203 / 362
* 死神生活ニ年目 *
第203話 死神ちゃんと保護者⑦
しおりを挟む
「はーい、各班、みんなきちんといますかー?」
二階のとある大広間で小人族が両手をぶんぶんと振りながらそう言うと、他大勢の小人族がキャアキャアと騒ぎ出した。〈担当のパーティー〉を求めやって来た死神ちゃんは唖然とすると、思わず声をひっくり返した。
「何だ、こりゃあ!」
ダンジョンの廊下は基本、人間が三人ほど横並びに並んだらちょうどくらいが最大幅となっている。そのため、パーティーの人数も六人が最大値とされているのだが、この広間には少なくとも三十余人の小人族がいた。
まるで遠足のような雰囲気の彼らを呆然と眺めながら、死神ちゃんは〈どのグループが、今回担当として割り振られたターゲットなのか〉と戸惑った。なにせ、六人ほどのグループが六つもあったのだ。地図で確認しようにも、こうも一か所に冒険者が集まっていては簡易的な表示では当てにはならない。かといって、冒険者の前で堂々とバーチャルな地図を宙空に広げて拡大表示して見るということもできない。どうしたものかと死神ちゃんが顔をしかめると、小人族のひとりが死神ちゃんに気づいて嗚呼と声を上げた。
「ねえねえ、あの子じゃない? 〈足りない一人〉っていうのはさ!」
「えー、でも、あんな可愛らしい子だったっけ? もっとパッとしない、地味な子だった気がするんだけど」
「パッとしないのは、幽霊部員で一度も顔を出したことがないから、記憶に残ってないだけなんじゃないの? ――僕、声かけてくる!」
仲間に「声をかけてくる」と言った小人族は死神ちゃんに駆け寄ると、心なしか照れくさそうに顔を赤らめて死神ちゃんの手を握った。すると、彼の腕輪からポンとステータス妖精さんが飛び出した。
* 戦士の 信頼度が 3 下がったよ! *
「何で信頼度が下がるんだよー!」
「だって今、お前、その可愛こちゃんを独り占めしようとしただろう!? 声かけてくるって言いながら、ちゃっかり手なんか握っちゃってさ!」
「やーい、破廉恥! 破廉恥ー!」
「うー……みんな、ひどいよー!」
死神ちゃんは苦い顔をすると、思わず「これは何の茶番だ」と漏らした。
彼らは、数ある〈小人族の里〉のひとつにある大学の〈冒険サークル〉だそうだ。普段は地元の山々や谷などにある小さなダンジョンを冒険しているそうなのだが、本日は冬合宿ということで、この国最大にしていわくつきであるこのダンジョンにやってきたのだそうだ。しかし、死神ちゃんはどうしても、この集団が〈大学のサークル〉ではなく〈幼稚園の遠足〉にしか見えなかった。
「それにしても、すごいよね、このダンジョン! 僕たちの地元の小さなダンジョンなんて、管理しているのは猟友会のおじちゃんたちだってのにさ。このダンジョンには専用のギルドがあって、そこに加入しないと探索の許可がおりないんだから」
「そんなに大きくてしっかりとしたダンジョンに入るの、初めてだから楽しみだねえ! 無事に帰れると良いんだけれど!」
「でも、最初のリドルはみんな簡単に解けたから大丈夫じゃない? どんな内容だったか、すっかりさっぱり覚えてないけれどもね!」
「うんうん! 一体、どんな冒険が僕たちを待ち構えているのかなあ!?」
班のメンバーがそのような会話をしているのを、死神ちゃんは適当に相槌を打ちながら聞き流した。すると、幹事らしき小人族が静まるようにと全体に声をかけた。彼は手製の冊子のようなものを取り出すと、全員を見渡しながら話し始めた。その冊子には〈旅のしおり〉と書かれており、この集いはもはや完全に〈遠足〉だった。
「みなさん、いいですか? 今日の予定を確認します! 事前に行った聞き込みによると、このダンジョンには〈小さい人向けの桃源郷〉があるそうです。今日は、そこを目指します! ――と言うわけで、道案内さんをご用意しました!」
紹介を受けて現れたのは、小さくて可愛いものを保護の名目で誘拐しようとする変態〈保護者〉だった。彼女は照れくさそうに頭を掻き、腰を折った低姿勢で小人族たちの目の前に進み出るとニコリと笑って言った。
「皆ぁさぁん、無事ぃに帰るまぁでが遠足です」
「やっぱり遠足なのかよ」
思わず死神ちゃんが顔をしかめて悪態をつくと、保護者はニヤリと笑って死神ちゃんに近づいてきた。死神ちゃんが眉根を寄せたまま不思議そうに彼女を見上げていると、保護者はひょいと死神ちゃんを抱き上げた。
「無事に帰るためぇにはぁ、仲間とぉの連携ぃが必須です。それぇができなぁい悪い子は、私が責ぃ任をぉ持って攫いますかぁらねぇ」
死神ちゃんに頬ずりをしながら保護者がニタリと笑うと、小人族たちはキャアキャアと騒ぎながら取り乱した。死神ちゃんは顔を歪めると「何でこいつらはお前にアテンドを頼んだんだ」とこぼした。
「あぁら、私は適任だぁと思うわぁよ。なにぃせ、この可愛い子ちゃんたちに何ぃかあっても、私なら這ってでぇも連れ帰るかぁら」
「ああ、まあ、そうですね……」
保護者は死神ちゃんを解放すると、早速出発しようと合図した。彼女はどうやら入場できないにもかかわらず足繁く桃源郷に通っているようで、〈桃源郷への、最短かつ安全なルート〉を熟知していた。そのため、戦闘らしい戦闘もほとんど行うことなく、罠も難なく回避して小人族たちを桃源郷へと導いていった。
キャアキャアと騒ぎながら群れるたくさんの〈小さな人たち〉と一人の〈大きい人〉という光景は、やはりどう見ても〈幼稚園の遠足〉だった。そのため、すれ違う冒険者の全てが驚き戸惑って何度もこの集団を振り返って見ていた。
無事に桃源郷に着き、小人族たちは満足のいくまで楽しいひと時を堪能した。保護者は入場できないため外で待機だったのだが、入り口の隙間から邪念に満ちた視線を彼らに送り悦に入っていた。小人族たちは気にしていないようだったが、死神ちゃんは幾度となく全身に悪寒を走らせた。
帰り道、彼らは行きと同じ〈安全ルート〉を辿った。しかし、行きと同じように何事もなくということにはいかなかった。彼らの前には、凶悪なモンスターが立ちはだかっていた。
凶悪と言えども、最大人数パーティーが六つという大所帯なのだから、手分けして戦えば簡単に退治できるほどの敵ではあった。しかし、彼らは所詮サークルのお遊びごっこであったため、まともな戦闘などできはしなかった。小人族たちはパニックを起こすと、悲鳴を上げながら狭い通路で押し合いへし合いした。
一人の小人族がキャンと小さく悲鳴を上げて転んだ。最悪にもそれはモンスターの目の前だった。あわやと誰もが目を瞑ったが、彼が想像するような惨事が起きることはなかった。転んだ小人族とモンスターの間に保護者が割って入り、モンスターの一撃をメイスで受け止めていたのだ。
「大丈夫?」
「うえええええん、小人族攫いさあああん!」
「さ、早ぁく立って逃げぇて!」
彼女に助けてもらった小人族は必死に頷くと、慌てて立ち上がり仲間の元へと逃げた。保護者はそれを確認すると、モンスターと激しい戦闘を繰り広げた。
しばらくして、保護者はモンスターを見事打ち倒した。しかし、彼女は少々傷ついていて、激しく息をつき肩を揺らしていた。心配して集まって来た小人族たちに誘われて、休憩するのに良さそうな拓けた場所にやって来ると、彼女は小人族たちに促されるがまま横になった。
それはさながら、毒りんごに中って棺に収められた白雪姫と、それを取り囲む小人のようだった。英雄を囲み涙ぐむ小人族たちに笑顔を向けると、保護者は「少し休めば大丈夫だから」と言った。その顔は幸せと愛に満ちており、小人族たちも感謝の言葉を繰り返しながら泣いていて、とても感動的な雰囲気だった。だが――
「きゃああああ! 小人族攫いさん、勢い良く鼻血吹いたー!」
彼女は溢れんばかりの愛が抑えきれず、愛とともに鼻血も放出しまくった。そして、そのまま息を引き取った。しかし小人族たちは死因が先ほどの戦闘にあると思っているようで、涙ながら〈彼女を英雄として語り継ごう〉などと大きなことを言い出していた。
**********
「というようなことが、先日あったわけなんだが。あの保護者の英雄譚がさっそく小人族の間で拡散されて、一部の小人族の里ではすでに神格化までされているらしい」
死神ちゃんがそう言って顔をしかめると、ケイティーがうっとりとした表情を浮かべてホウと甘ったるい息をついた。
「いいなあ……。私も、英雄譚とか神格化とかはどうでもいいから、可愛いのを集めて遠足に行きたい……」
