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第3章 依頼:リザードマンにさらわれた家族を助けてください

3-12 最弱勇者はラザニアをあの世で作るようです

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「なぜ……こんなことを……したんだ……」

腹に受けたところから血が流れ出ているのが分かる。

「ワンド!」
「ワンド様! そんな……私のせいで……!」

後ろでトーニャやリズリーがこちらに向かってきているのは声で分かった。
だが、振り返ることが出来る状況ではない。


「なぜ? あなたが知る必要はないわ? ……だってあなたたちは……」


そう言うとセプティナは指をぱちんとならす。
すると俺達が突入しなかった闘技場への入り口から、続々と魔族が表れてきた。
みな、人間が作ったものとは違う独自の武器を手にしており、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


「ここで死ぬもの」


……ああ、こいつは最悪だ。
数にして30近くの数がここに集まっている。

明らかに俺達一人ひとりより、格上の奴ばかりだ。
そして目の前にいるセプティナは、こいつらよりさらに強いのが見ただけでもわかる。


「……けどまあ、ここまで彼女を連れてきてくれたお礼に、教えてあげるわ。……リズリー?」
「ひ……」

思わずリズリーはセプティナに声をかけられびくりと体を震わせた。
無理もない。このセプティナは先日戦ったヴァンパイアとも比べ物にならない力を持つからだ。


「……あなたの持つ、その魔王の魂が目的よ?」
「魔王の……魂?」


俺は一瞬何を言っているのかわからなかったが、セプティナはにやりと笑う。

「懺悔室で教えてくれて助かったわ。あなたが『魔王の魂』の所有者だったなんてね」
「じゃあ、あなたはあの時の……」
「そう、シスターよ。……あなたの持つ『魔王の魂』を食らえば、私が新しい魔王になれるのだからね……」


そう、セプティナはフフ、と笑う。
トーニャは思わずリズリーの方を向いて、訊ねる。


「魔王の魂……魔王との戦いで消滅……したんじゃなかったのか……?」
「ええ……魂の消滅が出来なかったから……お父様とお母様は……私の身体に……封印せざるを得なかったの……」
「……あら、あなた達知らなかったの? 残念ね。この女の巻き添えになるなんて……」


セプティナは少し意外そうな表情で答えた。
なるほど、これで合点がいった。

……大方彼女の兄『シスク』はリズリーの持つ『魔王の魂』とやらをどうにかする金を集めるために山賊行為を働いていたのだろう。


フォーチュラはセプティナをきっと睨みつけ、大声で叫ぶ。

「シスターがお前ってことは……お前が……お前が神父様を殺したんだな! 許せない!」
「許せない?」

だが、その場から動こうともせずにセプティナは手を上げ、強烈な気弾を飛ばしてきた。

「きゃあ!」

その気弾はフォーチュラの頭上に命中し、闘技場の外壁に大きな穴をあけた。
挨拶代わりに放つような、魔法ですらない魔力の放出でも、リズリーの主力魔法に匹敵する威力だ。


「あなたみたいに弱い獣人が、何を許せないの? ……どう、悔しい?」
「く……くそおお……」

なるほど、わざわざ目的を明かしたのは俺たちの苦痛や絶望に歪む顔を見たいからか。
狡猾な悪魔らしいと言ったところだろう。

……だけど、今が最後のチャンスだ。
俺は出血に伴い意識がもうろうとする中で、必死にポケットを探った。
そして、

「ぐ……だあ!」

力を振り絞って、セプティナに「それ」を投げつけた。


「な、なに……これ……」

俺達はヴァンパイアを退治し、フォーチュラが旅に出ることになった日、神父様の遺品を本格的に整理していた。

その際に見つけた、もう一つの聖水だ。


「体が……動かない……」


剣に塗れば、あの不死身のヴァンパイアですら始末できる、折り紙付きの一品だ。
上位の悪魔、カース・デーモンであってもまともに喰らえばしばらくは動けない。


また、彼女や先日戦ったヴァンパイアと戦って気づいたことが一つあった。
いかに強力な彼らと言えど、所詮は『人型』だ。固い外骨格に覆われているわけじゃない。
これもまた数少ない「俺が彼女たちと互角な点」だ。


……つまり、魔力に守られてさえいなければ、最弱勇者の俺の剣であっても急所に届く。
俺は剣を抜き、彼女の首筋に刃を当てる。
そして、痛みにひきつりながらも可能な限りの大声で叫んだ。

「おい……眷属……ども! ……トーニャ達が……逃げるまで……一歩もそこを動くな! さもなきゃ……この女……セプティナ……を……殺す!」


その発言に周りにいた魔族たちは明らかに動揺していた。

神父様の遺してくれた記録の中には、彼ら悪魔の特徴についても書かれていた。
彼らにとって上下関係は絶対であり、『主君が生きてる限りにおいては』裏切り行為は絶対に許されない。

その為「主君が死んでくれれば、自分が新しく代替わり出来るから一石二鳥だ!」という発想自体がないことが、人間とは決定的に異なる。

逆に「主君の仇を討つ」という概念も、なんらかの言い訳(例として、裏切り者を捕まえ、拷問を楽しみたいなど)が無い限りは基本的には行わないが。

価値観の違いを理解することも、こういう場面では役に立つ。
俺は改めて神父様に心の中で感謝した。


「バカね……そんなことしても、あなたは……逃げられない……わ……」


セプティナはそう言って俺の腹に持つ剣をより強く握りしめた。

「ぐう……」

なるほど、俺を逃がさないつもりか。
……だが、それがどうしたというのだ。

誰かのために戦って死ぬのが『勇者』だ。
俺達『勇者』の命は軽い。トーニャ達を助けて死ぬなら本望だ。
そう思い、俺は剣を握るセプティナの手を掴むと、にやりと笑みを浮かべた。


