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* 死神生活三年目&more *
第323話 死神ちゃんとお薬屋さん⑥
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死神ちゃんはダンジョンに降り立ったのと同時に、何かを踏んでいるような感覚に襲われた。足元を確認してみると、実際に何者かを踏みつけていた。
「お嬢さん……。残念ながら、ダンジョンでは体重計の販売はしていないんだよ……」
足元から苦しそうな声でそう聞こえてきて、死神ちゃんは慌てて浮上した。すると、踏まれていた者が起き上がり、やつれた顔に薄っすらと笑みを浮かべた。
「改めまして。〈お薬屋さん〉にようこそ!」
「お、おう……。踏んじまって悪かったな。悪気はないんだよ」
「いやいや。こんな場所で倒れていた私も悪いから、どうかお気になさらず。むしろ、てっきり体重計の試用でもしたいのかと思ったよ」
「お前に乗り上げることで、どうしたら試用になるんだよ……」
「いやあ、職業病かなあ? それとも、暑さでやられてしまったのかなあ?」
死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、薬屋を名乗るドワーフは苦笑交じりに頭を掻いた。そしてそのままバタリと背中から倒れ込み、死神ちゃんは血相を変えて彼の頬を何度か叩いた。
彼は街で薬屋を営む薬剤師である。彼が手作りするアロマキャンドルやクリームは巷ではかなりの人気で、裏世界でもひっそりと流行している。死神ちゃんの周りでは、サーシャやマッコイが愛用者だ。そして死神ちゃんもダンジョンで彼に遭遇するたびにプロテインなどを買っており、すっかり常連客となっていた。
頬を叩かれて失いかけていた意識を取り戻した彼は、のっそりと起き上がると慌ててポーチの中から水筒を取り出した。煽るように水を飲む彼をぼんやりと眺めながら、死神ちゃんは〈そのまま放置していたら、いとも簡単に灰化達成できたのでは〉ということに気がついて苦い顔を浮かべた。冒険者を手助けすることはしてはならないのに、うっかり助けてしまうというミスを犯してしまうとは――。
死神ちゃんが呆然としていると、薬屋は心配そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「もしかして、お嬢さんも喉が乾いてきたのかな? こんな灼熱地獄にいたら、適度に水分を補給しなければすぐに干からびてしまうからね。――飲み水、買うかね?」
「いや、それは別に大丈夫――」
「そうかね。――実は今、ただいまタイムセール中なんだがね」
死神ちゃんは突如飛び出した〈魔法の言葉〉に食らいついた。〈お得な気分にさせられる物事に飛びついて逆に浪費してしまうが、無駄遣いと気づかない〉というおっさん臭いクセのある死神ちゃんは、この手のワードに弱いのだ。
キラリと目を輝かせた死神ちゃんににこやかな笑みを浮かべると、薬屋はとても嬉しそうに言った。
「実は、本日は売上がかなり良くてね。それを感謝して十五時からの一時間限定で、セール価格での販売を実施しているんだよ」
「〈本日分の売上が良くて、それを感謝して十五時から〉って、まるでスーパーや百貨店みたいだな。チキチキな音楽を鳴らしながらお値引きセールするアレだろう?」
「なんと、良くは分からないが、とにかく、私以外にも同じような発想をする者がいるということだね!?」
驚嘆する薬屋の様子に、死神ちゃんは〈また余計なことを言ってしまった〉と苦い顔を浮かべた。しかし彼は悔しがるどころか、満足げにうなずきながら「きっとその者も私と同じくらいに商売上手なのだろうなあ」と呟いていた。そして唐突に懐の懐中時計を確認すると、彼は死神ちゃんに視線を戻した。
「さて、お嬢さん。本日はどうするかね? タイムセールも、あと十分ほどで終了なのだが」
