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第5章 依頼:トエル帝国で姫君を封じ込めた魔王を始末してほしい

5-6 決戦直前、ワンドはトーニャと屋根の上で語らうようです

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それからほどなくして、俺達は新生トエル帝国にある城の謁見室に案内された。


(ここは……凄い街な……)

新生トエル帝国は、今まで俺が訪れたどんな街よりも大きく、いつかプライベートでゆっくり散策したいとも思えるほどだった。

そしてこの王宮もそこらの諸侯の城とは比べ物にならなかった。
特にその謁見室は豪奢な内装も相まって、まるで別世界のような気持ちになるほどであった。


「勇者ワンド、ここに参りました」

流石にこのような場所では、俺もかしこまった態度を取らざるを得ない。
俺は国王の前で膝をついて、そう答える。……当然、トーニャやシスクたちもだ。


「おお、そなたが勇者ワンドか……」
「話は聞いております。我が騎士団をレッドサンド・ワームから救ってくれたこと、まずはお礼を申し上げます」
「は……」


国王と王妃は、威厳を持った態度で俺たちに接してきた。
周囲の近衛騎士たちはこちらに警戒心を崩さないながらも、剣に指をかけないなど、可能な限り礼を尽くしているのが所作から分かった。


そして、本題とばかりに国王は尋ねる。


「すまぬが……そなたに頼みたいことがあるのだ。……内容は……聴かなくともわかるな?」
「ええ……魔王ゼログの討伐……ですね?」
「その通りだ。……これを見てほしい」


そういうと、国王は玉座の後ろのカーテンをさっと開いた。

「これは……」


そこには、身なりがよく、大変美しい美女が氷漬けになっていた。
魔法の氷でできているためか、表面は結露しておらず、また氷が溶ける様子も見られなかった。

「綺麗……おっと」

思わずトーニャは口を滑らせたがその気持ちは分かる。
……それだけ、その氷像と化した王女は美しかった。


「こちらは……王女様……ですね?」
「そうだ。……魔王ゼログの奴が、ここに宣戦布告する際に……ついでとばかりに氷漬けにしてきたのだ!」

そう俺達が話している最中、リズリーは氷の材質について調べていた。
彼女は魔法の解除方法について分かったのか、少し残念そうな表情を見せた。

「この魔法は……最上級のものです。一度かけたら私たちはおろか、術師自身でも解くことは出来ない類のものです。……この魔法を解くためには……術師を殺すしかありません」


……そうか。
俺は出来れば、ゼログとは戦うことなく話し合うことが出来れば、と思っていた。
だが、もはや和解の道は絶たれた。そう痛感し、俺は心の中で歯噛みした。

そして王妃は涙目になって、俺にすがるような目を向けてきた。

「お願いします! これは王妃として以前に、一人の親としてのお願いです! ……どうか、あの魔王を退治し……王女を……娘を助けてやってください!」
「……礼には好きなものをやる。そなたを英雄として永遠に称えようではないか!」


……正直、それは勘弁してほしい。
もう『伝説の勇者』としてあちこちで過大評価されるのはこりごりだ。

だが、今この場でそれを言うべきじゃないことくらい、俺にだってわかる。

「……は……。分かりました、お引き受けいたします」
「おお、そうか! すまない、本当に……」


それから国王は俺たちに何度も頭を下げた後、ゼログの居城の場所を教えてくれた。
恐らく場所は旧トエル帝国の城、即ち旧魔王城であるとのことだった。

陸路なら何日もかかるが、ソニック・ドラゴンなら8時間程度で済む。
……とはいえ、すでに時刻は夕方になっており、これから魔王城に向かうのは体力的にも厳しい。

明日の夕方にここを発ち、魔族の力が弱まる夜明けとともに魔王城を急襲する予定だ。
そのことを国王に伝え、俺達は城を去った。




その夜。
「シスク様! お野菜切ったよ! 次は何をしようか?」
「ああ、じゃあそこの鍋を見ていてくれ」

昼間に村人に対して『けじめ』をつけさせてくれた礼と称して、シスクは料理当番を替わってくれた。

見たところリズリーと同様にシスクも料理は得意なようだ。また、彼に好意を持っているためか、フォーチュラも『あたしも手伝わせて!』と言って、さきほどから頑張って料理を手伝っている。
リズリーも、そんなシスクとフォーチュラを微笑ましそうに見ながら、俺に笑みを浮かべてきた。

「兄様の料理も絶品ですよ? ワンド様も楽しみにしていてくださいね?」
「ああ……」


だが、俺の頭はゼログのことと明日の決戦のことでいっぱいだった。


「……ねえ、ワンド様? ……ワンド様は無理に、魔王城に行かないでもいいのではないでしょうか?」
「え?」
「……今度の相手はワンド様の大事な仲間ですし……それに、ひょっとしたら帰れなくなるかもしれないですから……」


リズリーは言葉を選んでいるのが分かるが、本音では、最弱勇者の俺が戦いの中で命を落とすのを心配しているのだろう。
だが俺は、首を振った。


「いや……。なんとなくだけど……俺が行かなきゃいけないような気がするんだ」
「どうしてそう思うのですか?」
「……分からない。ただ、ゼログはわざわざ俺達を殺さずに、転移魔法をかけてきただろ? きっとゼログのことだ、何か意味があったんだと思う」
「そう、でしょうか……。単に興味がなかっただけかもしれませんよ?」
「どうだろうな。……けど、俺も出来ることをやりたいんだ」

