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* 死神生活三年目&more *
第333話 死神ちゃんとご主人様④
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死神ちゃんがダンジョンに降り立ってすぐ目にしたのは、わざわざ机や椅子まで用意してアフターヌーンティーを優雅に楽しむ集団だった。そのうちの一人は死神ちゃんを見つけて明るい笑顔を見せると、死神ちゃんにいそいそと駆け寄ってきた。君主の格好をした彼は死神ちゃんを抱きかかえて満足気に相好を崩すと、自分の席へと戻っていった。彼の仲間たちは、嬉しそうな彼と、辟易とした表情を浮かべて彼の膝に座らされた死神ちゃんを交互に見つめて首を傾げた。
「なあ、坊っちゃんよ。その子、あんたに抱えられて凄まじく嫌そうにしているんだけど、一体どういうご関係なの」
「うむ。私が今、どういう心境か分かるかね?」
「いや、そんなの分からないし、そもそもそれは質問の答にはなってな――」
「私は今〈死んだら灰になる〉という恐怖に怯えながらも、凄まじいまでのエクスタシーを感じているんだ!」
至って爽やかな笑顔でたわけたことを抜かした君主を、一同はゴミ屑を見るような目で見つめ口を閉ざした。さらに一同は屈辱を受けたと言わんばかりの怒り顔を俯かせてプルプルと震える死神ちゃんに視線を移すと、同情するように嗚呼と声を漏らした。同時にステータス妖精さんがポンと現れて、君主の信頼度低下を周知して去っていった。
「もしかして、この子、噂の〈しゃべる死神〉……」
「こんな幼女の見た目なの……。何ていうか、この坊っちゃんが抱きかかえていると、すごく犯罪臭がするね……」
「嗚呼ッ、何ていうことだッ! 皆の視線が痛く刺さるッ! イイッ! もっと! もっとボクチンを汚らわしいものを見つめる目で射抜いてくらはい……」
彼の仲間たちは、膝の上で羽交い締めにされる死神ちゃんを不憫そうに見つめた。そして彼がエクスタシーを感じて腰砕けとなり力が抜けた隙を見て、仲間のうちの一人が死神ちゃんを救出した。そして彼らが謝罪の言葉とお詫びのお菓子を差し出すと、死神ちゃんはワッと泣き始めた。
この君主はとある貴族の三男坊である。彼のお家はダンジョンの奥深くに眠る〈呪いの宝珠〉を手に入れて、王家から権力を奪い取ろうと画策しており、そのための重要任務を彼に託していた。しかしながら、彼は冒険者になり自由を手に入れると、今まで隠していた〈M奴隷〉という性癖を惜しげもなく曝け出した。そのせいで探索活動は全然進まず、さらには親だけでなく使用人たちまでもが心労を抱えて万年寝不足に陥るという事態となっていた。
死神ちゃんが彼と初遭遇を果たしたのは、死神ちゃんが入社してすぐくらいのころだった。そこから約三年、彼はようやくダンジョン探索に真剣に取り組む気になったらしい。
「というのも、きちんと成果を出せばもう一度〈お嬢様〉とお見合いをさせてくれると、父上から確約をいただいたのだ」
〈お嬢様〉とは、彼の家と同じく〈権力簒奪〉を目論む貴族のご息女のことだ。彼女も冒険者としてこのダンジョンにやって来ているのだが、諸々の事情で無一文になった際に家から〈探索は諦めて政略結婚をしてくれ〉と懇願された。しかし、相手がこの三男坊で、しかも彼が重度の変態であると知ったお嬢様は、お見合いを頑なに拒否したのだ。だが、彼は自分のことを軽蔑の眼差しで見つめてくる彼女のその視線に恋してしまい、どうにかお見合いを進めたいと思っていた。
きっと彼がしつこくせがみ続けたがために、嘘も方便でそのような約束をしてしまったのだろう。そして、幸か不幸か、それで彼はやる気を出してしまったということらしい。死神ちゃんはその話を聞いて、頭を抱えた。お嬢様にとっても災難であるし、彼の家の執事が一向に解消しない寝不足のために、今もなお五階のサロンに足繁く通っていることを思うと、彼らのことが本当に不憫でならなかったのだ。
「だから私は、私の家が治める領地出身の冒険者とともにパーティーを組み、ただいま絶賛探索中なのだ」
