人口比率が『エルフ80%、人間1%』の世界に、 チート能力もなしで転移した俺が「勇者」と呼ばれるまで

フーラー

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第1章 弓士団試験

エルフには「天才」はいない

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最初のうちこそ周囲にいたエルフたちは、感心しながらチャロの武勇を眺めていた。
「これは、ぜひわが軍に欲しい」
「人間のこの接近戦は、切り札になるな」
「いざと言うときの捨て駒にはうってつけだ」
……と、セドナに聞こえていることも知らずに、好き放題に話をしていた。

だが、5連勝をしたあたりから少しずつチャロを怯えるような目で見始めてきた。
「なあ、ひょっとしてあの子『天才』なんじゃないか……」
「いや、まさか。だって、人間だろ?あれくらい強い奴は、普通にいるって……」
と言った声が聞こえ始めてきた。

……エルフはみな小柄で魔力に優れた美男美女ばかり……と言われており、実際にその通りである。
だが、これは裏を返せば「個体差が少ない」と言う意味でもある。

すなわち「種族間」で見ればエルフは「とがった能力」を持っているように見えるのだが、「エルフ間」で見れば、みな似たり寄ったり、ということだ。
また、老化が遅い・男性が華奢な傾向がある、と言うことは裏を返せば、年齢・性別間の能力差も小さいということでもある。
逆に人間は、性別・年齢による能力差は勿論のこと、同性・同年代でも容姿・体格・知力と言った、ありとあらゆる能力のばらつきが大きく、チャロのような傑出した能力を持つものが現れることも珍しくない。

(天才、か……。チャロは確かにすごいけど、もっとすごい奴なら前の世界にも居たからなあ……)
セドナはエルフの表情を見ながら、そう心の中でつぶやいた。
そもそも「天才」の存在自体、人間の世界では、さほど珍しいものではない。

仮にサッカーにおいて「1000人に1人の逸材」と言われたとしても、10万人も選手を集めれば、それだけで9チームの「天才だけのチーム」を作っておつりが出る。
実際チャロも確かに「天才」ではあるが、その才覚をスポーツに例えるなら「全国大会に出場できるチームのナンバー2」と言ったところであり、唯一無二のもの、というほどではない。

即ち、稀な存在であることに変わりはないが、人間の世界での「天才」は「どの学校にも1人はいる、割とありふれた存在」ともいえる。
だが、エルフには、そのような「天才」が存在しない。
それに加え、実際にエルフの歴史を紐解くと幾度となく人間の「天才」が種族の覇権を脅かしたこともあったようだ。
(あの新兵が怯えていたのも、チャロが「天才」だったらと思って、心配していたんだろうな……)
そのこともあり、エルフたちは「天才」を持つものを過剰におびえ、時には排斥することもある。

……この世界では「天才」は、誉め言葉ではないのだ。

「ふう、まだまだ余裕。次の相手は?」
「……次の相手は、団長よ。……お願いします、団長」
ロナは、少し不安そうな表情で答えた。
「おお、団長のお出ましか!」
「これなら、人間ごとき簡単に仕留められるな」
周囲の歓声の中現れたのは、筋肉質な肉体に大剣を背負った一人の女性だった。

団長はやや粗野ながらも、威厳を込めた口調で話しかけてきた。
「お前、ずいぶん強いらしいな。だが、ここで負けたらエルフ弓士団の沽券にもかかわる。……悪いが、ここで終わらせるぞ?」
そういうと、彼女は大剣を振り下ろした。さすがに刃引きはされているが、頭上に直撃を受ければ絶命は免れない。「人間を殺しても問題ない」と言う意識がその切っ先には見え隠れしている。
「悪いけど、私はイライラしてるんだよ。さっさと来て?」
エルフたちの見下すような口調がチャロの耳にも届いていたのだろう、怒りを抑えるような口調で、チャロも構えた。
そして、チャロは強化魔法を展開し、大きく飛び上がり団長に強烈な飛び蹴りをかます。

ヒュン、とその一撃は団長の喉元をかすめた。
「くっ……流石ね……」
地面に激突しそうになったチャロは受け身を取り、構えた。
次の瞬間、エルフの大剣がチャロの頭上に振り下ろされる。
「うわ!」
チャロは悲鳴を上げながらも、それを紙一重でかわす。

「これは、まずいな……」
その様子を見て、セドナは焦り始めた。
エルフの世界では、おそらく彼女は「ゴリラのような大女」なのだろう。
だが、人間目線で見れば所詮「ボディビルダー志望」程度の体格でしかなく、素質あるものが極限まで鍛えた人間の体格には到底及ばない。
加えて、持って生まれた反射神経は他のエルフと大差はないようだ。
先刻の、絶妙のタイミングで振り下ろした一撃を交わされるのでは、おそらく時間こそかかるだろうが、団長側に勝ち目はない。

(ま、これは人間の『天才』がそれほど、やばいってことだろうな……)
よく物語の中に「ドワーフ」のような屈強なフィジカルを持つ種族が出てくる。
だが、その「ドワーフ」と大差ない筋肉を身にまとった豪傑は、現実世界にもゴロゴロいる。

これは、他種族から見れば、「オオカミを打ち倒せるカエル」がいるようなものだ。
このような「個体差の大きさ」は人間にとっては当たり前だが、他種族にとっては脅威に映るのだろう。

「なかなかやるな、お前……。けど、勝つのは私だ!」
そういうと、団長は強化魔法をさらに高めた。
「まだ、やるっていうんだね?じゃあ、かかってきてよ!」
それを迎え撃とうと、自らも強化魔法を高めるチャロ。
だが、ここで勝てばチャロが「天才」であることが確定してしまうだろう。
そう思ったセドナは、大声で試合の中止を叫ぼうとした。だが……。
「……?」

突如、チャロの脚部から魔力が失われていった。
「な、なんで……」
突然の変化に動揺を隠しきれないチャロ。魔力は凡人並みとはいえ、まだまだ余裕があったのだろう。その様子を見た団長は、少し不服そうな表情を見せながらも、にやりと笑った。
「ふ、ふん……。魔力が切れたようだな……。これで幕だ!」
動揺する隙にチャロの懐にもぐりこみ、足払いと同時に剣をチャロの肩にあて、地面に叩きつける。
ドガ……と言う音とともに、チャロは倒れこんだ。
「はい、試合終了!チャロ、さっさとそこから出て?」
その様子を見るや否や、ロナは大声で叫んだ。

「チャロ!大丈夫か?」
セドナは試合場で倒れこんだチャロに駆け寄った。不満そうな表情を見せていたチャロだったが、それを見て急に苦痛の表情を見せながら、セドナにもたれかかる。
「ううん。ダメ……。お願い、抱っこして……?」
「抱っこ?いや、大丈夫。足にけがはないぞ。それに打ったのは肩だな。脳震盪も起こしていないから、自力で歩けるだろ?」
そういうなり肩を貸そうとするセドナの頭を、チャロはひっぱたいた。
「おい、試合は終わったんだぞ!」
「そういう時、普通は抱きかかえてくれるもんじゃないの?」
「わ、悪かったよ……」
そう言いながらも、チャロはセドナの肩を借り、立ち上がった。

「けど、本当におかしいな……。まだ魔力があったはずなのに、急に使えなくなったんだよね……」
先ほどの試合結果に満足していないのか、チャロはつぶやいた。
「確かに、魔力切れが早すぎるよな……。もしかして、誰かが魔法解除をしてきた……ってことか?」
「だと思う。けど、誰にもバレずにそんなこと出来るエルフが、ここにいる?」
「それは、そうだな……」
人間を相手にするエルフはみな、どちらかと言うと魔法よりも剣技を得意とするものばかりだ。そもそも、相当な実力者でない限り、誰にもバレずに魔法解除を行うことは困難だ。
「ま、負けちまったものは仕方ないよな。けど、そのおかげで命拾いしたのかもな」
「そうなの?」

セドナは周囲の声を聴き、少し安心したように肩をなでおろした。
周囲は先ほどの恐怖するような口調とは裏腹に、
「やはり、人間はエルフには勝てないようですな」
「いかに野蛮な暴力を持とうと、所詮は人間。魔力が長続きしないのだろうな」
「持久戦に持ち込めば、我々エルフに勝てる種族など、いないということが証明されましたな」
「だが、やはり人間の力は捨てがたい。隣国に奪われる前に囲い込まねば」
と、チャロを脅威としていないことが明らかであった。
(魔法解除をした奴が誰かは分からないけど……。ある意味感謝しないとな)

「では、今日は最後の受験者ね。セドナさん」
「はい」
そういうと、セドナは前に出た。
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