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第4章 依頼:最近遺跡に出没する謎の人影を調査してほしい

4-7 リズリーもやっぱりヤバい女だったようです

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突然のキスに俺は何の反応も出来ずに唖然とした。
リズリーは俺の首筋に当てた杖に、体重を乗せてきた。

「が……は……」

息が苦しい、鼓動がどんどん早くなる。
俺を殺す気か? ……もしそうなら、殺されるほどのことをしたのか?
リズリーは泣きそうな表情で、だがそれでいて俺を誘惑するような顔で俺に尋ねてくる。


「あのね……? こんなことになったのも、全部ワンド様が悪いんですよ?」
「俺が?」
「トーニャ……ううん、あの女から全部聞きました。ワンド様、私があなたを嫌っているなんて嘘を信じ込んでしまったのでしょう?」
「嘘……? なのか……?」

信じられなかった。
正直、俺は剣の腕も技量も最低レベルだ。
頼りがいでも頭の良さでも、ゼログには遠く及ばない。

そして、いつも誰かに頼って冒険をこなしてばかりの俺が、リズリーに嫌われるのは至極当然のことだと思っていたからだ。

それに、率直なトーニャが嘘をつくとは思っていなかった。
リズリーは、呆れたような表情で杖にさらに力を込める。

……息ができない、酸素を全身が欲しているのがわかる。
リズリーは静かに、だが明らかに憎悪を込めた声で尋ねる。

「……そうでしょう、トーニャ?」

トーニャは拘束魔法をかけられており動けないが、言葉を発することは出来るようだった。
観念したような表情で、俺に答えた。


「うん……。もう白状するよ。リズリーがワンドを嫌っているって言うのは嘘……」
「嘘……なぜ……」
「私、ワンドが好きだったから……リズリーに取られたくなかったから、そう言ったの」
「なに……」
「……ゴメンね、ワンド。私、キミが思うような女じゃないんだよ……嘘つきで、自己中な……どうしようもない奴なんだ」


トーニャは絶望的な表情をして、俺に頭を下げてきた。
……俺に対する接し方に刹那的な想いを感じたのは、遠くない未来こうなる日が来ることを知っていたからだったのか。

リズリーはどこか狂気を込めた目で俺の方を見つめる。


「だから、ワンド様は私に殴られて当然なんです。 首を絞められて当然です。……苦しいですよね? 死にそうですよね……?」
「……ぐ……」

苦しさのあまり、声もろくに出ない。
普通なら抵抗するべきなのだろう。実際、リズリーとの体格差なら流石に最弱勇者の俺でも払いのけられる。


……だが、もし俺がリズリーをそれほど傷つけていたのならば。
所詮勇者の命は軽い。俺は死を甘んじて受けるべきだ。

そう思っているとリズリーは俺の首筋に沿って指でなぞり、

「……さて、もうそろそろ良いですわね」


そういうと、急に杖を離した。


「がはあ! ぶは、はあ……はあ……」

ようやく待ちわびた酸素が来たと言わんばかりに、俺の身体はなんども息を繰り返す。
何か周囲に妙なにおいが漂っているが、そんなことを気にしていられる状況じゃない。
俺は胸いっぱいに何度も酸素を取り込んだ。


そして、ようやく息が整ったと思ったのもつかの間、

「さてワンド様。……苦しめたお詫びをしますね」

リズリーは俺の首に後ろから手を回し、思いっきり自分の方に引き込んだ。
やっと息を整えたばかりの俺には、その動作に反応できるわけもなかった。


ドサリ、とリズリーはあおむけに倒れ俺は、完全にリズリーを押し倒す形になった。
その状態でリズリーは、もう一度俺の唇にキスをしてきた。


「ん……ん……好きです、ワンド様……」


先ほどのキスと違い、強引に押し付けるようなキス。
とろけるような感覚に俺の頭は焼かれそうになる。

「ぷはあ……」

そしてリズリーは唇を離すと、ねだるような目をしながら俺に囁く。


「ワンド様。……以前ミノタウロスから守ってくれたお礼をします。……私を『無理やり』襲ってください」
「ぐ……」

そしてリズリーは俺の首に巻き付けた腕に、力を込めてきた。
渾身の力を込めているのだろう、この態勢では振りほどけない。
そしてリズリーは俺の目をまっすぐと見つめて、

「……私の顔、もっとよく見てください……」


そうつぶやく。
……俺の胸がドクン、と跳ね上がった。


(……どうなってんだ、俺は……)

その潤んだ瞳に見つめられるだけで、頭の中を突き通したような感覚に襲われる。
その大きな胸……リズリーがわざと押し付けているのは分かっているが……に体が触れ、揉みしだきたい欲求にかられる。
その柔らかい唇にむしゃぶりつけ、と頭が何度も激しい命令を何度も下している。


