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第2章 「炎と氷の魔法」の使い手、蛇骨婆
2-10 リッチーは魔力より性格の悪さのほうが厄介です
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そして俺は舞踏会の会場についた。
(結構な人数がいるな……)
そこにいたのは、多くの貴族とその護衛となる兵士、そしてメイドや使用人たちが揃っていた。
「どうぞ、ウェルカムドリンクです」
「ああ、ありがとう」
そういって美しい容姿のパーラーメイド(いわゆるゲストの相手をするメイド)と思しき女性は俺に度の強そうなカクテルを渡してきた。
俺が酒を飲めるか確認せずに酒を渡す様子などから考えても、彼女は慣れない日雇いだとは想像がついた。
(まあ、これを俺が飲むのはダメだよな……)
『合法侵入』で忍び込んだ俺が、ここの食べ物を口にするのは盗みと変わらない。
そう思って俺はカクテルをそっとテーブルの上においた。
そして俺はダンスをしている客を見やっていると、一人の男が警備兵に声をかけていた。
「すみません、兵士さん……。お手洗いはどこですか?」
「え? えっと……。すみません、ちょっと待ってください」
そういうと屋敷の見取り図を見ながら案内をしていた。
恐らく彼らも正規兵ではない。ざっと会場を見回したところ、正規の従業員なのは門番をやっていたガーゴイル達と数人のメイドだけだ。
恐らく、そのメイドたちは「メイド・オブ・オールワーク(家事や炊事など全部の仕事を行うメイド。読者がイメージする『フィクションに出るメイド』のイメージに近いと思われる)として働いているのだろう、服がずいぶん汚れている。
(……もう、ファスカ家は貴族の体裁を整えるのが精一杯って感じだな……もし、蛇骨婆の印章を奪ったら……破産するのかな……)
それを『自業自得』と切って捨てるのは簡単だ。
だけど俺は、出来ればファスカ家に出来ることがあれば代わりに力になりたい。
そう思いながらぼーっとしていると、隣から一人の若い吸血鬼の女性が声をかけてきた。
「すみません、そこの騎士様(兵士に『騎士』というのは、いわゆるリップサービスだ)。良かったら私と踊りませんか?」
「え?」
彼女はそういうと、後ろにいる美しい容姿のエルフに対して眉をひそめた。
「実はあのおじさまが……ずっと私と踊りたがってしつこいのです……。なので、少しの間、私に付き合って欲しいんですよ……」
人間である俺の目から見れば、その『おじさま』とやらはタレント顔負けのイケメンであり、年齢も20代にしか見えない。……まあ、ヴァンパイアと人間ではものの見え方が違うのだろう。
「ええ、いいですよ?」
ともかく、ここで踊りもせずに会場をうろうろしていると怪しまれる。
そこで俺は了承した。
俺は会場で流れる音楽に合わせて、ダンスを踊る。
ちなみにこの音楽は、以前訪れたワインセラーの社長(種族はセイレーンである)の歌だった。
やはり財政のひっ迫状況から、身内に手弁当で仕事をさせないとならないのだろう。
(ステップは難しいな……。けど、間違えないように、と……)
「フフフ、一生懸命ですわね? 可愛いお方……」
幸い彼女は踊り自体にはあまり関心が無いらしく、俺のあまり上手ではないダンスにも不満を示さなかった。
とはいえ、蛇骨婆の指導の元、雪女とダンスの練習をしていなかったら、ここで正体がバレていたのは明らかだったが。
俺は彼女の腰に手を回してリードしながら、彼女に尋ねた。
「みなさんは……よくこんな風に舞踏会をされるのですか?」
「ええ……。そうですね、主催する回数も参加する回数も合わせたら月に10回ほど、でしょうか……」
