転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活三年目&more *

第358話 死神ちゃんと王国兵②

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 死神ちゃんがダンジョンに降り立ち地図を確認してみると、そこは先日どこぞの角がリフォームにいそしんでいた部屋だった。しかし、今ではすっかり、もとの資材置き場となっていた。死神ちゃんはその様子を見渡しながら「そう言えば、あの角が使う前に、すでに誰かが資材置き場にしていたんだっけ」と心の中で呟いた。
 再度地図を確認してみると、〈担当のパーティーターゲット〉がこの部屋へと近づいて来ているようだった。死神ちゃんは扉をすり抜けて、ターゲットの元に向かおうとした。すると、向こうの方から駆け足でやって来た。彼はいきなり抜刀すると、死神ちゃんに向かって刃を向けた。


「貴様か! 我らの勝手に使用するなどして、この部屋をリフォームしていたのは!」

「隊長、ちょっと待ってくださいよ。今、この子、扉をすり抜けで出てきませんでしたか? もしかして、幽霊ゴーストなんじゃあ……」

「だったら、物理攻撃では倒せませんよ! 我々の中には魔法使いも僧侶もいませんし、ここは一旦引きましょう!」

「ええい、うるさい! 王家の命により活動を行う我らの邪魔伊達をするということは、これ、国家反逆罪に同じ! 今ここで、俺が裁いてくれるわッ!」


 リーダーと思しきおっさんは、部下であろう青年たちが止めるのも聞かずに死神ちゃんに切りかかった。死神ちゃんが軽々と攻撃をかわし彼に足払いをお見舞すると、おっさんの腕輪からステータス妖精さんが躍り出た。





* 戦士の 信頼度は 5 下がったよ! *


 青年たちは彼が自分たちの忠告を無視したということ、〈こんな小さな女の子に本気で切りかかった〉ということ、そしてその幼女に簡単にあしらわれているということで、おっさんを軽蔑の眼差しで見ていた。すると、おっさんは勢い良く立ち上がって剣を収め、嬉々とした表情で死神ちゃんに抱きついた。


「今、この子に物理的に触られたぞ! ということは、お前たちのいう幽霊ではないではないか! しかも、俺に足払いをかけながら『犯人はノームの農婦です』って言ったぞ、この子! ということは、きっと入団希望者なのだ! ようこそ、我が〈我が王国軍所属ダンジョン攻略隊〉へ!」


 死神ちゃんは暑苦しいおっさんに頬を寄せられて、無精髭をぞりぞりとされた。本気で嫌がる死神ちゃんを不憫に思った青年たちは、隊長であるおっさんに改めて軽蔑の眼差しを向けながら不幸な幼女の救出に乗り出した。

 彼ら〈王国軍所属ダンジョン攻略隊〉は、この国を治める王家が組織したダンジョンの攻略隊である。この隊長の父親が王国兵として国に仕えていたころに組織され、当時はたくさんの隊が編成されたそうだ。〈三階まで制覇することができたら、騎士の称号を与える〉という餌に釣られて多くの若者が志願したのだが、魔道士から受けた呪いのせいで王家の財産も乏しいという理由で、その約束は果たされていない。そのため、除隊する者があとを絶たず、現在ではこのおっさんが隊長を務めるこのグループが〈王国軍所属ダンジョン攻略隊〉の隊員の全てだった。
 この攻略隊の任務は、各フロアを完全制覇して地図を作成し、ギルドと協力して祝福の像を設置することである。攻略隊に参加すれば末端とはいえ軍属となるため、最低限の装備や手当も支給される。また、衣食住の面倒も一応ながら見てもらえ、ギルドが開設しているカルチャースクールもタダで利用できる。しかしながら、彼ら攻略隊は常にジリ貧だった。そのため、いろいろと恵まれているように見えて、実は一般の冒険者よりも貧相な生活を彼らは余儀なくされている。以前死神ちゃんが彼らと遭遇したときには、そのことが嫌で全ての若者が離職願を隊長に叩きつけていた。