「お前、すでに妖精さんやピクシーさんと定期的に女子会開いてるんだろう? それで十分じゃないか」
「それはあくまでも〈女子会〉だもの。もっと囲まれて、埋もれて、お姉ちゃんって呼ばれたい。――というわけで、小花、私のことを一日〈お姉ちゃん〉と呼んで過ごす日を設けてください」
死神ちゃんが面倒くさそうに顔をしかめると、ケイティーはテーブルに手をついて頭を下げながら「この通り」と神妙な声色で言った。死神ちゃんは嫌そうに呻くと、声を潜めた。
「おい、ケイティー。みんなが見てるから。頭上げろって。こんな店の中で、恥ずかしいったら」
死神ちゃんとケイティーは勤務明けに食事に来ていたのだ。ケイティーは一瞬顔を上げたのだが「デザート奢るから」と言うと再び頭を下げた。死神ちゃんが困惑して頭を掻いていると、死神ちゃんは背後から何者かに抱き上げられた。
「だったら私は、ジューゾーと一日夫婦ごっこする日を設けてもらいたいわ。もちろん、一分一秒でもいいから元の姿に戻ってもらって」
「アリサさん、余計に注目されてつらいんで、降ろしてくれませんかね。せめて、頬ずりは止めてください」
死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔と声でそう言うと、不服げに顔を上げたケイティーが「あんたも諦めが悪いね」と口を尖らせた。アリサは鼻を鳴らすと、死神ちゃんを抱きかかえたままソファーに腰を下ろした。
アリサから解放された死神ちゃんはため息をつくと、メニューに手をかけた。――まだ、デザートはおろか食事の注文すらしていなかったのである。
気持ちを完全に〈今日の夕飯〉に切り替えてメニューに見入っていた死神ちゃんは、ふと二人に見つめられていることに気がついた。居心地悪いなと思いながら死神ちゃんが視線を上げると、二人はニコリと笑みを浮かべて声を揃えた。
「で、いつ設けてくれるの?」
死神ちゃんはにっこりと微笑むと、メニューをそっと閉じた。そしておもむろに席を立つと、一目散で逃げたのだった。
――――愛するのも愛されるのも、いろんな意味で大変なのDEATH。
二階のとある大広間で小人族が両手をぶんぶんと振りながらそう言うと、他大勢の小人族がキャアキャアと騒ぎ出した。〈担当のパーティー〉を求めやって来た死神ちゃんは唖然とすると、思わず声をひっくり返した。
「何だ、こりゃあ!」
ダンジョンの廊下は基本、人間が三人ほど横並びに並んだらちょうどくらいが最大幅となっている。そのため、パーティーの人数も六人が最大値とされているのだが、この広間には少なくとも三十余人の小人族がいた。
まるで遠足のような雰囲気の彼らを呆然と眺めながら、死神ちゃんは〈どのグループが、今回担当として割り振られたターゲットなのか〉と戸惑った。なにせ、六人ほどのグループが六つもあったのだ。地図で確認しようにも、こうも一か所に冒険者が集まっていては簡易的な表示では当てにはならない。かといって、冒険者の前で堂々とバーチャルな地図を宙空に広げて拡大表示して見るということもできない。どうしたものかと死神ちゃんが顔をしかめると、小人族のひとりが死神ちゃんに気づいて嗚呼と声を上げた。
「ねえねえ、あの子じゃない? 〈足りない一人〉っていうのはさ!」
「えー、でも、あんな可愛らしい子だったっけ? もっとパッとしない、地味な子だった気がするんだけど」
「パッとしないのは、幽霊部員で一度も顔を出したことがないから、記憶に残ってないだけなんじゃないの? ――僕、声かけてくる!」
仲間に「声をかけてくる」と言った小人族は死神ちゃんに駆け寄ると、心なしか照れくさそうに顔を赤らめて死神ちゃんの手を握った。すると、彼の腕輪からポンとステータス妖精さんが飛び出した。
* 戦士の 信頼度が 3 下がったよ! *
「何で信頼度が下がるんだよー!」
「だって今、お前、その可愛こちゃんを独り占めしようとしただろう!? 声かけてくるって言いながら、ちゃっかり手なんか握っちゃってさ!」
「やーい、破廉恥! 破廉恥ー!」
「うー……みんな、ひどいよー!」
死神ちゃんは苦い顔をすると、思わず「これは何の茶番だ」と漏らした。
