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* 死神生活三年目&more *
第280話 Show of★キントレン
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「良い子のみんなー! こーんにーちはー!」
エルダは満面の笑みを浮かべると、百貨店の玩具売場に用意された小さなスペースで子供たちにマイクを向けた。子供たちが挨拶を返すと、彼女は口を尖らせて不服そうな表情を浮かべた。
「おかしいなあ。声が聞こえないぞー? そんな小さな声じゃあ、キントレンに声が届かないぞー!? これから、みんなのところにキントレンがやって来るからね。そのときにきちんとご挨拶ができるように、もう一度大きな声で挨拶の練習をしよう! ――みんなー! こーんにーちはー!」
子供たちから先ほどよりも大きな声でとても元気な挨拶が返ってくると、エルダは満足そうにうなずいた。
「うん、今の感じ、すごく良かったよー! 先日放送された、夏の特別企画番組〈ジャージ戦隊キントレン〉を見てくれたかなー!? ――うわあ、みんな見てくれたんだね! ありがとう! 今日はキントレンが、番組を見てくれたお礼をみんなに直接言いたいらしくて――」
エルダの台詞を食うように、どこからともなく地鳴りのような笑い声が聞こえてきた。彼女が「何!?」と声をひっくり返して辺りを見回しだすと、まるでどこぞのSFドラマのようなサイボーグの格好をした鉄砲玉が悪い笑みを浮かべて会場に乱入してきた。
「この会場は、このサイボーグ・マサ様が占拠してやったぜ! お前ら、恐れおののけ! 泣いて詫びるがいい!」
「やだ! なんか、三下っぽい変な人が押し入ってきた!」
「三下じゃねえ! これでも立派な、中間幹部よ! この会場にいるお前ら全員、サイボーグ化してプロフェッサー・ビット様の奴隷にしてやるぜ! 抵抗は無意味だ! どうかしてやるー!」
マサ様が高らかに笑い、子供たちは肩を寄せ合い怯えた。エルダは子供たちを見渡すと、真剣な表情で子供たちに語りかけた。
「このまま屈するなんて駄目! みんな、大きな声でキントレンに助けを呼ぶよ! せーので声を合わせて〈助けて、キントレン!〉って叫ぼう! ――せーのッ! 〈助けてー! キントレーン!〉」
子供たちはエルダと一緒に、大きな声でキントレンに助けを呼んだ。すると、ピエロの「合点承知の助ー!」という声が会場に響き、音楽とともに桃色ジャージ姿のピエロと緑ジャージ姿のにゃんこが走ってやって来た。にゃんこはマサ様を指差すと、ご機嫌斜めに声を張り上げた。
「おいこの三下ぁッ! あたいのお昼寝を邪魔するとはいい度胸なのねッ!」
「だから三下じゃねえ! それに、わざわざ百貨店に来てまで昼寝してるんじゃあねえよ!」
「だって、ピンクの健康食品吟味が長すぎるから仕方がないのね!」
「えええっ、あちし悪くないよー! 悪いのは眼の前にいる三下でしょ? 三下でしょ!?」
「だから、三下って呼ぶんじゃあねえ!」
子供たちは彼女たちが睨み合い頓珍漢なやり取りを行うさまを見て、大いに腹を抱えて笑った。マサ様は顔を真っ赤にして憤ると「くそっ、こうなったら、さっそくやっちまうぜ!」と言い、マイクを握り直して格好良くポーズを取った。
「いでよ! 蓄音鬼・クリスドゥラよ!」
マサ様の呼びかけに応じて、一人の女性が姿を現した。彼女もやはりマサ様と同じようにサイボーグのようなメイクを施し、顔の一部を仮面で覆っていた。そして、スレンダーで色白な身体を黒や紫を中心とした色合いの妖艶なドレス風の衣装で包んでいた。子供たちは、豊かな銅金色の髪をたなびかせながらヴァイオリンを構える彼女にうっとりと魅入った。会場中からは「お姉ちゃん、綺麗」だの「こっちのほうが幹部っぽーい」だのという声がここそこから聞こえた。