「あと十分!? じゃあ、今のうちに買わなきゃあじゃないか!」
あれほど仲の良い友人たちに〈無駄遣いなのでは?〉と指摘されて〈もう薬屋で不要な買い物はしない〉と誓ったはずの死神ちゃんは、本日もまんまと甘い言葉に乗せられた。立てた誓いなどすっぱりと忘れた死神ちゃんは、時間との勝負を繰り広げた。そしてもちろん、今回もいつも通りに〈もったいない精神を出すことによって、結果的に無駄なものを買う〉ということを行った。
試供品もたんまりともらってほくほく顔の死神ちゃんは、商品をポーチにしまい込みながら〈本日の目的〉を尋ねた。すると、彼は「試作品のモニターテストをしに来た」と答えた。
彼は素晴らしい商品をお客に常に提案し続けることが出来るようにと、精力的に新薬の開発にも取り組んでいる。そしてその試作品を自ら試し、満足の行く効果が得られると試供品としてお客に配って〈商品になり得るか否か〉の市場調査を行っている。本日はその〈試供品として配る前のテスト〉を行いに来たのだという。
「先日、温泉とやらを持ち帰っただろう。商品に活かすべくいろいろと調べたんだが、健康になるからという理由で飲食することもあるらしいじゃあないか。――そこで私は考えたんだ。二階に〈回復の泉〉があるだろう? 飲めばたちまち、体力も魔力も満ち溢れるという。それと同じような効果のあるものを作ることができれば、食料がなくとも生きていけるのではないかと。そしてそれをプロテインと組み合わせて腹持ちを良くしたら、もう完璧ではないかと」
「ああ、完全栄養食ってやつか」
「なんと! すでにもう、そういうものは存在するのかね!?」
「いや、あの、無いと思います……」
死神ちゃんは再び〈やっちまった〉という顔を浮かべて口を閉ざした。薬屋は〈無いと思う〉の言葉に胸を撫で下ろすと「お嬢さんには難しいかもしれないが」と前置きしながら、詳細なプレゼンをし始めた。彼がひとしきり話し終えたあとで、死神ちゃんは表情も抑揚もなくボソリと言った。
「つまり、その試作品を飲んだときの効果が、この〈火炎地区〉の厳しい環境の中でも疲弊せずいられるほどかどうかを確かめに来たってことか」
「そうなんだよ。今のところ、栄養補給が必要な感じはしていない。しかしながら、やはり水分補給は必要らしいな」
「ああ、それでこんなところでのびていたのか」
心なしか恥ずかしそうにうなずく薬屋に、死神ちゃんは乾いた笑いを返した。
彼は時計を確認すると、試作品をひと煽りした。どうやら、定期的に摂取しなければならないらしい。目標は〈一日に一回摂取すればいい〉というところまでもっていくことらしく、そんな夢のような品ができれば冒険者も気兼ねなく探索に注力できるようになるだろうと彼は熱く語った。そして彼は店じまいをすると、地上に戻るべく歩き出した。しかしながら、彼の足取りは非常に重たかった。
彼は思うように歩くことができないようだった。水分補給が足りていないのかと、時おり足を止めて水を飲んでいたのだが、中々回復した感じを得られないようだった。
「おかしいな。気力も体力も魔力も、全て全快のはずなのに。何だか力が出ない気がするんだよ。全快のものが、少しずつすり減っていくというか」
「まあ、そうだろうな。プロテインも完全栄養食も、所詮は補助食だからな。それで必要な栄養素が満ち足りていても、食品からの摂取がなければ〈満ちる〉ということは無いんだよ」
「いや、しかしだね、金欠の冒険者たちは〈回復の泉〉で何とかしのいでいるだろう? ヘロヘロになりながらも。そこにプロテインを加えることで腹持ちが良くなれば、少しは満腹による幸福感が得られると思うんだよ」
不服そうに眉根を寄せながら、彼は襲い掛かってきたモンスターを相手にした。そして討伐に手間取り息切れを起こしながら、彼は「おかしい、何故だ」と呟いた。死神ちゃんは顔をしかめると、口早に「当たり前だろう」と言い捨てた。
「本当の意味で満ちてはいないんだから、体が追いつかなくて当然だろうよ」
