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* 死神生活三年目&more *
第255話 FU・RU・E・RU★もふ殿パニック⑤
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昔々、あるところに、とても可愛らしい女の子がいました。赤い頭巾を被っており、それがとても似合っていたので、その女の子はみんなから〈赤ずきんちゃん〉と呼ばれておりました。
「赤ずきんちゃん。ちょっとお使いを頼みたいのだけれど、いいかしら?」
「母上、どうしたのじゃ?」
「お祖母様がね、ご病気になってしまったそうなのよ。だから、お見舞いに行って欲しいのよ」
「それは大変なのじゃ!」
「はい、これ。お祖母様の大好きな、ケーキとぶどう酒よ。本当に、一人で行ける? 大丈夫?」
「うむ! 任せるのじゃ! 行ってくるのじゃ、母上!」
赤ずきんちゃんは元気に頷くと、お土産を持ってお祖母様のおうちへと出かけていきました。
赤ずきんちゃんの可愛らしい真っ赤な頭巾は、お祖母様が作ってくれたものです。優しくてお裁縫上手なお祖母様のことが、赤ずきんちゃんは大好きでした。ですから、赤ずきんちゃんは何としてでも、無事にお使いを成功させようと思いました。
「〈知らない人についていかない〉、〈寄り道をしない〉……。この、母上との〈おやくそく〉を守れば楽勝なのじゃ!」
赤ずきんちゃんは、お祖母様のおうちを目指して森の中を歩いておりました。するとそこに、オオカミが現れました。
「そこの可愛らしいお嬢さん。真っ赤な頭巾、お似合いですね」
「ありがとうなのじゃ!」
「ところで、お嬢さん。一人でどこに行くつもり? こんなにいい天気だしさ、お姉ちゃんとイイトコロ、行こうよ。ね?」
「それは、できないご相談なのじゃ。すまぬのう」
「そうなの? 残念だなあ。ところで、その籠の中は何? どこかにお使い? どんな目的で? どこまで?」
「ケーキとぶどう酒を持って、お見舞いなのじゃ! お祖母様のおうちなのじゃが、ここから……えっと……」
「お、お嬢さん、そんなに震えて大丈夫かな? お嬢さんも風邪を引いちゃったかな? えっと、ここから、十五分くらいのところだよね? お見舞いなんでしょ? だったら、花を摘んでから行ったら? ほら、周り、見てみなよ。綺麗なお花が、たくさん咲いているでしょう?」
「う、うむ! そうじゃのう、そうするのじゃ! ありがとうなのじゃ!」
赤ずきんちゃんはオオカミにお礼を言うと、素敵なブーケを作るべく、お花を選び始めました。
「しめしめ。この間に婆さんの家に行って、婆さんを片付けてしまおう。そして、婆さんのフリをして赤ずきんちゃんを待ち伏せしよう」
オオカミはさっそく、お祖母様のおうちにやって来ると、トントンと玄関のドアをノックしました。
「はいはいはーい、どなたどなたー? ――ああああ、待って、それはご勘弁ってやつだよ!? 台本とちが……あああああ! おみっちゃん、軍曹を止め……ああああああ!」
「はい、見事ぬいぐるみをキャッチした、そこの君! 今からナレーションのお姉さんがそっちに行くから、待っていてね! ぬいぐるみと交換で、素敵なプレゼントがあるよー!」
はい、サプライズでございました。皆様、盛大な笑い声と温かい拍手、本当にありがとうございます。さて、お祖母様も片付けさせて頂いて、プレゼントも無事にお渡しできましたことですし、ナレーションに戻らせて頂きます。……再度の笑い声と拍手、ありがとうございます。ありがとうございます。