マサ様は怒り顔で会場中を見渡すと、子供たちに向かって叫んだ。
「誰だ、この姉ちゃんのほうが幹部っぽいって言ったやつ! あとでどうかしてやるからな、覚悟しとけよ! ――よし、じゃあ、蓄音鬼よ。やっておしまいなさい!」
「子供たちは、あちしたちが守るッ! 行くよッ、グリーン!」
「おうッ!」
ピエロとにゃんこはファイティングポーズをとったが、ひとたび蓄音鬼が演奏を始めると素っ頓狂な声を上げて踊るように体を動かした。
「あれッ? あれッ!? 何だか体が勝手に動いちゃうよ~!?」
「これは、ラジオ体操なのねッ!? ――ああああ、どんどんスピードが早くなっていくのね~ッ!?」
音に合わせ、操り人形のように体を動かし続けるピエロとにゃんこの様子に、子供たちは不安の表情を浮かべた。そしてエルダが特に何も声をかけずとも、何人かの子供が「負けないで」と声を上げた。そのうちの一人は「薫ちゃんとお館様は!?」と涙混じりに声を震わせた。すると「俺を呼んだか!?」という自信たっぷりな声が辺りに響き、直後「トウッ!」と飛び込み前転しながら黄色ジャージ姿の死神ちゃんが姿を現した。
「二人とも、大丈夫かッ!? 音に惑わされるな! 音についていくことに必死になって、きちんと伸ばして動かしてということができなかったら、こういう運動は意味がなくなるんだッ!」
「でも、体が勝手に動いちゃうんだよ~!」
「ここは俺に任せろッ! ――行くぜッ!」
死神ちゃんは華麗に音楽に乗って体を動かしながら、流れるように蓄音鬼に攻撃を仕掛けた。蓄音鬼は演奏の手を止めると、弓を剣のように振り回して応戦した。しかし押され気味の戦況となるとマサ様が「一旦退却だ!」と声を張り上げ、蓄音鬼はマサ様のあとを追って逃げるようにその場からいなくなった。
ピエロとにゃんこはがくりと膝をつくと、情けない声で「助かった~」とこぼした。死神ちゃんは手を差し伸べると、二人を再び立たせた。
「俺らも一旦退却だ。その酷使した筋肉、アイシングして休めないとな。――ところで、会場のみんなは俺らと同じジャージを着てきてくれてるんだな。すごく嬉しいぜ! あの三下たち、まだ何か企んでるみたいだからな。全力で戦えるように、今から準備してくるからな!」
死神ちゃんは会場に向かって親指を立てて格好良く笑顔を振りまいた。そしてヘロヘロの二人に肩を貸し、その場から姿を消した。
エルダは三人の背中を眺めながら「ありがとう、キントレン!」と見送ると、会場に向かって話し始めた。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったわ。それにしても、あの三下――」
「だ~か~ら~ッ! 三下って呼ぶんじゃあねえよ!」
ひょっこりとマサ様が姿を現すと、エルダがこれみよがしに悲鳴を上げ、子供たちが「帰れ、三下ー!」と叫んだ。マサ様は口の端を片方だけ持ち上げると、得意気にフフンと笑った。
「お前ら、そんなこと言っちゃっていいのかな~!? 仕方がないから、お前らと仲良くしてやろうと思ってだな。こう、お菓子の詰め合わせを用意してやって来たっていうのになあ」
チンピラのように落ち着きなく足踏みをして体を揺らしながら、マサ様は後ろに控えていた蓄音鬼に向かってあごをしゃくった。すると、蓄音鬼は無言でスッと、お菓子の詰め合わせを会場中に見えるように掲げた。エルダは「そんな賄賂に、みんなは屈しないわよね?」と会場に向かって声をかけたが、うるせえと声を張り上げたマサ様に押しやられて何処かへと姿を消した。