「ああ、道理でみんな、お前のことを〈坊っちゃん〉と呼ぶのか。――同郷のよしみっていうか、領主様のところの息子さんだからって、コレと一緒に探索するとか、お前らも大変だな」
死神ちゃんが彼の仲間たちを慮ると、彼らは苦笑いを浮かべた。そしてどんよりと淀んだ、疲れきった瞳でポツリと言った。
「税金、免除してくれるっていうし。給料も出るっていうから……」
「でも、それでも確かに心労は半端ないっていうか……」
「両親に楽させてあげられると思って割り切ってるよね……」
「ていうか、こんなのにとり憑かなきゃいけないっていうか、むしろ喜んでとり憑かれに来られた死神ちゃんも、お疲れ様だよね……」
死神ちゃんと彼らはお互いの顔を見合わせると、揃って深くため息をついた。
彼らは死神祓いをするために一階に戻ることにした。その道すがら、死神ちゃんは三男坊を見上げて首を傾げた。
「ていうか、お前、あれだけ真面目に探索活動してこなかったってのに、戦闘の役に立てるのかよ?」
すると、三男坊は不敵に笑ってチッチと指を振った。
「良いかね。私の冒険者職は君主。そして、リアルでも君主職だ」
「お前がじゃあなくて、お前の親がだがな」
「まあ、そんなわけで、冒険者職上君主という〈なんちゃってさん〉と比べたら、元々備わっているものが違うんだよ。――そう、私は君主の、民衆の〈ご主人様〉としての資質を持っている。だから、私が鬨の声を上げるだけでモンスターはダメージを負う。むしろ、私がそこに存在するだけでダメージを負う」
「いやまさか、そんな――」
「むっ!? さっそくモンスターが現れたぞ!? 見ていろ、死神。私が本当は〈デキる男〉だということを見せつけてやる! そしたら、お前からも〈お嬢様〉に『早く三男ちゃんとケッコンしちゃえよ! お似合いだぞ、このこの~★』と言うんだぞ!」
「だから、俺はそんなわざとらしくキャピキャピしてないだろうが! 馬鹿にしてんのか!」
死神ちゃんが怒りで声を荒らげさせるのもお構いなしに、三男坊は大盾を担いで高笑いしながらモンスターへと突っ込んでいった。
彼は大盾を地面に突き刺し一旦手を放すと、モンスターを見渡してニタリと怪しく笑った。モンスターはその気持ちの悪い笑みを見て怖気づき、精神的にダメージを追ったようだった。しかも、彼に見つめられれば見つめられるだけ、ダメージが入り続けているようだった。死神ちゃんは表情を失うと、呆れ気味にボソリと言った。
「これが君主の資質……?」
彼の仲間たちは戦いに参加することなく、死神ちゃんの近くで気まずそうに顔を伏せていた。すると、三男坊はギラギラと目を光らせて大声を出した。
「さあ! どのモンスターさんが、私のご主人様となってくれるのかなッ!?」
「……はい?」
死神ちゃんは思わず、頬を引きつらせた。その間も彼は「さあ、さあ!」と大声を上げていた。どうやらこれが、先ほど彼が言っていた〈鬨の声〉らしい。モンスターはすっかりと怯えきり、心に傷を追ってすごすごと去っていった。彼は勢い良く死神ちゃんたちのほうを振り返ると、得意満面のドヤ顔で「どうだ、すごいだろう」と胸を張った。
何かが違うという思いを胸に抱えながら、死神ちゃんは彼らと一階に向かって再度歩き出した。しばらくして、一行は再びモンスターに囲まれた。逃げ切ることも追い払うこともできそうにないと判断した彼らは、手早く戦闘の準備をした。そして三男坊は一人先にモンスターのもとへと走り出し、地面に大盾を突き立てて叫んだ。
「君たち、私がモンスターの注意を引くから、その隙に一掃してくれ!」
仲間たちが応と返事を返すと、三男坊は彼らにうなずき返して何故か盾から手を放した。本来、君主や戦士がモンスターを挑発して自身に攻撃を集中させ、仲間たちに背後を取らせる場合、盾を構えてモンスターの攻撃を一身に受けるものである。それだというにもかかわらず盾を手放した彼を見て、死神ちゃんは首を傾げた。すると、彼は嬉々とした表情で床に寝転び、絶叫し始めた。
「嗚呼、ご主人様ッ! 早くッ! 早く私を陵辱してッ! ――嗚呼ッ! もっと強くッ! 強く踏んでくらはい……! ああああああああッ!」