「どうやら、また〈タダより高いものはない〉という落とし穴に気づかすに、まんまとハマった若者が集ったようだな」


 死神ちゃんが若者たちを見渡しながら顔をしかめると、若者たちは〈あ、やっぱりそうなんだ?〉とでも言いたげに苦い顔を浮かべた。すると、隊長が不服げに口を尖らせて腕を組んだ。


「もしや君は、以前この隊に属していたことがあるのかな? 君のような特徴的な子がいたら、確実に覚えているはずなんだが。うーむ、思い出せん。何となく、君を知っている気がするのだが。――ところで、その〈タダより高いものはない〉とはどういうことだ? 王家に仕え、崇高な目的のために日々を生きることのどこが悪いのだ」

「いやあ、最初は僕もそう思っていたけれど、それでもやっぱ、せっかく良さげなアイテムをゲットしても所有権をダイス振りで決めてさ、鑑定してみてすごく良い品だった場合にはダイスの結果を反故にして〈活動資金にする〉って言って取り上げられてさ、薄謝程度の報奨金を与えられておしまいとかさ。そういうのを繰り返されたら、張り合いもなくなってくるよね」

「そもそも、本当に活動資金にしてるのかな。だって、ちっともいい装備に更新されないじゃん? 俺らが今装備しているものなんて、先輩たちのお古らしいけど。新調したのはいつなんだってくらいボロっちいし」

「買い物ついでにアイテム掘りに来る主婦の方々のほうが、よっぽどいい装備持ってたりするよな。そういうの見ると、結構、心折れるっていうか……」


 隊長が首を傾げる後ろで、青年たちがこそこそと話していた。どうやらただ単に〈タダという魔性の言葉に釣られた〉というだけではなく、この国を何とかしたいと思い志願した者もいるようだ。しかし、そんな者でも挫けそうになるほど、この隊の現状は変わっていないようだった。
 隊長は「わけが分からん」と不機嫌を露わにしながらも、休憩をとろうと提案した。そして拓けた場所にやって来たのだが、そこには完成が目前という感じの〈祝福の像〉が建っていた。思わず、死神ちゃんは感心するように唸った。


「おお、君には我々の活動の素晴らしさが分かるのだな!? 見ての通り、もうじき、この四階にも祝福の像が設置される。本当は年度が変わる前に作業を終え、新年度から地図の販売も開始したかったのだが。何分、彼らが入隊するまで俺一人で作業していた上に、資材置き場を奪われるというアクシデントに見舞われてな」


 そう言いながら、彼は死神ちゃんに軽食を分けてくれた。受け取った死神ちゃんが愕然とした表情を浮かべると、青年の一人がどうしたのかと尋ねてきた。死神ちゃんは「何でもない」と言い口を閉ざしたのだが、何かあると察した青年たちは死神ちゃんに詰め寄った。根負けした死神ちゃんは目を泳がせながら、ポツリと彼らに答えた。


「前よりも、質素になっているなと思いまして……」


 死神ちゃんの言葉を聞いて、青年たちは絶望したとか打ちのめされたといった感じの暗い表情を浮かべた。死神ちゃんは大層申し訳なさそうに頭を掻きながら、彼らに謝罪した。すると、彼らは苦笑いを浮かべならも「気にしないで」と気丈に返してきた。


「いや、真実を教えてくれて嬉しいよ。本当は知りたくなかったけれど、でも、これは知らなきゃいけない事実だと思うから……」

「お前ら、何をくっちゃべっているんだ。我らが王家からのありがたい施しだぞ? 心して頂くように。休憩が終わったら作業を再開させるからな、休めるときはしっかりと休まねば」


 青年たちは小さな声で返事をすると、もさもさと軽食を口に運び始めた。可哀想なことに、彼らは軽食を本当に美味しくなさそうに、単なる栄養補給として食べているようだった。しかしそれは、彼らの直面している現実を考えれば仕方のないことだった。そんな絵に描いたようなブラックな職場の風景を目の当たりにして、死神ちゃんも気分が滅入ってきた。それと同時に、〈自分の職場は至ってクリーンでホワイトである〉ということに心から感謝した。
 彼らが作業を再開させると、死神ちゃんは像の近くに腰掛けた。隊長が「入隊希望者なら、さっそく体験入隊しよう」と言い、死神ちゃんをタダ働きさせようとしたのを青年たちが止めてくれたのだ。死神ちゃんがぼんやりと彼らを眺め見ていると、モンスターが現れて彼らに襲いかかった。彼らは資材を投げ出して剣をとったのだが、満足に戦えないようだった。


