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エピローグ:聖女メリアはみなに愛されるようになりました

エピローグ 無能王子は、聖女に迷惑をかけているようです

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「フォブス王子……。ありがとうございました……」


あれからアイネス王子たちはうまく敵の軍に対して奇襲を敢行、敵の王族が一人になった隙をつき、誘拐することに成功した。


そして彼を人質にすることによって停戦に合意、そして賠償金と土地の割譲を条件にすることで戦争はいったんの終結を遂げた。

『王族を奪われたら、その時点で戦争は終わる』という価値観がこの世界に存在するのが、私達にとっては幸いしたともいえるだろう。


冬の到来を感じさせるような、少し冷たい風が私とアイネス王子の間を通り抜ける。
私はぽつりと、独り言のようにアイネス王子に対してつぶやいた。

「もっと早く私たちが到着していたら……。犠牲になる人たちは、もっと少なかったのかな……」
「どうだろうな……。だが『もしも』の話をするべきじゃないな。これからのことを考えよう、メリア……」


……そう、私たちの作戦が完遂する前に、王都は一度陥落していた。
フォブス王子はそんな中で最期まで戦い抜き、一人でも多くの将兵が死なないように獅子奮迅の活躍をしたとのことだ。

道化師ベラドンナはそんなフォブス王子を最期まで支え続けていたらしい。
二人は手を取り合い、戦場で無数の矢を受けて倒れていたとの話だ。


戦うことなく病死したり、敵軍や自国の民の手で処刑されたりするよりは、彼にとって納得のいく結末だった。……私はそう信じたい。


また、大臣ユーグルも兵士たちの助命のために自ら命を差し出したとのことだ。
だが、彼の助命嘆願やフォブス王子の活躍のおかげもあり、北部の兵士の人的損害は想定よりもはるかに少なく済んだ。

ここにある共同墓地の空きスペースの広さが、彼らを含む将兵たちの活躍の結果でもあるのだとも思った。


私とアイネス王子は、フォブス王子と道化師ベラドンナの墓に花をささげた。
因みにフォブス王子の遺言で、墓は隣に並べて欲しいと言われていた。


「メリア……ありがとう、此度の戦の勝利は、そなたのおかげだったな」
「いえ……。私だけじゃありません。これはアイネス王子や、仲間の兵士たち……みんなのおかげでつかめた勝利ですから」


私の手配書はすべて焼き捨てられ、そして私は今『聖女メリア』としてアイネス王子の傍らで政治の補佐を行うこととなった。

これはアイネス王子の希望でもあったのだが、私が進言したものでもある。
私は二人の墓に対して、頭を下げた。


「あなたの遺志は、私たちが引き継ぎますので、フォブス王子はどうか安らかに……」


そう私がつぶやくと、冷たい北風がびゅうううう……と、吹き出した。


「メリア、寒くないか? よかったら使ってくれ」
「……あ、ありがとうございます……」

アイネス王子はそんな私に、自分が身に着けていた外套を貸してくれた。
そして私は、フォブス王子の墓をもう一度見た。私たち以外には、誰も彼に花をささげる人はいなかった。

(王子は……最期まで暴君のまま、死ぬことにしたんだな……アイネス王子にバトンを渡すために……)


もしも私が、婚約していたころにフォブス王子の真意に気が付いていたら、どんな結末になっていたのだろう。
フォブス王子は自分に心を開いてくれ、ともに手を貸してほしいといっていたかもしれない。

あるいは、私には最後まで真意を明かさず、やはり一人で死んでいくことを決めたのかもしれない。


「聖女様だ! お墓参りに来てたの?」
「あの『暴君』フォブス王子にまでお花をささげるなんて、本当に優しいんですね!」

そう私が思っていると、子どもたちが私たちのもとにやってきて、親しげに笑顔を向けてくれた。

……フォブス王子は『歴史上最悪の暴君』、そして他の民はみな『彼に従わされていた、哀れな被害者』として、のちの世にまで語られることを望んでいた。その為、私は敢えて何も言わなかった。


「アイネス王子! そういえば、余った火薬を捨てちゃったって本当?」
「ああ。あんなものは戦争のもとになるからな」
「何考えてんのさ、王子様! ……聖女様、この馬鹿王子に何とか言ってくださいよ!」


相変わらずフォブス王子は自分が『無能』なふりをして、放棄地の再生や治水工事に力を入れている。

幸い戦争が一時終結したこともあり、硝石を肥料に転用することができるようになった。
そのため、北部地方でも同じようなことをして私が『豊穣スキル』を持つ聖女であるように振舞っている。