死神ちゃんは愕然とした表情を浮かべると、〈絶対にコレじゃあない。間違っている〉というかのように首をゆっくりと横に振った。彼の仲間たちはというと、恍惚の表情で足蹴にされ嬌声を上げる三男坊を見ることもなく、手早くモンスターを駆逐した。三男坊が名残惜しそうにしつつも「よくやった」と仲間を褒めるも、当の仲間たちはとても憂鬱そうに俯き、彼と視線を合わせようとはしなかった。
「何ていうかもう、あの痴態を見せられることが苦痛で……」
「一秒でも早くあの悪夢から逃れるためにと必死で戦っていたら、俺ら、いつの間にか〈効率のいい戦い方〉が身についたよな……」
「おかげで冒険者としての腕は上がってるけど、でも、こんな上がり方、望んでなかったよね……」
彼らがため息をつくと、そこにさらにモンスターがやって来た。さすがに立て続けの戦闘はできないと判断した仲間たちは、逃げることを進言した。三男坊はうなずくと、大盾を担いで仲間に続いて走り出した。しかし、モンスターはしつこく追いかけてきた。
仲間たちは目配せをしてうなずき合い、後ろを走る三男坊にも視線を送ると、急に曲がり角を曲がり、すぐ側にある部屋へと入った。彼らに遅れて走っていた三男坊は、部屋に入ることなくそのまま走り続けた。仲間たちは手早く回復魔法や支援魔法を自らにかけると、すぐに部屋を出て三男坊のあとを追った。どうやら、防御力の高い三男坊にモンスターを引き付けさせて、先ほどのように背後から叩くという作戦らしい。しかし、彼らが駆けつけたころには、三男坊は深手を負っていた。
「だから! 何であんた、回復魔法を覚えているのに使わないんだよ!」
「だって……とても気持ちがイイん……」
三男坊は至福の笑みを浮かべながら、いろいろな意味で果てた。モンスターたちはというと、彼にとどめを刺して満足したようで解散していった。死神ちゃんが仲間たちを見上げると、彼らはぐったりと疲れを見せた。
「君主ってさ、民衆から支持やヘイトを集めたりするじゃんか。そのせいか、モンスターもいっぱい集まってくるんだよな。だからたまに、ああやって追いかけられ続けるんだよ」
「こいつの場合、M奴隷という性癖がモンスターを惹きつけているんじゃあないのか?」
「まあ、何にせよ、俺らからのヘイトは高まりまくってるのは確かだよ。普通に戦ってくれりゃあ、そこそこ強いのに。どうしていちいち変態性を露わにしなきゃ気が済まねんだよ、この坊っちゃんはさあ……」
暗い笑みを浮かべるお守りたちに、死神ちゃんは心底同情した。そして気まずそうに「お疲れ」と声をかけると、その場からスウと姿を消したのだった。
――――戦闘も統治も、ヘイト管理は気をつけたいのDEATH。
「なあ、坊っちゃんよ。その子、あんたに抱えられて凄まじく嫌そうにしているんだけど、一体どういうご関係なの」
「うむ。私が今、どういう心境か分かるかね?」
「いや、そんなの分からないし、そもそもそれは質問の答にはなってな――」
「私は今〈死んだら灰になる〉という恐怖に怯えながらも、凄まじいまでのエクスタシーを感じているんだ!」
至って爽やかな笑顔でたわけたことを抜かした君主を、一同はゴミ屑を見るような目で見つめ口を閉ざした。さらに一同は屈辱を受けたと言わんばかりの怒り顔を俯かせてプルプルと震える死神ちゃんに視線を移すと、同情するように嗚呼と声を漏らした。同時にステータス妖精さんがポンと現れて、君主の信頼度低下を周知して去っていった。
「もしかして、この子、噂の〈しゃべる死神〉……」
「こんな幼女の見た目なの……。何ていうか、この坊っちゃんが抱きかかえていると、すごく犯罪臭がするね……」
「嗚呼ッ、何ていうことだッ! 皆の視線が痛く刺さるッ! イイッ! もっと! もっとボクチンを汚らわしいものを見つめる目で射抜いてくらはい……」
彼の仲間たちは、膝の上で羽交い締めにされる死神ちゃんを不憫そうに見つめた。そして彼がエクスタシーを感じて腰砕けとなり力が抜けた隙を見て、仲間のうちの一人が死神ちゃんを救出した。そして彼らが謝罪の言葉とお詫びのお菓子を差し出すと、死神ちゃんはワッと泣き始めた。
この君主はとある貴族の三男坊である。彼のお家はダンジョンの奥深くに眠る〈呪いの宝珠〉を手に入れて、王家から権力を奪い取ろうと画策しており、そのための重要任務を彼に託していた。しかしながら、彼は冒険者になり自由を手に入れると、今まで隠していた〈M奴隷〉という性癖を惜しげもなく曝け出した。そのせいで探索活動は全然進まず、さらには親だけでなく使用人たちまでもが心労を抱えて万年寝不足に陥るという事態となっていた。