ずいぶんな頻度だな。
……なるほど、言われてみると明らかに参加する貴族はヴァンパイアやレイスなど、疲れ知らずの種族に偏っている。これは地域性の問題だけではないようだ。
「そんなに皆さん、こうやって舞踏の場に出るのが好きなのでしょうか?」
「いえ……。ただ、皆さんが参加されているのに……私だけ参加しないというのも、メンツに関わりますから……」
「そうなんですね……」
よく見ると、ダンスをしている人たちの表情もさほど楽しくはない印象を受けた。
彼らの場合にはもはや、義務感や付き合いで舞踏会を開いているレベルなのだろう。プライドが高く、世間体を異様なほど気にする上に長寿故に意思決定の遅いヴァンパイアらしいといえばそれまでだが。
そんな風に思っていると、会場の一部に人だかりが出来ていた。
見るとどうやら、以前俺たちと戦ったガーゴイルだ。恐らく酒を勧められすぎて酔っぱらっているのだろう、以前出会ったときの威厳は微塵も感じられない。
「それでですね! 私の魔法の一撃をかましました! しかし相手はさすがの『月下の雪姫』! 私の一撃を難なく氷で無効化し、逆に押し返し、雪を氷の刃に変えて私に放ってきたのです!」
「きゃあ、恐ろしいわね……。やはり、さすがは妖怪……それでどうしましたの?」
「私は間一髪その一撃をかろうじてかわしました。すると今度は『闇の目明し』である手の目が、その腕から光の球を放ってきたのですよ。恐らくは妖怪に伝わる秘技である『気功波』だったのでしょうね」
「気功波? ああ、確か詠唱なしで放てる上に属性がない故に相殺できないという、恐ろしい飛び道具ですよね……それもかわしたのですか?」
「いえ……直撃しました。そしてその隙を『妖怪の総大将』ぬらりひょんが逃すわけがありません。奴は仕込み杖を抜き、私ののど元に狙いを定めたのです。その刃の速さはまさに神速、私でなければ受け流しはできなかったでしょう……」
うわあ……めちゃくちゃに誇張されているなあ……俺、仕込み杖じゃなくて持ってたのは普通の護身用の短剣だし、そもそもあの場では抜いてすらいない。
俺は彼の話を聴きながらそう思った。
「恐ろしいですわね……。最近、この領地では妖怪どもが徒党を組んで力を付けているようですから……私も気を付けないと……」
「そ、そうですね……」
こんな風に自分を持ち上げさせるために、俺たちを『めちゃくちゃ強くて悪い奴』に仕立て上げるのはやめてほしい。
そう思いながらも、その様子を見ていると、彼から少し離れたところにもう一つ小さな人だかりが出来ていた。
(……いた……あいつだ……)
その中心にいたのは、以前出会った吸血鬼の少女、ファスカ・フリーナだ。
俺は彼女に別れを告げて、そこに向かっていった。
「いやあ、さすがはフリーナ様! かのような剛の者をともにつけているとは、私も驚きですよ!」
「まさにそうですわね! 次のパーティにも、また誘ってくださいね?」
「え? ……ええ、もちろんですわ! 期待してくださいませ!」
そんな風に、フリーナは周囲の貴族たちに乗せられて返事をしていた。
貴族の連中……種族はリッチーだ……は、ニコニコと笑いながら彼女を値踏みするような目を向ける。
「いや、実は私はファスカ家のパーティが何より楽しみでしてね。この豪華な食事なんてどうでしょう? きっと有名なコックを抱えているのですねえ。挨拶出来ませんか?」
「あ、いや……うちのコックは恥ずかしがり屋なので……」
ここの料理は俺でもわかるが、すべて出前だ。
……恐らく、ファスカ家ではもうコックを雇う余裕はないのだろう。フリーナは嫌味な表情でそう尋ねる貴族に愛想笑いをするしかなさそうだった。
隣にいた女性も答える。