彼らは、数ある〈小人族の里〉のひとつにある大学の〈冒険サークル〉だそうだ。普段は地元の山々や谷などにある小さなダンジョンを冒険しているそうなのだが、本日は冬合宿ということで、この国最大にしていわくつきであるこのダンジョンにやってきたのだそうだ。しかし、死神ちゃんはどうしても、この集団が〈大学のサークル〉ではなく〈幼稚園の遠足〉にしか見えなかった。
「それにしても、すごいよね、このダンジョン! 僕たちの地元の小さなダンジョンなんて、管理しているのは猟友会のおじちゃんたちだってのにさ。このダンジョンには専用のギルドがあって、そこに加入しないと探索の許可がおりないんだから」
「そんなに大きくてしっかりとしたダンジョンに入るの、初めてだから楽しみだねえ! 無事に帰れると良いんだけれど!」
「でも、最初のリドルはみんな簡単に解けたから大丈夫じゃない? どんな内容だったか、すっかりさっぱり覚えてないけれどもね!」
「うんうん! 一体、どんな冒険が僕たちを待ち構えているのかなあ!?」
班のメンバーがそのような会話をしているのを、死神ちゃんは適当に相槌を打ちながら聞き流した。すると、幹事らしき小人族が静まるようにと全体に声をかけた。彼は手製の冊子のようなものを取り出すと、全員を見渡しながら話し始めた。その冊子には〈旅のしおり〉と書かれており、この集いはもはや完全に〈遠足〉だった。
「みなさん、いいですか? 今日の予定を確認します! 事前に行った聞き込みによると、このダンジョンには〈小さい人向けの桃源郷〉があるそうです。今日は、そこを目指します! ――と言うわけで、道案内さんをご用意しました!」
紹介を受けて現れたのは、小さくて可愛いものを保護の名目で誘拐しようとする変態〈保護者〉だった。彼女は照れくさそうに頭を掻き、腰を折った低姿勢で小人族たちの目の前に進み出るとニコリと笑って言った。
「皆ぁさぁん、無事ぃに帰るまぁでが遠足です」
「やっぱり遠足なのかよ」
思わず死神ちゃんが顔をしかめて悪態をつくと、保護者はニヤリと笑って死神ちゃんに近づいてきた。死神ちゃんが眉根を寄せたまま不思議そうに彼女を見上げていると、保護者はひょいと死神ちゃんを抱き上げた。
「無事に帰るためぇにはぁ、仲間とぉの連携ぃが必須です。それぇができなぁい悪い子は、私が責ぃ任をぉ持って攫いますかぁらねぇ」
死神ちゃんに頬ずりをしながら保護者がニタリと笑うと、小人族たちはキャアキャアと騒ぎながら取り乱した。死神ちゃんは顔を歪めると「何でこいつらはお前にアテンドを頼んだんだ」とこぼした。
「あぁら、私は適任だぁと思うわぁよ。なにぃせ、この可愛い子ちゃんたちに何ぃかあっても、私なら這ってでぇも連れ帰るかぁら」
「ああ、まあ、そうですね……」
保護者は死神ちゃんを解放すると、早速出発しようと合図した。彼女はどうやら入場できないにもかかわらず足繁く桃源郷に通っているようで、〈桃源郷への、最短かつ安全なルート〉を熟知していた。そのため、戦闘らしい戦闘もほとんど行うことなく、罠も難なく回避して小人族たちを桃源郷へと導いていった。
キャアキャアと騒ぎながら群れるたくさんの〈小さな人たち〉と一人の〈大きい人〉という光景は、やはりどう見ても〈幼稚園の遠足〉だった。そのため、すれ違う冒険者の全てが驚き戸惑って何度もこの集団を振り返って見ていた。
無事に桃源郷に着き、小人族たちは満足のいくまで楽しいひと時を堪能した。保護者は入場できないため外で待機だったのだが、入り口の隙間から邪念に満ちた視線を彼らに送り悦に入っていた。小人族たちは気にしていないようだったが、死神ちゃんは幾度となく全身に悪寒を走らせた。
帰り道、彼らは行きと同じ〈安全ルート〉を辿った。しかし、行きと同じように何事もなくということにはいかなかった。彼らの前には、凶悪なモンスターが立ちはだかっていた。
凶悪と言えども、最大人数パーティーが六つという大所帯なのだから、手分けして戦えば簡単に退治できるほどの敵ではあった。しかし、彼らは所詮サークルのお遊びごっこであったため、まともな戦闘などできはしなかった。小人族たちはパニックを起こすと、悲鳴を上げながら狭い通路で押し合いへし合いした。