「いやでも、〈回復の泉〉でしのぐだけではなくだね。冒険者の中には『宿屋に宿泊すると、何故か使用した魔法アイテムの効果が切れてしまうから』ということで野宿をし続ける者もいるらしいんだ。だから、ちゃんとした食事を摂らずとも、ふかふかの布団で寝ずとも、戦っていけるはずなんだ」
「どこの社畜だよ! それ、過労死しますから!」
「そんなギリギリの戦いを挑む彼らを応援するような品をだね、私は作りたい――」
「だからそれ、過労死を助長しますから!」
死神ちゃんが盛大に呆れ果てて声をひっくり返すも、薬屋はなおも不服そうだった。しかしながら幾度か戦闘を重ねて、常に満足の行く動きができていないことを鑑みて、彼は〈もしかしたら、考えを改めたほうがいいかもしれない〉と思い至ったようだった。
モニターテストが失敗に終わり、しょんぼりとうなだれていた彼はさらに俊敏さに欠けた。モンスターに襲われたが対応しきれず尻もちをついた彼は、あわやというところで覚悟を決めて目を閉じた。
「あらあ、お薬屋さん。大丈夫かい?」
突如聞こえてきた明るい声に、彼は恐る恐る目を開けた。すると、エプロン姿のおばちゃんが彼とモンスターの間に立っていた。ズウンと音を立てて地に伏すモンスターを背に、おばちゃんは彼を心配そうな眼差しで見つめた。
「ちょっと、あんた、ひどい顔色だねえ。ご飯、ちゃんと食べていないだろう? 駄目だねえ、医者と薬屋ってやつは。自分に対してはすぐ不養生するんだからさあ。きちんと食べないと、あたしみたいに強くはなれないよ?」
おばちゃんは息抜きに温泉に来ていたようで、お風呂セットの入ったマイ桶を小脇に抱えていた。そして彼女は唐突に時刻を尋ねて顔色を変えると「ディナータイムが始まるから」と言って慌てて帰っていった。
フラフラと立ち上がった彼はおばちゃんの背中を呆然と見送りながら「やはりご飯はきちんと食べよう」と呟いた。〈最強のお母ちゃん〉の強さを目の当たりにしたら、それが正しいとしか言いようがなかったからだ。そして彼は、早速夕飯は彼女の食堂にお邪魔しようと決めた。
「そのためにも、早く帰らね、ば――!?」
彼は歩き出そうとしたものの、足に力が入らずふらついた。そのままステンと転んだ彼は、その拍子に溶岩流に落ちてしまった。死神ちゃんは頬を引きつらせて頭を掻くと、そのままスウと姿を消したのだった。
**********
その日の夜、死神ちゃんは第二死神寮に夕飯のお呼ばれしていた。にゃんこが上手に焼いた魚や肉を振る舞ってくれるというので、死神ちゃんは権左衛門やピエロと一緒にリビングで寛いでいた。
しばらくして、にゃんこが得意げに胸を張って尻尾をくねらせながら料理を運んできた。死神ちゃんたちは絶妙な焼け具合の魚や肉にさっそくかぶりついた。
「にゃんこ先輩の料理は、どれっちゃあ気力体力が満ち溢れるものばかりじゃよね」
尻尾をパタパタと嬉しそうに動かしながら権左衛門が褒めると、にゃんこはフフンと笑った。
「当たり前なのね! 狩人にとって、食事と睡眠は欠かしたらいけないことなのね! 前世が戦士なゴンザとお花なら、分かってくれるでしょ?」
「おう、基本中の基本だな」
「体は資本じゃろうからね」
死神ちゃんと権左衛門が同意すると、にゃんこは嬉しそうに尻尾を揺らめかせた。しかし、ピエロがヘッと皮肉っぽく笑った。
「まあ、にゃんこっちは寝過ぎだけどねー」
ピエロは、にゃんこのほうを見ることなく一心不乱に魚をつついていた。にゃんこは愕然として尻尾をピンと張り詰めさせた。
「ピエロ、ひどいのね! 美容健康的にも、食事と睡眠は大切のはずなのね!」
「それはそうだけどさあ。寝過ぎなのは、それはそれで体に悪いんだよ! 知らないの? 知らないの?」
「猫は寝るのも仕事だから良いのねー!」
ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた彼女たちを尻目に、死神ちゃんは権左衛門と二人で「美味い」を連呼しながら美味しい食事で心も体も満たしたのだった。