「それに、ここの兵士たちの屈強で頼もしいこと! きっと、領民たちも頼りにされているのでしょう。ところで兵士長はいらっしゃらないのですか?」
「えっと、今日は体調が悪いので……」
兵士のほとんどが数合わせの日雇いだということは、彼らも端から分かっているはずだ。
リッチーは知能が高い上に長寿で、さらに教育水準が高いこともあり、かなり目ざとい。正直なところこの世界では、彼らの魔力や不死性よりも、審美眼の方を周囲に恐れられているほどだ。
しかもリッチーは先祖が短命種だ。そのため、獣人など短命種にはそれなりに敬意を持って接するが、アンデッドを含む長命種を殊更下に見る傾向がある。
そのこともあり、ここ最近では彼らの魔力で殺されたものよりも、彼らの『言葉の暴力』によってプライドをへし折られ、自害を選んだものの方が多いくらいだ。
……正直、フリーナは俺にとってはターゲットだが、あんな風に言われているのを見て俺は黙っておけなかった。
「いやあ、リッチーの皆さま、楽しそうで! 良かったら皆様もこのお酒はどうですか?」
「え? ……なんだ、諸侯の護衛兵か」
俺がそういって酒を手渡すが、そのリッチーたちは不愉快そうにつぶやく。
ちなみにこの酒は、アンデッドでも飲めるように聖別されていない酒を用いている。
俺はフリーナに対してつぶやく。
「ところでフリーナ様。あちらでメイドたちが騒いでおりましたよ?」
「え、メイドが?」
「なんでも、火急の件とのことです。……せっかくなので私もお付き合いしましょうか?」
そこで俺は目くばせした。
こんなつまらない場所から抜け出そう、という意味だと彼女は理解したようだ。
「ええ……ありがとう、えっと……」
「『久遠の理想主義者(エターナル・イデアリスト)』ナーリ・フォンです」
俺は適当な二つ名を付けて答える。
「ナーリ、ね。……ええ……その……礼を言いますわ?」
だが、言われっぱなしだと彼女も気が済まないだろう。
そう思った俺は、半分皮肉交じりにリッチーの連中に言い返す。
「私は……フリーナ様の魅力は、辛い時でも弱さを見せない強さにあると思います。……あなた方は、そういう『内面の良さ』を見る目は持たないのですか?」
「な……」
その発言に、リッチーたちはむっとした顔をした。
まあ俺個人としては『弱さを隠さずに打ち明ける勇気』を持つ人間のほうが好きなのだが。
「いえ、失礼。ですが私は兵士なので……。皮肉を言って人を傷つけることはあまり好きになれないんですよ……」
「なにをいうのよ! 私は別に……」
「あなた方のこととは言っていないですが……自覚があったということですか?」
「む……そ、そんなわけは……」
彼女たちの言い訳には耳を貸さず、俺は少し悲しい気持ちになりながらも答えた。
「あなた方は短命種の人たちより、ずっと長生きする種族なんですよね? ……なら、その人生経験を尊敬できるような人でいてください……俺はあなたがたに失望したくないです」
「……ぐ……!」
その一言は効いたようだ。
「……ま、まあそうだな。私も言い過ぎたな……」
そう、リッチーの男は罰が悪そうな表情でそっぽを向いた。
正直、これは俺の本音だ。
だが、最後に彼らのプライドをくすぐる発言をすれば、彼らの恨みも必要以上に買わないだろう。
そうも思って俺はそう捨て台詞を残すと、彼女を連れてその場を立ち去った。
俺はリッチーたちと離れた後、一時的にパーティを抜け出そうといって、会場を抜けた。
……無論これは、彼女の寝室のある場所を探るためでもある。
「ナーリさん……その……ありがとう、ございますわ……」
そういってフリーナは俺の服の裾をきゅっと掴んだ。
だが吸血鬼特有の怪力のせいだろう、俺の下着がビリ……と敗れる音がした。
「あ、すみません! ひょっとして……」
「いえ、気にしないでください……後で自分で縫うので」