「さ、うるさい姉ちゃんは片付けたことだし。いっちょ俺らとゲームして遊ぶかあ? ゲームに参加してくれた子に、あのお菓子をプレゼントしちゃうぜ~! もちろん、プレゼントは〈仲良くなった証〉だからな。もらった子は俺らのこと、しっかりと応援してくれよ~!」
にこやかな笑みを浮かべると、マサ様は子供たちに向かって「遊んでくれる人ー!」と言いながら挙手をした。すると、何人かの子供たちが彼に釣られて手を上げた。彼はその中から男の子を一人を選ぶと、ステージの上に連れて行った。周りの子供たちは、心なしか羨ましそうに男の子を見つめた。
「ボク、お名前は? ――そうかそうか。で、いくつ? ――おーおー、すげえな。その歳でしっかり答えてくれるだなんて。お兄さん、嬉しいぜ! 今日は父ちゃん母ちゃんと来たのか? ――はあ、姉ちゃんが連れてきてくれたのか。弟思いの、いい姉ちゃんだな。――よっし、じゃあ、楽しく行こうぜ!」
マサ様は和やかな雰囲気でゲームを取り仕切った。同じ流れで女の子と、また別の男の子とも楽しく会話し、そして全力で遊んだ。マサ様は嬉しそうに大きくうなずくと、上機嫌に言った。
「お前らとも、すっかり打ち解けたみてえだな。これは、ビット様が世界を手中に収める日も近いんじゃあねえか? ――うし。あと一人、俺様たちと遊んでくれる人ーッ!」
マサ様が挙手をすると、会場中の子供たちが一生懸命手を上げた。マサ様はご機嫌で青ジャージを着た女の子を選ぶと、ステージに連れて行った。
「君、お名前は?」
「天狐というのじゃ!」
「ほう、そうかい。天狐ちゃん、歳はいくつだ?」
「人間年齢で言ったら、五、六歳くらいになるのかのう?」
「お、じゃあもうそろそろ小学生ってところか? ――って、お前、キントレンじゃあねえか! もしかして、俺様の企みに気づいて潜入調査に来ていたな!? ――チッ、お遊びはここまでだーッ!」
マサ様が地団駄を踏んで怒り狂う中、どこからともなくエルダが現れて彼を睨みつけながら指差した。
「やっぱり、何か良からぬことを企んでいたのね!? もふ殿は、もしかして気づいていらっしゃったんですか!?」
「うむ! 三下の考えることなど、このわらわにはお見通しなのじゃ!」
「だから、三下って言うんじゃあねえよ! ――行けッ、蓄音鬼ッ!」
「てんこだけに負担はかけさせないぜッ! ――トウッ!」
マサ様が天狐を指差すと、蓄音鬼がヴァイオリンを静かに構えた。すると死神ちゃんの声が会場に響き、キントレン全員がバク宙や駆け足などで姿を現した。そして一人ずつ名乗りを上げ、ポーズを決めて全員で「ジャージ戦隊キントレン!」と声を合わせた。マサ様は苦々しげに顔を歪めると、ブンブンと腕を振り回した。
「しゃらくせえ! 蓄音鬼、手早くやっておしまいなさい!」
「やらせるかよッ! 今日もひと汗、レッツ・パンプアップ!」
死神ちゃんがキメキメでマサ様を指差してそう言ったのを合図に戦闘が開始した。蓄音鬼が演奏を始めると、戦闘員のロボット兵が召喚された。音楽に合わせて揺れ動くロボット兵を倒し、蓄音鬼に辿り着いたのもつかの間、死神ちゃんたちは返り討ちを食らって膝をついた。
「くっ、鍛え方が足りないというのか……ッ!」
エルダは子供たちを見渡すと必死な声で呼びかけた。
「みんな、このままだとキントレンがやられちゃうよ! さあ、大きな声で応援しよう! ――キントレン、頑張れー! キントレン、頑張れーッ!」
子供たちは一生懸命に声を張り上げた。その声援に応えるように、キントレンたちはゆっくりと立ち上がった。
「みんなの声に応えられずして、それで良い城主とは言えぬのじゃ!」