――――どんな便利な代物があろうとも。やっぱり、〈しっかり食べて、しっかり眠る〉は基本中の基本なのDEATH。
「お嬢さん……。残念ながら、ダンジョンでは体重計の販売はしていないんだよ……」
足元から苦しそうな声でそう聞こえてきて、死神ちゃんは慌てて浮上した。すると、踏まれていた者が起き上がり、やつれた顔に薄っすらと笑みを浮かべた。
「改めまして。〈お薬屋さん〉にようこそ!」
「お、おう……。踏んじまって悪かったな。悪気はないんだよ」
「いやいや。こんな場所で倒れていた私も悪いから、どうかお気になさらず。むしろ、てっきり体重計の試用でもしたいのかと思ったよ」
「お前に乗り上げることで、どうしたら試用になるんだよ……」
「いやあ、職業病かなあ? それとも、暑さでやられてしまったのかなあ?」
死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、薬屋を名乗るドワーフは苦笑交じりに頭を掻いた。そしてそのままバタリと背中から倒れ込み、死神ちゃんは血相を変えて彼の頬を何度か叩いた。
彼は街で薬屋を営む薬剤師である。彼が手作りするアロマキャンドルやクリームは巷ではかなりの人気で、裏世界でもひっそりと流行している。死神ちゃんの周りでは、サーシャやマッコイが愛用者だ。そして死神ちゃんもダンジョンで彼に遭遇するたびにプロテインなどを買っており、すっかり常連客となっていた。
頬を叩かれて失いかけていた意識を取り戻した彼は、のっそりと起き上がると慌ててポーチの中から水筒を取り出した。煽るように水を飲む彼をぼんやりと眺めながら、死神ちゃんは〈そのまま放置していたら、いとも簡単に灰化達成できたのでは〉ということに気がついて苦い顔を浮かべた。冒険者を手助けすることはしてはならないのに、うっかり助けてしまうというミスを犯してしまうとは――。
死神ちゃんが呆然としていると、薬屋は心配そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「もしかして、お嬢さんも喉が乾いてきたのかな? こんな灼熱地獄にいたら、適度に水分を補給しなければすぐに干からびてしまうからね。――飲み水、買うかね?」
「いや、それは別に大丈夫――」
「そうかね。――実は今、ただいまタイムセール中なんだがね」
死神ちゃんは突如飛び出した〈魔法の言葉〉に食らいついた。〈お得な気分にさせられる物事に飛びついて逆に浪費してしまうが、無駄遣いと気づかない〉というおっさん臭いクセのある死神ちゃんは、この手のワードに弱いのだ。
キラリと目を輝かせた死神ちゃんににこやかな笑みを浮かべると、薬屋はとても嬉しそうに言った。
「実は、本日は売上がかなり良くてね。それを感謝して十五時からの一時間限定で、セール価格での販売を実施しているんだよ」
「〈本日分の売上が良くて、それを感謝して十五時から〉って、まるでスーパーや百貨店みたいだな。チキチキな音楽を鳴らしながらお値引きセールするアレだろう?」
「なんと、良くは分からないが、とにかく、私以外にも同じような発想をする者がいるということだね!?」
驚嘆する薬屋の様子に、死神ちゃんは〈また余計なことを言ってしまった〉と苦い顔を浮かべた。しかし彼は悔しがるどころか、満足げにうなずきながら「きっとその者も私と同じくらいに商売上手なのだろうなあ」と呟いていた。そして唐突に懐の懐中時計を確認すると、彼は死神ちゃんに視線を戻した。
「さて、お嬢さん。本日はどうするかね? タイムセールも、あと十分ほどで終了なのだが」
「あと十分!? じゃあ、今のうちに買わなきゃあじゃないか!」
あれほど仲の良い友人たちに〈無駄遣いなのでは?〉と指摘されて〈もう薬屋で不要な買い物はしない〉と誓ったはずの死神ちゃんは、本日もまんまと甘い言葉に乗せられた。立てた誓いなどすっぱりと忘れた死神ちゃんは、時間との勝負を繰り広げた。そしてもちろん、今回もいつも通りに〈もったいない精神を出すことによって、結果的に無駄なものを買う〉ということを行った。