……正直、俺は彼女をだましている。
そのことに罪悪感を持ちながらも、俺は彼女と舞踏会の会場を後にした。
(結構な人数がいるな……)
そこにいたのは、多くの貴族とその護衛となる兵士、そしてメイドや使用人たちが揃っていた。
「どうぞ、ウェルカムドリンクです」
「ああ、ありがとう」
そういって美しい容姿のパーラーメイド(いわゆるゲストの相手をするメイド)と思しき女性は俺に度の強そうなカクテルを渡してきた。
俺が酒を飲めるか確認せずに酒を渡す様子などから考えても、彼女は慣れない日雇いだとは想像がついた。
(まあ、これを俺が飲むのはダメだよな……)
『合法侵入』で忍び込んだ俺が、ここの食べ物を口にするのは盗みと変わらない。
そう思って俺はカクテルをそっとテーブルの上においた。
そして俺はダンスをしている客を見やっていると、一人の男が警備兵に声をかけていた。
「すみません、兵士さん……。お手洗いはどこですか?」
「え? えっと……。すみません、ちょっと待ってください」
そういうと屋敷の見取り図を見ながら案内をしていた。
恐らく彼らも正規兵ではない。ざっと会場を見回したところ、正規の従業員なのは門番をやっていたガーゴイル達と数人のメイドだけだ。
恐らく、そのメイドたちは「メイド・オブ・オールワーク(家事や炊事など全部の仕事を行うメイド。読者がイメージする『フィクションに出るメイド』のイメージに近いと思われる)として働いているのだろう、服がずいぶん汚れている。
(……もう、ファスカ家は貴族の体裁を整えるのが精一杯って感じだな……もし、蛇骨婆の印章を奪ったら……破産するのかな……)
それを『自業自得』と切って捨てるのは簡単だ。
だけど俺は、出来ればファスカ家に出来ることがあれば代わりに力になりたい。
そう思いながらぼーっとしていると、隣から一人の若い吸血鬼の女性が声をかけてきた。
「すみません、そこの騎士様(兵士に『騎士』というのは、いわゆるリップサービスだ)。良かったら私と踊りませんか?」
「え?」
彼女はそういうと、後ろにいる美しい容姿のエルフに対して眉をひそめた。
「実はあのおじさまが……ずっと私と踊りたがってしつこいのです……。なので、少しの間、私に付き合って欲しいんですよ……」
人間である俺の目から見れば、その『おじさま』とやらはタレント顔負けのイケメンであり、年齢も20代にしか見えない。……まあ、ヴァンパイアと人間ではものの見え方が違うのだろう。
「ええ、いいですよ?」
ともかく、ここで踊りもせずに会場をうろうろしていると怪しまれる。
そこで俺は了承した。
俺は会場で流れる音楽に合わせて、ダンスを踊る。
ちなみにこの音楽は、以前訪れたワインセラーの社長(種族はセイレーンである)の歌だった。
やはり財政のひっ迫状況から、身内に手弁当で仕事をさせないとならないのだろう。
(ステップは難しいな……。けど、間違えないように、と……)
「フフフ、一生懸命ですわね? 可愛いお方……」
幸い彼女は踊り自体にはあまり関心が無いらしく、俺のあまり上手ではないダンスにも不満を示さなかった。
とはいえ、蛇骨婆の指導の元、雪女とダンスの練習をしていなかったら、ここで正体がバレていたのは明らかだったが。
俺は彼女の腰に手を回してリードしながら、彼女に尋ねた。
「みなさんは……よくこんな風に舞踏会をされるのですか?」
「ええ……。そうですね、主催する回数も参加する回数も合わせたら月に10回ほど、でしょうか……」
ずいぶんな頻度だな。
……なるほど、言われてみると明らかに参加する貴族はヴァンパイアやレイスなど、疲れ知らずの種族に偏っている。これは地域性の問題だけではないようだ。
「そんなに皆さん、こうやって舞踏の場に出るのが好きなのでしょうか?」