素敵なブーケを作り終えた赤ずきんちゃんは、ようやくお祖母様のおうちにやってきました。
「おかしいのう、ドアが開いているのじゃ。いつもはきちんと閉まっているのじゃ。おかしいのう。――祖母上! お見舞いに来たのじゃ!」
「おやおや、赤ずきんちゃん。ありがとう。ベッドまで来ておくれ」
お祖母様のご様子が、いつもと違うことに赤ずきんちゃんは戸惑いました。しかし、それは無理もありません。何故なら、オオカミがお祖母様のフリをしているからです。でも、赤ずきんちゃんはそれに気づくことなく、ベッドに近づいていきました。
「祖母上は、そんなに耳が大きかったかの」
「お前の可愛い声を、よく聞きたいからね」
「お目々もキラキラなのじゃ」
「可愛いお前が来てくれたんだもの、嬉しくて輝きもするよ」
「おくちもとても大きいのう!」
「そりゃあね。お前を……」
「わらわを?」
「食べるためにね……!」
**********
「おくちもとても大きいのう!」
「そりゃあね。お前を……」
「わらわを?」
「食べるためにね……!」
オオカミは掛け布団を跳ね上げると、渾身の〈鬼軍曹モード〉を披露した。狂気に満ちた笑みを浮かべるオオカミの本気を感じた観覧者は、背筋に寒気を感じ、そして心の底から赤ずきんの身を案じた。
赤ずきんはというと、驚いた表情を浮かべたまま硬直して動かなかった。オオカミは〈鬼軍曹モード〉を解いて目を瞬かせると、「赤ずきんちゃん?」と呟いて彼女の肩を軽くトントンと叩いた。赤ずきんちゃんはそのまま、プルプルと震えだした。劇が始まる前に緊張して震えていたときとも、序盤でセリフをほんの少し忘れて震えていたときとも、比べ物にならないほどにプルプルと震えていた。
戸惑ったオオカミはどこかへと助けを求めるかのように、キョロキョロと視線を彷徨わせた。そして――
「ぎゃあああああああ!」
オオカミは、額の真ん中に矢を受けて絶叫した。彼女が叫ぶのと同時に、棒の部分から垂れ幕がべろりと垂れ下がった。そこには〈成敗〉と達筆な筆文字で書かれていた。
矢じりの部分は吸盤となっていたのだが、かなりの衝撃を受けたようで、彼女は声にならない声をあげて悶絶していた。そこに小脇にぬいぐるみを抱え、ボウガンを担いだ猟師がやって来た。猟師は赤ずきんちゃんの側に斜に構えて立つと、オオカミに向かってあごをしゃくった。
「はい、オオカミさん、お疲れ。ほら、とっとと捌けろ。――何? 痛すぎて動けない? ナレーションさん、悪い、これ、婆さんのときと同じ感じに片付けといて」
オオカミが引きずられながら退場していくのを見届けて、猟師はフンと鼻を鳴らした。そして、猟師は赤ずきんちゃんの肩を軽くトントンと叩きながら「大丈夫か?」と声をかけた。一瞬だけ震えの止まった赤ずきんちゃんはビクッと身を跳ねさせると、再び震えだした。
「だ、だ、だ、大丈夫なのじゃ! あ、あ、ああああああ、ありがとうなのじゃ!」
「ちなみに、婆さんも、この通り無事だからな」
猟師は抱えていたぬいぐるみを観覧者に見えるように掲げた。すると、ぬいぐるみが若干不満そうに言った。
「まさか、宙を舞うことになるとはね!」
「でも、イケメンがキャッチしてくれたじゃあないか。良かったな」
どっと笑いが起きると、ぬいぐるみが再び話しだした。
「良い子のみんな、寄り道は、したら駄目だよ? 駄目だよ!? じゃないと、空を飛んだり、空を飛ぶよりももっと怖い目に遭ったりするからね! あちしとの、おっやくそくぅ!」
「こうして、森には再び平和が訪れ、婆さんと赤ずきんちゃんは仲良くお菓子を食べたそうです。俺もお裾分けして頂きました。――お、美味いな、これ。以上、めでたしめでたし!」
