俺が「妖怪の総大将」? スキル「合法侵入」しか持たない俺「ナーリ・フォン」は「ぬらりひょん」として成り上がりを目指します

フーラー

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第3章 合法侵入のスキルを狙う刺客、キキーモラ

3-5 蛇骨婆編 合法侵入は使い方を間違えると自滅します

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一方、こちらはナーリと妖怪たちの住む砦。


「なあ……ジャコ」
「なんじゃ、手の目よ?」


今日は二人が砦の前の警備を担当している。
この仕事は基本的に妖怪ごとに持ち回りで、必ず二人一組で行っている。……おバカなアカナメが担当の日には、相手方は嫌な顔をするのは言うまでもない。


「ナーリの奴……上手くやっているかな……」
「そうじゃのう……ほうぼうに根回しは一応やったし……そもそも、現在の虚礼文化は他の貴族どもも本音では敬遠しておった。上手くいくと思うぞ?」
「ああ……」


そう思いながら、手の目はフフ、と笑った。


「けどさ、まさか血の一滴も流さないでファスカ家の騎士になるなんて、ナーリはすごいな」
「それはワシも同感じゃ。以前来ていた『転移者』は、いつもスキルに頼って、暴力で物事を解決しようとしておったからのう……」
「ちなみにその転移者はどうなったのじゃ?」
「病死じゃよ。……龍の角を煎じぬと治せぬ病にかかってな。じゃが……」
「その龍から協力を得られなかったってことか……」


手の目はそうぽつりとつぶやく。

問題を暴力によって解決したとしても、あくまでもその場を収める以上の効果は期待しづらい。

現実の世界では相手は『一度暴力でねじ伏せたら、二度と敵対せず臣従する』とは限らない。最悪の場合、本人にとって最悪のタイミングで、深刻な報復を産むことになる。


「あいつは……それが分かっているのかもな」
「じゃろうな。……おかげでワシもこんなことをせずにすんだわい」


そういうと蛇骨婆は、赤い蛇を用いて強烈な火炎を吐かせた。
ジュウウウウ……とそこにあった岩を一瞬で蒸発させる。


「印章を取り戻すために、フリーナの小娘を殺めることにならんで良かったわい……お主もじゃろ?」
「ああ……はあ!」


そういうと手の目は手に気を集中させ、その闘気を放つ。
一部の妖怪しか使えない『気功』だ。
その気弾は太い樹木に激突し、その木を真っ二つにへし折った。


「こんな技、もう二度と使いたくないからな。……あいつのやり方だったら、誰かを傷つけることにならないそうだからな……」
「そうじゃな……」


そして蛇骨婆は少し顔をうつむける。


「あやつには……ワシらのように暴力にまみれた世界を知らずに……明るい陽の下を堂々と歩くような人生を歩んでほしいものじゃな」
「ああ……。俺と同じ考えの奴がいてくれて、嬉しいよ」
「ま……まあ、お主のことは昔からなじみじゃからな」
「これからもよろしくな、ジャコ」


そういって出してきた肘に対して、蛇骨婆はこつん、と肘をぶつける(握手という文化は手の目は好まないため)。

そしてしばらくして、蛇骨婆は少し顔を赤らめて尋ねた。


「そ、そのじゃな。ぬらりひょんが帰ってきたら、明日……ワシと二人で街を練り歩かぬか?」
「練り歩く、か……」


そういわれて、手の目は少し考えるように顎に手を当てる。


「そうだな。明日旅芸人が来るらしいんだ。一緒に行ってみないか?」
「お、おう……。ワシは大歓迎じゃ!」
「だよな! ジャコって昔から、サーカスとか手品とか大好きだもんな! よく誘われていったのを思い出すよ!」

屈託なく笑う手の目。
蛇骨婆はその表情を幸せそうに見つめた。


「……楽しみにしておるわい。……ところで、いつ頃ぬらりひょんは帰ってくるのかのう……?」
「会議が上手くいっていれば、そろそろのはずだな。……ああ、お土産を買ってるから遅くなっているのかもな……」
「お土産?」
「ああ。姉御のために美味しい氷を買ってくるっていってたんだ」
「ほう? ……あのバカ娘にか……」


少しあきれたような様子で蛇骨婆はつぶやく。


「まあ、あの小娘を引き取るものがおるなら、ありがたいわい……。では、遅ければ明日くらいじゃな」
「ああ……。ん?」


そんな風に話していると、一人の影がこちらに歩いてきていた。
誰かはよくわからない。


「誰か来たみたいだな。仲間か? うーん……なんかよくわからないな……」


しばらくして、その影の姿がなんとなくわかった。
どうやら一種の『モブ』のような顔をしており、特に特徴はない容姿だった。種族についても見ただけでは判別できない。


そしてその影は手の目たちに近づくなり、こう尋ねてきた。


「やあ、手の目! 雪女! 久しぶりだな!」
「ん? ……誰だったかのう、お主は?」
「いやだなあ、忘れたのか? 『ぬらりひょん』だって!」
「「!!!」」


その言葉に、手の目と蛇骨婆は目を見開いた。
目の前のモブと思しき人影からパラパラと外壁がはがれるような感覚とともに、一人の妖艶な雰囲気を見せた美女『キキーモラ』が現れたからだ。


(なあ……あいつ……)
(ああ。間違いない。ぬらりひょんの奴の『合法侵入』を盗んだのじゃろう……)


