×××の力なのね……!また会いましょう!」
その様子を見て、他のエルフたちも退却を始めた。サキュバスは『新月の闇祈祷士(ダーク・オブ・シャーマン)』の名前を忘れたのだろう、最後の方はいい加減な呼び方でごまかしていたのだが、誰も突っ込むことはしなかった。
「ち……役立たずどもが! くらえ!」
だが、頭領と思しきエルフはひるまずに、炎の魔法をセドナに打ち込んできた。だが、恐怖のためか狙いは逸れてセドナの後ろにある馬車に命中した。
「く……!」
セドナは頭領の服をグイ、と引っ張り、膝をみぞおちに見舞った。
チャリン、と音が鳴り、頭領が身に着けていたバッジが地面に落ちた。
「……ぐは……!」
だが、落ちたバッジに気を向ける余裕もないのだろう、セドナの膝をまともに受け、頭領はうずくまるように地面に崩れ落ちた。
(まずい!あの馬車にはロナが……!)
そう思ったセドナは、同じく眠りに落ちていた御者を離れたところに放り投げると、炎が上がり始めた馬車に飛び込んだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺の娘、チョロインじゃん!
ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ?
乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……?
男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?
アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね?
ざまぁされること必至じゃね?
でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん!
「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」
余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた!
え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ!
【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異種族ちゃんねる
kurobusi
ファンタジー
ありとあらゆる種族が混在する異世界 そんな世界にやっとのことで定められた法律
【異種族交流法】
この法に守られたり振り回されたりする異種族さん達が
少し変わった形で仲間と愚痴を言い合ったり駄弁ったり自慢話を押し付け合ったり
そんな場面を切り取った作品です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~
うみ
ファンタジー
恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。
いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。
モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。
そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。
モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。
その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。
稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。
『箱を開けるモ』
「餌は待てと言ってるだろうに」
とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる