転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第223話 死神ちゃんと死にたがり④

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 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めてさまよっていた。バレンタインイベントは意外と盛況のようで、どこもかしこも冒険者であふれていた。そして彼らは、カカオ集めに必死になっており、死神が行き来しているということも全く気にしてはいないようだった。
 死神ちゃんはそんな光景に苦笑いを浮かべながら、ターゲットを探して飛行し続けた。すると、前方に見知った顔を見つけた。は前回遭遇した時と同様、どんよりとした笑みを浮かべてモンスターを追いかけ回していた。死神ちゃんはドン引くと、しかめっ面で声を震わせた。


「おい、くっころ。お前、顔が怖いよ! この世の春、もしくは自分へのご褒美のためにチョコを作ろうとしているんじゃあないのかよ?」


 彼女――騎士っぽい台詞を好んで使い、中でもとりわけ「くっ、殺せ」がお気に入りらしいため、死神ちゃんは彼女を〈くっころ〉と呼んでいる――は、一転して笑顔を浮かべると、死神ちゃんに抱きついた。そしてポーチからチョコレートを取り出すと、それを死神ちゃんに差し出した。


「はい、死神ちゃんにあげる!」

「これ、最高級のやつじゃあないか。俺がもらっちまってもいいのかよ?」

「うん、もちろん! それに、たくさんあるからね。いくつでもあげるよ~!」


 そう言って、彼女は〈今食べる用〉と〈お持ち帰り用〉ということでかなりたくさんのチョコレートをくれた。死神ちゃんは困惑しつつもありがたく頂戴し、そしてふと首を傾げた。


「ていうか、最高級チョコを作ってもらうには、集める材料の数も相当だろう? だったら、それこそ俺にくれるんじゃあなくて、意中の彼にでも渡せばいいだろうに」

「くっ! 殺せ!」


 彼女は今にも泣きそうに目を真っ赤にしてそう叫ぶと、がっくりと膝をついた。どうやら、彼女の恋路はまたもや難攻不落もしくは、攻略不能のようだ。死神ちゃんは申し訳なさそうに頬をかきながら、小さくポツリと謝罪の言葉を述べた。
 くっころは気持ちを落ち着かせるべく、チョコレートをひとつ口の中へと放り込んだ。そして極上の甘みをもぐもぐと堪能すると、ほんのりと頬を桃色に染めた。


「はあ、おいし。これね、体力と魔力がそこそこ回復して、気力も補充されて、いいことづくめの効果が付与されているんだって。心身ともに元気になれる上に気分爽快って、すごくありがたいよね。このイベント、ずっとやってくれないかな。そしたら、会社のデスクにこのチョコレートを常備しておくのに」

「ああ、お前の会社、とても大変そうだもんな。――何ていうか、その、精神的に」


 くっころは面倒くさそうに眉根を寄せると「そうなんだよ~」と言って死神ちゃんに抱きついた。そして死神ちゃんを抱え込んだまま、休憩するのに良さそうな場所へと移動した。
 彼女は死神ちゃんを下ろすと、ポーチから水筒を取り出した。チョコレートに合わせて美味しいお茶を持ってきているそうで、コップに注ぐと死神ちゃんに手渡した。死神ちゃんは受け取ると、先ほど頂いたチョコレートと一緒にさっそくお茶を頂いた。死神ちゃんが嬉しそうにお茶を飲むのを満足気に眺めて頷くと、くっころは一転して暗い表情を浮かべてため息をついた。そして、会社の愚痴をダラダラと話しだした。

 彼女は、このダンジョンから少し離れた街にある金貸しで働くオフィスレディである。そこの社長の息子はあの〈金の亡者〉で、彼女は彼のセクハラと無能さに悩まされ続けていた。そのストレス発散のために、彼女は週末になるとダンジョンへと通ってきている。しかしながら、毎休日必ず来ているというわけではなかった。何故なら、一般女子の彼女にとって〈ダンジョン探索〉はあくまでもストレス発散ついでの趣味であり、他にやりたいことややらねばならぬことがたくさんあるからだ。しかし――


「このイベントが始まってからは休みのたびに来ているの。しかも、いつもは日帰りだったのに、わざわざ宿をとってまでね」

「やっぱり、美味いチョコレートで意中の彼のハートを掴もう作戦なのか?」

「何故この幼女は斯様かようなことを述べるのか。この私に、死へと誘う禁断の呪言をかけようというのか。その残忍さたるや……くっ、殺せぇっ!」

「や、ごめん。悪かったよ。ていうか、お前の聖騎士モード、久々だな」


 彼女が必死に現実逃避するさまを見て、死神ちゃんは頬を引きつらせた。彼女は気を取り直すと、再び話し始めた。それによると、どうやらあの金の亡者が「バレンタインというイベントがあるらしいので、女子社員は全員、僕にチョコを貢ぐように」というようなことを言い出したらしい。彼女は苦い顔を浮かべると、吐き捨てるようにボソリと呟いた。


「ピカリンの分際で、生意気なのよ」

「ピカリン?」

「ああ、うちの女子社員の間ではあの無能息子をそう呼んでるのよ。親の七光りで、お金大好きピッカピカってね」


 死神ちゃんは呆れ顔で嗚呼と相槌を打った。
 くっころはピカリンの理不尽な要求に応えたくないと思った。しかしながら、応じずでいようものなら何をされるか分からない。しかも、魔道士の呪いを受けて王国にかつてのような勢いがなくなり、就職も大変なご時世である。たかだかチョコレートごときで、職を失うわけにはいかないと彼女は思ったそうだ。でも、やはり、理不尽な要求には応えたくない。だから、彼女はこのイベントチョコをプレゼントしようと思ったのだとか。


