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第3章 合法侵入のスキルを狙う刺客、キキーモラ

3-6 ヤンデレ雪女はナーリに依存してもらいたいようです

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「やばいやばい……どうする?」


俺は翌日大慌てで砦に向かって引き返していた。
……俺の持つ『合法侵入』のスキルが使えなくなっていたのだ。


(たぶん、あの時だ……あのおばちゃんこそが本命だったんだ……)


最初に現れた美女は露骨なまでに怪しかった。
だからこそ、彼女を追っ払った女性……しかも怪しまれにくい中年女性……に扮したキキーモラに俺のスキルを奪われたのだ。


(とにかく急がないと、まずいことが起きるな……)


俺がスキルを奪われたことはこの際、自業自得だから仕方がない。
本当に恐れているのは、俺のスキルを悪用したキキーモラが、砦の住民に危害を加えることだ。

特に一本だたらやスネコスリ達が彼女に騙されて殺されでもしたら、俺は自分を一生許せなくなる。


(はあ、はあ……)

そんな風に考えて走っていたが、次第に足は鈍り、今はちょっと早歩き程度の速度になっている。

……当たり前だが、気ばかり焦っても身体はそれについていかない。30分も走り続けていたらバテるのは当然だ。


「あら、ぬらりひょん? ちょうど帰りかしら?」


そんな風に横から声をかけてきたのは雪女のフレアだった。
彼女に近づくと周囲の温度が急激に下がったのを見て、彼女は偽物ではないと確信できた。

不幸中の幸いだ。最悪砦が陥落していたとしても、彼女だけは無事に逃がすことが出来る。


(……幸い?)


そんな風に思った俺は、自分の気持ちに一瞬おどろいた。
……一瞬『フレアさえ無事なら、最悪の結果は免れた』という気持ちが頭に浮かんだからだ。

正直、俺はそんな風に誰かの命に序列を付けたことがないので、そんな風に他者を特別扱いするような考えが浮かんだこと自体が意外だった。


「フレア! ……ああ、フレアも帰りなのか?」
「ええ。そんなに急いでいるってことは……ひょっとして、貴族会で失敗した?」
「いや……貴族会自体は成功したよ。けどさ……」


そういうと、彼女にことのいきさつを説明した。
俺が『合法侵入』のスキルを奪われたことを聞いて、彼女は失望の目を向けると思っていた。
だが、彼女の反応は俺の想像とは異なり、どこか嬉しそうな表情を向ける。


「へえ……。合法侵入を奪われたのね? ……じゃあ、あなたは今はただの『無能力の人間』ってことなのよね?」
「ああ。あいにくだけどな」
「あなたが『妖怪の総大将』なのは『合法侵入』のおかげよ? そんな力のないあなたなんて、誰も大事に思ってくれないわよ? そのことは分かってる?」


彼女はそうクスクスと口で手を抑えながら尋ねた。
正直そのことは分かっているが、直接言われると正直きついものがある。


「そもそも妖怪でもないあなたが『合法侵入』を失ったら、砦にいることも嫌われるでしょうね? ……それもわかる?」
「ああ。……だから、砦の無事を確認したら俺は出ていけばいいか?」
「それで出て行ってどうするの? あなたの居場所なんて、どこにもないわよ? 働き口も見つからないでしょうね……」


そういわれて俺は、納得せざるを得なかった。
正直、この世界では『人間』は希少種であり、差別以前に存在自体が一部の長命種以外には認知されていない。

また、その長命種も過去の人間が『チートスキル』で色々とやらかしたためか、あまりいい顔をしてこない。

そう考えると『合法侵入』を失った俺の前途は暗い。
そのことを改めて気づかされた俺は、不安が高まってきた。


……だが、そんな俺に雪女は優しい口調で声をかけてきた。



「だからさ。……私があなたをずっと砦に居られるように口をきいてあげるわ?」
「え?」
「私はあの砦では一番強いから……私が命令すれば、みんないうことを聞いてくれるわ? ご飯のお世話も、今まで通り私がしてあげる。あなたは砦でずっと生活していればいいわ」
「フレア……」


つまり、俺は彼女……いや、妖怪たちの『ヒモ』になるということか。
だが、それは彼女に多大な負担をかけることになる。


「フフフ……そうすれば、あなたは私なしじゃ生きられないものね……ずっと傍にいてくれる……ううん、傍にいないといけないでしょ?」


そういって彼女は妖しげな笑みを浮かべてきた。
……なるほど、確かにその通りだ。

これは彼女の俺に対する束縛でしかないのは分かっている。
だが、スキルを失って何物でもなくなった今の俺にとっては、その言葉が甘美で優しいささやきに聞こえてきた。


「確かにそうだけど……それは悪いよ。……フレアに面倒見てもらう代わりに俺は何をすればいいんだ?」
「フフフ……ずっとずっと、そうやって私に罪悪感を持ち続けて? ……そして、私が『愛している』っていうのを許してくれればいいわよ?」