「いえ……。ただ、皆さんが参加されているのに……私だけ参加しないというのも、メンツに関わりますから……」
「そうなんですね……」
よく見ると、ダンスをしている人たちの表情もさほど楽しくはない印象を受けた。
彼らの場合にはもはや、義務感や付き合いで舞踏会を開いているレベルなのだろう。プライドが高く、世間体を異様なほど気にする上に長寿故に意思決定の遅いヴァンパイアらしいといえばそれまでだが。
そんな風に思っていると、会場の一部に人だかりが出来ていた。
見るとどうやら、以前俺たちと戦ったガーゴイルだ。恐らく酒を勧められすぎて酔っぱらっているのだろう、以前出会ったときの威厳は微塵も感じられない。
「それでですね! 私の魔法の一撃をかましました! しかし相手はさすがの『月下の雪姫』! 私の一撃を難なく氷で無効化し、逆に押し返し、雪を氷の刃に変えて私に放ってきたのです!」
「きゃあ、恐ろしいわね……。やはり、さすがは妖怪……それでどうしましたの?」
「私は間一髪その一撃をかろうじてかわしました。すると今度は『闇の目明し』である手の目が、その腕から光の球を放ってきたのですよ。恐らくは妖怪に伝わる秘技である『気功波』だったのでしょうね」
「気功波? ああ、確か詠唱なしで放てる上に属性がない故に相殺できないという、恐ろしい飛び道具ですよね……それもかわしたのですか?」
「いえ……直撃しました。そしてその隙を『妖怪の総大将』ぬらりひょんが逃すわけがありません。奴は仕込み杖を抜き、私ののど元に狙いを定めたのです。その刃の速さはまさに神速、私でなければ受け流しはできなかったでしょう……」
うわあ……めちゃくちゃに誇張されているなあ……俺、仕込み杖じゃなくて持ってたのは普通の護身用の短剣だし、そもそもあの場では抜いてすらいない。
俺は彼の話を聴きながらそう思った。
「恐ろしいですわね……。最近、この領地では妖怪どもが徒党を組んで力を付けているようですから……私も気を付けないと……」
「そ、そうですね……」
こんな風に自分を持ち上げさせるために、俺たちを『めちゃくちゃ強くて悪い奴』に仕立て上げるのはやめてほしい。
そう思いながらも、その様子を見ていると、彼から少し離れたところにもう一つ小さな人だかりが出来ていた。
(……いた……あいつだ……)
その中心にいたのは、以前出会った吸血鬼の少女、ファスカ・フリーナだ。
俺は彼女に別れを告げて、そこに向かっていった。
「いやあ、さすがはフリーナ様! かのような剛の者をともにつけているとは、私も驚きですよ!」
「まさにそうですわね! 次のパーティにも、また誘ってくださいね?」
「え? ……ええ、もちろんですわ! 期待してくださいませ!」
そんな風に、フリーナは周囲の貴族たちに乗せられて返事をしていた。
貴族の連中……種族はリッチーだ……は、ニコニコと笑いながら彼女を値踏みするような目を向ける。
「いや、実は私はファスカ家のパーティが何より楽しみでしてね。この豪華な食事なんてどうでしょう? きっと有名なコックを抱えているのですねえ。挨拶出来ませんか?」
「あ、いや……うちのコックは恥ずかしがり屋なので……」
ここの料理は俺でもわかるが、すべて出前だ。
……恐らく、ファスカ家ではもうコックを雇う余裕はないのだろう。フリーナは嫌味な表情でそう尋ねる貴族に愛想笑いをするしかなさそうだった。
隣にいた女性も答える。
「それに、ここの兵士たちの屈強で頼もしいこと! きっと、領民たちも頼りにされているのでしょう。ところで兵士長はいらっしゃらないのですか?」
「えっと、今日は体調が悪いので……」
兵士のほとんどが数合わせの日雇いだということは、彼らも端から分かっているはずだ。
