転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第207話 死神ちゃんと激おこさん②

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 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉と思しき女性エルフを発見して頬を引きつらせた。何故なら、彼女は絶賛戦闘中だったのだが、戦っているというよりもなぶっているように見えたのだ。
 死神ちゃんは、げっそりとした表情でそろそろと彼女に近づいていった。すると戦闘を終えてアイテムを拾い上げた彼女が、肩を怒らせながら拾い上げたものを地面に叩きつけた。


「違う! これじゃあない!」


 死神ちゃんはビクリと身を跳ね上げると、思わず「何をお探しなんでしょうか」と尋ねた。エルフは勢い良く死神ちゃんのほうを振り返ると、きょとんとした顔を浮かべて目をしばたかせた。


「あら、いつぞやの幼女じゃない」

「お、おう……。久しぶりだな……。――お前、もしかして、また何かにお怒りなのかよ?」


 エルフは苦虫を噛み締めたような、鬼のような形相でヘッと鋭く息を吐くと、死神ちゃんをして何処かへとのしのしと歩いていった。
 以前出会ったときも、彼女はとてもお怒りだった。というのも、彼女はパーティーのリーダーであるにもかかわらず〈女性である〉ということでメンバーの男性に舐めた態度を取られていた。それどころか、その男とノームの僧侶がデキてしまい、僧侶は彼氏以外の者に対して回復魔法をかけることを惜しむようになった。そのせいであれこれと問題が起きたうえに、それを解消するべく「自分が回復魔法を覚えればいいのでは?」と思い転職したら、パーティーから〈要らない人認定〉されて追い出されてしまったのだ。その鬱憤を晴らすべくダンジョン内で暴れ回っていた彼女だが、まさか、あれから一年以上経った本日も何かに激しくお怒りだとは。
 死神ちゃんは与えられたお菓子をむぐむぐと頬張りながら、何があったのかと尋ねた。すると、眉間にしわを寄せたままお茶をすすっていた彼女は、深いため息をついたあとにポツリとこぼした。


「どうして、男はみな乳に夢と希望を抱くのか」

「はい……?」


 死神ちゃんが呆れ口調でそう言うと、彼女は猛然と捲し立てた。何でも、彼女は死神ちゃんと遭遇したあとに、一旦冒険者を引退したという。男女混合パーティーで冒険を行っていると多少なりとも恋が芽生えやすいとはいえ、こうも恋愛脳な輩に足を引っ張られるとは思いもよらず、また彼らの身勝手な行動に振り回されることに疲れ果てて冒険自体が嫌になってしまったのだそうだ。


「普通の女の子に戻って普通に恋愛して、そのまま普通に結婚すると思っておりました。――しかしですね、ある日突然言われたんですよ! 『結婚するなら胸の大きい子のほうがいいから、別れて欲しい』って! そんなの、付き合う前に言えよ! 私は生粋の白エルフなんだから、っぱいだと承知の上で付き合っていたはずでしょう! バルンバルンな乳がご所望なら、始めからノームか黒エルフと付き合いなさいよ! ていうかね、夢や希望はっぱいにしか詰まっていないわけじゃあないのよ! 私のこの小っぱいにだって、いっぱい詰まっているんだから! 職業冒険者だったころはロマンに溢れていたし、引退してからは〈普通の女の子の、普通の幸せ〉に胸ときめかせてたし! それなのに、ふざけるな! 男なんて! 男なんて!!」

「お、おう……。何て言うか、お疲れ様……。――で、鬱憤晴らしのためにダンジョンに戻ってきたのか?」

「いいえ。私はバルンバルンの乳を手に入れに来たのよ」

「はあ?」


 至極真面目な表情で突飛なことを言い出した彼女に、死神ちゃんは顔をしかめた。〈何か変なことでも言ったかしら〉と言わんばかりに首を傾げる彼女に、死神ちゃんは怪訝な顔つきのまま尋ねた。