「まったく、アイネス王子? 火薬を畑に廃棄するのはやめてください。豊穣の力をその土地に与えて、毒を中和しないといけないんですから……」


まだ、この世界では硝石が肥料になることは農夫たちに伝えていない。
大々的にそれを行うと国の硝石が足りなくなり、万が一の際に火薬が使えなくなる恐れがあるからだ。


『豊穣スキル』のようなオカルト的な神話は、恐らくこのように利用されてきたのだろう。

実際に、元の世界でも有名なヴァンパイアの弱点は日光や流水、にんにくなど『清潔なもの・殺菌作用のあるもの』ばかりだ。
これも、伝承を利用して病の予防に使われていたのかもしれないと私は思っていた。

アイネス王子も、私の話に乗って、罰が悪そうに頭を下げた。

「……そうだな、次は気を付けることにしよう。ありがとう、メリア」
「まったくアイネス王子はこれだから。私の力に頼りすぎないでくださいよ?」
「あはは、メリア様、さすが!」
「アイネス王子の首にしっかり手綱つけててくださいね!」


そんな風に言うと子どもたちは少しあきれながらも笑って去っていった。



「アイネス王子……いいんですか、あんなふうに子どもに馬鹿にされて?」
「ああ。……前も行っただろう? 私にこびへつらい、私をほめたたえないとならないような世界なんて、ゴメンだからな」

アイネス王子は相変わらずだ。


自分がちやほやされる世界ではなく、自分が『いてもいなくてもいい』と思ってもらえる世界を作りたがっている。


……そして、私が周りから大事にされるように、私のことを立ててくれている。


私はそんなアイネス王子についていくことにした。
……これはもちろん、全部背負って死んでいったフォブス王子への弔いになるという気持ちもある。

だが、それ以上に私にとって、アイネス王子がそばにいてほしい存在になっていたからだ。


「あら、お二人さん? ここにいたんすか?」
「みんな探したんですよ?」

そういうと、以前王子と一緒に戦ってくれたマッチョマン……彼らの正体は、アイネス王子が選りすぐった精兵だとのちに知らされたのだが……たちが声をかけてきた。
彼らは先ほどまでトレーニングをしていたのか、暑苦しい熱気を漂わせていた。


「へへ、明日からは、北部地方も『ジョギング』するんすよね?」
「そうそう、死んだ仲間のためにも、俺達は頑張りますから!」


先日の戦いの中で、十名ほどの仲間が命を落としてしまったため、彼らの遺族には手厚い補償を行った。


「そうだな……。みんな、これからも一緒に手を貸してくれ」

そういってアイネス王子は彼らに頭を下げた。
因みにアイネス王子は、私がこの作戦を進言したことをあえて口にせず、自分の命令で彼らが死んでいったと伝えている。



「ったく……あんたらが戦争するせいで困るのは、いつもあたしたちなんだ!」



遺族がアイネス王子に、そう叫んでくるのを何度も見た。

たとえ戦に勝利したとしても、それで家族が命を落としたのであれば、当事者たちにとっては何の意味もない。


……つまり、アイネス王子は私の分まで遺族の恨みを背負ってくれたのだ。
それをみて、フォブス王子が私に対して、何が何でも戦争にかかわらせない理由が改めて分かった気がする。


「ほら、みんな集まってますよ?」
「この戦いに終わったら、やるって言いましたでしょ? ねえ?」


だが、彼ら自身はそのことを責めるようなこともなく、楽しそうに笑ってこちらをはやし立てている。


……まったく、しょうがない連中だ……


私はそう思いながらも、アイネス王子の顔をぐい、と寄せ、


「約束は約束ですからね。目を閉じてください、王子」
「あ、ああ……」


そして私はアイネス王子の唇にキスをした。


「おおおお!」
「やった、嬢ちゃん!」
「いいねえ、そういうの最高だよ!」
「結婚式は呼んでくれよ!」


すると、彼らだけではなく周りにいた農夫や猟師たちまでもが私たちのことを楽しそうな表情で祝福してくれていた。


……やはり、アイネス王子は馬鹿にされながらも、多くの人に慕われている王子なのだとしり、私は少しだけ嬉しくなった。


そして私は唇を離すと、アイネス王子につぶやく。


「アイネス王子……。一緒にこれから、新しい国を作っていきましょう? それがフォブス王子の遺志ですから……」
「そうだな……。ありがとう、メリア。これからよろしく頼む」


まだまだ課題は山積みだ。
結局、レイぺルド公国はこちらに対する憎しみは収まっていないうえウィザーク共和国がこちらの国に牙をむかないという保証はない。


だが『無能王子』と呼ばれるアイネス王子と一緒だったら、きっと戦えると思う。
それに『課題が山積みじゃなかった時代』なんて、どの時代のどこの国にも一つとしてないと断言できる。


……もうスローライフを送ることはないのだろうが、それでも一緒に過ごすのは悪くない。
カリナとのお茶会も、当分の間はできないだろう。……だが彼女には、またいろいろな魔道具を作ってもらおう。


私はそう思うと、アイネス王子の方を向き、笑みを浮かべた。
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