転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
上 下
318 / 362
* 死神生活三年目&more *

第318話 死神ちゃんと寝不足さん⑤

しおりを挟む
 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、そこはアルデンタスのサロンの前だった。彼のサロンの〈ベッドの上〉は安全地帯となっているため、サロン滞在中はどれだけ長い時間を過ごしても〈死神罠が発動するまでの時間〉にカウントされない。だから〈サロン前〉なんていう場所に降り立たせられるというのは、とても珍しいことだった。
 これから退店する者か、それとも今まさに来店しようとしている者が〈担当のパーティーターゲット〉なのかと、死神ちゃんは地図を確認しようとした。すると、それを行うまでもなく、少しばかり離れたところに見知った顔の者が姿を表した。彼は柔和に微笑むと、恭しくお辞儀をして挨拶をした。


「これはこれは、お嬢さん。お久しぶりですね」

「おう、定期施術の日なのか?」

「ええ、そうなんですよ。……せっかくですから、お嬢さんも何かお受けになられますか? いつもお世話になっておりますし、お代は私が出しますから遠慮なさらずに」


 そう言って笑うと、彼は死神ちゃんの頭を撫でた。

 彼は、とある貴族のもとで執事として働いている。その貴族は〈呪いの宝珠を手に入れて、それを用いて王家から権力を奪おう〉と企んでおり、三男坊にダンジョン探索をさせていた。しかし、これがとても使いものにならなかった。三男坊は探索もそこそこに、自分の特殊な性癖を満足させることに注力したのだ。そして、親や使用人たちの目の届かない場所で羽根を伸ばすことを覚えてしまった三男坊は、家でも変態性を発露させた。そのせいで起こった問題の数々はこの執事の彼が抱えることとなり、おかげさまで彼は常に寝不足になっていた。
 彼は質の良い睡眠を確保するために、定期的にアルデンタスの施術を受けていた。本日はその定期施術の日だという。彼はサロンに入り「いつものメニューで」と声をかけ前金を払うと、服を脱ぎアルデンタスの触診を受けた。


「あら。鉄板よりも硬かったのが、大分柔らかくなってきたわね。執事さん、ようやく眠れるようになってきたんじゃあない?」

「ええ、おかげさまで。あなたの施術を受けて、あなたオススメの香でストレスを和らげて。お茶で体調を整えて。――それをご主人様含め、使用人一同で積極的に行っておりますから」

「これならもう少し深部にアタックしていけそうだから、少しばかりメニューを見直したいんだけど。大丈夫かしら?」

「もちろんです。追加でお代が必要なようでしたら、あとでお茶や香を購入するときに一緒にお支払致しますね。それから、そこのお嬢さんにも足湯か何かをお願い致します」


 アルデンタスは目を瞬かせると、呆れ顔を浮かべて死神ちゃんをじっとりと見つめた。


「やだ、渋ダンディー。あんた、死神だって認識されてないの?」

「いや、何度か伝えてはいるんだが、冗談だと思われてるみたいでな……」

「そうですよ、アルデンタスさん。こんな可愛らしい子が、死神なわけないじゃあないですか。冗談が過ぎますよ」


 カラカラと笑う執事に、死神ちゃんは苦笑いを返すしかできなかった。アルデンタスも苦笑いを浮かべると、スタッフの女の子を呼びつけて死神ちゃん用に足湯を準備するようにと指示を出した。
 執事が施術を受けている間、死神ちゃんはその傍らで薔薇の花弁の浮かぶ足湯をパチャパチャとさせた。執事は至福の息を漏らしながら、体に溜まった疲れだけでなく心中に溜まったおりも吐露した。きっと彼が最近そこそこ眠れるようになってきているのは、こうやって定期的に愚痴を吐く機会を得られているからなのだろう。
 しかしながら、死神ちゃんはその〈吐き出される愚痴〉を聞いて頭を抱えた。内容の大半が例の三男坊関連だったからだ。思わず相槌以上の反応を示した死神ちゃんに、執事は〈共感してもらえた〉と言わんばかりに嬉々とした声で捲し立て始めた。普段はよっぽど誰にも愚痴れない環境にあるのだろう、彼は大いに愚痴ることでみるみる元気になっているようだった。


「はあ。こんなに話せて、すごく気分が楽ですよ……。すみませんが、お嬢さんにお茶やお菓子をサービスしてあげてくれませんか?」


 うつ伏せ状態で解されながら、執事は満足げな声でそうスタッフに注文した。死神ちゃんは思わぬもてなしに「何だか悪いな」と言いながらも、満更でもなさそうに笑った。
 施術が終わり、お土産として購入した大量の香や茶葉をポーチに詰め終えると、執事は次の予約を入れてから店をあとにした。店を出て死神ちゃんが奢ってもらったことに対して礼を述べると、彼はにこやかな笑みを浮かべて言った。