リッチーは知能が高い上に長寿で、さらに教育水準が高いこともあり、かなり目ざとい。正直なところこの世界では、彼らの魔力や不死性よりも、審美眼の方を周囲に恐れられているほどだ。
しかもリッチーは先祖が短命種だ。そのため、獣人など短命種にはそれなりに敬意を持って接するが、アンデッドを含む長命種を殊更下に見る傾向がある。
そのこともあり、ここ最近では彼らの魔力で殺されたものよりも、彼らの『言葉の暴力』によってプライドをへし折られ、自害を選んだものの方が多いくらいだ。
……正直、フリーナは俺にとってはターゲットだが、あんな風に言われているのを見て俺は黙っておけなかった。
「いやあ、リッチーの皆さま、楽しそうで! 良かったら皆様もこのお酒はどうですか?」
「え? ……なんだ、諸侯の護衛兵か」
俺がそういって酒を手渡すが、そのリッチーたちは不愉快そうにつぶやく。
ちなみにこの酒は、アンデッドでも飲めるように聖別されていない酒を用いている。
俺はフリーナに対してつぶやく。
「ところでフリーナ様。あちらでメイドたちが騒いでおりましたよ?」
「え、メイドが?」
「なんでも、火急の件とのことです。……せっかくなので私もお付き合いしましょうか?」
そこで俺は目くばせした。
こんなつまらない場所から抜け出そう、という意味だと彼女は理解したようだ。
「ええ……ありがとう、えっと……」
「『久遠の理想主義者(エターナル・イデアリスト)』ナーリ・フォンです」
俺は適当な二つ名を付けて答える。
「ナーリ、ね。……ええ……その……礼を言いますわ?」
だが、言われっぱなしだと彼女も気が済まないだろう。
そう思った俺は、半分皮肉交じりにリッチーの連中に言い返す。
「私は……フリーナ様の魅力は、辛い時でも弱さを見せない強さにあると思います。……あなた方は、そういう『内面の良さ』を見る目は持たないのですか?」
「な……」
その発言に、リッチーたちはむっとした顔をした。
まあ俺個人としては『弱さを隠さずに打ち明ける勇気』を持つ人間のほうが好きなのだが。
「いえ、失礼。ですが私は兵士なので……。皮肉を言って人を傷つけることはあまり好きになれないんですよ……」
「なにをいうのよ! 私は別に……」
「あなた方のこととは言っていないですが……自覚があったということですか?」
「む……そ、そんなわけは……」
彼女たちの言い訳には耳を貸さず、俺は少し悲しい気持ちになりながらも答えた。
「あなた方は短命種の人たちより、ずっと長生きする種族なんですよね? ……なら、その人生経験を尊敬できるような人でいてください……俺はあなたがたに失望したくないです」
「……ぐ……!」
その一言は効いたようだ。
「……ま、まあそうだな。私も言い過ぎたな……」
そう、リッチーの男は罰が悪そうな表情でそっぽを向いた。
正直、これは俺の本音だ。
だが、最後に彼らのプライドをくすぐる発言をすれば、彼らの恨みも必要以上に買わないだろう。
そうも思って俺はそう捨て台詞を残すと、彼女を連れてその場を立ち去った。
俺はリッチーたちと離れた後、一時的にパーティを抜け出そうといって、会場を抜けた。
……無論これは、彼女の寝室のある場所を探るためでもある。
「ナーリさん……その……ありがとう、ございますわ……」
そういってフリーナは俺の服の裾をきゅっと掴んだ。
だが吸血鬼特有の怪力のせいだろう、俺の下着がビリ……と敗れる音がした。
「あ、すみません! ひょっとして……」
「いえ、気にしないでください……後で自分で縫うので」
……正直、俺は彼女をだましている。
そのことに罪悪感を持ちながらも、俺は彼女と舞踏会の会場を後にした。
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