試供品もたんまりともらってほくほく顔の死神ちゃんは、商品をポーチにしまい込みながら〈本日の目的〉を尋ねた。すると、彼は「試作品のモニターテストをしに来た」と答えた。
彼は素晴らしい商品をお客に常に提案し続けることが出来るようにと、精力的に新薬の開発にも取り組んでいる。そしてその試作品を自ら試し、満足の行く効果が得られると試供品としてお客に配って〈商品になり得るか否か〉の市場調査を行っている。本日はその〈試供品として配る前のテスト〉を行いに来たのだという。
「先日、温泉とやらを持ち帰っただろう。商品に活かすべくいろいろと調べたんだが、健康になるからという理由で飲食することもあるらしいじゃあないか。――そこで私は考えたんだ。二階に〈回復の泉〉があるだろう? 飲めばたちまち、体力も魔力も満ち溢れるという。それと同じような効果のあるものを作ることができれば、食料がなくとも生きていけるのではないかと。そしてそれをプロテインと組み合わせて腹持ちを良くしたら、もう完璧ではないかと」
「ああ、完全栄養食ってやつか」
「なんと! すでにもう、そういうものは存在するのかね!?」
「いや、あの、無いと思います……」
死神ちゃんは再び〈やっちまった〉という顔を浮かべて口を閉ざした。薬屋は〈無いと思う〉の言葉に胸を撫で下ろすと「お嬢さんには難しいかもしれないが」と前置きしながら、詳細なプレゼンをし始めた。彼がひとしきり話し終えたあとで、死神ちゃんは表情も抑揚もなくボソリと言った。
「つまり、その試作品を飲んだときの効果が、この〈火炎地区〉の厳しい環境の中でも疲弊せずいられるほどかどうかを確かめに来たってことか」
「そうなんだよ。今のところ、栄養補給が必要な感じはしていない。しかしながら、やはり水分補給は必要らしいな」
「ああ、それでこんなところでのびていたのか」
心なしか恥ずかしそうにうなずく薬屋に、死神ちゃんは乾いた笑いを返した。
彼は時計を確認すると、試作品をひと煽りした。どうやら、定期的に摂取しなければならないらしい。目標は〈一日に一回摂取すればいい〉というところまでもっていくことらしく、そんな夢のような品ができれば冒険者も気兼ねなく探索に注力できるようになるだろうと彼は熱く語った。そして彼は店じまいをすると、地上に戻るべく歩き出した。しかしながら、彼の足取りは非常に重たかった。
彼は思うように歩くことができないようだった。水分補給が足りていないのかと、時おり足を止めて水を飲んでいたのだが、中々回復した感じを得られないようだった。
「おかしいな。気力も体力も魔力も、全て全快のはずなのに。何だか力が出ない気がするんだよ。全快のものが、少しずつすり減っていくというか」
「まあ、そうだろうな。プロテインも完全栄養食も、所詮は補助食だからな。それで必要な栄養素が満ち足りていても、食品からの摂取がなければ〈満ちる〉ということは無いんだよ」
「いや、しかしだね、金欠の冒険者たちは〈回復の泉〉で何とかしのいでいるだろう? ヘロヘロになりながらも。そこにプロテインを加えることで腹持ちが良くなれば、少しは満腹による幸福感が得られると思うんだよ」
不服そうに眉根を寄せながら、彼は襲い掛かってきたモンスターを相手にした。そして討伐に手間取り息切れを起こしながら、彼は「おかしい、何故だ」と呟いた。死神ちゃんは顔をしかめると、口早に「当たり前だろう」と言い捨てた。
「本当の意味で満ちてはいないんだから、体が追いつかなくて当然だろうよ」
「いやでも、〈回復の泉〉でしのぐだけではなくだね。冒険者の中には『宿屋に宿泊すると、何故か使用した魔法アイテムの効果が切れてしまうから』ということで野宿をし続ける者もいるらしいんだ。だから、ちゃんとした食事を摂らずとも、ふかふかの布団で寝ずとも、戦っていけるはずなんだ」