「いえいえ、本当にお気になさらず。――ところで、実は、今日は施術以外にも目的があるんですよ。お嬢さんも、ついて来られますか?」


 死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、彼は笑顔のまま話を続けた。


「ウィル・オ・ウィスプというモンスターを知っていますか?」

「ああ、あれだろ? いわゆる〈鬼火〉ってやつだろう?」

「そうです、それです。私、前にも〈寝かしつけの上手なモンスター〉を探していましたけれど、ウィル・オ・ウィスプも寝かしつけが上手いんだそうです」

「ああ、じゃあ、この前みたいに〈寝かしつけ術〉を学ぼうってことか」


 執事はうなずくと、蓋つきの空瓶も用意してきたとつけ加えた。どうやら、可能であればウィスプを持ち帰りたいらしい。前にもバクを持ち帰ろうとして何度も失敗し、〈ダンジョンのモンスターは何故だか連れ出せない〉ということを経験しているというのにだ。諦めの悪い彼に苦笑いを浮かべた死神ちゃんは、唐突に「あ」と声を上げた。目の前にはチカチカと揺らめく鬼火が、ふよふよと漂っていた。


「おや、さっそく現れましたね。さて、寝かしつけ術を見せてもらいましょうか。今日は施術を受けてきてスッキリした状態ですからね、きっとすっきりと眠れることでしょう。身をもって体感させて頂きますよ!」


 彼が意気込んで鼻息を荒くすると、ウィスプは仄かに明滅した。すると、執事はたちまちウトウトと船を漕ぎ始めた。しかし、彼はすぐさま痙攣するようにビクリと身を跳ねて目を覚ました。


「うーん、何なんでしょう? こう、気持ちよくなってきて『あ、落ちる』という瞬間に目が覚めて。モヤモヤするといいます、か……」


 言いながら、彼は再びウィスプの明滅に合わせて船を漕いだ。しかし、やはりまたビクリと身じろいで彼は目を覚ました。


「何なんですかね。先日の〈平手打ち〉よりも浅いと、ころで……。……フッと意識が戻、され……て……。逆に、ストレスが溜まって疲れま、すね……」


 ウトウトとハッを繰り返しながら、彼は頭を垂れた。そして幾度かめの覚醒をした際に、とうとう頭にきたのか、問答無用でウィスプを薙ぎ払った。


「駄目ですね。噂を全て鵜呑みにして期待してしまうのは。こうも期待を裏切られると、せっかく施術で癒やした心もすっかり元通りささくれ立ってしまいますね」

「だったら、そろそろ諦めて帰ったらどうかな」


 苦笑いを浮かべる死神ちゃんに、彼はしょんぼりとうなだれて「そうですね」と返した。しかし、その場をあとにしようとすると、再び鬼火がふよふよと近づいてきた。それはウィスプではなく別のモノで、執事は興味深げに目を見張った。


「もしかして、私が噂に聞いたものはウィスプではなくアレですかね? ――うわ、何なんですか!? おっさんの顔がいっぱいですよ!」


 執事は一転して顔をしかめた。その鬼火が、ひとつひとつがおっさんの顔をしていたからだ。おっさんはどいつもこいつも表情が豊かで、泣いたり怒ったり笑ったりと忙しかった。
 おっさん顔の鬼火の集団は執事に近づくと、何とも言い難い声で子守唄を歌いだした。執事はうつらうつらとしながら、苦しそうに顔を歪めて歯ぎしりした。


「眠りたいのに……大量のおっさんが一心に見つめてくるのが、何とも……。そんなに見つめられたら、落ち着いて眠れやしませんよ!」


 執事が怒りを露わにすると、おっさんは寝ることを強いるかのように詰め寄ってきた。彼は辟易とした表情でそれを追い払おうとしたが、おっさんは動じることなく威圧していた。
 執事はおっさんと攻防を繰り広げつつ、夢と現の間を彷徨さまよった。ふわふわとした足取りでどこかへと追い詰められていった執事は、最終的には霊界へと誘われた。死神ちゃんは表情もなく頭を掻くと、首を傾げながら壁の中へと消えていった。



   **********



 待機室に戻ってきた死神ちゃんは、グレゴリーに近づくと、彼を見上げて首をひねった。


「アレ、なんで、おっさんなんですか?」

「ああ、あれは〈ダンジョン内で朽ち果てた冒険者の亡霊〉というの鬼火だからな。冒険者人口は、男のほうが多いだろう? でもよ、設定とか置いておいても、〈鬼火〉というものは総じておっさんなんじゃあねえかと、俺は思っている」

「はい……?」

「だって、お前、ジャック・オ・ランタンもウィル・オ・ウィスプもおっさんだろう」


 ジャック・オ・ランタンは〈ランタン持ちのジャック〉という意味であり、ウィル・オ・ウィスプは〈松明持ちのウィリアム〉という意味である。つまり、どちらも〈灯りを手にした男〉を名前の由来に持っているのだ。
 グレゴリーはケラケラと笑うと、おもしろおかしそうに言った。


「ジャックさんに、ウィリアムさん。そして小花おはなかおるさん。このダンジョンは〈ふよふよと漂う、っこいおっさん〉率が高いな!」

「何でそこに俺を混ぜるんですか! やめてくださいよ!」


 死神ちゃんは素っ頓狂な声を上げて憤慨した。そして心なしかいじけモードに入ると、死神ちゃんは本日の〈残りの勤務時間〉をふよふよと飛行せずに、全て徒歩で過ごしたという。




 ――――なお、今度こそ〈ダンジョン内のモンスターに〈寝かしつけ〉を期待するのは無理だ〉と悟った執事とその貴族は、野生のバクをペットにすべく、珍獣ハンターの募集することにしたそうDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...