死神ちゃんが彼と初遭遇を果たしたのは、死神ちゃんが入社してすぐくらいのころだった。そこから約三年、彼はようやくダンジョン探索に真剣に取り組む気になったらしい。
「というのも、きちんと成果を出せばもう一度〈お嬢様〉とお見合いをさせてくれると、父上から確約をいただいたのだ」
〈お嬢様〉とは、彼の家と同じく〈権力簒奪〉を目論む貴族のご息女のことだ。彼女も冒険者としてこのダンジョンにやって来ているのだが、諸々の事情で無一文になった際に家から〈探索は諦めて政略結婚をしてくれ〉と懇願された。しかし、相手がこの三男坊で、しかも彼が重度の変態であると知ったお嬢様は、お見合いを頑なに拒否したのだ。だが、彼は自分のことを軽蔑の眼差しで見つめてくる彼女のその視線に恋してしまい、どうにかお見合いを進めたいと思っていた。
きっと彼がしつこくせがみ続けたがために、嘘も方便でそのような約束をしてしまったのだろう。そして、幸か不幸か、それで彼はやる気を出してしまったということらしい。死神ちゃんはその話を聞いて、頭を抱えた。お嬢様にとっても災難であるし、彼の家の執事が一向に解消しない寝不足のために、今もなお五階のサロンに足繁く通っていることを思うと、彼らのことが本当に不憫でならなかったのだ。
「だから私は、私の家が治める領地出身の冒険者とともにパーティーを組み、ただいま絶賛探索中なのだ」
「ああ、道理でみんな、お前のことを〈坊っちゃん〉と呼ぶのか。――同郷のよしみっていうか、領主様のところの息子さんだからって、コレと一緒に探索するとか、お前らも大変だな」
死神ちゃんが彼の仲間たちを慮ると、彼らは苦笑いを浮かべた。そしてどんよりと淀んだ、疲れきった瞳でポツリと言った。
「税金、免除してくれるっていうし。給料も出るっていうから……」
「でも、それでも確かに心労は半端ないっていうか……」
「両親に楽させてあげられると思って割り切ってるよね……」
「ていうか、こんなのにとり憑かなきゃいけないっていうか、むしろ喜んでとり憑かれに来られた死神ちゃんも、お疲れ様だよね……」
死神ちゃんと彼らはお互いの顔を見合わせると、揃って深くため息をついた。
彼らは死神祓いをするために一階に戻ることにした。その道すがら、死神ちゃんは三男坊を見上げて首を傾げた。
「ていうか、お前、あれだけ真面目に探索活動してこなかったってのに、戦闘の役に立てるのかよ?」
すると、三男坊は不敵に笑ってチッチと指を振った。
「良いかね。私の冒険者職は君主。そして、リアルでも君主職だ」
「お前がじゃあなくて、お前の親がだがな」
「まあ、そんなわけで、冒険者職上君主という〈なんちゃってさん〉と比べたら、元々備わっているものが違うんだよ。――そう、私は君主の、民衆の〈ご主人様〉としての資質を持っている。だから、私が鬨の声を上げるだけでモンスターはダメージを負う。むしろ、私がそこに存在するだけでダメージを負う」
「いやまさか、そんな――」
「むっ!? さっそくモンスターが現れたぞ!? 見ていろ、死神。私が本当は〈デキる男〉だということを見せつけてやる! そしたら、お前からも〈お嬢様〉に『早く三男ちゃんとケッコンしちゃえよ! お似合いだぞ、このこの~★』と言うんだぞ!」
「だから、俺はそんなわざとらしくキャピキャピしてないだろうが! 馬鹿にしてんのか!」
死神ちゃんが怒りで声を荒らげさせるのもお構いなしに、三男坊は大盾を担いで高笑いしながらモンスターへと突っ込んでいった。
彼は大盾を地面に突き刺し一旦手を放すと、モンスターを見渡してニタリと怪しく笑った。モンスターはその気持ちの悪い笑みを見て怖気づき、精神的にダメージを追ったようだった。しかも、彼に見つめられれば見つめられるだけ、ダメージが入り続けているようだった。死神ちゃんは表情を失うと、呆れ気味にボソリと言った。
「これが君主の資質……?」
彼の仲間たちは戦いに参加することなく、死神ちゃんの近くで気まずそうに顔を伏せていた。すると、三男坊はギラギラと目を光らせて大声を出した。
「さあ! どのモンスターさんが、私のご主人様となってくれるのかなッ!?」
