転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活三年目&more *

第307話 死神ちゃんと激おこさん③

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 死神ちゃんが五階にある修行スポットに顔を出すと、エルフの女性が滝に向かい大剣で素振りをしていた。死神ちゃんが近づいていくと、ちょうど彼女が怒号を上げて剣を振り下ろしたところだった。彼女のあまりの鬼迫に滝の水は割れ、一瞬岩肌が見えた。驚いた死神ちゃんは頬を引きつらせると、動揺の声を上げた。


「お前、今度は何に激しい怒りを覚えているんだよ……」


 彼女は死神ちゃんのほうを振り向くと、荒々しい足取りで水辺から上がってきた。そして力任せに大剣を地面に突き立てると、彼女は死神ちゃんの両肩をがっしりと掴んで詰め寄った。


「どうして、男はみな若い女ばかり求めるのだろうか」

「いや、あなた、十分お若いですよね……?」


 死神ちゃんが目を瞬かせながら必死に言葉を絞り出すと、彼女は「お世辞なんか要らない!」と怒り顔で叫んだ。死神ちゃんが「お世辞ではない」と宥めていると、横合いから侍がしゃしゃり出てきた。


「そうだぞ、尖り耳。お前は十分若くて綺麗で、そして耳が尖っ――」


 彼女は即座に死神ちゃんの肩から手を放すと、脊髄反射で大剣に手をかけフルスイングした。そして、上空でキラリと輝いて消えた侍に背を向けると、彼女は「まだまだ虫が鬱陶しい季節で嫌ね」と言って満面の笑みを浮かべた。

 休憩するのにちょうどよい岩場に移動すると、彼女は死神ちゃんにおやつをたんまりと与えて日頃の鬱憤を捲し立てた。
 彼女は以前、職業冒険者として活動していたのだが、仲間内にいたバカップルのせいでパーティーが解散となってしまったという過去があった。それが原因で冒険自体に嫌気が差してしまい、彼女は一時、冒険者を引退していた。しかし、普通の女の子に戻って普通に幸せになろうとしてみたものの、今度は〈エルフ特有の胸の小ささ〉が原因で、こちらの活動のほうも行き詰まってしまっていた。――そんな、事あるごとに壁にぶつかり、そしてその〈壁〉に激しくお怒りの彼女は、どうやら今回もまたお怒りのことがあるらしい。死神ちゃんは頂いたおやつの山をもりもりと消化しながら、彼女の〈お怒りの原因〉に耳を傾けた。それによると、彼女は婚活を諦めてはいなかったようなのだが、そこで失礼な輩と遭遇したようだった。


「それでね、フィーリングも合って、胸の大きさも気にしないでくれて、とてもいい感じに二回目のデートに漕ぎ着けたのよ。でね、お茶をしている時に、小さいころに好きで見ていたお話や演劇の話になって。そしたら、なーんか話が噛み合わなくなって。向こうも私も『えっ?』って感じになって」

「結局、フィーリングが合ってたように感じて実は違ったとかか?」

「そうじゃあないのよ! 何ていうの? ジェネレーションギャップっていうやつ!?」

「ああ……」

「エルフは人間ヒューマンよりも長命なんだから、〈小さいころ〉の話題にズレがあるのは仕方のないことでしょう? 誰だってそんなことは常識として理解していることよ。それなのに、その人ときたら『年上の人はちょっと……』ですって! それで『若い子のほうが好みだから、付き合おうって話は無かったことにしてくれ』とか言い出しやがってさ! だったら最初からエルフと付き合おうだなんて思うなよ! ていうか、人間年齢に換算したら私だってまだピチピチの二十代だわ! 最初のデートで『やっぱり、フィーリングが大事だよね』とか言っていたくせに、結局は若さが大事とか! ふざけるな! 男なんて! 男なんて!!」