「さっさとこいつら片付けて、みんなの元に帰るのね!」
「いい汗かいて、美しさアップといこうじゃん! いこうじゃん!!」
「君たちの声援がッ! 俺達の最高のプロテインッ! さあ、みんな、行くぜッ!」
「おうッ!」
キントレンたちがファイティングポーズを取り直すのと同時に、キントレンの主題歌が流れだした。死神ちゃんたちも会場の子供たちも、ボルテージはマックスだった。
コテンパンにのされたマサ様は会場中を指差すと、悔しそうに声を張り上げた。
「てめえら、覚えていやがれよ! この恨みは、来年一月スタートの新番組〈ジャージ戦隊キントレン〉で晴らしてやるからな!」
「はあ!?」
颯爽と姿を消したマサ様を、死神ちゃんはぽかんとした顔で見つめて素っ頓狂な声を上げた。子供たちはというと、新番組の告知に沸き立っていた。死神ちゃん以外のメンバーはこのサプライズを知っていたようで、告知に驚くこともなく〈悪を退けたという達成感〉を表情や態度で表していた。
「今日も街の平和は守られたのね!」
「これで今晩も安眠、美しさ確約じゃ~ん!?」
「では、皆の者。最後の決め台詞なのじゃ! ――ビクトリーッ!」
天狐たちは、手を繋ぐと勢い良くそれを振り上げた。いまだ呆然としていた死神ちゃんは慌てて天狐たちにならい、ビクトリーした。
**********
ショーの終了後は、軍曹衣装を身にまとったケイティーも参加してのグリーティング会が行われた。笑顔を振りまきながら参列者と拳を交わしていると、子供たちに混じってクリスが現れた。彼はとても気まずそうな顔で辺りを見回し、そして声を潜めた。
「ねえ、薫。なんであいつがショーに参加してるの!? 私、それ知ってたら来なかったんだけど!」
「いや、俺も今日現場に来て初めて知ったんだよ。マサと新入りが敵側メンバーとして参加するだなんてさ。しかも俺、何気に今日が新入りと初顔合わせだし」
握手をしながらこそこそとそんな話をしていると、スタッフジャンバーを着た女性がクリスの背後から「そこの大きなお友達の方、ごめんなさい。子供たちがまだ待ってるんで、次に進んで下さい」と声をかけてきた。クリスは、顔を青ざめさせてゆっくりと後ろを振り向いた。するとそこには、先ほどまで怪人・蓄音鬼としてショーに出演していた女性が立っていた。彼女はフウと鼻から息を吐くと、目を丸くして言った。
「おや、これはこれは。こんなところで会えるとは思わなかったよ。ミ・アモール」
「薫の前で変なこと言わないでよ、馬鹿ーッ!」
クリスは両手で顔を覆い隠すと、悲嘆に暮れながらその場から走って立ち去った。死神ちゃんは呆然とすると、呆れ顔で蓄音鬼を見つめながらボソリと呟くように言った。
「おい、クリス。お前、三班のクリスと一体どういう関係なんだよ」
「僕と彼女の関係かい? 子供たちとの握手が終わったら教えてあげるよ、キントレン」
彼女はそう言うと、怪しげにニヤリと笑った。そして列に並んでいた子供の一人が〈彼女が蓄音鬼を演じた〉と気づいて声を上げると、彼女はその子の頭を撫でながら「よく似てるって言われるんだよー。悪いやつに似てるだなんて、困っちゃうよねー」と愛想を振りまいた。死神ちゃんは〈キントレンがレギュラー放送化した〉という以外にも何やら面倒事が増えたと認識し、頬を引きつらせたのだった。
――――もちろん、新番組の放送開始までは再放送も何度かやったし、ショーも何度か行われた。回数を重ねるごとに、ショー会場の規模は大きくなり、またショーにやって来るお子様がジャージを着ている率やグッズを持っている率が高くなっていったという。人気向上の秘訣である〈積み重ねが大事〉は筋トレのそれと同じなのDEATH。