「……はい?」
死神ちゃんは思わず、頬を引きつらせた。その間も彼は「さあ、さあ!」と大声を上げていた。どうやらこれが、先ほど彼が言っていた〈鬨の声〉らしい。モンスターはすっかりと怯えきり、心に傷を追ってすごすごと去っていった。彼は勢い良く死神ちゃんたちのほうを振り返ると、得意満面のドヤ顔で「どうだ、すごいだろう」と胸を張った。
何かが違うという思いを胸に抱えながら、死神ちゃんは彼らと一階に向かって再度歩き出した。しばらくして、一行は再びモンスターに囲まれた。逃げ切ることも追い払うこともできそうにないと判断した彼らは、手早く戦闘の準備をした。そして三男坊は一人先にモンスターのもとへと走り出し、地面に大盾を突き立てて叫んだ。
「君たち、私がモンスターの注意を引くから、その隙に一掃してくれ!」
仲間たちが応と返事を返すと、三男坊は彼らにうなずき返して何故か盾から手を放した。本来、君主や戦士がモンスターを挑発して自身に攻撃を集中させ、仲間たちに背後を取らせる場合、盾を構えてモンスターの攻撃を一身に受けるものである。それだというにもかかわらず盾を手放した彼を見て、死神ちゃんは首を傾げた。すると、彼は嬉々とした表情で床に寝転び、絶叫し始めた。
「嗚呼、ご主人様ッ! 早くッ! 早く私を陵辱してッ! ――嗚呼ッ! もっと強くッ! 強く踏んでくらはい……! ああああああああッ!」
死神ちゃんは愕然とした表情を浮かべると、〈絶対にコレじゃあない。間違っている〉というかのように首をゆっくりと横に振った。彼の仲間たちはというと、恍惚の表情で足蹴にされ嬌声を上げる三男坊を見ることもなく、手早くモンスターを駆逐した。三男坊が名残惜しそうにしつつも「よくやった」と仲間を褒めるも、当の仲間たちはとても憂鬱そうに俯き、彼と視線を合わせようとはしなかった。
「何ていうかもう、あの痴態を見せられることが苦痛で……」
「一秒でも早くあの悪夢から逃れるためにと必死で戦っていたら、俺ら、いつの間にか〈効率のいい戦い方〉が身についたよな……」
「おかげで冒険者としての腕は上がってるけど、でも、こんな上がり方、望んでなかったよね……」
彼らがため息をつくと、そこにさらにモンスターがやって来た。さすがに立て続けの戦闘はできないと判断した仲間たちは、逃げることを進言した。三男坊はうなずくと、大盾を担いで仲間に続いて走り出した。しかし、モンスターはしつこく追いかけてきた。
仲間たちは目配せをしてうなずき合い、後ろを走る三男坊にも視線を送ると、急に曲がり角を曲がり、すぐ側にある部屋へと入った。彼らに遅れて走っていた三男坊は、部屋に入ることなくそのまま走り続けた。仲間たちは手早く回復魔法や支援魔法を自らにかけると、すぐに部屋を出て三男坊のあとを追った。どうやら、防御力の高い三男坊にモンスターを引き付けさせて、先ほどのように背後から叩くという作戦らしい。しかし、彼らが駆けつけたころには、三男坊は深手を負っていた。
「だから! 何であんた、回復魔法を覚えているのに使わないんだよ!」
「だって……とても気持ちがイイん……」
三男坊は至福の笑みを浮かべながら、いろいろな意味で果てた。モンスターたちはというと、彼にとどめを刺して満足したようで解散していった。死神ちゃんが仲間たちを見上げると、彼らはぐったりと疲れを見せた。
「君主ってさ、民衆から支持やヘイトを集めたりするじゃんか。そのせいか、モンスターもいっぱい集まってくるんだよな。だからたまに、ああやって追いかけられ続けるんだよ」
「こいつの場合、M奴隷という性癖がモンスターを惹きつけているんじゃあないのか?」
「まあ、何にせよ、俺らからのヘイトは高まりまくってるのは確かだよ。普通に戦ってくれりゃあ、そこそこ強いのに。どうしていちいち変態性を露わにしなきゃ気が済まねんだよ、この坊っちゃんはさあ……」
暗い笑みを浮かべるお守りたちに、死神ちゃんは心底同情した。そして気まずそうに「お疲れ」と声をかけると、その場からスウと姿を消したのだった。
――――戦闘も統治も、ヘイト管理は気をつけたいのDEATH。
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