「それは、あれだよな? マッサージサロンとかで豊胸マッサージを受けたいとか、そういうことだよな?」

「いいえ、そうではなくて。〈バルンバルンの乳〉を入手するのよ。――物理的にね」

「何を言っているのか、さっぱり分からない」


 思わず、死神ちゃんは口早にぴしゃりと返した。なおも、彼女は〈解せぬ〉と言いたげにしかめっ面で首を傾げていた。どうやらこのダンジョンでは乳がアイテムとして物理的に入手可能らしい。しかしかなりの希少アイテムで滅多にお目にかかれないため、彼女は乳がバルンバルンなモンスターを相手に長いことアイテム堀りを行っていたのだという。本日も、まさにそのアイテム掘りの最中だったそうだ。


「今までたくさんの猛禽を屠ってきたけれど、いまだに入手できないのよね」

「猛禽?」

「男を狙ってギラギラとセクシーフェロモン撒き散らしてるような女のことよ! 獲物を狙う猛禽類にそっくりでしょう?」

「はあ……。ていうか、乳を入手してどうするんだよ? 懐に忍ばせるのか? 偽パイ仕込んだところで、結局今までと変わらないだろう。むしろ、男に『夢も希望も絶たれた。騙された』と言われそうだし。そんなことに注力するよりも、胸の有無なんて気にしない男を探すことに労力割けよ」

「そうだぞ、尖り耳。胸など関係ないで――」


 が会話に割って入ってきたが、激おこさんは大剣をフルスイングしてそれを吹き飛ばした。ドッと音を立てて大剣を地面に突き立てると、彼女は鼻をぷっくりと膨らませて眉を吊り上げた。


「何なの、あいつ! 何度も何度も! 本当に鬱陶しいったら!」

「何度も……?」

「そうなのよ! 今日もこれで五回目かしら? 外見重視な男は願い下げだって言ってるのに、本当にしつこいったら!」

「お、お疲れ様……」


 死神ちゃんが何とか絞り出すようにそう言うと、彼女は鼻を鳴らして「さ、行きましょう」と言った。どうやら彼女は、こうも乳がネックで何事も上手く行かないのだから、っぱい体験をしてみたら何か変わるかもしれないと思い込んでいるらしい。そのため、まだ猛禽狩りを続けるつもりだという。死神ちゃんは〈胸なんてものは、所詮は脂肪の塊である〉ということを述べ、そこまで固執するのはどうかと首を捻った。すると彼女は何やら閃いたのか、先ほど狩りをしていた場所とは別のところへと赴いた。
 やって来た場所では、肉の塊のような巨人がどデカい包丁を両手に持ってうろうろとしていた。死神ちゃんはそれを見るなり顔を歪めて呟いた。


「いやあ、アレはさすがにバルンバルンじゃあなくてダルンダルンだろう……」

「脂肪には違いないでしょう? ――さ、レッツOPI!」


 彼女はよく分からない掛け声を口にすると、大剣を携えて肉達磨に向かって走り出した。お肉が包丁を振りかざすのを、足の隙間をすり抜けながら避けて背面へと周り込み、大剣を振り上げて切り上げるということを繰り返して丁寧に戦った。
 無事にモンスターを打ち倒した彼女は、足元に転がったアイテムを見て感嘆の声を上げた。どうやら、お目当ての乳をようやく入手できたらしい。彼女はそれを抱えて死神ちゃんの元に走り寄ると、得意げに見せつけてきた。


「ねえねえ、触ってみてよ! まるで本物のおっぱいみたい!」

「うわ、本当だ。触感がリアルだな……」


 死神ちゃんは訝しげな表情を浮かべつつも、両手でやわやわと揉みしだいた。ふと彼女を見上げると、死神ちゃんは首を傾げた。


「ところで、これ、どういう風に使うアイテムなんだ?」

「えっとね、ちょっと待ってね……」


 そう言って、彼女はポーチから虫眼鏡のようなものを取り出した。何でもそれは使い捨ての鑑定道具で、とても高価な代物だという。のために、わざわざ購入したマル秘アイテムだそうだ。
 彼女が乳に虫眼鏡をかざすとレンズが光った。乳に光が満遍なく当たったあと、以前鑑定士が鑑定魔法を使用した際に出てきたような煙がレンズから立ち上った。
 ゆらゆらとたゆたっていた煙が少しずつ文字を形成し、それを読み上げながら激おこさんはわなわなと肩を震わせた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべた。


