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第1章 弓士団試験
凍土に眠る蒼き焔(ツンドリスティック・ヴレィズ)(笑)のリオ
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「お帰り、セドナ」
試験まで待機していたのだろう、チャロはセドナが筆記試験の会場から出てくるなり走り寄り、手を握ってきた。
「試験、どうだった?」
「うーん……。多分受かったと思うけどな。にしても、今までチャロは何してたんだ?」
「別に何もないけど……」
「じゃあ、今までずっとこの控室で待ってたってことか?」
見ると、控室に残っている受験生は人間と夢魔しか残っていなかった。と言っても、人数自体は合わせて10人ほどしかいないのだが。
「うん。エルフとドワーフの試験はもう終わったけど……。次は夢魔が始まって、人間は最後らしいんだ」
「そうなのか……。退屈するな」
すでに試験場で受付を済ませてから2時間が経過している。
これだったら、人間や夢魔は受験時間を遅らせてくれてもよさそうなものだ。
エルフ側が受験の受付を1回で済ませたいからという事情もあるだろうが、やはり人間の扱いはぞんざいになるのだろう。
「ま、とにかく俺も準備しないとな」
セドナは荷物袋から一振りの剣を取り出した。
これは、選ばれしものだけが扱える伝説の剣……などではなく、刃付けこそ行われているが、鋳造して作られたような、安物の剣だ。
もっとも、質量自体はあるので、簡単に折れることは無いだろう。
「あのおじいさんから剣をもらえてよかったよね」
「そうだな。合格したらご飯でもごちそうしないとな」
この剣は、近所に住む人間の老人から、譲り受けたものだ。
かなりの年代物ではあるが、何度も研いでさびはしっかりと落としている。
「特に刃こぼれはなさそうだな……。チャロは準備万端か?」
「うん。声も枯れてないし、ばっちりだよ」
チャロの武器は強化魔法と、それを利用して戦う格闘術だ。
人間が武器を持ち歩くと、それだけで危険視されるが多い。
そのため、どうしても魔法や格闘技と言った技を用いることになりがちだとのことだ。
「後、筆記試験で体も固まってるよね?キミの体をしっかりほぐしてあげるね」
「え?別に俺はやる意味はな……」
「遠慮しないで?」
二コリ、と笑うチャロ。もちろん目は笑ってはいないのだが……。
「わ、分かったよ、頼む……」
「うん。じゃあ、背筋から伸ばすよ?」
そう言いながら、セドナはチャロと背中を合わせ、背筋をそらす運動を始めた。
「うん、じゃあ次は座って前屈やるよ? ゆっくり押すから、痛かったら言って」
「ああ、頼むよ」
そういうと、セドナは足を延ばして、体をゆっくりと前に倒し始めた。
「はい、じゃあ次は右を伸ばすからね?」
「どう?……セドナ」
これを補助するべく、不必要なほど体を押しあて、耳元で色を帯びる声色でささやくチャロ。
「ん……。だいぶほぐれてきたよ。そろそろ反対を頼むな」
「……あっそ。それならいいけど。じゃ、次は左だね。はい、押すよ」
今度はぐっと力を込めて、チャロは不機嫌そうに体重をかけた。
「ちょ、強すぎるだろ、チャロ!俺の関節、壊す気かよ?」
「あ、そう?別に大丈夫だよ、キミなら」
「やめ、やめろって!」
……セドナにどんな反応を求めていたのかは、背中から押すときに二人がどういう態勢になるかを想像すれば、読者の皆さんは当然分かるだろう。
「よう、セドナ! それから、チャオだっけ?」
一通り柔軟体操が終わったところで、先ほど控室で出会ったインキュバスの青年「リオ」が声をかけてきた。
「私はチャロ。あんた、インキュバスの癖に女の子の名前も覚えらんないの?」
「あはは、悪い悪い。けど、あんたら本当に仲いいんだな?」
「当然だよ。セドナは私がいないとダメなんだから」
「へえ。……本当は逆な気がするけどな」
夢魔に特有の、どこか相手を嗜虐するかのような笑みをリオは浮かべた。
「……どういう意味よ?」
「別に、どうでも? それより、次は俺の番なんだ。ギャラリーがいる方が嬉しいし、見てくれよ、セドナ?」