エルダは満面の笑みを浮かべると、百貨店の玩具売場に用意された小さなスペースで子供たちにマイクを向けた。子供たちが挨拶を返すと、彼女は口を尖らせて不服そうな表情を浮かべた。
「おかしいなあ。声が聞こえないぞー? そんな小さな声じゃあ、キントレンに声が届かないぞー!? これから、みんなのところにキントレンがやって来るからね。そのときにきちんとご挨拶ができるように、もう一度大きな声で挨拶の練習をしよう! ――みんなー! こーんにーちはー!」
子供たちから先ほどよりも大きな声でとても元気な挨拶が返ってくると、エルダは満足そうにうなずいた。
「うん、今の感じ、すごく良かったよー! 先日放送された、夏の特別企画番組〈ジャージ戦隊キントレン〉を見てくれたかなー!? ――うわあ、みんな見てくれたんだね! ありがとう! 今日はキントレンが、番組を見てくれたお礼をみんなに直接言いたいらしくて――」
エルダの台詞を食うように、どこからともなく地鳴りのような笑い声が聞こえてきた。彼女が「何!?」と声をひっくり返して辺りを見回しだすと、まるでどこぞのSFドラマのようなサイボーグの格好をした鉄砲玉が悪い笑みを浮かべて会場に乱入してきた。
「この会場は、このサイボーグ・マサ様が占拠してやったぜ! お前ら、恐れおののけ! 泣いて詫びるがいい!」
「やだ! なんか、三下っぽい変な人が押し入ってきた!」
「三下じゃねえ! これでも立派な、中間幹部よ! この会場にいるお前ら全員、サイボーグ化してプロフェッサー・ビット様の奴隷にしてやるぜ! 抵抗は無意味だ! どうかしてやるー!」
マサ様が高らかに笑い、子供たちは肩を寄せ合い怯えた。エルダは子供たちを見渡すと、真剣な表情で子供たちに語りかけた。
「このまま屈するなんて駄目! みんな、大きな声でキントレンに助けを呼ぶよ! せーので声を合わせて〈助けて、キントレン!〉って叫ぼう! ――せーのッ! 〈助けてー! キントレーン!〉」
子供たちはエルダと一緒に、大きな声でキントレンに助けを呼んだ。すると、ピエロの「合点承知の助ー!」という声が会場に響き、音楽とともに桃色ジャージ姿のピエロと緑ジャージ姿のにゃんこが走ってやって来た。にゃんこはマサ様を指差すと、ご機嫌斜めに声を張り上げた。
「おいこの三下ぁッ! あたいのお昼寝を邪魔するとはいい度胸なのねッ!」
「だから三下じゃねえ! それに、わざわざ百貨店に来てまで昼寝してるんじゃあねえよ!」
「だって、ピンクの健康食品吟味が長すぎるから仕方がないのね!」
「えええっ、あちし悪くないよー! 悪いのは眼の前にいる三下でしょ? 三下でしょ!?」
「だから、三下って呼ぶんじゃあねえ!」
子供たちは彼女たちが睨み合い頓珍漢なやり取りを行うさまを見て、大いに腹を抱えて笑った。マサ様は顔を真っ赤にして憤ると「くそっ、こうなったら、さっそくやっちまうぜ!」と言い、マイクを握り直して格好良くポーズを取った。
「いでよ! 蓄音鬼・クリスドゥラよ!」
マサ様の呼びかけに応じて、一人の女性が姿を現した。彼女もやはりマサ様と同じようにサイボーグのようなメイクを施し、顔の一部を仮面で覆っていた。そして、スレンダーで色白な身体を黒や紫を中心とした色合いの妖艶なドレス風の衣装で包んでいた。子供たちは、豊かな銅金色の髪をたなびかせながらヴァイオリンを構える彼女にうっとりと魅入った。会場中からは「お姉ちゃん、綺麗」だの「こっちのほうが幹部っぽーい」だのという声がここそこから聞こえた。
マサ様は怒り顔で会場中を見渡すと、子供たちに向かって叫んだ。
「誰だ、この姉ちゃんのほうが幹部っぽいって言ったやつ! あとでどうかしてやるからな、覚悟しとけよ! ――よし、じゃあ、蓄音鬼よ。やっておしまいなさい!」
