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第5章 依頼:トエル帝国で姫君を封じ込めた魔王を始末してほしい

5-8 『最強の偽物』と『最弱の本物』の戦いが、始まるようです

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魔王となったゼログの瞳を見据えながら、俺は大声で叫んだ。

「ゼログ……なんでこんなことをしたんだ!」

……もしゼログの周囲にいる近衛兵たちがその気なら、一瞬で俺は消し炭だろう。
だが、これは注意を俺だけに引く作戦でもある。
囮や捨て駒になる役が必要なら、それを喜んでやる。それが俺達『勇者』の仕事だ。


「決まっているだろう? ……貴様ら人間共を根絶やしにするためだ……」

ゼログは落ち着いた口調でそう言うが、その目の動きを見れば何となくわかる。
やはり、ゼログの発言は本心ではない。

「嘘だな。……だったら、あの場で俺達を殺さなかったのは、なぜだ?」
「フン。お前たちを殺すまでもないと判断したからだ……」
「シスクほどの実力者がいたのに、か?」
「……ああ。私にとっては些細な違いでしかない」


それはあり得ない。
ゼログはシスクから『魔王の魂』について聞いていたのだとしたら、当然彼が、前魔王を討伐した魔導士を両親に持つことも知っていなければおかしい。

ゼログの頭なら、シスクは『魔王の力を封じる技術』を両親から受け継いでいる可能性がある、ということまで想像できないはずがない。

本気で人類を滅ぼし、世界をわが物にするつもりならば、シスクは最初に始末しなければならないはずだ。

そして俺はゼログの傍らにいた、イレイズに向けて叫んだ。

「おい、イレイズ!」
「ん、なんだい?」


彼女は、俺の投げかけた声に面倒くさそうに反応した。
恐らく『ゼログなら、こいつらは相手にもならない』とでも思っているのだろう。

「ゼログを操っているのはお前か?」
「操る? ……ゼログ様ほどの化け物を操る力があるなら、教えて欲しいけどね?」
「……じゃあ、やっぱりゼログは、お前自身の意志で、魔王になったのか?」
「そうだ。この力がどうしても……必要だったからな」


やはり、嘘だ。
俺は昔を思い起こすような口調で笑いかける。

「ハハハ……。お前って本当に嘘が苦手だよな。俺たちと旅してた時からそうだ。本当は何でも自分だけでできる癖に、俺たちに見せ場を作ってくれてたろ? ……その時と同じだよ、今のお前は……」

「……それはお前の勘違いだ……」

「どうかな……。けど、一つ教えてやるよ……。嘘ってのはさ……こうやってつくんだよ!」



俺が叫ぶとともに、リズリーとトーニャは後ろ手に隠していたスクロールを掲げた。



「自然をつかさどり、かつその自然を捻じ曲げる存在よ! 今ここに封じよ!」


そしてスクロールはすさまじい光を放ち、部屋全体を包み込んだ。


「ぐ……」
「くそ、動けない……魔法……無効化……の魔法……?」
「先代の魔王が……倒された魔法……まさか、貴様が……後継者だったか……」

その光を浴びながら、イレイズたちはみな苦悶の表情を見せながら地面に倒れ伏した。
……シスクのことをゼログはイレイズたちには伝えていなかったことが、彼らの発言で分かった。
やはり、ゼログの言動はちぐはぐだと改めて認識した。



「リズリー。手伝ってくれて感謝する」
「失礼ですね。あなたが、私の協力をしてくれたのでしょう?」


トーニャとリズリーはお互いに悪態をつきながらも、スクロールに魔力を送り続ける。
幸いだったのは、この部屋にいた魔族はすべて悪魔系の魔物だったことだ。
手下たちはみな、地面に転がり立ち上がる気配すら見せてこなかった。


「なるほど……弱きものが……人間風情が……こざかしい……まねを!」


だが、流石はゼログといったところだろう。
彼は膝をつきながらも倒れず、腰から聖剣を抜いて、こちらに向けてきた。


「おしまいだよ、魔王!」
「ああ……本当のことを言わないなら、それでいい! 終わりだ、ゼログ!」

そしてとどめとばかりに俺とフォーチュラはとびかかる。
……だが。


「私を……なめるな!」

ゼログはそう叫ぶと、聖剣をフォーチュラに投げつける。


「きゃあ!」

その剣はフォーチュラの服を貫き。床に縫い付けた。
この世界の理とは異なる魔法体系なのだろう、その聖剣はこの部屋でも魔力を保っているのか、淡い光を発し続けていた。


「く……嘘……抜け……ない! なんで! 服が破れない!」

フォーチュラは縫い付けられた服を破こうとしたが、びくともしない。

……おそらく、フォーチュラの服は聖剣の魔力で固定されている。
ゼログの聖剣は、本来は特殊なものにしか抜けないものなのだろう。
当然『台座を掘り起こす』ことも出来ないようにするために、刺さったものを固定する魔力があることが、その様子から理解できた。


「くそ……!」
「これで残りはお前ひとりだ、ワンド!」

……つまりフォーチュラはもう戦えない。いや、戦えるのは俺一人だ。
だが、今この瞬間が、ゼログを倒す最後のチャンスだ。

「はあああ!」

俺は剣を振りかぶった。……だが、

「遅い!」

ゼログの掌底は正確に俺の手首を捕らえた。

「ぐ……」

さらにゼログは、俺の手元を思いっきり蹴り上げた。


「剣が!」
「ワンド!」

……俺の剣はひゅんひゅんと宙を舞い、俺の後ろに突き刺さった。
俺は思わず振り返ろうとした瞬間、

「ワンド! どこを見ている!」

その隙にゼログの拳が俺の顔面にヒットした。

「ぐ……!」

凄まじい痛みに俺は大きくぐらつかせる。
……だが。


「……はあ……はあ……浅い、か……」


いかに『最強魔王』のゼログと言えど、魔法無効化が展開された状況では、その一撃はそこらの人間と大差ない。

……もっとも悪魔系の魔族にとって、魔法無効化を受けるなど、人間でいうと重りをつけて深海に沈められたようなものだ。

「ゼログ様……まだ、動けるの!?」

イレイズが驚愕の表情でゼログを見ていることからも分かるが、この状況で普通の人間のように動けること自体、ゼログがとんでもない奴だということなのだろう。

……だが、ここで負けるわけにはいかない。
俺は痛みにこらえながらも、拳を握って、


「うおりゃあ!」

ゼログの顔を同じようにぶん殴った。

「ぐ……」

防御力の方も、ただの人間と変わらないようだ。
ゼログは大きく体を揺らしながらも、何とか踏みとどまった。



……この状態で、俺達は同じことを考えたようだった。


「……おい、ゼログ……剣も魔法も……お互い品切れだ……」
「そうだな。……最後は……こいつで決着をつけようか」
「ああ。……『最強』のお前に……『最弱』の俺が……同じ土俵で……戦えるなんて日が来るなんてな!」


俺達は互いに示し合わせたように、拳を握って向き合った。
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