**********
猟師姿の死神ちゃんは、幕が降りるとパウンドケーキをもしゃもしゃと頬張りながら赤ずきんちゃん姿の天狐の肩を揺すった。
「天狐、大丈夫か? 劇、終わったぞ」
「――ハッ! あまりにも、おケイの本気のオオカミさんが怖くて、何もかもすっ飛んでしまったのじゃ……!」
「大丈夫、きちんと最後までできていたから。頑張ったな、偉いぞ」
死神ちゃんはケーキを持っていた手を綺麗に拭うと、天狐の頭を撫でた。天狐はそれに応えるように必死に頷いた。そこにオオカミ姿のケイティーが駆けてきて、天狐を抱き上げるなり頬ずりしながら謝り倒した。
「天狐ちゃん、ごめん! 天狐ちゃんのためにしっかりとオオカミ役を勤め上げようと頑張ったら、やり過ぎちゃって……」
「大丈夫なのじゃ! おケイの迫真の演技、素晴らしかったのじゃ! おでこ、赤くなっておるが、大丈夫かえ?」
天狐がケイティーのおでこを撫でると、ケイティーは心なしか痛そうに顔を歪めたが、大丈夫と返して苦笑いを浮かべた。
足元に置いたボウガンを手にとり、セットの片付けに奔走する美術担当のクリスや権左衛門の間を縫って、死神ちゃんは舞台袖へと移動した。すると、ナレーションを担当していたおみつが「機転を利かせて、場を収めてくれて助かりました」と声をかけてきた。死神ちゃんが苦笑いでそれに応えていると、お母さん姿のマッコイが「お客さんよ」と言って死神ちゃんと天狐を呼んだ。
「死神さん。天狐ちゃん。劇、とても良かったわ!」
「ソッフィ! 来てくれてありがとうなのじゃ!」
天狐はソフィアの手を取ると、嬉しそうにキャッキャと声を上げた。
本日は、天狐の城下町の〈春の文化芸術祭〉の開催日だった。昨年末の運動会の天狐の発言通りに、死神ちゃんたちは〈赤ずきんちゃん〉を披露した。どうやら天狐は何らかの方法でソフィアを誘い、ソフィアも教会の大司教である母に頼み込んで〈春の視察〉をこの日に合わせてもらい、わざわざやって来たらしい。
天狐はいまだ手に提げていた籠から、綺麗にラッピングされたパウンドケーキを取り出した。
「母上に教えてもらいながら、母上と一緒に焼いたのじゃ! お味は、さっき猟師さんにお墨付きをもらったのじゃ!」
死神ちゃんがきょとんとした顔で目を瞬かせると、側にいたマッコイがクスクスと笑った。母上というのはどうやら、本物の母ではなく、母親役を演じた彼のことらしい。
ソフィアは嬉しそうにそれを受け取ると、ポーチからマドレーヌを取り出して天狐と死神ちゃんに差し出した。
「あのね、ソフィアもマドレーヌを焼いてきたのよ。この前はクッキーだったから、他のものに挑戦しようと思って。きちんと、普通の材料で普通に作ったから、死神さんも安心して食べてね」
死神ちゃんが笑顔で受け取ると、ソフィアは照れくさそうにはにかんだ。天狐はもらったマドレーヌを嬉しそうに眺めながら、にこにこと相好を崩した。
「いつかソッフィとも、一緒に劇をしたいのじゃ」
「いいわね、ソフィアもやりたいわ! もっと遊びに来られるように、お母様にお願いしてみるわね! そしたら、絶対にやりましょうね! 絶対よ!」
「うむ! うむ!! 約束なのじゃ!」
二人は嬉しそうに笑い合いながら、指切りげんまんをした。そんな仲睦まじい二人を見て、死神ちゃんはほっこりとした気持ちになったのだった。
――――なお、マッコイは天狐と親子役を演るにあたって、彼女の髪色に合わせて金髪ロングのかつらを着用していました。お母さん役がしっくりとしすぎ、さらには髪の色も長さもいつもと違ったせいで、彼がお母さんだとは観覧者の誰も気づかなかったそうDEATH。