「子供たちは、あちしたちが守るッ! 行くよッ、グリーン!」
「おうッ!」
ピエロとにゃんこはファイティングポーズをとったが、ひとたび蓄音鬼が演奏を始めると素っ頓狂な声を上げて踊るように体を動かした。
「あれッ? あれッ!? 何だか体が勝手に動いちゃうよ~!?」
「これは、ラジオ体操なのねッ!? ――ああああ、どんどんスピードが早くなっていくのね~ッ!?」
音に合わせ、操り人形のように体を動かし続けるピエロとにゃんこの様子に、子供たちは不安の表情を浮かべた。そしてエルダが特に何も声をかけずとも、何人かの子供が「負けないで」と声を上げた。そのうちの一人は「薫ちゃんとお館様は!?」と涙混じりに声を震わせた。すると「俺を呼んだか!?」という自信たっぷりな声が辺りに響き、直後「トウッ!」と飛び込み前転しながら黄色ジャージ姿の死神ちゃんが姿を現した。
「二人とも、大丈夫かッ!? 音に惑わされるな! 音についていくことに必死になって、きちんと伸ばして動かしてということができなかったら、こういう運動は意味がなくなるんだッ!」
「でも、体が勝手に動いちゃうんだよ~!」
「ここは俺に任せろッ! ――行くぜッ!」
死神ちゃんは華麗に音楽に乗って体を動かしながら、流れるように蓄音鬼に攻撃を仕掛けた。蓄音鬼は演奏の手を止めると、弓を剣のように振り回して応戦した。しかし押され気味の戦況となるとマサ様が「一旦退却だ!」と声を張り上げ、蓄音鬼はマサ様のあとを追って逃げるようにその場からいなくなった。
ピエロとにゃんこはがくりと膝をつくと、情けない声で「助かった~」とこぼした。死神ちゃんは手を差し伸べると、二人を再び立たせた。
「俺らも一旦退却だ。その酷使した筋肉、アイシングして休めないとな。――ところで、会場のみんなは俺らと同じジャージを着てきてくれてるんだな。すごく嬉しいぜ! あの三下たち、まだ何か企んでるみたいだからな。全力で戦えるように、今から準備してくるからな!」
死神ちゃんは会場に向かって親指を立てて格好良く笑顔を振りまいた。そしてヘロヘロの二人に肩を貸し、その場から姿を消した。
エルダは三人の背中を眺めながら「ありがとう、キントレン!」と見送ると、会場に向かって話し始めた。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったわ。それにしても、あの三下――」
「だ~か~ら~ッ! 三下って呼ぶんじゃあねえよ!」
ひょっこりとマサ様が姿を現すと、エルダがこれみよがしに悲鳴を上げ、子供たちが「帰れ、三下ー!」と叫んだ。マサ様は口の端を片方だけ持ち上げると、得意気にフフンと笑った。
「お前ら、そんなこと言っちゃっていいのかな~!? 仕方がないから、お前らと仲良くしてやろうと思ってだな。こう、お菓子の詰め合わせを用意してやって来たっていうのになあ」
チンピラのように落ち着きなく足踏みをして体を揺らしながら、マサ様は後ろに控えていた蓄音鬼に向かってあごをしゃくった。すると、蓄音鬼は無言でスッと、お菓子の詰め合わせを会場中に見えるように掲げた。エルダは「そんな賄賂に、みんなは屈しないわよね?」と会場に向かって声をかけたが、うるせえと声を張り上げたマサ様に押しやられて何処かへと姿を消した。
「さ、うるさい姉ちゃんは片付けたことだし。いっちょ俺らとゲームして遊ぶかあ? ゲームに参加してくれた子に、あのお菓子をプレゼントしちゃうぜ~! もちろん、プレゼントは〈仲良くなった証〉だからな。もらった子は俺らのこと、しっかりと応援してくれよ~!」