「え? ……そうだな、折角だし応援するよ」
「よっしゃ!じゃあ、会場に行こうぜ?」
手を取ろうとするリオの手を、チャロは払いのけながら尋ねた。
「……にしてもあんた、インキュバスなのにずいぶんセドナになれなれしいね……」
「ん、そうか?」
「うん。だって夢魔って、基本的に同性を嫌うものじゃないの? 前、サキュバスにすっごい嫌み言われたから、よく覚えてるよ」
「うーん……。確かに、そうなんだけどな。けど、セドナは平気なんだよ、なぜかな」
「そ、そうか……。ま、そういうこともあるんだろ? それじゃ、試合会場に行こう、な?」
そういうとセドナは剣を鞘に納め、控室を後にした。
試合場には、簡素な木造りの床にフリーハンドで引かれたであろう、四角形の線で中央が区切られていている。きちんと直線にしないあたり、自然物を好むエルフの性格が感じられる。
「あれ、あんたさっきの……」
「あら、あなたたち。まだ居たのね。怖くなって帰ったのかと思ったわ」
試合会場には、先ほど受付を行っていたエルフがすでに来ていた。
「うるさいな。そういうあんたは何の用なの?」
「さっきから、あんたあんたって失礼ね。私はロナって名前なのよ」
「あっそ」
「私は実技試験の試験管でもあるの。人間が、あまり失礼な態度だと減点するわよ?」
「ふん、嫌な女。あんたが試合場に上がったらボコボコにしてやるんだけどね」
「あいにく、私の役目は採点だけよ。まあ、魔法もろくに使えない人間に負けたりはしないけど」
「……いちいち突っかからないと話が出来ないの?」
「おいおい、もうよせよ、チャロ。それより、リオが出るみたいだぞ?」
まだ何か言いたそうなチャロの手を引き、セドナは試合会場に目を向けた。
「それじゃあ次の方、試合場に来てください」
ロナは、透き通るような声でアナウンスを行った。
「よっしゃ、任せな!」
そういうと、リオは(本人視点では)華麗に、宙返りをしながら試合場に飛び込んだ。
無駄に怪我のリスクだけを高める、何の意味もない行動だ。
「まずは、お名前を教えてください」
「ああ、俺の名前は凍土に眠る蒼き焔『リオ』だ。よろしく!」
「……フ……。素敵な名前ね」
チャロは小ばかにしたようにつぶやいた。
なお、これは「凍土に眠る蒼き焔」と書いて『ツンドリスティック・ヴレィズ』と読む。
素敵なネーミングセンスもさることながら、「ブレイズ」ではなく、「ヴレィズ」と、下唇を噛みながら発音するところに、痛々しさがにじみ出ている。
また、本来名詞である「ツンドラ」を形容詞に無理やり変換する時点で、文法に無理がある。
まっとうな感性を持つ人間(中二病患者を除く)であれば、口に出すこともはばかられる二つ名だろう。
「あ……はい、そうですね。それじゃあよろしくお願いします」
これには、さしものエルフも面食らったようだった。
「ああ、あいつはやっぱり、インキュバスね……」
「だな……」
付け加えると、リオはいつの間に用意したのか、派手な色の肩ひもが付いた、黒いマントを身にまとっていた。
粗野な口調とは裏腹に、典型的なナルシストな態度を見せるリオを見て、少し呆れた口調で二人は顔を見合わせた。
実技試験の方法は、いたってシンプルだ。
試合場でエルフと1対1で戦い、どちらかが場外に出るか、ダウンするまで続ける。
受験者は、自身が敗北するか終了を宣言するまで、勝ち抜き続ける形式となっている。
あくまでも「試験」であって、試合自体の勝敗は問わないとのことだ。
エルフを不必要に傷つけるようなものは勝利を重ねても落第し、逆に見込みがあると判断されたものは敗北しても合格することになる。
(つまり、単に実力だけではなく、弓士団にふさわしい人材かを見極める、人格テストの側面もあるってことだな……)
セドナは、そう思いながら試合場に目を向けた。
「よろしくお願いします、リオさん」
リオの相手は、小柄なエルフの青年兵士だった。純朴な雰囲気から察するに、新兵に毛が生えた程度の相手だろう。
「ああ。……心配ない、すぐ終わらせてやるよ」
リオはそういうと、すっと剣を抜き、刃を舐めた。……本人はかっこいいと思ってるのだろうが、端から見れば刃が錆びるか舌を切るかするだけの、不潔な行為だ。よだれが鞘に入ったら、どうやって洗うのだろう。