先日ナーリは自身のスキルについて解説するときに、彼女に言っていなかったことがある。


ナーリのスキル『合法侵入』は、あくまでも「顔と名前が一致しない相手」にしか化けることが出来ないということだ。


例えば一般に顔が周知されている有名人に化けることは不可能であり、『恋人』のように通常一人の顔しか浮かばないものなどであっても同様だ。


無論固有名詞を持つ、その相手に取って親しい人物に化けることなどもってのほかだ。
もしもナーリの顔を知らないものが門番だったら騙せただろうが、彼女にとって不運だったのは、その日は側近の手の目と蛇骨婆が見張りをしていたことだろう。


……そして、一度正体を看破されたものは、砦内の全員の視界から消えるまでは『合法侵入』は使えないということも彼女は教わっていなかった。


手の目と蛇骨婆は、目の前にいる『ナーリ』と名乗るキキーモラを見て、小声で言葉をかわす。


(ナーリの奴……しくじったな……ひょっとしてナーリはもう……)
(いや……それはないじゃろう。ハイクラー家の当主は慎重派じゃ。うかつに殺めたり捕えたりはしとらんじゃろう)


人間とは言え、仮にも騎士であるナーリを謀殺や捕縛をするような真似をすれば、近隣から非難の目を向けられるのは言うまでもない。
彼らにとっては、それは体を引き裂かれることよりも辛いことのはずだ。


(じゃあ、どうする? ……このままこいつを捕えて、吐かせるか?)
(それも悪くはないが……せっかくじゃし……少し楽しむのも悪くないな)


蛇骨婆はそういうと、にやりといたずらっぽい笑みを浮かべた。



「おう、おう! ぬらりひょんか! 会議の件はどうじゃった?」
「ああ、もうそりゃバッチリだよ! ……ところで、雪女はどこだ?」


その言葉を聞いて、手の目はうなづいた。
彼女は恐らく、この砦で最強の存在である雪女の暗殺に来たのだろうと。
だが、幸か不幸か彼女は現在留守にしている。


「今はいないよ。もう少ししたら帰ってくると思うけどな」
「そっか。じゃあ中で待つことにするよ……」


そういって砦に入ろうとするキキーモラに対して、


「待つのじゃ!」


蛇骨婆は大声で呼び止めた。
それに対して、びくりとキキーモラはおどろいたように振り返る。



「な、なんだよ、蛇骨婆……」
「お主! 砦に入る時の掟を忘れたのか!}
「お、掟?」


「そうじゃ! 砦に入る際に妖怪の総大将は、五体投地し『僕ちゃん最強!』と叫んだ後に、猫の物まねをするというルールじゃよ!」


「え……?」



なるほど、そういうことか、と手の目は同じようにほくそ笑む。


「あれ……ナーリ、いつもやってただろ? ……まさかお前忘れたのか……?」
「そ、そんなことないって! わ、分かってるよ! いつもやってたもんな!」


そういうとキキーモラは地面に這いつくばった。
意地の悪いことに今は雨上がりだ。彼女の着ているその綺麗な余所行きは泥まみれになってしまった。

そして彼女は、


「僕ちゃん最強! にゃお~ん!」


そう叫んだ。
美しい容姿の美女がそう猫の真似をするのは愛らしさもあったが、それ以上に蛇骨婆には滑稽に映ったのだろう。


「ぶ……ぶふ……! そ、そうじゃな。いつものように……く……素晴らしい儀礼じゃ」
「あ、ああ……さすがは妖怪の総大将だな!」


必死になって笑いをこらえながら蛇骨婆と手の目は答える。


(くく……本当にやりおった、この小娘……)
(あ、あまり遊ぶなよ、ジャコ……それより、もっと実用的なことをさせないと……)


二人はぶつぶつとそうつぶやきあう。
一方のキキーモラは、安堵とともに心底恥ずかしそうな表情をしながら答える。


「じゃ、じゃあ砦に入っていいか?」
「ああ……。けど、その前にお前に頼んだこと、忘れてないか・」
「頼んだこと?」
「そうそう。もうすぐ冬が来るだろ? だから薪を大量に切っておきたいから手伝ってくれって行ったの、忘れたのか?」
「え?」


無論、そんな約束はナーリとはしていない。
この仕事は本来一本だたらに頼んでいたものだ。だが、最近彼は仕事が忙しくて暇がなさそうと判断したため、彼女に押し付けることを思いついた。

その手の目の真意を当然知る由もないキキーモラは、慌ててうなづく。


「そ、そうだったわ……じゃない、そうだったな! よし、じゃあ早速始めないとな!」
「ほら、お前のいつも使っている斧だ。今日は100本くらいでいいぜ?」
「さ、100本!?」


正直、それだけの本数を一日で樹木を斬り倒すのは不可能だ。
だが手の目はニヤニヤと笑って答える。


「やっぱさ。ナーリは『妖怪の総大将』ってだけのことはあるよな。いつもは200本くらい一瞬で斬っちまうんだもんな」
「え……うそ……でしょ……?」


むろんこれは嘘だが、キキーモラはナーリの本当の実力を知らないため否定することができない。

また、もともと彼女たちは非力な種族であり、樹木の切り倒しのような力仕事は苦手だ。
次第にぼろが出始めているキキーモラだが、手の目はあえて気づかないふりをしている。


「それじゃ、俺も見張っていてやるからさ。その辺の木から早速頼むよ!」


手の目はそう、ニヤニヤと笑いながら近くの森を指さした。


「は、はい……じゃなかった、任せろ! くそ!」


半ばやけくそになったような表情で、キキーモラは斧を手に取った。
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