「……俺が……死ぬまで……後5分は……かかるぞ……。それまでにあいつらは脱出して、お前たちの追跡は……振り出しだ……」
「なによ……あなたが死んで、仲間を助けても……意味ないじゃない……」
「け……悪魔には……永遠に、分からない……な……」

虚勢を張り、俺は剣を彼女に突きつけたままリズリーの方を振り返る。


「……フォーチュラ……」

俺はフォーチュラの方を見て、そう言った。
幸い先ほどの気弾は直撃しなかったこともあり、フォーチュラは健在だ。
彼女は半泣きの表情で俺の方を見やっている。


「悪いな……すぐ、二人を連れて……逃げてくれ……。お前の脚なら……振り切れる……」
「いや、いやだよ……ワンド様……! ワンド様まで、神父様のところに……行くなんて!」
「大丈夫だ……みんなが逃げるまでは……死なないから……だから……俺に、任せてくれ……」


ああ、ダメだ。
やっぱり、ゼログみたいにかっこよく決めることは出来ないか。
……もう一度あいつのかっこいい決め台詞『私に任せてくれ』を聞きたかったな。


「あと……リズリー……」
「ワ、ワンド様……」

そしてせめて、リズリーに今まで迷惑をかけたことは謝らなくては。

「今まで、ごめんな……。あと、ラザニアはさ……あの世で……一緒に作ろう、な……」
「そんな……ワンド様……!」


出血がひどい。もう立っているのも限界だ。
だが、唯一の幸いは、彼ら魔族が俺の実力を知らないことだ。

もし奴らが本気でセプティナのことを助けようとしたら、俺は恐らく、彼女の首に剣を振るう前にやられるだろう。

だから、少しでも俺が「強い勇者」に見えるように必死で踏ん張った。
……だが、突然、

「?」

少しだが体が楽になった。何かしらの回復魔法を受けたのが分かる。
だが、この程度では焼け石に水だ。セプティナの持つ魔剣が体に刺さった状態では回復魔法の効果は薄い。

そして後ろから暖かい肌が触れる気がした。
この感覚は分かる。……トーニャが後ろからぎゅっと抱き着いている。


……この馬鹿野郎。


「おい……逃げろよ、トーニャ……」
「嫌だ。キミは私に借りがある。返してもらうまでは傍にいると決めた……」
「だから……お前を逃がそうと、俺は……」
「借りの返しかたは私が決める! 私はキミの恋人でしょ? ……私はキミと一緒に死ぬまで傍にいる! キミに断る権利なんて、ない!」
「トーニャ……」


……その発言は嬉しい。
死ぬまで一緒に居てくれること、それは何よりも嬉しい。
……けど、それは俺にとって残酷だ。俺はトーニャに生きていて欲しいのだから。


トーニャは俺にぴったりと体をくっつけたまま、リズリーに叫ぶ。

「おい、リズリー! お前は早くフォーチュラと逃げるんだ!」
「で、でも……」
「私がワンドを回復させていないと、ワンドが死ぬ前にお前は逃げられないだろ! そんなことも分からない!?」
「う……」


そうか、確かにそうだ。
仮に俺が死ぬまで5分かかったとする。
それまでにフォーチュラの脚力で逃げれば、奴らの視界からは逃れられる。


……だが、ここは砂漠地帯だ。
空を飛べる奴らからすれば、足跡をたどっていけば5分程度の距離などあっという間に巻き返せる。


……確かにトーニャが俺を延命してくれれば、それまでに完全に奴らを巻けるはずだ。
俺はトーニャの方を振り返って、ふっと笑う。

「ありがとう、トーニャ……」
「気にしないで。……それより、さ。キミも私も、もう死ぬでしょ? 何か……言いたいことはない?」
「…………」


だめだ、トーニャの申し出なしに「愛してる」と言う言葉は、どうしても口に出来ない。


「俺はトーニャを愛する資格がない」


この言葉が頭から離れず、口にしようとすると脳が勝手に遮断するからだ。
今思うと、これはこの目の前にいるセプティナの『呪い』だったのだろう。
だから、代わりにこの言葉を言おう。


「ありがとう、トーニャ。旅が出来て楽しかった」
「ワンド……私も……」


だが、それを聞いたのかリズリーは覚悟を決めた表情をした。


「ごめんなさい、ワンド様……」
「リズリー……?」
「私、あなたに言ってなかったことがあります……」


そう言うと、今度はセプティナが焦るような表情を見せた。

「ま、待ちなさい! まさか……あなた……」
「ええ……あなたの思った通りです!」


そういうと、リズリーの身体から凄まじい闇に包まれた。

「な……」
「くそ! ……まさか魂を『掌握』出来るなんて……!」


そうセプティナは叫ぶ。
次の瞬間、俺はその言葉の意味が分かった。



……闇が晴れた後、リズリーのそのかわいらしい村娘の姿が、そこにはなかった。
あったのは、大きな角が生え、赤い瞳を光らせた恐ろしい姿。

そしてリズリーは、今までの声色とは違う、恐ろしくも妖しい魅力のある声でつぶやく。


「……私……少しの間なら、魔王の力を自分の力として、解放することができるんです……!」
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