「本当に失礼な話だな。一番大事なのは尖った耳だというのに。それも分からな――」


 激おこさんは突如肩を抱かれたことに鳥肌を立てると、肩に置かれた手を瞬時に払い除けた。そして傍らに突き立てていた大剣に手をかけると、思い切りスイングした。死神ちゃんが慣れた様子で身を屈めると、大剣が風を切りながら死神ちゃんの頭上を通過していった。そしてそれは懲りもせず現れた侍の胴にヒットして、再び彼を空の彼方へと吹き飛ばした。
 何事もなかったかのように、彼女は大剣を地面に突き立て直して死神ちゃんの目の前に積まれたお菓子をひとつ手に取った。そしてそれに豪快に食らいつきながら、憮然と口を尖らせた。


「しかもね、その鬱憤を晴らすべく久々にダンジョンを彷徨さまよっていたら、うっかりシュート穴に落ちてさあ。そしたら、そこ、今まで行ったこともない場所だったのよ。そして目の前には謎の仕掛けが。多分何かのリドルだと思うんだけど、それを解こうと思ったら〈あなたの年齢では無理〉ですって! ダンジョンにまで年増扱いされて! 本当に頭にくるったら!」


 そんなこんなで、彼女は目下〈若返り〉を画策中なのだとか。何でも、ダンジョンの宝箱に施されている罠のひとつには若返り効果があるらしい。しかしながら、そういうレアな罠というのは、上層では滅多にお目にかかれないのだという。そのため、五階をソロ探索できるくらいの腕を身に着けようと、修行スポットで汗を流していたのだそうだ。
 休憩を終えると、彼女は宝箱を求めてのモンスター狩りをすることにした。もちろん、強敵ばかりで一人で戦うのはまだ無理がある。そのため、四階に戻って一体ずつ相手にしやすい場所で狩りをしようということだった。
 途中、例の〈謎のリドル〉の前を通りかかり、彼女は苦い顔を浮かべて「これがそうよ」と言った。死神ちゃんがきょとんとしていると、彼女は年増認定をされた当時の状態を再現して見せてくれた。


「こう、まずは装備を解いて身軽な状態になるでしょう? で、素足になって、ここの四角く切り出された石の上に乗って。それでこの壁にかけられた二本の棒を手にとって――」

「体組成計かよ」

「でね、じっとして待っていると……。ほら、光がでてきて文字になったでしょ!? でもって、ほら、〈駄目です〉って! ――あっ、でも、この前とちょっとだけ表示が違うな。〈もう少し〉ですって! 何、どういうこと?」

「体内年齢かよ。しっかり運動していたから、若返ったんだろうな」

「何それ!? 滝前での修行は何か若返りの効果があるっていうの!? それとも、滝に何か秘密でもあるのかしら!?」

「マイナスイオンかよ。でもあれって、疑似科学じゃなかったか?」

「さっきからよく分かんない言葉ばっかり! きちんと説明してよ!」


 死神ちゃんが面倒くさそうに言葉を濁すと、ちょうどそこにモンスターが現れた。彼女が必死に戦っている間、死神ちゃんも体組成計に乗ってみた。そして結果を見て、死神ちゃんは愕然とした。
 戦闘を終えた彼女は何故か元気のない死神ちゃんを見下ろすと、不思議そうに首を傾げながら「どうしたの」と尋ねた。そして彼女は首を一層捻ると、眉間にしわを寄せてしゃがみ込んだ。死神ちゃんは「どうしたんだ」と尋ね返した。すると、彼女は例の体組成計の近くの壁に手を這わせた。


「なんか、ここに文字が刻み込まれてるみたいで……。――なになに? 十八歳の女性エルフ僧侶? もしかして、これ、リドルを解くためのヒント? 十八ってどういうことよ! しかも〈もう少し〉ですって!? 慰めか!? それとも馬鹿にしているのか!?」

「やっぱり体内年齢かよ」

「ていうか、僧侶じゃないと駄目ってことは、私、転職しなくちゃならないじゃない。そもそも、このリドルを解いたら何があるっていうんだろう? ダンジョン攻略に必要なアイテムが手に入るとか?」