にこやかな笑みを浮かべると、マサ様は子供たちに向かって「遊んでくれる人ー!」と言いながら挙手をした。すると、何人かの子供たちが彼に釣られて手を上げた。彼はその中から男の子を一人を選ぶと、ステージの上に連れて行った。周りの子供たちは、心なしか羨ましそうに男の子を見つめた。
「ボク、お名前は? ――そうかそうか。で、いくつ? ――おーおー、すげえな。その歳でしっかり答えてくれるだなんて。お兄さん、嬉しいぜ! 今日は父ちゃん母ちゃんと来たのか? ――はあ、姉ちゃんが連れてきてくれたのか。弟思いの、いい姉ちゃんだな。――よっし、じゃあ、楽しく行こうぜ!」
マサ様は和やかな雰囲気でゲームを取り仕切った。同じ流れで女の子と、また別の男の子とも楽しく会話し、そして全力で遊んだ。マサ様は嬉しそうに大きくうなずくと、上機嫌に言った。
「お前らとも、すっかり打ち解けたみてえだな。これは、ビット様が世界を手中に収める日も近いんじゃあねえか? ――うし。あと一人、俺様たちと遊んでくれる人ーッ!」
マサ様が挙手をすると、会場中の子供たちが一生懸命手を上げた。マサ様はご機嫌で青ジャージを着た女の子を選ぶと、ステージに連れて行った。
「君、お名前は?」
「天狐というのじゃ!」
「ほう、そうかい。天狐ちゃん、歳はいくつだ?」
「人間年齢で言ったら、五、六歳くらいになるのかのう?」
「お、じゃあもうそろそろ小学生ってところか? ――って、お前、キントレンじゃあねえか! もしかして、俺様の企みに気づいて潜入調査に来ていたな!? ――チッ、お遊びはここまでだーッ!」
マサ様が地団駄を踏んで怒り狂う中、どこからともなくエルダが現れて彼を睨みつけながら指差した。
「やっぱり、何か良からぬことを企んでいたのね!? もふ殿は、もしかして気づいていらっしゃったんですか!?」
「うむ! 三下の考えることなど、このわらわにはお見通しなのじゃ!」
「だから、三下って言うんじゃあねえよ! ――行けッ、蓄音鬼ッ!」
「てんこだけに負担はかけさせないぜッ! ――トウッ!」
マサ様が天狐を指差すと、蓄音鬼がヴァイオリンを静かに構えた。すると死神ちゃんの声が会場に響き、キントレン全員がバク宙や駆け足などで姿を現した。そして一人ずつ名乗りを上げ、ポーズを決めて全員で「ジャージ戦隊キントレン!」と声を合わせた。マサ様は苦々しげに顔を歪めると、ブンブンと腕を振り回した。
「しゃらくせえ! 蓄音鬼、手早くやっておしまいなさい!」
「やらせるかよッ! 今日もひと汗、レッツ・パンプアップ!」
死神ちゃんがキメキメでマサ様を指差してそう言ったのを合図に戦闘が開始した。蓄音鬼が演奏を始めると、戦闘員のロボット兵が召喚された。音楽に合わせて揺れ動くロボット兵を倒し、蓄音鬼に辿り着いたのもつかの間、死神ちゃんたちは返り討ちを食らって膝をついた。
「くっ、鍛え方が足りないというのか……ッ!」
エルダは子供たちを見渡すと必死な声で呼びかけた。
「みんな、このままだとキントレンがやられちゃうよ! さあ、大きな声で応援しよう! ――キントレン、頑張れー! キントレン、頑張れーッ!」
子供たちは一生懸命に声を張り上げた。その声援に応えるように、キントレンたちはゆっくりと立ち上がった。
「みんなの声に応えられずして、それで良い城主とは言えぬのじゃ!」
「さっさとこいつら片付けて、みんなの元に帰るのね!」
「いい汗かいて、美しさアップといこうじゃん! いこうじゃん!!」
「君たちの声援がッ! 俺達の最高のプロテインッ! さあ、みんな、行くぜッ!」
「おうッ!」
キントレンたちがファイティングポーズを取り直すのと同時に、キントレンの主題歌が流れだした。死神ちゃんたちも会場の子供たちも、ボルテージはマックスだった。