「何あのレイピア。無駄にお金かかってるでしょ、あれ……」
夢魔は実用性や自らの適正よりも、外見の美しさを重視する傾向がある。
リオもご多分に漏れず、使用武器は派手な装飾が施されたレイピアだった。
「……いくぜ!」
エルフの試合は、開始の合図が無い。これは大相撲の試合のそれに近いと言えるだろう。
自然界における動物間の闘争に「開始の合図」などない、と言うことが由来とのことだ。
先に飛び出したのは、リオ。だが……。
「おそ……」
そのあまりに緩慢な動きを見て、チャロは呆れた。
そもそも一般的なレイピアは、さほど軽くない。
エルフほどではないが非力な夢魔では、振り回すのがせいぜいだろう。
「うーん……。夢魔は素早さが売りなんだから、もっと軽い武器使えばいいのに……」
二人は呆れながら、その様子を眺めていた。
「遅すぎますよ、リオさん!」
そういうと、エルフの青年はヒラリとかわし、短弓をつがえる。
一般的な弓矢と異なり、5mほどの距離での打ち合いを全体にしたものだろう。
ピュン、と放たれた弓矢を腕で受け止めるリオ。
「ぐ……やるな……。」
その表情には苦痛が見える。が、その表情はどこか恍惚に似た色がうかがえていた。
「血が……この血が……俺に戦いの記憶を呼び覚ましてくれる……!いける……まだ、行ける……!」
はあ、と再度チャロが呆れながらつぶやいた。
「あれ、思ってること口に出てるよね?」
「ああ。そもそも、あの体勢からなら簡単にかわせたはずだよな。自分に酔わないと、戦えないのかな、あいつは……」
それから数分後。
「はあ、はあ……。くっ……!」
単純な体力では、夢魔の方がやや優れているのだろう、弓の弾きすぎで腕に痛めたエルフの吐く息が、少しずつ上がってきた。
「そこだ!……奥義!烈牙閃天・焔!」
「しまった!」
リオの突きをかわし切れず、エルフは矢筒を取り落としてしまった。
「うわあ、あいつやっちゃったよ……。ねえ、セドナ?奥義を叫びながら戦う人って、キミの世界には居た?」
「うーん……『くらえ、巴投げ!』とか『躱せるか、うっちゃり!』とか、そんな感じか?……いや、俺が知る限り、見たことは無いな」
ビデオゲームの世界にはいたけど、と言おうとしたが『ビデオゲーム』はチャロに理解できないだろうということに気づき、セドナは口をつぐんだ。
「やっぱり、弓だけじゃ勝てないか。……なら……」
そういうと、エルフは大きく距離を取り、呪文の詠唱を始めた。
「へえ、まだ魔法を使う余裕があるんじゃねえか。……なら来いよ、全力で受け止めてやるからよ!」
それを迎え撃とうと、武器をしまい両手を広げるリオ。
「なにやってるんだろ、あのバカ……。距離詰めれば簡単に勝てるのにね……」
「これ、ただの実技試験だってこと忘れているんだろうな……」
チャロは、もうリオの奇行に興味がなさそうに髪を指に絡ませながら、セドナにもたれかかった。
「はあ……!岩より堅きその風よ!その力、今顕現せよ!『エア・ブレイズ』!」
詠唱が終わるとともに、エルフの掌中から突風が吹き荒れた。
もはや質量すら伴うかと錯覚するかのような風の奔流。
「う……ぐわあああああ!」
それをまともに受けたリオは場外にはじき出され、壁に叩きつけられた。
「……おい、大丈夫か?」
セドナは倒れこむリオを抱きかかえ、尋ねた。
「く……。俺は……ここまでだ……。あとは……頼む……」
「いや、俺に頼まれても、リオは受かったりしないぞ?」
「そうか……。なら……それでいい……。お前は、お前の信じる道を……行け……」
その言葉を最後に、リオは気を失った。
「大丈夫、あなたの思いは無駄にしないわ……。私が、この『魔爪』にかけて誇りを勝ち取って見せるから……!」
次に挑むであろうサキュバスが、そう言いながらふらり、と立ち上がった。……まあ、彼女とリオの距離は10m以上は離れていたのだが。
因みに彼女は、動物の『猫の手』を模したかわいらしい手甲を身に着けている。
爪の長さまで猫と同じなので、やはり実用性は高くなさそうだが。
「にしても、夢魔ってのは、こんな種族ばっかりなのか?」
「私には理解できないけど……。愉快な種族だね」
試験まで待機していたのだろう、チャロはセドナが筆記試験の会場から出てくるなり走り寄り、手を握ってきた。
「試験、どうだった?」
「うーん……。多分受かったと思うけどな。にしても、今までチャロは何してたんだ?」
「別に何もないけど……」
「じゃあ、今までずっとこの控室で待ってたってことか?」
見ると、控室に残っている受験生は人間と夢魔しか残っていなかった。と言っても、人数自体は合わせて10人ほどしかいないのだが。
「うん。エルフとドワーフの試験はもう終わったけど……。次は夢魔が始まって、人間は最後らしいんだ」
「そうなのか……。退屈するな」
すでに試験場で受付を済ませてから2時間が経過している。
これだったら、人間や夢魔は受験時間を遅らせてくれてもよさそうなものだ。
エルフ側が受験の受付を1回で済ませたいからという事情もあるだろうが、やはり人間の扱いはぞんざいになるのだろう。
「ま、とにかく俺も準備しないとな」
セドナは荷物袋から一振りの剣を取り出した。
これは、選ばれしものだけが扱える伝説の剣……などではなく、刃付けこそ行われているが、鋳造して作られたような、安物の剣だ。
もっとも、質量自体はあるので、簡単に折れることは無いだろう。
「あのおじいさんから剣をもらえてよかったよね」
「そうだな。合格したらご飯でもごちそうしないとな」
この剣は、近所に住む人間の老人から、譲り受けたものだ。
かなりの年代物ではあるが、何度も研いでさびはしっかりと落としている。
「特に刃こぼれはなさそうだな……。チャロは準備万端か?」
「うん。声も枯れてないし、ばっちりだよ」
チャロの武器は強化魔法と、それを利用して戦う格闘術だ。
人間が武器を持ち歩くと、それだけで危険視されるが多い。
そのため、どうしても魔法や格闘技と言った技を用いることになりがちだとのことだ。
「後、筆記試験で体も固まってるよね?キミの体をしっかりほぐしてあげるね」
「え?別に俺はやる意味はな……」
「遠慮しないで?」
二コリ、と笑うチャロ。もちろん目は笑ってはいないのだが……。
「わ、分かったよ、頼む……」
「うん。じゃあ、背筋から伸ばすよ?」
そう言いながら、セドナはチャロと背中を合わせ、背筋をそらす運動を始めた。
「うん、じゃあ次は座って前屈やるよ? ゆっくり押すから、痛かったら言って」
「ああ、頼むよ」
そういうと、セドナは足を延ばして、体をゆっくりと前に倒し始めた。
「はい、じゃあ次は右を伸ばすからね?」
「どう?……セドナ」
これを補助するべく、不必要なほど体を押しあて、耳元で色を帯びる声色でささやくチャロ。
「ん……。だいぶほぐれてきたよ。そろそろ反対を頼むな」
「……あっそ。それならいいけど。じゃ、次は左だね。はい、押すよ」
今度はぐっと力を込めて、チャロは不機嫌そうに体重をかけた。
「ちょ、強すぎるだろ、チャロ!俺の関節、壊す気かよ?」
「あ、そう?別に大丈夫だよ、キミなら」
「やめ、やめろって!」
……セドナにどんな反応を求めていたのかは、背中から押すときに二人がどういう態勢になるかを想像すれば、読者の皆さんは当然分かるだろう。
「よう、セドナ! それから、チャオだっけ?」
一通り柔軟体操が終わったところで、先ほど控室で出会ったインキュバスの青年「リオ」が声をかけてきた。
「私はチャロ。あんた、インキュバスの癖に女の子の名前も覚えらんないの?」
「あはは、悪い悪い。けど、あんたら本当に仲いいんだな?」
「当然だよ。セドナは私がいないとダメなんだから」
「へえ。……本当は逆な気がするけどな」
夢魔に特有の、どこか相手を嗜虐するかのような笑みをリオは浮かべた。
「……どういう意味よ?」
「別に、どうでも? それより、次は俺の番なんだ。ギャラリーがいる方が嬉しいし、見てくれよ、セドナ?」
「え? ……そうだな、折角だし応援するよ」
「よっしゃ!じゃあ、会場に行こうぜ?」
手を取ろうとするリオの手を、チャロは払いのけながら尋ねた。
「……にしてもあんた、インキュバスなのにずいぶんセドナになれなれしいね……」
「ん、そうか?」