それを聞いて、リズリーはフフ、と苦笑するような笑みを向けた。


「しょうがないですね。……なら、私はワンド様を命に代えてもお守りします! 安心して、ゼログ様の元に向かってください!」
「……ああ、ありがとう……」


俺は、椅子から立ち上がった。

「どこに行かれるのですか?」
「ああ。……ちょっと外の空気を吸おうと思ってな」

そう言って俺は、宿を後にした。



俺は教会の屋根の上で、いろいろと考え事をしていた。
やはり頭に浮かぶのは、ゼログのことばかりだった。

「ゼログ……なんでこんなことを……」


ふと俺は、ゼログと一緒に旅をしていた時のことを思い出した。
ただ強いだけではなく、優しく、高潔な割に意外と気さくな性格だったゼログ。恋愛相談にも快く乗ってくれた。
そして俺やトーニャの歌や踊りを楽しそうに見てくれていたゼログとの旅は、今でもいい思い出として心に刻まれている。

……もし俺が、あの時ゼログに庇われる必要が無いほど強かったら、こんなことにはならなかったのかな……


そう思っていると、背中にふと暖かいものが触れた。


「誰だ?」
「やっぱり、ここに居た」


トーニャだ。
背中合わせになって、俺に寄り添ってくれていたことに気づき、俺は胸が高鳴った。
……すでに媚薬の効果は切れている。だから今までのような激しい興奮ではないが、どこか心が休まるような感覚。

……やっぱり、俺はトーニャのことが好きなんだな。
そう改めて感じるとともに、今までの気持ちが媚薬による偽物の感情ではなかったことが分かり、嬉しくなった。


「キミ、思いつめた時って、いつも教会の屋根にいるよね?」
「ああ……やっぱりトーニャには分かったか」
「うん。……ゼログのこと、考えていたでしょ?」
「ああ。あいつと殺し合いをするなんて、考えたくなかったな、と思ってな」

そう言うと、トーニャは少し嫉妬するような口調で答えた。


「フフ……キミはさ。いっつもゼログのことばかりだよね」
「え? ……いや、そんなことないよ。俺はトーニャのことが一番……」

愛している、と続けようとしたがそれをトーニャは遮った。

「愛しているって言ってくれるのは嬉しいよ。けど……一番『考えている』のはゼログだって、私は分かっているから。……ちょっと妬けるくらいにね」
「……ははは」


俺はそう苦笑するしかなかった。
そしてトーニャは、少し悲しそうな表情でつぶやく。



「明日戦うことになるゼログってものすごく強いでしょ? けど……私は自分勝手で最低な人間なんだ。……だからさ……」

そして、俺が置いていた手の上に自身の手を重ねた。



「キミがもしもゼログにかなわないと判断したら、キミを置いて逃げるよ」



「……トーニャ……」

普通なら、残酷な一言に感じるかもしれない。
だが、トーニャは続けた。


「きっとリズリー辺りは、キミと一緒に死のうって思うだろうから……。その時は、私があいつを殴り倒してでも連れていく。もちろん、フォーチュラやシスクも、ね。キミは私たちが逃げるまで時間稼ぎして、それで死んでくれればいい」
「ああ……」

「……私はそれ、凄い嫌だけど……それがワンド……ううん、『勇者ワンド』の望みなんでしょ? ……とことんまで付き合ってあげるよ、キミの矜持にね」


トーニャは、俺の気持ちを本当はしっかりくみ取ってくれている。

……トーニャを好きになってよかった。
俺は改めてそう思い、その手をギュッと握った。


「ありがとうな、トーニャ……」


……俺達『勇者』の命は軽い。
誰かのために戦って、誰かのために命を捨てるのが本懐だ。


そんな俺達は『命を粗末にする、バカな奴』とバカにされることも多い。
だが、俺は何があっても『自分の代わりに誰かが死ぬ』ことだけは嫌だ。それがトーニャ達ならなおさらだ。


「けどさ……」

トーニャは俺の背中にもたれかかるようにぐい、と体を寄せてきた。
そしてトーニャは向きを変えたのだろう、額が当たる感触を感じた。
暖かい吐息が俺の背中に当たる。


「キミが居ない世界に……私は、生きていたくない。……これだけは覚えておいて?」



「ああ……。嬉しいよ、トーニャ……」
俺は笑って、そう答えた。




そしてしばらくそうしていただろうか。
トーニャは俺から体を離し、立ち上がった。


「そろそろご飯も出来るところだから、降りようか?」
「そうだな。……トーニャ……」


そこで俺は少し考えた後、思い切ってこう叫んだ。


「トーニャ! 来年……来年さ! リズリーとの約束が済んだら、また恋人に戻ろうな?」


『死にたくない』なんてこと、俺は言えない。……そもそも俺は人より命の執着が薄いことは分かっている。だから、そんな感情自体が湧いてこない。

だが、出来るなら来年も、その先もトーニャと恋人として一緒に生きていきたい。
……これもまた偽りのない本音だ。


「へえ……。言ったね? ……それならもう撤回はできないから。今度付き合ったら、一生別れるつもり、ないよ? ……死ぬまで一緒に居てもらうから、覚悟して」


トーニャもそう言うと、にっこりと笑ってくれた。
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