「両手武器なんだな、これ」

「なんでやねん!」


 死神ちゃんがポツリとそう言うのと同時に、彼女は乳を地面に思いっきり投げつけた。バルンバルンと跳ねる乳を睨みつけながら、激おこさんは激おこした。


「何故、防具ではないのか! 両手で抱えて使用するとか、破廉恥な男性だけが大歓喜の代物じゃないか! しかもこれで押しつぶすことで相手を倒すとか! それも、男性大歓喜じゃあないか! ここでも男性優位なの!? ふっざけるな!」


 肩で息をつき怒りを爆発させた彼女は、再び姿を現した尖り耳狂に八つ当たりのごとく大剣をフルスイングしたのだった。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、男性陣とピエロがニヤニヤとした笑みを浮かべていた。そして例の如く〈誰の胸の感触に近いのか〉ということを聞いてきた。死神ちゃんは一瞬思案顔を浮かべたものの、ハッと息を飲んで顔をしかめた。


「そういう話題ばかり振ってきやがって。いい加減にしてくれよ!」

かおるちゃん、今、一瞬何やら考えたよな? 何考えたんだ? ほら、教えろよ! ほらほら!」


 いやらしい笑みを浮かべて詰め寄ってくる同僚たちを死神ちゃんが面倒くさそうに睨みつけていると、マッコイがにっこりと笑って口を開いた。


「アルのサロンをエステティック目的で使用している女性陣には馴染みのある話、裏を返せば、整体院としての利用がメインの殿方には縁がなくて知らない人ばかりだろうけれど。アルのサロンではね、年に一回、ビューティーコンテストが開催されているのよ。入賞するとお得なサービスが受けられるとあって、女の子たちは自分磨きに余念がないのよね。――あのアイテムは、そのコンテストのひとつである〈美おっぱいコンテスト〉の優勝者の胸を模して、毎年作られるものよ。ちなみに、今年のモデルはアリサです」

「えっ、ちょっ、班長、もう一度言って! 今、誰がモデルだって言った!?」

「今年のモデルは、アリサです」


 マッコイの言葉に、男性陣は歓喜した。ダンジョンでドロップするアイテムは、裏の世界でも販売されていることがある。彼らは口々に「買えるかな!? 堪能できるかな!? アリサ様のOPI!」と言い、OPIを連呼しながら期待に胸を膨らませた。当然、女性陣はそんな男性陣を軽蔑するように見下げた。
 マッコイは男性陣のあまりの熱狂ぶりに呆れ返ると、ため息まじりに言った。


「こちら側では販売していないわよ。手に入れたかったら、冒険者になってアイテムするか、本物をなさい」


 一気にがっかりムードが広がる中、マッコイは死神ちゃんのほうを向くと「しばらく、お夕飯は自分で準備してね」と言った。死神ちゃんは素っ頓狂な声を上げてとばっちりだと主張したが、マッコイは冷ややかに笑うだけだった。
 死神ちゃんは彼を睨みつけると、不機嫌に足を踏み鳴らした。片眉を釣り上げて小首を傾げると、マッコイは組んだ腕を指でトントンと叩いた。すると、死神ちゃんが再び足を踏み鳴らした。
 二人がトントンの応酬を行うのを、同僚たちは不思議そうに眺めた。マッコイの顔がみるみると真っ赤に染まっていき、ケイティーが腹を抱えて震えだした。ケイティーが絶えきれずに笑い出すと、マッコイが真っ赤な顔をしかめて「ずるい!」と叫んだ。


「なあ、薫ちゃん。今、一体、何が起きていたんだ?」


 不思議そうに尋ねてきた同僚に、死神ちゃんはニヤリと笑うと「夕飯を取り戻した」とだけ答えた。意味が分からないと言う同僚に苦笑いを返しながら、死神ちゃんは逃げるようにダンジョンへと出動していったのだった。




 ――――この世はOPIが全てではないということだけ、お伝えしておくのDEATH。
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