「支援魔法のこもったチョコレートを作成する際にね、残念なことに作成失敗することも稀にあるのよ。その失敗チョコを、ピカリンにくれてやろうと思って」

「へえ。失敗チョコは食べるとどうなるんだ?」

「えっとね、たしかね、毒チョコは吐き気を催すでしょう? 石化チョコは石のようにカチコチに固まって、ちょっとの間だけ動けなくなるんだったかな」

「……そんなの、食べさせたら余計に解雇されやしないか」


 死神ちゃんが眉根を寄せて唸るようにそう言うと、彼女はケラケラと笑いながら大丈夫と言った。


「『イベント限定の、普段食べられないチョコをと思ったのにぃ。まさか、こんなひどいチョコを押し付けられるとは思いもしませんでしたぁ。ギルドの人たち、ひどいですぅ』とか何とか言いながら、瞳を潤ませてればやりすごせるわよ。なんたって、ピカリンはオツムの中もつるっつるでピカピカだものね!」


 死神ちゃんは頬を引きつらせて何とか笑みを浮かべると、ポツリと「そうか」とだけ答えた。その心中では「女って、こええ」と呟いていた。
 くっころは狩りを再開させると、暗い笑みを浮かべて「殺せぇ! 殺せぇ!」と繰り返していた。もちろんそれは、いつもの死にたがりな〈殺せ〉ではなく、殺したがりな〈殺せ〉のほうだった。
 しかし、彼女はモンスターと戦っているうちに聖騎士の誇りを取り戻したようだった。強敵を前に彼女は真剣な眼差しで剣を握ると、ピカリンへの怒りなどすっぱり忘れて懸命に戦っていた。傷を負い、膝をついた彼女はよろよろと立ち上がりながらお決まりの決め台詞を叫んだ。


「ここで敗北するとは、騎士の名折れ! くっ、殺せ!」


 潔く散った彼女は、霊界ですっきりとした笑顔を浮かべていた。


「やっぱり、せっかくダンジョンに来たのなら、こうじゃないとだよね! ピカリンのことは忘れて、探索を楽しもうっと!」


 そう言って頷くと、彼女は銀の鎌を持つ死神を目にして「やばっ」と言いたげに顔を歪めると一目散に走り去ったのだった。



   **********



 死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、ぷるぷると震えた。どうしたのかと同僚に尋ねられると、死神ちゃんは俯いたまま呟くように言った。


「や、最後はいつも通りのくっころに戻ったから、まあ良かったんだが。何ていうか、女は怖いなと思って」

「ああいうの見ちゃうとな。敵に回したくないよな。でも、かおるちゃんは誰からもモテモテだから、闇討ちまがいのチョコをもらう心配なんて無いじゃんか」

「いや、それが、去年そういう感じのチョコをもらったんだよな。――誰からかは分からないんだが」


 死神ちゃんは俯いたまま、なおもぷるぷると震えていた。そして小さな声で「誰の恨みを買ったんだろう」と呟いた。死神ちゃんは当時、それについてそこまで深刻には思っていなかった。だが、女性のねちっこい恨みつらみの恐ろしさを目の当たりにした今となっては、今年はどんな目に遭うのだろうかと不安でならなかった。


「何か悪いことしたなら、きちんと謝りたいよ。でも、相手が分からないんじゃあ、どうしようもないし……。俺、一体、何をしでかしたんだろう……」


 涙目で見上げられた同僚は苦笑いを浮かべると、死神ちゃんの頭を撫でてやった。そしてその背後でニヤリと笑う者の存在に気づき、彼は呆れ顔で死神ちゃんを見下ろした。


「俺、正体が誰だか分かったわ。――女じゃあ無い。男だよ」

「は?」

「本当に女々しいやつだなあ……」


 自分よりも後方を見つめて顔をしかめる同僚を不思議に思った死神ちゃんは、彼の視線の先を追いかけた。そこにはニヤニヤとほくそ笑む鉄砲玉がおり、彼は死神ちゃんと目が合うとピーピーと下手くそな口笛を吹いて露骨なごまかしをした。
 死神ちゃんは、鉄砲玉をじっとりと睨み続けた。すると彼は顔を歪めてグッと息を飲むと、唸るように言った。


「別に、お前がハーレム築いてるのが羨ましいとか、そういうわけではないんだからな! 世の女性陣は、本当は俺様にご執心だからな!」

「お前、本当にポジティブだよな。だったら今年は、そういう嫌がらせはやめてくれよ」

「嫌だね! お前がチョコをもらい続けるかぎり、俺はこの手を汚すことをやめない!」


 鉄砲玉は、腰に手を当てて得意げに笑った。すぐ側で見ていたケイティーは鼻を鳴らすと、鉄砲玉に向かってボソボソと言った。


「じゃあ、お前が小花おはなへの嫌がらせをやめないかぎり、私もお前にはやらないから。今年は『みんなで作ろう』って誘ってもらったから、チョコ作りにチャレンジする予定なんだよ。上手にできたら寮のみんなに配ろうと思ってたけど、お前にだけはやらないから」


 鉄砲玉は愕然とした表情を浮かべると、一転して悔しそうに顔を歪めた。そして「ひどい! こんなの、くっころモノだー!」と叫びながら、彼はダンジョンへと走りだったのだった。




 ――――ダンジョン探索も、チョコのプレゼントも、明るい気持ちで行いたいものなのDEATH。
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