転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第203話 死神ちゃんと保護者⑦

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「はーい、各班、みんなきちんといますかー?」


 二階のとある大広間で小人族コビートが両手をぶんぶんと振りながらそう言うと、他大勢の小人族がキャアキャアと騒ぎ出した。〈担当のパーティーターゲット〉を求めやって来た死神ちゃんは唖然とすると、思わず声をひっくり返した。


「何だ、こりゃあ!」


 ダンジョンの廊下は基本、人間ヒューマンが三人ほど横並びに並んだらちょうどくらいが最大幅となっている。そのため、パーティーの人数も六人が最大値とされているのだが、この広間には少なくとも三十余人の小人族がいた。
 まるで遠足のような雰囲気の彼らを呆然と眺めながら、死神ちゃんは〈どのグループが、今回担当として割り振られたターゲットなのか〉と戸惑った。なにせ、六人ほどのグループが六つもあったのだ。地図で確認しようにも、こうも一か所に冒険者が集まっていては簡易的な表示では当てにはならない。かといって、冒険者の前で堂々とバーチャルな地図を宙空に広げて拡大表示して見るということもできない。どうしたものかと死神ちゃんが顔をしかめると、小人族のひとりが死神ちゃんに気づいて嗚呼と声を上げた。


「ねえねえ、あの子じゃない? 〈足りない一人〉っていうのはさ!」

「えー、でも、あんな可愛らしい子だったっけ? もっとパッとしない、地味な子だった気がするんだけど」

「パッとしないのは、幽霊部員で一度も顔を出したことがないから、記憶に残ってないだけなんじゃないの? ――僕、声かけてくる!」


 仲間に「声をかけてくる」と言った小人族は死神ちゃんに駆け寄ると、心なしか照れくさそうに顔を赤らめて死神ちゃんの手を握った。すると、彼の腕輪からポンとステータス妖精さんが飛び出した。





* 戦士の 信頼度が 3 下がったよ! *


「何で信頼度が下がるんだよー!」

「だって今、お前、その可愛こちゃんを独り占めしようとしただろう!? 声かけてくるって言いながら、ちゃっかり手なんか握っちゃってさ!」

「やーい、破廉恥! 破廉恥ー!」

「うー……みんな、ひどいよー!」


 死神ちゃんは苦い顔をすると、思わず「これは何の茶番だ」と漏らした。

 彼らは、数ある〈小人族の里〉のひとつにある大学の〈冒険サークル〉だそうだ。普段は地元の山々や谷などにある小さなダンジョンを冒険しているそうなのだが、本日は冬合宿ということで、この国最大にしてつきであるこのダンジョンにやってきたのだそうだ。しかし、死神ちゃんはどうしても、この集団が〈大学のサークル〉ではなく〈幼稚園の遠足〉にしか見えなかった。


「それにしても、すごいよね、このダンジョン! 僕たちの地元の小さなダンジョンなんて、管理しているのは猟友会のおじちゃんたちだってのにさ。このダンジョンには専用のギルドがあって、そこに加入しないと探索の許可がおりないんだから」

「そんなに大きくてしっかりとしたダンジョンに入るの、初めてだから楽しみだねえ! 無事に帰れると良いんだけれど!」

「でも、最初のリドルはみんな簡単に解けたから大丈夫じゃない? どんな内容だったか、すっかりさっぱり覚えてないけれどもね!」

「うんうん! 一体、どんな冒険が僕たちを待ち構えているのかなあ!?」


 班のメンバーがそのような会話をしているのを、死神ちゃんは適当に相槌を打ちながら聞き流した。すると、幹事らしき小人族が静まるようにと全体に声をかけた。彼は手製の冊子のようなものを取り出すと、全員を見渡しながら話し始めた。その冊子には〈旅のしおり〉と書かれており、この集いはもはや完全に〈遠足〉だった。


「みなさん、いいですか? 今日の予定を確認します! 事前に行った聞き込みによると、このダンジョンには〈向けの桃源郷〉があるそうです。今日は、そこを目指します! ――と言うわけで、道案内さんをご用意しました!」


 紹介を受けて現れたのは、小さくて可愛いものを保護の名目で誘拐しようとする変態〈保護者〉だった。彼女は照れくさそうに頭を掻き、腰を折った低姿勢で小人族たちの目の前に進み出るとニコリと笑って言った。


「皆ぁさぁん、無事ぃに帰るまぁでが遠足です」

「やっぱり遠足なのかよ」


 思わず死神ちゃんが顔をしかめて悪態をつくと、保護者はニヤリと笑って死神ちゃんに近づいてきた。死神ちゃんが眉根を寄せたまま不思議そうに彼女を見上げていると、保護者はひょいと死神ちゃんを抱き上げた。


「無事に帰るためぇにはぁ、仲間とぉの連携ぃが必須です。それぇができなぁい悪い子は、私が責ぃ任をぉ持ってさらいますかぁらねぇ」


 死神ちゃんに頬ずりをしながら保護者がニタリと笑うと、小人族たちはキャアキャアと騒ぎながら取り乱した。死神ちゃんは顔を歪めると「何でこいつらはお前にアテンドを頼んだんだ」とこぼした。


「あぁら、私は適任だぁと思うわぁよ。なにぃせ、この可愛い子ちゃんたちに何ぃかあっても、私なら這ってでぇも連れ帰るかぁら」

「ああ、まあ、そうですね……」


 保護者は死神ちゃんを解放すると、早速出発しようと合図した。彼女はどうやら入場できないにもかかわらず足繁く桃源郷に通っているようで、〈桃源郷への、最短かつ安全なルート〉を熟知していた。そのため、戦闘らしい戦闘もほとんど行うことなく、罠も難なく回避して小人族たちを桃源郷へと導いていった。
 キャアキャアと騒ぎながら群れるたくさんの〈小さな人たち〉と一人の〈大きい人〉という光景は、やはりどう見ても〈幼稚園の遠足〉だった。そのため、すれ違う冒険者の全てが驚き戸惑って何度もこの集団を振り返って見ていた。

 無事に桃源郷に着き、小人族たちは満足のいくまで楽しいひと時を堪能した。保護者は入場できないため外で待機だったのだが、入り口の隙間から邪念に満ちた視線を彼らに送り悦に入っていた。小人族たちは気にしていないようだったが、死神ちゃんは幾度となく全身に悪寒を走らせた。

 帰り道、彼らは行きと同じ〈安全ルート〉を辿った。しかし、行きと同じように何事もなくということにはいかなかった。彼らの前には、凶悪なモンスターが立ちはだかっていた。
 凶悪と言えども、最大人数パーティーが六つという大所帯なのだから、手分けして戦えば簡単に退治できるほどの敵ではあった。しかし、彼らは所詮サークルのお遊びごっこであったため、まともな戦闘などできはしなかった。小人族たちはパニックを起こすと、悲鳴を上げながら狭い通路で押し合いへし合いした。

 一人の小人族がキャンと小さく悲鳴を上げて転んだ。最悪にもそれはモンスターの目の前だった。あわやと誰もが目をつぶったが、彼が想像するような惨事が起きることはなかった。転んだ小人族とモンスターの間に保護者が割って入り、モンスターの一撃をメイスで受け止めていたのだ。


「大丈夫?」

「うえええええん、小人族攫いさあああん!」

「さ、早ぁく立って逃げぇて!」


 彼女に助けてもらった小人族は必死に頷くと、慌てて立ち上がり仲間の元へと逃げた。保護者はそれを確認すると、モンスターと激しい戦闘を繰り広げた。
 しばらくして、保護者はモンスターを見事打ち倒した。しかし、彼女は少々傷ついていて、激しく息をつき肩を揺らしていた。心配して集まって来た小人族たちにいざなわれて、休憩するのに良さそうな拓けた場所にやって来ると、彼女は小人族たちに促されるがまま横になった。
 それはさながら、毒りんごにあたって棺に収められた白雪姫と、それを取り囲む小人のようだった。英雄を囲み涙ぐむ小人族たちに笑顔を向けると、保護者は「少し休めば大丈夫だから」と言った。その顔は幸せと愛に満ちており、小人族たちも感謝の言葉を繰り返しながら泣いていて、とても感動的な雰囲気だった。だが――


「きゃああああ! 小人族攫いさん、勢い良く鼻血吹いたー!」


 彼女は溢れんばかりの愛が抑えきれず、愛とともに鼻血も放出しまくった。そして、そのまま息を引き取った。しかし小人族たちは死因が先ほどの戦闘にあると思っているようで、涙ながら〈彼女を英雄として語り継ごう〉などと大きなことを言い出していた。



   **********



「というようなことが、先日あったわけなんだが。あの保護者の英雄譚がさっそく小人族の間で拡散されて、一部の小人族の里ではすでに神格化までされているらしい」


 死神ちゃんがそう言って顔をしかめると、ケイティーがうっとりとした表情を浮かべてホウと甘ったるい息をついた。


「いいなあ……。私も、英雄譚とか神格化とかはどうでもいいから、可愛いのを集めて遠足に行きたい……」

「お前、すでに妖精フェアリーさんやピクシーさんと定期的に女子会開いてるんだろう? それで十分じゃないか」

「それはあくまでも〈女子会〉だもの。もっと囲まれて、埋もれて、お姉ちゃんって呼ばれたい。――というわけで、小花おはな、私のことを一日〈お姉ちゃん〉と呼んで過ごす日を設けてください」


 死神ちゃんが面倒くさそうに顔をしかめると、ケイティーはテーブルに手をついて頭を下げながら「この通り」と神妙な声色で言った。死神ちゃんは嫌そうに呻くと、声を潜めた。


「おい、ケイティー。みんなが見てるから。頭上げろって。こんな店の中で、恥ずかしいったら」


 死神ちゃんとケイティーは勤務明けに食事に来ていたのだ。ケイティーは一瞬顔を上げたのだが「デザート奢るから」と言うと再び頭を下げた。死神ちゃんが困惑して頭を掻いていると、死神ちゃんは背後から何者かに抱き上げられた。


「だったら私は、ジューゾーと一日夫婦ごっこする日を設けてもらいたいわ。もちろん、一分一秒でもいいから元の姿に戻ってもらって」

「アリサさん、余計に注目されてつらいんで、降ろしてくれませんかね。せめて、頬ずりは止めてください」


 死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔と声でそう言うと、不服げに顔を上げたケイティーが「あんたも諦めが悪いね」と口を尖らせた。アリサは鼻を鳴らすと、死神ちゃんを抱きかかえたままソファーに腰を下ろした。

 アリサから解放された死神ちゃんはため息をつくと、メニューに手をかけた。――まだ、デザートはおろか食事の注文すらしていなかったのである。
 気持ちを完全に〈今日の夕飯〉に切り替えてメニューに見入っていた死神ちゃんは、ふと二人に見つめられていることに気がついた。居心地悪いなと思いながら死神ちゃんが視線を上げると、二人はニコリと笑みを浮かべて声を揃えた。


「で、いつ設けてくれるの?」


 死神ちゃんはにっこりと微笑むと、メニューをそっと閉じた。そしておもむろに席を立つと、一目散で逃げたのだった。




 ――――愛するのも愛されるのも、いろんな意味で大変なのDEATH。
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