一人の小人族がキャンと小さく悲鳴を上げて転んだ。最悪にもそれはモンスターの目の前だった。あわやと誰もが目を瞑ったが、彼が想像するような惨事が起きることはなかった。転んだ小人族とモンスターの間に保護者が割って入り、モンスターの一撃をメイスで受け止めていたのだ。
「大丈夫?」
「うえええええん、小人族攫いさあああん!」
「さ、早ぁく立って逃げぇて!」
彼女に助けてもらった小人族は必死に頷くと、慌てて立ち上がり仲間の元へと逃げた。保護者はそれを確認すると、モンスターと激しい戦闘を繰り広げた。
しばらくして、保護者はモンスターを見事打ち倒した。しかし、彼女は少々傷ついていて、激しく息をつき肩を揺らしていた。心配して集まって来た小人族たちに誘われて、休憩するのに良さそうな拓けた場所にやって来ると、彼女は小人族たちに促されるがまま横になった。
それはさながら、毒りんごに中って棺に収められた白雪姫と、それを取り囲む小人のようだった。英雄を囲み涙ぐむ小人族たちに笑顔を向けると、保護者は「少し休めば大丈夫だから」と言った。その顔は幸せと愛に満ちており、小人族たちも感謝の言葉を繰り返しながら泣いていて、とても感動的な雰囲気だった。だが――
「きゃああああ! 小人族攫いさん、勢い良く鼻血吹いたー!」
彼女は溢れんばかりの愛が抑えきれず、愛とともに鼻血も放出しまくった。そして、そのまま息を引き取った。しかし小人族たちは死因が先ほどの戦闘にあると思っているようで、涙ながら〈彼女を英雄として語り継ごう〉などと大きなことを言い出していた。
**********
「というようなことが、先日あったわけなんだが。あの保護者の英雄譚がさっそく小人族の間で拡散されて、一部の小人族の里ではすでに神格化までされているらしい」
死神ちゃんがそう言って顔をしかめると、ケイティーがうっとりとした表情を浮かべてホウと甘ったるい息をついた。
「いいなあ……。私も、英雄譚とか神格化とかはどうでもいいから、可愛いのを集めて遠足に行きたい……」
「お前、すでに妖精さんやピクシーさんと定期的に女子会開いてるんだろう? それで十分じゃないか」
「それはあくまでも〈女子会〉だもの。もっと囲まれて、埋もれて、お姉ちゃんって呼ばれたい。――というわけで、小花、私のことを一日〈お姉ちゃん〉と呼んで過ごす日を設けてください」
死神ちゃんが面倒くさそうに顔をしかめると、ケイティーはテーブルに手をついて頭を下げながら「この通り」と神妙な声色で言った。死神ちゃんは嫌そうに呻くと、声を潜めた。
「おい、ケイティー。みんなが見てるから。頭上げろって。こんな店の中で、恥ずかしいったら」
死神ちゃんとケイティーは勤務明けに食事に来ていたのだ。ケイティーは一瞬顔を上げたのだが「デザート奢るから」と言うと再び頭を下げた。死神ちゃんが困惑して頭を掻いていると、死神ちゃんは背後から何者かに抱き上げられた。
「だったら私は、ジューゾーと一日夫婦ごっこする日を設けてもらいたいわ。もちろん、一分一秒でもいいから元の姿に戻ってもらって」
「アリサさん、余計に注目されてつらいんで、降ろしてくれませんかね。せめて、頬ずりは止めてください」
死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔と声でそう言うと、不服げに顔を上げたケイティーが「あんたも諦めが悪いね」と口を尖らせた。アリサは鼻を鳴らすと、死神ちゃんを抱きかかえたままソファーに腰を下ろした。
アリサから解放された死神ちゃんはため息をつくと、メニューに手をかけた。――まだ、デザートはおろか食事の注文すらしていなかったのである。
気持ちを完全に〈今日の夕飯〉に切り替えてメニューに見入っていた死神ちゃんは、ふと二人に見つめられていることに気がついた。居心地悪いなと思いながら死神ちゃんが視線を上げると、二人はニコリと笑みを浮かべて声を揃えた。
「で、いつ設けてくれるの?」
死神ちゃんはにっこりと微笑むと、メニューをそっと閉じた。そしておもむろに席を立つと、一目散で逃げたのだった。
――――愛するのも愛されるのも、いろんな意味で大変なのDEATH。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる