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第4章 依頼:最近遺跡に出没する謎の人影を調査してほしい

4-2 ゼログ編 シスクは最強勇者の「友達」になってくれるようです

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勇者ワンドに扮した偽勇者ゼログは、先ほどの勇ましい声とは対照的な、優しく包み込むような声で乗客に語り掛ける。

「……みな、怪我はないか?」


大嵐の上に、ゼログは口元を長い襟で少し隠すようにして立っていることもあり、乗客たちにはゼログの顔が良く見えていない。

だがゼログの秀麗な容姿は、その距離と状況でも乗客たちには分かったようだ。
そして、彼のよくとおる美しい声を聴き、誰もがその瞬間に言葉を失った(ゼログは歌は下手だが、声自体はとてもきれいである)。


「ありがとうございます、ワンド様!」
「ワンド? ……あの伝説の勇者様が来てくれたのか!?」
「うわあああ……凄い! そうだよ、あの格好は以前お話で聞いたのと一緒だもん!」
「ワンド様に会えるなんて、素敵!」


クラーケンから文字通り解放された安堵もあったのだろう、そして、船上は歓喜の声に包まれた。
そんな中、船長と思しき男が船首に立ち、ゼログに向かって叫ぶ。


「ワンド様、こちらは大丈夫です! けが人はいません!」

船長の言う通り、クラーケンによって船は大きく動揺したが、幸い海に投げ出されたものはおらず船の損壊も軽微だった。……後5分ゼログの到着が遅れていたら、皆殺しにされていただろうが。

それを聞いて安心したのか、ほっと一息ついた後ゼログは答える。

「それならよかった。……私の名は勇者『ワンド』。最愛のものの名はトーニャ。旅の道すがら、あなた方の困っている声が、恋人トーニャの耳に届き、私に囁いた。……あなた方を救え、と」
「そ、そうだったのですか……」
「トーニャ様に……われらの声が届いたのですね?」
「流石はトーニャ様……ここにおられないのが残念ですじゃ……」


勿論これは嘘だ。
ゼログはこのような場で、必ず勇者ワンドを名乗る。……そしてトーニャが恋人であることをこれでもか、というほどアピールしている。

彼は自身の行動を『愛し合う二人をくっつけるための行い』と信じて疑っていない。


船の乗客たちが自身に対して畏怖を交えたまなざしを送っている中ゼログは、


(これで……あの二人は英雄だ……。きっと喜んでくれるだろう……)


そう思いながら、そっと剣を鞘に戻した。

……もっともこのゼログの行動は、トーニャが先日行った『ワンドに暴行を加えた上で嘘を吹き込み、無理やり恋仲になる』という蛮行を後押しした要因の一つになっているのだが。




しばらくして、ソニック・ドラゴンに乗っていたシスクが降りてきた。

「おお、あれは伝説のソニック・ドラゴン……?」
「そんな、あれを使役できるものがこの世にいたなんて……流石はワンド様……」

周囲がまたしても畏怖の声で満たされるなか、シスクは海上を覗き見た。

「おい、どうしたんだ……って、なんだ、このデカブツ……キ、キング・クラーケン!? こんなやばい奴をこの一瞬で始末したのか!?」


ドラゴンの背中からは下りずにゼログの上空を旋回しながら、彼は叫んだ。
そんなシスクに対して、ゼログは平然と答えた。

「ああ、こいつが船に悪さをしていたようだ。……ビーストテイマーの魔導士、シスク! いまからそっちに戻る!」
「え? ……うお!」


ゼログはそこから飛び上がり、十数メートルは上空に居たソニック・ドラゴンの背に、こともなげに飛び乗った。


「おいあんた、この距離で飛び乗れるとか、本当に人間かよ!?」
「すまない、驚かせてしまったな。……さあ『転地の遺跡』に急ごう!」


そう大声で叫んだあと、最後にゼログは船員たちに向き直った。


「あなた達をお騒がせして済まなかった! どうか、良い船旅を!」

するとゼログ達はドラゴンを上昇させ、その場を去っていった。



「おいおい、あんた凄いな。あのキング・クラーケン、あの海峡の主だったと思うぞ?」

まだ興奮冷めやらぬ雰囲気で、シスクはゼログに訊ねた。

「海峡の主?」
「ああ。あの辺って海峡になっていて、船の通り道になっているんだ。昔からあのキング・クラーケンは、あのあたりに巣くって船を襲う恐ろしい奴だったって聞いている。……あいつのせいでいくつもの船が沈められた、ともな」
「そうだったのか……」

