転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第210話 ドキドキハラハラ★年末大運動会②

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「は!? 冗談だろ!? 誰だよ、こんなふざけたチョイスをしたのは!」


 最後の関門のフィッティングルームの中で、死神ちゃんの怒号がこだました。競技の進行補助係のケイティーはデレデレとした笑みを浮かべると、死神ちゃんを見下ろした。


小花おはなってホント、期待を裏切らないよなあ。私、お前のそういうとこ、大好き!」

「いや待て、冗談だろ? 俺、本当に嫌なんですけど!」

「じゃあ、棄権する? せっかく一位でここに入ってきたのに、もったいないね」


 死神ちゃんは凄まじく不機嫌に顔をしかめると、腹を括って〈お着替え〉をお願いしたのだった。



   **********



 年末。表の世界でギルドが長期休暇に入りダンジョンが一時閉鎖されるのと同時に、裏世界の死神ちゃんたちも長期休暇に入った。そして本日は、人気社内行事のひとつである運動会の開催日だった。
 今年は、死神課の第三班は赤組に振り分けられた。赤組内の死神課応援席にて、死神ちゃんはにゃんこに鉢巻を巻いてもらっていた。「今年もお花と一緒で嬉しいのね!」と尻尾を揺らすにゃんこの横で権左衛門が嬉しそうに頷き、そしてチベスナが不敵にコヤァと笑った。


「何だ、今年はお前と一緒か」

「うむ。だから、今年は『今日くらいは縄張り意識を持て』とは言わせないぞ」

「お、おう……」


 何故か勝ち誇るチベスナに死神ちゃんが頬を引きつらせていると、にゃんこが「準備体操をしよう」と声をかけてきた。促されるまま前屈などのストレッチを行っていると、白組エリアから天狐がとてとてと走ってきた。――死神ちゃんと天狐は今年、敵同士となっていた。


「お花~!」

「おう、てんこ。どうした?」

「忘れてはおるまいの? 今日の〈しょうがいぶつきょうそう〉で負けたほうが、〈すぺしゃるでこれーしょんぱんけーき〉を馳走するという約束をの!」


 この秋に新規出店したカフェのパンケーキが大変美味しいと評判で、カフェタイムとなるといまだに行列が絶えない。死神ちゃんはグルメウォッチャーなマッコイに連れられてすでに食し済みなのだが、天狐はその話を聞いて「ずるいのじゃ!」と騒いだ。そして話の流れから〈運動会で勝負をして、負けたほうがパンケーキを奢る〉ということになったのだ。死神ちゃんはニヤリと笑うと「忘れるわけがないだろう」と天狐に答えた。
 天狐は死神ちゃんと指切りげんまんすると、「絶対に負けないのじゃ!」と言いながら白組陣地へと走り去った。天狐が合流した白組陣地では、ケイティーが鬼軍曹モードで「天狐ちゃんに勝利を献上できなかったら」と何やら恐ろしいことを第一班に言い渡していた。そんなケイティーを、グレゴリーが落ち着けと言わんばかりに叩き倒して黙らせていた。

 運動会が始まると、死神ちゃんは自分の陣地から赤組の死神課のみんなや他の課の人たちと一緒に、懸命に出場者を応援した。赤組がいい成績を収めると、死神ちゃんは周りのみんなと肩を抱き合って喜んだ。
 出場したパン食い競走では、死神ちゃんは去年同様にグループ内で一位をとった。同じく一位で完走したにゃんこと、死神ちゃんは喜びのハイタッチを交わしながら〈一位の列〉に並んだ。
 玉入れ合戦にて住職とクリスが奮闘し、敵陣営のピエロ(本体)が篭に投げ入れられてピエロ(美少女)が本体の上げる悲鳴に合わせて右往左往しているとき、死神ちゃんは違和感を覚えた。競技が終わり、無事にピエロが篭から救出されて退場していってようやく敵陣営の応援席がはっきり見えるようになると、死神ちゃんは〈違和感の正体〉に気づいてメガホンを手に叫んだ。


「お前は赤組だろうが! 今日くらいは縄張り意識を持てよ!」


 膝に抱えた天狐と一緒にピエロの失態を楽しそうに眺めていたチベスナはハッと我に返ると、「ずるい、代わってよ」と文句を垂れるケイティーの膝に天狐を置いた。そして背中を丸めると、哀愁を漂わせながら死神ちゃんたちの元へと帰ってきた。