「赤ずきんちゃん。ちょっとお使いを頼みたいのだけれど、いいかしら?」
「母上、どうしたのじゃ?」
「お祖母様がね、ご病気になってしまったそうなのよ。だから、お見舞いに行って欲しいのよ」
「それは大変なのじゃ!」
「はい、これ。お祖母様の大好きな、ケーキとぶどう酒よ。本当に、一人で行ける? 大丈夫?」
「うむ! 任せるのじゃ! 行ってくるのじゃ、母上!」
赤ずきんちゃんは元気に頷くと、お土産を持ってお祖母様のおうちへと出かけていきました。
赤ずきんちゃんの可愛らしい真っ赤な頭巾は、お祖母様が作ってくれたものです。優しくてお裁縫上手なお祖母様のことが、赤ずきんちゃんは大好きでした。ですから、赤ずきんちゃんは何としてでも、無事にお使いを成功させようと思いました。
「〈知らない人についていかない〉、〈寄り道をしない〉……。この、母上との〈おやくそく〉を守れば楽勝なのじゃ!」
赤ずきんちゃんは、お祖母様のおうちを目指して森の中を歩いておりました。するとそこに、オオカミが現れました。
「そこの可愛らしいお嬢さん。真っ赤な頭巾、お似合いですね」
「ありがとうなのじゃ!」
「ところで、お嬢さん。一人でどこに行くつもり? こんなにいい天気だしさ、お姉ちゃんとイイトコロ、行こうよ。ね?」
「それは、できないご相談なのじゃ。すまぬのう」
「そうなの? 残念だなあ。ところで、その籠の中は何? どこかにお使い? どんな目的で? どこまで?」
「ケーキとぶどう酒を持って、お見舞いなのじゃ! お祖母様のおうちなのじゃが、ここから……えっと……」
「お、お嬢さん、そんなに震えて大丈夫かな? お嬢さんも風邪を引いちゃったかな? えっと、ここから、十五分くらいのところだよね? お見舞いなんでしょ? だったら、花を摘んでから行ったら? ほら、周り、見てみなよ。綺麗なお花が、たくさん咲いているでしょう?」
「う、うむ! そうじゃのう、そうするのじゃ! ありがとうなのじゃ!」
赤ずきんちゃんはオオカミにお礼を言うと、素敵なブーケを作るべく、お花を選び始めました。
「しめしめ。この間に婆さんの家に行って、婆さんを片付けてしまおう。そして、婆さんのフリをして赤ずきんちゃんを待ち伏せしよう」
オオカミはさっそく、お祖母様のおうちにやって来ると、トントンと玄関のドアをノックしました。
「はいはいはーい、どなたどなたー? ――ああああ、待って、それはご勘弁ってやつだよ!? 台本とちが……あああああ! おみっちゃん、軍曹を止め……ああああああ!」
「はい、見事ぬいぐるみをキャッチした、そこの君! 今からナレーションのお姉さんがそっちに行くから、待っていてね! ぬいぐるみと交換で、素敵なプレゼントがあるよー!」
はい、サプライズでございました。皆様、盛大な笑い声と温かい拍手、本当にありがとうございます。さて、お祖母様も片付けさせて頂いて、プレゼントも無事にお渡しできましたことですし、ナレーションに戻らせて頂きます。……再度の笑い声と拍手、ありがとうございます。ありがとうございます。
素敵なブーケを作り終えた赤ずきんちゃんは、ようやくお祖母様のおうちにやってきました。
「おかしいのう、ドアが開いているのじゃ。いつもはきちんと閉まっているのじゃ。おかしいのう。――祖母上! お見舞いに来たのじゃ!」
「おやおや、赤ずきんちゃん。ありがとう。ベッドまで来ておくれ」