「うん。だって夢魔って、基本的に同性を嫌うものじゃないの? 前、サキュバスにすっごい嫌み言われたから、よく覚えてるよ」
「うーん……。確かに、そうなんだけどな。けど、セドナは平気なんだよ、なぜかな」
「そ、そうか……。ま、そういうこともあるんだろ? それじゃ、試合会場に行こう、な?」
そういうとセドナは剣を鞘に納め、控室を後にした。
試合場には、簡素な木造りの床にフリーハンドで引かれたであろう、四角形の線で中央が区切られていている。きちんと直線にしないあたり、自然物を好むエルフの性格が感じられる。
「あれ、あんたさっきの……」
「あら、あなたたち。まだ居たのね。怖くなって帰ったのかと思ったわ」
試合会場には、先ほど受付を行っていたエルフがすでに来ていた。
「うるさいな。そういうあんたは何の用なの?」
「さっきから、あんたあんたって失礼ね。私はロナって名前なのよ」
「あっそ」
「私は実技試験の試験管でもあるの。人間が、あまり失礼な態度だと減点するわよ?」
「ふん、嫌な女。あんたが試合場に上がったらボコボコにしてやるんだけどね」
「あいにく、私の役目は採点だけよ。まあ、魔法もろくに使えない人間に負けたりはしないけど」
「……いちいち突っかからないと話が出来ないの?」
「おいおい、もうよせよ、チャロ。それより、リオが出るみたいだぞ?」
まだ何か言いたそうなチャロの手を引き、セドナは試合会場に目を向けた。
「それじゃあ次の方、試合場に来てください」
ロナは、透き通るような声でアナウンスを行った。
「よっしゃ、任せな!」
そういうと、リオは(本人視点では)華麗に、宙返りをしながら試合場に飛び込んだ。
無駄に怪我のリスクだけを高める、何の意味もない行動だ。
「まずは、お名前を教えてください」
「ああ、俺の名前は凍土に眠る蒼き焔『リオ』だ。よろしく!」
「……フ……。素敵な名前ね」
チャロは小ばかにしたようにつぶやいた。
なお、これは「凍土に眠る蒼き焔」と書いて『ツンドリスティック・ヴレィズ』と読む。
素敵なネーミングセンスもさることながら、「ブレイズ」ではなく、「ヴレィズ」と、下唇を噛みながら発音するところに、痛々しさがにじみ出ている。
また、本来名詞である「ツンドラ」を形容詞に無理やり変換する時点で、文法に無理がある。
まっとうな感性を持つ人間(中二病患者を除く)であれば、口に出すこともはばかられる二つ名だろう。
「あ……はい、そうですね。それじゃあよろしくお願いします」
これには、さしものエルフも面食らったようだった。
「ああ、あいつはやっぱり、インキュバスね……」
「だな……」
付け加えると、リオはいつの間に用意したのか、派手な色の肩ひもが付いた、黒いマントを身にまとっていた。
粗野な口調とは裏腹に、典型的なナルシストな態度を見せるリオを見て、少し呆れた口調で二人は顔を見合わせた。
実技試験の方法は、いたってシンプルだ。
試合場でエルフと1対1で戦い、どちらかが場外に出るか、ダウンするまで続ける。
受験者は、自身が敗北するか終了を宣言するまで、勝ち抜き続ける形式となっている。
あくまでも「試験」であって、試合自体の勝敗は問わないとのことだ。
エルフを不必要に傷つけるようなものは勝利を重ねても落第し、逆に見込みがあると判断されたものは敗北しても合格することになる。
(つまり、単に実力だけではなく、弓士団にふさわしい人材かを見極める、人格テストの側面もあるってことだな……)
セドナは、そう思いながら試合場に目を向けた。
「よろしくお願いします、リオさん」
リオの相手は、小柄なエルフの青年兵士だった。純朴な雰囲気から察するに、新兵に毛が生えた程度の相手だろう。
「ああ。……心配ない、すぐ終わらせてやるよ」
リオはそういうと、すっと剣を抜き、刃を舐めた。……本人はかっこいいと思ってるのだろうが、端から見れば刃が錆びるか舌を切るかするだけの、不潔な行為だ。よだれが鞘に入ったら、どうやって洗うのだろう。
「何あのレイピア。無駄にお金かかってるでしょ、あれ……」
夢魔は実用性や自らの適正よりも、外見の美しさを重視する傾向がある。
リオもご多分に漏れず、使用武器は派手な装飾が施されたレイピアだった。
「……いくぜ!」