 午前中最後の種目は、去年同様に借り物競争だった。死神ちゃんは去年に引き続き、この種目に出場した。死神ちゃんは指示書を拾い上げて内容を確認すると、「またかよ!」と叫んで怒りを露わにした。そして凄まじく不機嫌に応援席へとやってくると、マッコイを睨みつけて〈こっち来い〉と言わんばかりに顎をしゃくった。マッコイは訝しげな表情を浮かべて渋々出ていったが、乱暴に手渡された指示書を確認すると苦笑交じりに死神ちゃんを抱きかかえた。
 一番乗りで判定ブースに辿り着いた死神ちゃんは、マッコイに降ろしてもらうと判定係のサーシャに指示書を差し出した。判定ブースに来る前の死神ちゃんの様子を思い出した彼女は、広げた紙から視線を上げてパアと表情を明るくした。そして凄まじくふてくされた体で睨んでくる死神ちゃんに目を細めると、サーシャはマイクを手に「OKです」と宣言した。
 借り物の内容を明かさぬままかつ判定機も使用せずOKが出たことにブーイングが噴出したが、サーシャは「去年と同じ内容でしたから」と言ってその場をおさめた。


「去年も同じ内容だったの!?」


 なおも不満の声が上がる中、マッコイは驚いて死神ちゃんを見下ろした。死神ちゃんは答えること無く、不機嫌にぷいっと顔を背けた。
 死神ちゃんはその後、いろんな者にいろんな名目で借り出された。不機嫌が収まらない死神ちゃんは何度も運ばれているうちに疲れ果て、一層不機嫌になりうとうとと船を漕ぎ始めた。

 昼休憩を挟み、ほんの少しのお昼寝とたくさんの食事を摂った死神ちゃんは元気と笑顔を取り戻した。死神ちゃんがおっさん臭く満腹の腹を擦っていると、同居人の女性から「早く着替えて」と声をかけられた。休憩明けは組対抗の応援合戦で、今年は死神ちゃんも参加することになっているのだ。死神ちゃんは着替えの入った袋を引っ掴むと、慌てて更衣室へと駆け込んだ。

 死神ちゃんたち赤組の演目はカラーガードだった。女性たちと死神ちゃんは会場中央に整然と並ぶと、音楽に合わせてマーチング歩きをし、旗を華麗に振り回した。死神ちゃんが笑顔で動き回り、スカートが捲れて見せパンがチラチラとするたびに、会場中から歓声が上がった。曲が変わると男性陣とマッコイが入場してきて、ライフルやサーベルを投げたり回したりした。死神ちゃんも旗を銃に持ち替えて、お得意の銃捌きを見せつけた。
 演技が終わって退場すると、ケイティーたちが入れ替わりで会場に入った。彼女達は可愛らしいコミカルなダンスを披露したのだが、会場はケイティーが動くたびにどよめいていた。何故なら、いつも軍隊ばりの雄々しさを発露させる彼女が、凄まじく可愛らしい笑顔と振り付けでキュートに飛んだり跳ねたりしているのだ。
 僅差で赤組に軍配が上がると、ケイティーが「慣れないことをしたから、勝てなかったのかな」と落ち込んで背中を丸め、小さく身を縮こまらせた。すると、会場中から「軍曹、可愛かったよ!」という声が上がり、ケイティーは思わずぽかんとした。


「お前、前に『どうしてもになっちゃって可愛くできない』とか言ってたけどさ。さっきの、すごく可愛らしかったぞ」

「えっ、うそ、本当に?」

「うむ、とても可愛くてキラキラしてて、とても素敵だったのじゃ……」


 まだ近くにいた死神ちゃんが感心するように目をしばたかせ、応援のために駆けつけた天狐がホウと甘ったるい息をついた。ケイティーは嬉しそうにはにかんですぐ、茹でたこのように顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