そこでゼログは、シスクにぽつりとつぶやく。


「シスク。ドラゴンに乗り込む際、あなたの名と目的地を叫んだのは覚えているか?」
「ああ。少し不自然な名前の出しかただったからな」
「……実は、あれには理由がある」
「理由?」
「そうだ。……あなたの計画の実現のためなら、この方が手っ取り早い」

そう言うと、ゼログは少し説明した。


「……確かにな。その方がリズリーを救うのも早い、か……」
「すまない。私はあなたを利用させてもらっている。魔王の魂を私の元に宿すためにな」

そういって頭を下げるゼログ。
それを見たシスクは、フッと笑みを浮かべると軽く頭を小突いた。

「……それはお互い様だろ?」


魔王の魂を完全にリズリーから消滅させる方法は二つある。
一つは、リズリーを殺し、その魔王の魂ごと食らうこと。
もう一つは、ここから北にある『転地の遺跡』にある、魔道具を使用することだ。当然二人は後者の方法を採った。


「ほら、もう一個やるよ」
「え?」

シスクはもう一つ果物を取り出し、ゼログにポンと投げて笑った。

「私とあんたは一時的に利用しあってる関係だけどさ……。ゼログ、あんたのことは嫌いじゃないぞ」
「……ああ。私もあなたのことは好きだ。この共闘が終わるのは惜しいくらいにはな」

その発言に、シスクは少し嬉しそうな表情になった。


「だろ? ……正直さ、私はあんたがわからない。けど、これだけは分かるよ。『魔王の魂』を手にした後って、私たちは敵同士になるんだろ?」
「……この際だからはっきり言う。私は恐らくあなたと敵対する」
「だよな? ま、仕方ないけど……けどさ!」

そしてシスクはゼログの肩をポン、と叩いて笑った。



「逆に言えばまだ敵同士じゃないだろ? だからさ。……せめてあと6時間は……『友達』として一緒にいないか?」



「友達、か……」

そう、ゼログは感慨深げにつぶやいた。
元の世界ではゼログは常に孤独な一人旅をしていた。

そしてこの世界で知り合ったワンドとトーニャは大切な『仲間』ではあったが、どこか二人は自分を『自分たちより上の存在』と思っていたのはゼログも感じていた。
その為友達と呼べる関係ではなかったからだ。

「そういうこと! というわけでさ。どうせ暇だし、くっだらない話でもしないか?」
「……いいのか?」

その発言にゼログは嬉しそうな表情を見せた。

ワンドやトーニャは、自己肯定感が極めて低い。
一方でシスクは、元来の自信家な性格に加え、ゼログが持たない『ビーストテイマー』の能力を有している。

その為、シスクもゼログに対して対等な目線で見れるのだろう。
シスクは少しいたずらめいた笑みを見せた。

「もちろんだ! ……じゃあさ、いきなりだけど、あんたの好きなタイプってどんな奴だ!?」
「え!?」


相手の恋愛事情を聴く機会は多かったが、自分からこんなノリで尋ねられることはあまりなかった。

肩でぐりぐりとされながら催促され、ゼログは珍しく動揺した表情を見せた。


「言ってみろよ! ほら!」
「そ、それは……考えたこともなかったな。ただ……やはり……元の世界に居た、姫君のような方だな……」


ニヤニヤと笑いながらも、少し不思議そうにシスクは尋ねる。


「姫君? そういやあんたって転移前の世界じゃ『どっかの国の王子』か何かだったのか?」
「あ、しまった……。いや、隠しているつもりはなかったのだが……」


そんな風に、二人は『友達』として雑談に花を咲かせながら、目的地まで話し続けていた。
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