「ああッ、力が出ない! やっぱり、あんな程度の食事じゃあ回復なんてするはずがないんだ!」

「本当だよ! 休めるときにしっかり休まねばって言われても、回復するはずがないんだよ! 栄養足らなすぎだもの!」

「こんなボロボロの、手入れも満足にできてない装備でどうやって戦えと!?」

「ええい、文句を言うでない! ここで我らが倒れたら、一体誰が任務を達成するのだ! この程度の困難、チームワークで乗り切るぞ!」


 チームワークを謳われても、上司に全幅の信頼を寄せられぬ状況に置かれていては、それは無理というものである。そのため、もちろん、彼らはあっという間に包囲された。
 あわやというところで、彼らは通りすがりの冒険者に助けられた。隊長が礼を言おうとすると、驚嘆顔の冒険者がその言葉を遮った。


「あっれ、隊長じゃあないですか! お久しぶりです!」

「む? 君は我が隊に属していたことがあるのか?」

「ああ、あのときは身なりを整える余裕もなくクタクタのボロボロでしたものね。気づかないのも無理はないです。――今から一年ほど前かな? 年末付けで辞めた者ですよ」


 彼はきらびやかなレア物の装備で身を固め、女性冒険者をたくさん侍らせていた。彼はどうやら、攻略隊を辞めたことで冒険者として充実した毎日を送っているらしい。隊長はそんな彼のことを少なからず裏切り者と感じたようだったが、後輩たちは眩しいと感じたようだった。


「ねえ、ダーリン。こんな小汚いおじさんと知り合いなの?」

「あーうん、まあ、昔ちょっとね……」

「この人たちも助かったことですし、早く先に進みましょう。今日は水辺区域を丹念に探索する予定でしょう?」

「私、もしものときのために水着を持ってきたんだ。すっごく可愛らしいのよ」

「私だって! 早くダーリンに見せたいわ!」

「はっはっはっ、落ち着きたまえよ、君たち。じゃあ、そろそろ行くとしようか。――じゃあ、隊長。僕はこれで」


 去っていくハーレムの集団を羨ましそうに見つめながら、青年の一人が隊長に「本日限りで辞めさせてください」と言った。そのまま彼は、隊長のほうを振り向くことなく、先輩のあとを追いかけた。それを皮切りに、他の青年たちも彼に続き隊を抜けていった。


「何故だ! 何故なん――フグッ」


 隊長は走り去っていく青年達を必死に呼び止め、追いかけようとした。しかし新たに現れたモンスターに囲まれて、呆気なく灰と化した。


「王家に寄せている信頼と愛情を、少しでも部下にも向けていたらな。結果は違っていただろうよ」


 死神ちゃんはポツリとそう呟くと、深いため息をついた。そもそもブラックな職場の異常な考え方に洗脳された者が、洗脳しきれていない部下からの信頼なんて集められるわけなどない。それに、完全に洗脳された者が〈この職場はブラックなのだ〉ということに気づくこともないだろう。
 冒険者たちの活躍によって探索が進み、さらに奥に進むためのリドルが一応ながら発見され、祝福の像の数も増えようとしている。凄まじくゆっくりとではあるが、着実にダンジョンが踏破される日は近づいてきてはいるのだ。しかしながら、がブラックなままでは、残念な歴史は繰り返されることだろう。


「こいつは真面目に、楽園を作りたいと燃えているソフィアがこの国の〈希望の星〉となりそうだよな……」


 そう言い呆れ果てながら、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。




 ――――少しの思いやりと広い心があれば、ボロを着ていても心は錦でいられる。崇高な任務も大切だけど、心から仲間と支え合いたいと思えるような環境作りも大事だと思うのDEATH。
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