「どこの社畜だよ! それ、過労死しますから!」
「そんなギリギリの戦いを挑む彼らを応援するような品をだね、私は作りたい――」
「だからそれ、過労死を助長しますから!」
死神ちゃんが盛大に呆れ果てて声をひっくり返すも、薬屋はなおも不服そうだった。しかしながら幾度か戦闘を重ねて、常に満足の行く動きができていないことを鑑みて、彼は〈もしかしたら、考えを改めたほうがいいかもしれない〉と思い至ったようだった。
モニターテストが失敗に終わり、しょんぼりとうなだれていた彼はさらに俊敏さに欠けた。モンスターに襲われたが対応しきれず尻もちをついた彼は、あわやというところで覚悟を決めて目を閉じた。
「あらあ、お薬屋さん。大丈夫かい?」
突如聞こえてきた明るい声に、彼は恐る恐る目を開けた。すると、エプロン姿のおばちゃんが彼とモンスターの間に立っていた。ズウンと音を立てて地に伏すモンスターを背に、おばちゃんは彼を心配そうな眼差しで見つめた。
「ちょっと、あんた、ひどい顔色だねえ。ご飯、ちゃんと食べていないだろう? 駄目だねえ、医者と薬屋ってやつは。自分に対してはすぐ不養生するんだからさあ。きちんと食べないと、あたしみたいに強くはなれないよ?」
おばちゃんは息抜きに温泉に来ていたようで、お風呂セットの入ったマイ桶を小脇に抱えていた。そして彼女は唐突に時刻を尋ねて顔色を変えると「ディナータイムが始まるから」と言って慌てて帰っていった。
フラフラと立ち上がった彼はおばちゃんの背中を呆然と見送りながら「やはりご飯はきちんと食べよう」と呟いた。〈最強のお母ちゃん〉の強さを目の当たりにしたら、それが正しいとしか言いようがなかったからだ。そして彼は、早速夕飯は彼女の食堂にお邪魔しようと決めた。
「そのためにも、早く帰らね、ば――!?」
彼は歩き出そうとしたものの、足に力が入らずふらついた。そのままステンと転んだ彼は、その拍子に溶岩流に落ちてしまった。死神ちゃんは頬を引きつらせて頭を掻くと、そのままスウと姿を消したのだった。
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その日の夜、死神ちゃんは第二死神寮に夕飯のお呼ばれしていた。にゃんこが上手に焼いた魚や肉を振る舞ってくれるというので、死神ちゃんは権左衛門やピエロと一緒にリビングで寛いでいた。
しばらくして、にゃんこが得意げに胸を張って尻尾をくねらせながら料理を運んできた。死神ちゃんたちは絶妙な焼け具合の魚や肉にさっそくかぶりついた。
「にゃんこ先輩の料理は、どれっちゃあ気力体力が満ち溢れるものばかりじゃよね」
尻尾をパタパタと嬉しそうに動かしながら権左衛門が褒めると、にゃんこはフフンと笑った。
「当たり前なのね! 狩人にとって、食事と睡眠は欠かしたらいけないことなのね! 前世が戦士なゴンザとお花なら、分かってくれるでしょ?」
「おう、基本中の基本だな」
「体は資本じゃろうからね」
死神ちゃんと権左衛門が同意すると、にゃんこは嬉しそうに尻尾を揺らめかせた。しかし、ピエロがヘッと皮肉っぽく笑った。
「まあ、にゃんこっちは寝過ぎだけどねー」
ピエロは、にゃんこのほうを見ることなく一心不乱に魚をつついていた。にゃんこは愕然として尻尾をピンと張り詰めさせた。
「ピエロ、ひどいのね! 美容健康的にも、食事と睡眠は大切のはずなのね!」
「それはそうだけどさあ。寝過ぎなのは、それはそれで体に悪いんだよ! 知らないの? 知らないの?」
「猫は寝るのも仕事だから良いのねー!」
ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた彼女たちを尻目に、死神ちゃんは権左衛門と二人で「美味い」を連呼しながら美味しい食事で心も体も満たしたのだった。
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