転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活三年目&more *

第317話 死神ちゃんと金の亡者⑥

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 死神ちゃんがダンジョンに降り立つのと同時に、ドーンッと大きな爆発音が響いた。もうもうと上がる煙に咳き込みながら目を凝らしてみると、煙のただ中に男の影を見ることができた。男は膝をついて、辺りに散らばった石塊を熱心に吟味していた。


「うーん、これは違う。これも違う。これも、これも、こっちのこれも……。あー、これはもしや、見当が外れたのか?」


 死神ちゃんは彼に近づいていくと、「おい」と声をかけながら尻を思い切り蹴った。無様に呻きながらバランスを崩した男は、振り返って死神ちゃんを見つめると苦い顔を浮かべた。


「またお前かよ! ホント、人が何かしようとするたびに邪魔しに来るよな、お前ってやつは! 凄まじく迷惑なんだがなあ!」

「迷惑なのはお前のほうだよ。なに、ダンジョンの壁を爆破させているんだよ。そういうの、やめてくれませんかね」


 死神ちゃんが眉根を寄せると、彼はあぐらをかいて座り直し、フンと鼻を鳴らした。
 彼は、ここから少し離れた街に金貸し会社の七光り息子である。彼は仕事はできず、尊大な態度で周りに当たり散らしセクハラをすることしか脳がないわりに、親の威光を笠に着て重役のポストに就いている。そしてさらに金目のものが大好きな金の亡者であるため、彼の会社で働く週末冒険者〈くっころ〉とその同僚たちからは陰で〈ピカリン〉と呼ばれていた。
 ダンジョンにやって来るたびに彼は、泉に投げ銭が落ちていないかを目を皿のようにして探し、金目のもののアイテムをよく落とす金色の虫を追いかけ回していた。また、怪しげなビジネスを立ち上げてはダンジョン内で暗躍していた。本日もどうやら、新規ビジネスのためにダンジョンにやって来たらしい。彼は石塊を拾っては死神ちゃんに投げつけを繰り返しながら、粗暴な口ぶりで言った。


「ほら、来月にはもう年末だろ? 年末年始は、こう、くっついたり離れたりが多いだろう。僕はそこに、金の匂いを感じたんだ。これは大儲けのチャンスだってな。――ていうか、お前、全部貫通してんのかよ! せっかく痛い目に遭わせてやろうと思ったのに!」

「可愛らしい女児に石を投げつけるとか、お前、本当に最低だよな」

「お前のどこが〈可愛らしい女児〉だよ! ただの〈ダンジョンの備品〉のクセして!」

「ていうか、俺だって石を投げられたら、さすがに気分悪いんだがな」

「へえ、気分悪いのか。じゃあ、もっと投げてやる! どうだ? ご気分は!? 悪いか!? 悪いか!?」


 死神ちゃんは飛んで来る石に苛立ちを覚えると、ピカリンに猛突進していった。死神ちゃんが彼の体を貫通すると、彼はその得も言われぬ気持ち悪さに悲鳴を上げた。死神ちゃんはもう一度突進して彼の胴体から顔だけを覗かせると、満面の笑みを浮かべて言った。


「どうだ? ご気分は」

「凄まじく悪いです。すみません。あの、見た目にも気持ちが悪いんで、早く離れてくれませんか。本当に申し訳ないです」


 分かればよろしい、と言いながら死神ちゃんは彼から離れてやった。心地悪そうに息をついたピカリンはハッと真剣な表情を浮かべると、力強く拳を握って呟いた。


「これ、肝試しとかそういうアトラクションとして利用できないかな? 死神を利用すれば元手タダでいけるし、とても金の匂いがす――」

「お前のビジネスなんか、手伝わないし!」


 死神ちゃんは顔をしかめると、彼が投げて寄こしていた石を思いっきり投げ返してやった。
 彼が痛そうに額を擦るのを面倒くさそうに眺めながら、死神ちゃんは〈本日のビジネス〉について尋ねた。年末年始に男女がくっついたり離れたりすることのどこに商機があるのかと首をひねった死神ちゃんに、彼は小馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。


「お前、そんなことも分からないのかよ。つまるところ、今が一体どのような季節なのか、分からないんですか? ご成婚なさったカップルが、身の丈に合わない指輪をご購入する季節ですよ!」

「ああ、それで指輪でも売りさばこうとしていたのか。それでどうしてダンジョンの壁を爆破することに繋がるんだよ」


 怪訝な表情で首を逆方向に傾げた死神ちゃんに、ピカリンは心なしか知的な笑みを見せた。死神ちゃんが眉間のしわを一層深めさせると、彼は重大発表とばかりにゆっくりはっきりと言葉を発した。


「ある日、僕は気づいたんだ。ゴーレムは、出現場所によって材質が異なるって」

「まあ、そうだな。ぬかるみのある辺りでは泥ゴーレムをよく見かけるし、火炎地区の溶岩流が発生している辺りでは溶岩ゴーレムがお目見えすることがあるもんな。そんなの、分かりきっていることじゃあないか。これのどこが大発見なんだよ」

「それだけじゃあないんだ。石造りのやつがいるだろう? あいつらも、よく見てみると個体ごとに使用されている鉱石が異なっているんだよ。――しかもこの前、僕は見たんだ。石ゴーレムの体に宝石の原石が混じっているのを!」