エルフの試合は、開始の合図が無い。これは大相撲の試合のそれに近いと言えるだろう。
自然界における動物間の闘争に「開始の合図」などない、と言うことが由来とのことだ。
先に飛び出したのは、リオ。だが……。
「おそ……」
そのあまりに緩慢な動きを見て、チャロは呆れた。
そもそも一般的なレイピアは、さほど軽くない。
エルフほどではないが非力な夢魔では、振り回すのがせいぜいだろう。
「うーん……。夢魔は素早さが売りなんだから、もっと軽い武器使えばいいのに……」
二人は呆れながら、その様子を眺めていた。
「遅すぎますよ、リオさん!」
そういうと、エルフの青年はヒラリとかわし、短弓をつがえる。
一般的な弓矢と異なり、5mほどの距離での打ち合いを全体にしたものだろう。
ピュン、と放たれた弓矢を腕で受け止めるリオ。
「ぐ……やるな……。」
その表情には苦痛が見える。が、その表情はどこか恍惚に似た色がうかがえていた。
「血が……この血が……俺に戦いの記憶を呼び覚ましてくれる……!いける……まだ、行ける……!」
はあ、と再度チャロが呆れながらつぶやいた。
「あれ、思ってること口に出てるよね?」
「ああ。そもそも、あの体勢からなら簡単にかわせたはずだよな。自分に酔わないと、戦えないのかな、あいつは……」
それから数分後。
「はあ、はあ……。くっ……!」
単純な体力では、夢魔の方がやや優れているのだろう、弓の弾きすぎで腕に痛めたエルフの吐く息が、少しずつ上がってきた。
「そこだ!……奥義!烈牙閃天・焔!」
「しまった!」
リオの突きをかわし切れず、エルフは矢筒を取り落としてしまった。
「うわあ、あいつやっちゃったよ……。ねえ、セドナ?奥義を叫びながら戦う人って、キミの世界には居た?」
「うーん……『くらえ、巴投げ!』とか『躱せるか、うっちゃり!』とか、そんな感じか?……いや、俺が知る限り、見たことは無いな」
ビデオゲームの世界にはいたけど、と言おうとしたが『ビデオゲーム』はチャロに理解できないだろうということに気づき、セドナは口をつぐんだ。
「やっぱり、弓だけじゃ勝てないか。……なら……」
そういうと、エルフは大きく距離を取り、呪文の詠唱を始めた。
「へえ、まだ魔法を使う余裕があるんじゃねえか。……なら来いよ、全力で受け止めてやるからよ!」
それを迎え撃とうと、武器をしまい両手を広げるリオ。
「なにやってるんだろ、あのバカ……。距離詰めれば簡単に勝てるのにね……」
「これ、ただの実技試験だってこと忘れているんだろうな……」
チャロは、もうリオの奇行に興味がなさそうに髪を指に絡ませながら、セドナにもたれかかった。
「はあ……!岩より堅きその風よ!その力、今顕現せよ!『エア・ブレイズ』!」
詠唱が終わるとともに、エルフの掌中から突風が吹き荒れた。
もはや質量すら伴うかと錯覚するかのような風の奔流。
「う……ぐわあああああ!」
それをまともに受けたリオは場外にはじき出され、壁に叩きつけられた。
「……おい、大丈夫か?」
セドナは倒れこむリオを抱きかかえ、尋ねた。
「く……。俺は……ここまでだ……。あとは……頼む……」
「いや、俺に頼まれても、リオは受かったりしないぞ?」
「そうか……。なら……それでいい……。お前は、お前の信じる道を……行け……」
その言葉を最後に、リオは気を失った。
「大丈夫、あなたの思いは無駄にしないわ……。私が、この『魔爪』にかけて誇りを勝ち取って見せるから……!」
次に挑むであろうサキュバスが、そう言いながらふらり、と立ち上がった。……まあ、彼女とリオの距離は10m以上は離れていたのだが。
因みに彼女は、動物の『猫の手』を模したかわいらしい手甲を身に着けている。
爪の長さまで猫と同じなので、やはり実用性は高くなさそうだが。
「にしても、夢魔ってのは、こんな種族ばっかりなのか?」
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しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
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