元より俺は、この手の欲求は他人より弱いことは自覚している。
こんな感覚、トーニャが相手でも襲われたことがない。


……まさか。
俺は先ほど感じた妙な匂いのことを思い出した。

あの感覚は、以前懺悔室(『2-4 魔族編 最弱勇者は偽シスターに恋愛相談をしてしまうようです』より)に充満していた匂い……いや、瘴気と同質なものだ。


俺は胸元に手を触れた。……やはり、だ。
リズリーはそんな俺を見て、小悪魔……いや、悪魔のような笑みを浮かべる。


「フフフ。探しているペンダントはこれですよね?」
「リズリー……いつのまに……」


そう、俺が以前トーニャと交換したペンダント(『3-8 見たことない少女に怪物退治の依頼を受けました』より)が無くなっている。

あれは瘴気を防ぐ効果がある。……首絞めから解放する直前、俺の首筋に指を這わせた時に奪ったのか。


「私はあの女と違って『正々堂々と』ワンド様に薬を使いたいので、種明かししますね?」

そういって、リズリーは懐を広げ、小さな薬瓶を取り出す。

「先ほどワンド様に嗅がせた匂い、あれはここにある、魔族由来の強力な催淫薬をしみこませ、揮発させたものです。もう、正気を保てないでしょう?」


広げた懐からは、彼女の大きな胸の谷間が露わになった。
……だめだ、これもリズリーの策略だ。俺は必死で目を背ける。

「まだ足りないみたいですね……直接ならどうですか?」

そう言うとリズリーは、その薬瓶のふたを開け、俺の顔をその大きな胸にうずめさせると、頭からとぽとぽとかけてきた。

ドクン、ドクン、と俺の鼓動は更に激しくなる。
その音が自分でも聞こえてくる。全力疾走した後でも、こんな動悸はしないだろう。


「やめろ、リズリー……もう、本当に……」
「やめません! はやく、私を『無理やり』襲ってください! 苦しんでも嫌がっても、絶対に止めないでください! 私が壊れるくらい思いっきり! 早くしないとワンド様、正気を失いますよ?」


だめだ、俺の思考がもう俺自身のものじゃないみたいだ。
本能が『そうだ!』『リズリーを抱け!』と凄まじい声で命令をしてくる。


「くそ……」


……その声に従ってリズリーの身体を傷つけ、トーニャを苦しめるくらいなら、死んだ方がましだ。

俺は自害するべく剣を抜こうとした。……だが、俺の腰には携帯用の荷物袋しかない。


剣は宿屋に置いてきた……いや、行く前にフォーチュラに渡していたんだ。
こうなることを薄々想定していたな、フォーチュラは……。


リズリーはスカートのすそを少したくし上げ、太ももを見せて誘惑しながら笑う。
……だめだ、見るな。多分見たら……最悪一生……正気を保てなくなる。


「フフフ、ためらいなく自害を選ぶなんて、ワンド様はお優しいですね? さあ、ワンド様? もう限界でしょう?」


(……そう……だ……)

俺は最後の理性で体を起こし、荷物袋に入れていた木の実を取り出した。
これは以前ミノタウロスとの戦いで使った木の実の余りだ(『1-10 最弱勇者は魔物をけしかけるようです』より)。

炒れば香りが強くなるが、生で齧っても強烈な匂いを発する特徴がある。
俺はそれを一気にすべて齧った。

「ぐふう……」

生食に適さないこの木の実の苦さはすさまじかった。
だが、その味と強烈な匂いが、俺に一瞬の理性を取り戻してくれた。


「貰った……!」
「え、嘘……」

そして俺は、油断していたリズリーからペンダントを奪い返して身に着けると、力を振り絞って体を引きはがした。


「はあ、はあ、はあ……」


酷い動悸に頭が壊れそうだが、何とかペンダントの効果で正気を保てるようになった。
リズリーはそれを見て、寂しそうに尋ねる。


「どうして、断るのですか? 私の身体、魅力ないですか?」
「そうじゃない……そうじゃないんだ……逆だよ……」


勿論『リズリーの身体を傷つけたくない』という気持ちはあるし、それは本当だ。
だが、リズリーの聞きたい言葉は、それではないだろう。

「ありがとうな、リズリー。こんなに俺を想ってくれて……」
「ワンド様……」

……形はどうあれ、リズリーははっきり俺に好意を示してくれた。
なら俺も、本音を伝えないといけない。これでトーニャが幻滅するかもしれなくとも、だ。


「情けないけど、はっきり言うよ。……俺は……これ以上リズリーを好きになりたくないんだ!」
「ワンド様……」
「リズリーは可愛いよ、素敵だよ、魅力的だよ! だから一度でも抱いたら、きっと頭からリズリーが離れなくなる。……けど、そうしたら、トーニャへの想いが頭から消えていきそうで怖いんだよ!」


我ながら情けないことを言っている。
『俺はトーニャ一筋だから抱けない!』なんてカッコイイことを言いたいが、それは嘘だから言えない。
実際俺はリズリーに迫られて心が揺れるような、メンタルの弱いダメな奴だ。


俺もゼログみたいに揺れない心を持てればよかったのにな……。


「怖い、ですか? ……なんで? なら、私に心変わりしたらいいじゃないですか……」
「それは裏切りだろ? ……俺は今、トーニャのことが好きなんだ。……だから……」


だが、その発言を待っていたと言わんばかりに、リズリーは半ば同情するような笑みを浮かべた。


「なら……。その『好き』って気持ちすら、その女に『植え付けられたもの』だったら?」

そう言うと、リズリーは急にトーニャの方に歩くと、彼女が持っていた荷物袋をひっくり返した。


「今私がワンド様にした行動を……。その女がずっと昔からしていた、と知ったら……?」


……そこには、俺が見てもはっきりと媚薬と分かる薬がいくつも出てきた。
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