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「てめえら、覚えていやがれよ! この恨みは、来年一月スタートの新番組〈ジャージ戦隊キントレン〉で晴らしてやるからな!」
「はあ!?」
颯爽と姿を消したマサ様を、死神ちゃんはぽかんとした顔で見つめて素っ頓狂な声を上げた。子供たちはというと、新番組の告知に沸き立っていた。死神ちゃん以外のメンバーはこのサプライズを知っていたようで、告知に驚くこともなく〈悪を退けたという達成感〉を表情や態度で表していた。
「今日も街の平和は守られたのね!」
「これで今晩も安眠、美しさ確約じゃ~ん!?」
「では、皆の者。最後の決め台詞なのじゃ! ――ビクトリーッ!」
天狐たちは、手を繋ぐと勢い良くそれを振り上げた。いまだ呆然としていた死神ちゃんは慌てて天狐たちにならい、ビクトリーした。
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ショーの終了後は、軍曹衣装を身にまとったケイティーも参加してのグリーティング会が行われた。笑顔を振りまきながら参列者と拳を交わしていると、子供たちに混じってクリスが現れた。彼はとても気まずそうな顔で辺りを見回し、そして声を潜めた。
「ねえ、薫。なんであいつがショーに参加してるの!? 私、それ知ってたら来なかったんだけど!」
「いや、俺も今日現場に来て初めて知ったんだよ。マサと新入りが敵側メンバーとして参加するだなんてさ。しかも俺、何気に今日が新入りと初顔合わせだし」
握手をしながらこそこそとそんな話をしていると、スタッフジャンバーを着た女性がクリスの背後から「そこの大きなお友達の方、ごめんなさい。子供たちがまだ待ってるんで、次に進んで下さい」と声をかけてきた。クリスは、顔を青ざめさせてゆっくりと後ろを振り向いた。するとそこには、先ほどまで怪人・蓄音鬼としてショーに出演していた女性が立っていた。彼女はフウと鼻から息を吐くと、目を丸くして言った。
「おや、これはこれは。こんなところで会えるとは思わなかったよ。ミ・アモール」
「薫の前で変なこと言わないでよ、馬鹿ーッ!」
クリスは両手で顔を覆い隠すと、悲嘆に暮れながらその場から走って立ち去った。死神ちゃんは呆然とすると、呆れ顔で蓄音鬼を見つめながらボソリと呟くように言った。
「おい、クリス。お前、三班のクリスと一体どういう関係なんだよ」
「僕と彼女の関係かい? 子供たちとの握手が終わったら教えてあげるよ、キントレン」
彼女はそう言うと、怪しげにニヤリと笑った。そして列に並んでいた子供の一人が〈彼女が蓄音鬼を演じた〉と気づいて声を上げると、彼女はその子の頭を撫でながら「よく似てるって言われるんだよー。悪いやつに似てるだなんて、困っちゃうよねー」と愛想を振りまいた。死神ちゃんは〈キントレンがレギュラー放送化した〉という以外にも何やら面倒事が増えたと認識し、頬を引きつらせたのだった。
――――もちろん、新番組の放送開始までは再放送も何度かやったし、ショーも何度か行われた。回数を重ねるごとに、ショー会場の規模は大きくなり、またショーにやって来るお子様がジャージを着ている率やグッズを持っている率が高くなっていったという。人気向上の秘訣である〈積み重ねが大事〉は筋トレのそれと同じなのDEATH。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
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