 思案顔で首を傾げる彼女の背後に、再びモンスターが現れた。何とかそれを撃退すると、宝箱がその場に現れた。激おこさんはゴクリと唾を飲み込むと、真剣な面持ちで決意するように言った。


「さて、死神ちゃん。準備はいいですか」

「何のだよ」

「私は盗賊でも司教でもありません。ですから、鍵開けの技や魔法なんて、身につけてはおりません。またですね、職業関係なく使用できる〈魔法の箱開け鍵〉も持ち合わせてはおりません。さらに言えば、宝箱の罠を発動させるためには、箱開けに失敗しなければなりません。つまりですね、もしかしたら爆発に巻き込まれて死ぬ可能性もあるってことですよ」

「ああ、つまり、帰る準備ってことだな。――先ほどは、美味しいお菓子をたくさん、ありがとうございました。ごちそうさまでした」

「うむ、よろしい。では、開けます!」


 死神ちゃんが深々とお辞儀をしておやつのお礼を述べると、激おこさんは恭しくうなずいた。そして箱に掴みかかると、力任せに箱をこじ開けた。すると、ボフンと音を立てて煙が上がった。
 ゲホゲホとむせ返りながら、手をパタパタと動かして煙を扇ぎ飛ばした彼女は、箱開けに失敗したがために箱の中身が貧相なものになってしまったことにがっかりした。そして、煙が上がったにも関わらず、特に何も怒らなかったことに眉根を寄せた。すると、死神ちゃんが「あっ」と声を上げた。


「なあ、あれ。もしかして、宝箱の中身のひとつじゃあないか?」


 死神ちゃんは、ひらひらと弧を描きながら落ちてくる紙切れを指差した。激おこさんは膝の上に落ちてきた紙切れを手に取ると、怪訝な表情でポツリと言った。


「五階にあるサロンの、無料招待券……?」

「若返り罠って、そういうことかよ!」


 思わず、死神ちゃんはツッコミを入れた。意を介さぬという視線を向けてくる激おこさんに、死神ちゃんは「神の手を持つサロンオーナーに、若返りの秘訣を聞くといい」とだけ伝えた。激おこさんは招待券を握りしめると、喜々として五階に走っていった。そしてめげずに追いかけてきた侍に大剣を振りかざしたのだが、足場の悪さが災いして侍ともども溶岩流に落ちていったのだった。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、ケイティーが不思議そうな顔つきで首をひねった。


小花おはな、お前、何を落ち込んでいたんだよ」

「は?」

「体組成計に乗って落ち込んでいただろう。どうしてなの?」


 死神ちゃんは嗚呼と呻くと、体内年齢が五歳と表示されていたと言って肩を落とした。呆気にとられてぽかんとするケイティーを見上げると、死神ちゃんは情けない顔で瞳を潤ませた。


「若いに越したことはないだろうが、さすがに若すぎるだろう。俺、何かの病気なのかな? ただの機械の故障だったらいいんだが……」

「お前、何を馬鹿なことを言っているんだよ。私たち死神が病気にかかるわけがないだろう。それに、五歳という結果がでるのは当たり前でしょ? だって、幼女なんだから」


 死神ちゃんは「あ」と間抜けな声を上げた。ケイティーは呆れてため息をつくと〈馬鹿なこと言った罰〉と称して、パフェを奢ると言った。

 なお、パフェを食べながら聞いた話によると、永遠の二十代であるケイティーやマッコイの体内年齢は十八歳だという。そして、鍛えているとはいえ甘いものが大好きすぎる死神ちゃん――元の姿のアラフォーおっさん――はというと、体内年齢二十代だったそうだ。
 後日、元の姿で改めて体組成計に乗った際、死神ちゃんはケイティーとマッコイの結果には勝てなかったと悔しそうにしていたそうだが、実年齢よりは遥かに若い結果に満更でもない笑みを浮かべると、おっさんらしく自慢して回ったというのは、また別のお話。




 ――――ちなみに、リドルを無事に達成すると腕輪がもらえるらしい。その腕輪があると入れるようになる場所があるということだが、このダンジョンの攻略には一切関係がないそうDEATH。
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