「いやあ、それはさすがに勘違いじゃあないのか?」

「僕の目と鼻はごまかせない! あれは確かに、金目のものの香りをプンプンと漂わせていた!」


 ピカリンは宝石の原石混じりのゴーレムを見て、これは金になると踏んだそうだ。しかしながら、ゴーレムを相手に一人で戦闘を行うのは骨が折れるため、ゴーレムの出没ポイントを入念に調べ上げたのだという。このダンジョンのゴーレムは傀儡ではなく魔法生物である。だから〈ゴーレムの生まれる場所〉の周辺を掘り返せば、ゴーレムの体を構成するのと同じ鉱石を入手できると思ったのだとか。


「こんなこともあろうかと、僕、錬金術師の技能を身に着けておいたんだ。でき得る限り金をかけずに大儲けするために、可能な限り諸経費を切り詰めたいからな!」

「お前、それだけ努力ができるなら、親の七光りに甘んじていなくても十分やっていけるだろう。普通に起業して、バリバリと仕事こなして、財を成せばいいじゃあないか」

「馬鹿だな! 何度も言っているだろう? 僕は! でき得る限り金をかけずに! 可能なら元手タダで! 最大限楽をして大金を手に入れたいんだ!」


 声を大にしてそう言うと、彼はフンと荒く鼻を鳴らした。そしてこの現場に見切りをつけると、別の〈ゴーレム誕生スポット〉へと移動することにした。
 途中、彼は何体かのゴーレムとすれ違った。どのゴーレムもごく普通の石塊ボディで、ピカリンは大いにがっかりした。ところが、しばらくしてゴーレムの群れに遭遇したのだが、その中の一体がゴーレムはあからさまに材質が異なっていた。彼は目を輝かせると、〈姿くらまし〉の技を使ってゴーレムに近づいていった。そして彼は目を真ん丸く見開くと、興奮で頬を染め、ガタガタと震えた。


「やばいやばいやばい! これ、ダイヤモンドだ! これ全部が! 全部、ダイヤモンドだ!」

「何ていうか、着色フィギュアの中にクリアタイプが混じってるようにしか見えないんだが」

「何わけの分からないことを言っているんだよ! あああ、これ、持ち帰ることができたらめちゃめちゃ左うちわじゃあないか! やばい、どうしよう。そのまま連れ帰れるかなあ? 倒したら、丸々素材として残ってくれないかなあ?」

「俺さ、ああいうフィギュアでモヤモヤすることがあるんだよな。何でクリアタイプがレアなんだろうな。着色されているほうが嬉しいだろう。クリアタイプって、どうしても手抜きにしか思えなくて」

「お前、さっきから本当に、わけが分からないよ! フィギュアってなんだよ! お人形遊びが好きとか、やっぱりお子様だったのかよ!」

「んなわけないだろう! 飲み物買うときとかに、たまについてくるんだよ!」

「えっ、ちょっと待って、何それ! 詳しく! 詳しく教えろよ! それ、絶対に金になる! おもしろいよ、それ! えっ、何、どういうこと!?」


 ピカリンと死神ちゃんは、ヒートアップして段々と声が大きくなっていた。〈姿くらまし〉が効いている間は、どれだけ騒ぎ立ててもモンスターに察知されない。しかしながら、言葉の応酬に過熱している間に術が解けていたようで、気がつけばピカリンと死神ちゃんは周囲をぐるりとゴーレムに囲まれていた。


「あ、やば……」


 顔を青くしてそう漏らした直後、ピカリンはゴーレムたちの渾身の一撃を次から次へと食らった。死神ちゃんは気まずそうに頬を引きつらせると、そそくさとその場をあとにしたのだった。



   **********



 待機室に戻ってきて、しばらくののち。死神ちゃんはポーチの中から飲み物を取り出そうとした。しかしながら、本日はうっかり水筒を忘れてきてしまったようだった。
 グレゴリーに許可をもらうと、死神ちゃんは社内購買に足を運んだ。そしてボトル入り飲料の列を眺めながら、どれにしようかと頭を悩ませた。
 ふと目に入ったボトルを手に取ると、死神ちゃんは〈何となくお得な気分〉を覚えて頬を緩ませた。そのボトルの首元には、何かのキャンペーンの一環として〈小さなフィギュアの入った袋〉が提げられていた。


「おお、それ、レアもんじゃねえか! 俺、それだけはまだ持ってないんだよな。なあ、小花おはな、こっちと交換しねえか?」


 待機室に戻った死神ちゃんは、グレゴリーにそのように持ちかけかけられると、「どうしようかな」と言いながら調子に乗ってふんぞり返った。その光景を眺めていたケイティーは首を傾げると、死神ちゃんに尋ねた。


「お前、そういうブサ可愛いの、好きだったっけ?」


 きょとんとした顔で固まった死神ちゃんに、ケイティーはさらに「それ、本当にいるものなの?」と尋ねた。たしかにそのフィギュアは、死神ちゃんの趣味ではなかった。しかしながら、おまけがついている分お得な気がして、気がついたらかなり集めていたのだ。死神ちゃんは「いるの?」の答えに窮したのだった。




 ――――なお、自室には趣味に合致した食玩フィギュアも大量に箱に詰められているという。集めたくなってしまうのは、おっさんの性なのDEATH。
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