 障害物競走の時間がやってきた。死神ちゃんと天狐は〈勝つのは自分だ〉と言わんばかりにニヤリと笑い合うと、ピストルの合図で走り出した。
 死神ちゃん達は第一関門にやってくると、白い粉の入った容器にバフッと顔を埋めた。顔を上げた死神ちゃんの口には、クッキーが咥えられていた。天狐は一発でクッキーを見つけることができなかったようで、何度も白い粉を巻き上げながらバフバフと顔を容器に埋めていた。
 クッキーをもくもくと食べながら、死神ちゃんは第二関門へとやってきた。クッキーはフォーチュンクッキーとなっていて、中には後々使用する指示書が入っている。死神ちゃんは内容を確認する間もなく、紙をポケットに捩じ込んで〈ネットくぐり〉のネットに潜り込んだ。
 死神ちゃんが難なくネットから脱出したころ、天狐が他の出場者と一緒にネットに絡まっていた。キャアキャア騒ぎながらネットの中でもがく彼女たちを尻目に、死神ちゃんは麻布を装着してぴょんぴょんと移動し、平行棒の上をスイスイと渡り歩いた。
 ダンボールのキャタピラの中に入って進んだあと、三輪車に乗った状態で卵をおたまで運び、無事に所定の位置に卵を納品すると、死神ちゃんは最後の関門であるフィッティングルームへと駆け込んだ。

 ポケットの中から指示書を取り出すと、死神ちゃんは補助係のケイティーにそれを手渡した。ケイティーがニヤリと不穏な笑みを浮かべるのを、死神ちゃんは引き気味に眺めた。


「おい、一体、何が書いてあったんだよ」

「何、お前、内容確認してなかったの? ――これだよ」


 嬉々とした表情でケイティーが見せてきた衣装は、フリッフリのドレスだった。どうやらシンデレラに扮してゴールまで走れと言うことらしく、ご丁寧にガラスの靴も片方だけしか用意されてはいなかった。
 死神ちゃんは〈可愛らしい格好をしなければならない〉ということはもちろんのこと、〈そんなスカートで、しかも靴は片方だけだなんて走りづらい〉という理由でも抗議の声を上げた。すると、ケイティーが意地悪な笑みを浮かべて「じゃあ、棄権する?」と尋ねてきた。揉めているうちに、他の走者が追いつき室内にちらほらと飛び込んできた。死神ちゃんは諦めのため息をつくと、着替えさせろとケイティーに声をかけた。

 重たいスカートを必死に引き上げ、片足しか靴を履いていない状態で、死神ちゃんは転びそうになりながらも一生懸命に走った。おかげで、何とか一位を保ったままゴールをすることができた。
 安堵のため息をつき額に浮いた汗を拭っている死神ちゃんに向かって、かぼちゃパンツに白タイツといういかにもな王子様スタイルの天狐がやってきた。彼女は片手にガラスの靴を持っており、上がりきった息を整えると得意満面に口を開いた。


「姫よ、お忘れ物なのじゃ!」


 そう言って彼女は死神ちゃんに靴を履かせると、ほっぺたにチュッとキスをしてきた。可愛らしいパフォーマンスに会場が沸き立ち、フィッティングルームからケイティーの歓喜の悲鳴が聞こえてくる中、天狐は周りにいる進行補助係をキョロキョロと見上げながら「どうじゃ、名演技であろう!?」と目を輝かせた。


「これは、お花と〈たっぐ〉を組んで、我が街の〈ぶんかげいじゅつさい〉に出場するしかないのう」


 一人楽しそうに笑みを漏らす天狐を苦笑いで見つめながら、死神ちゃんは「勝負は俺の勝ちだからな、忘れるなよ」と声をかけた。すると天狐は〈そうだった、忘れてた〉と言いたげに顔を青ざめさせ、両手のひらで包み込むように自身の頬をペチンと叩くと悔しそうに叫んだ。

 その後もつつがなく運動会は進行していき、死神ちゃんは仲間と一緒に喉が枯れるほど応援に力を入れた。去年掲げた〈次は寝ずに最後まで参加していたい〉という目標も達成し、死神ちゃんは笑顔で優勝の瞬間に立ち会った。
 それでもやはり、眠気はやってきた。死神ちゃんと天狐は「また、年明けに」という挨拶を交わすと、天狐はおみつの腕の中で、死神ちゃんはマッコイに抱えられた状態でうとうとと船を漕ぎ始めたのだった。




 ――――なお、赤組と白組、どちらの打ち上げ会場でもチベスナの目撃情報が上がったそうDEATH。
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