お祖母様のご様子が、いつもと違うことに赤ずきんちゃんは戸惑いました。しかし、それは無理もありません。何故なら、オオカミがお祖母様のフリをしているからです。でも、赤ずきんちゃんはそれに気づくことなく、ベッドに近づいていきました。
「祖母上は、そんなに耳が大きかったかの」
「お前の可愛い声を、よく聞きたいからね」
「お目々もキラキラなのじゃ」
「可愛いお前が来てくれたんだもの、嬉しくて輝きもするよ」
「おくちもとても大きいのう!」
「そりゃあね。お前を……」
「わらわを?」
「食べるためにね……!」
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「おくちもとても大きいのう!」
「そりゃあね。お前を……」
「わらわを?」
「食べるためにね……!」
オオカミは掛け布団を跳ね上げると、渾身の〈鬼軍曹モード〉を披露した。狂気に満ちた笑みを浮かべるオオカミの本気を感じた観覧者は、背筋に寒気を感じ、そして心の底から赤ずきんの身を案じた。
赤ずきんはというと、驚いた表情を浮かべたまま硬直して動かなかった。オオカミは〈鬼軍曹モード〉を解いて目を瞬かせると、「赤ずきんちゃん?」と呟いて彼女の肩を軽くトントンと叩いた。赤ずきんちゃんはそのまま、プルプルと震えだした。劇が始まる前に緊張して震えていたときとも、序盤でセリフをほんの少し忘れて震えていたときとも、比べ物にならないほどにプルプルと震えていた。
戸惑ったオオカミはどこかへと助けを求めるかのように、キョロキョロと視線を彷徨わせた。そして――
「ぎゃあああああああ!」
オオカミは、額の真ん中に矢を受けて絶叫した。彼女が叫ぶのと同時に、棒の部分から垂れ幕がべろりと垂れ下がった。そこには〈成敗〉と達筆な筆文字で書かれていた。
矢じりの部分は吸盤となっていたのだが、かなりの衝撃を受けたようで、彼女は声にならない声をあげて悶絶していた。そこに小脇にぬいぐるみを抱え、ボウガンを担いだ猟師がやって来た。猟師は赤ずきんちゃんの側に斜に構えて立つと、オオカミに向かってあごをしゃくった。
「はい、オオカミさん、お疲れ。ほら、とっとと捌けろ。――何? 痛すぎて動けない? ナレーションさん、悪い、これ、婆さんのときと同じ感じに片付けといて」
オオカミが引きずられながら退場していくのを見届けて、猟師はフンと鼻を鳴らした。そして、猟師は赤ずきんちゃんの肩を軽くトントンと叩きながら「大丈夫か?」と声をかけた。一瞬だけ震えの止まった赤ずきんちゃんはビクッと身を跳ねさせると、再び震えだした。
「だ、だ、だ、大丈夫なのじゃ! あ、あ、ああああああ、ありがとうなのじゃ!」
「ちなみに、婆さんも、この通り無事だからな」
猟師は抱えていたぬいぐるみを観覧者に見えるように掲げた。すると、ぬいぐるみが若干不満そうに言った。
「まさか、宙を舞うことになるとはね!」
「でも、イケメンがキャッチしてくれたじゃあないか。良かったな」
どっと笑いが起きると、ぬいぐるみが再び話しだした。
「良い子のみんな、寄り道は、したら駄目だよ? 駄目だよ!? じゃないと、空を飛んだり、空を飛ぶよりももっと怖い目に遭ったりするからね! あちしとの、おっやくそくぅ!」
「こうして、森には再び平和が訪れ、婆さんと赤ずきんちゃんは仲良くお菓子を食べたそうです。俺もお裾分けして頂きました。――お、美味いな、これ。以上、めでたしめでたし!」
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猟師姿の死神ちゃんは、幕が降りるとパウンドケーキをもしゃもしゃと頬張りながら赤ずきんちゃん姿の天狐の肩を揺すった。