そう彼女は頬を染めながらつぶやく。
……生活の保障と引き換えに結婚を迫ること自体は、この時代ではおかしなことではない。
だが、自分から結婚を迫ったりはしないというところが彼女らしい。


「私はあなたの力じゃなくて、あなたが好きなの。だから、ずっと傍にいてくれるなら……スキルなんかなくても構わないわ。……キキーモラに感謝しなくちゃね」


そういってくれるのは嬉しいが、俺が彼女に好かれるような根拠はない。
そもそも、俺が彼女に愛してもらう価値があるのかすらわからないくらいだ。

「……と、とにかく砦にいそごう。話はそれからだな」


だが、いずれにせよ砦の状況を確認するほうが先決だ。
俺は話を打ち切って雪女と砦に急いだ。



(ついた……とりあえず、最悪の自体は起きていないか……?)

それから1時間ほどして、俺たちは砦の前に到着した。
幸いなことに火の手が上がっているようなことはなかった。

……キキーモラよりも先に到着したのか?
いや、俺が彼女の立場ならそれはない。そう思っていると、フレアがぽつりとつぶやく。


「なんか……騒がしいわね?」
「え?」
「砦の中がいつもよりお祭り騒ぎになっているみたい……」
「何かあったのかな?」


そういうと、俺は砦の傍にいた妖怪『かまいたち』に声をかけた。
彼は最近うちの砦に来た妖怪だ。

「あれ、ぬらりひょんさん! おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。……砦の方で何かあったのか?」
「え? ……うん……クフフ……」

そういうと、かまいたちは手に鎌になった手を当てて嬉しそうに笑う。


「まあ、とにかく行ってみてよ」
「え? ああ……」

そういうと、俺は砦に入った。



「さあ、次は何してあそぼっか、『ぬらりひょん』さん!」
「も、もう休ませて……」
「何言ってんの! 『妖怪の総大将』がそんな簡単に疲れたりしないでしょ!」
「そうそう! ほら、じゃあ次は木登りしよ、木登り!」
「う、うん……」


そこには、キキーモラと思しき女性がスネコスリや一本だたらといった、妖怪の子ども達に振り回されていた。

妖怪の子は体力がすごいので、一日遊びにつきあわされたらボロボロにされてしまう。
実際彼女も、すでにふらふらになっていたようだった。
かわいらしいドレスはすでにビリビリに破れており、疲労のほどが伺えた。



「おお、お帰り、ナーリ!」

その様子を楽しそうに見つめている手の目は、俺に気づいて手を振ってきた。

「な、なあ……一体何をしてるんだ?」
「ああ。お前の『合法侵入』を使ってうちに忍び込もうとしたバカがいたからさ。ちょっとからかってやってたんだよ」

そういいながら、手の目は顎で彼女のことをくい、と見やった。
彼女が俺の『合法侵入』のスキルを奪ったことは、それですぐに分かった。


「そうだったのか……。けど、よく正体を見破れたな」
「あいつ、お前のスキルを誤解してたみたいだからな。お前のふりをして侵入しようとしたら、そりゃ失敗するよ」

そういって手の目は俺がここに来るまでの経緯を教えてくれた。

……なるほど、彼女は『合法侵入は基本的に、相手にとってのモブキャラ以外には化けられないこと』を知らなかったのだ。
そのことがわかり、俺は少し安堵した。


そして手の目は、楽しそうにキキーモラに声をかける。

「おーい、ぬらりひょん! ちょっとこっち来いよ! 紹介したい人がいるからさ!」
「え? 紹介したい人? ……あ……」


彼女は俺の顔を見るなり、表情を凍り付かせた。
その様子を見て心底楽しそうに、手の目は答える。


「紹介するよ。こいつは本物の『妖怪の総大将』ぬらりひょんことナーリ・フォンだ。……ほら、挨拶しなよ、偽物」
「……う、うそ……なんであなたが……?」


そういって逃げ出そうとしたが、すぐ後ろには満面の笑みの蛇骨婆がおり、肩をがっしりと掴んできた。


「ひ……!」


その表情は笑ってこそいるが、恐ろしいほどの恐怖を喚起させるものだった。
思わずキキーモラも絶句したようだった。


「ホホホ。お主もうすうす気づいておったのじゃろ? とっくに『合法侵入』が解けておることくらい、のう?」
「う……ど、どうして……?」
「そのスキルはな。よこしまな心を持つものが使っても上手くいかないのじゃよ」


そう蛇骨婆は嘘をついた。
まあ、ここで本当のことをいうメリットはないからしょうがないのだが。


「はあ……。失敗かあ……いいよ、もう。私のこと好きにして」

その発言に、観念したようにキキーモラはうなだれ、頭を下げた。
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