「天狐、大丈夫か? 劇、終わったぞ」
「――ハッ! あまりにも、おケイの本気のオオカミさんが怖くて、何もかもすっ飛んでしまったのじゃ……!」
「大丈夫、きちんと最後までできていたから。頑張ったな、偉いぞ」
死神ちゃんはケーキを持っていた手を綺麗に拭うと、天狐の頭を撫でた。天狐はそれに応えるように必死に頷いた。そこにオオカミ姿のケイティーが駆けてきて、天狐を抱き上げるなり頬ずりしながら謝り倒した。
「天狐ちゃん、ごめん! 天狐ちゃんのためにしっかりとオオカミ役を勤め上げようと頑張ったら、やり過ぎちゃって……」
「大丈夫なのじゃ! おケイの迫真の演技、素晴らしかったのじゃ! おでこ、赤くなっておるが、大丈夫かえ?」
天狐がケイティーのおでこを撫でると、ケイティーは心なしか痛そうに顔を歪めたが、大丈夫と返して苦笑いを浮かべた。
足元に置いたボウガンを手にとり、セットの片付けに奔走する美術担当のクリスや権左衛門の間を縫って、死神ちゃんは舞台袖へと移動した。すると、ナレーションを担当していたおみつが「機転を利かせて、場を収めてくれて助かりました」と声をかけてきた。死神ちゃんが苦笑いでそれに応えていると、お母さん姿のマッコイが「お客さんよ」と言って死神ちゃんと天狐を呼んだ。
「死神さん。天狐ちゃん。劇、とても良かったわ!」
「ソッフィ! 来てくれてありがとうなのじゃ!」
天狐はソフィアの手を取ると、嬉しそうにキャッキャと声を上げた。
本日は、天狐の城下町の〈春の文化芸術祭〉の開催日だった。昨年末の運動会の天狐の発言通りに、死神ちゃんたちは〈赤ずきんちゃん〉を披露した。どうやら天狐は何らかの方法でソフィアを誘い、ソフィアも教会の大司教である母に頼み込んで〈春の視察〉をこの日に合わせてもらい、わざわざやって来たらしい。
天狐はいまだ手に提げていた籠から、綺麗にラッピングされたパウンドケーキを取り出した。
「母上に教えてもらいながら、母上と一緒に焼いたのじゃ! お味は、さっき猟師さんにお墨付きをもらったのじゃ!」
死神ちゃんがきょとんとした顔で目を瞬かせると、側にいたマッコイがクスクスと笑った。母上というのはどうやら、本物の母ではなく、母親役を演じた彼のことらしい。
ソフィアは嬉しそうにそれを受け取ると、ポーチからマドレーヌを取り出して天狐と死神ちゃんに差し出した。
「あのね、ソフィアもマドレーヌを焼いてきたのよ。この前はクッキーだったから、他のものに挑戦しようと思って。きちんと、普通の材料で普通に作ったから、死神さんも安心して食べてね」
死神ちゃんが笑顔で受け取ると、ソフィアは照れくさそうにはにかんだ。天狐はもらったマドレーヌを嬉しそうに眺めながら、にこにこと相好を崩した。
「いつかソッフィとも、一緒に劇をしたいのじゃ」
「いいわね、ソフィアもやりたいわ! もっと遊びに来られるように、お母様にお願いしてみるわね! そしたら、絶対にやりましょうね! 絶対よ!」
「うむ! うむ!! 約束なのじゃ!」
二人は嬉しそうに笑い合いながら、指切りげんまんをした。そんな仲睦まじい二人を見て、死神ちゃんはほっこりとした気持ちになったのだった。
――――なお、マッコイは天狐と親子役を演るにあたって、彼女の髪色に合わせて金髪ロングのかつらを着用していました。お母さん役がしっくりとしすぎ、さらには髪の色も長さもいつもと違ったせいで、彼がお母さんだとは観覧者の誰も気づかなかったそうDEATH。
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