転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第200話 秘密の男子会②

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「はい、ではみなさん。グラスを持ってー! ――かんぱーい!」


 幹事が笑顔でグラスを掲げると、ここそこで「はい、お疲れさーん」という声が上がった。死神ちゃんは挨拶もそこそこにグラスを箸に持ち替えると、とんすいを片手に鍋の中を覗き込んだ。そして横合いから春菊が掻っ攫われたことに眉根を寄せると、頬を膨らませて憤った。


「俺の春菊、とるなよ!」

「『俺の』って何だよ、かおるちゃん。誰が何食べたって良いだろう」

「そうだけどさあ……」


 ベストタイミングを待って目をつけていたのに、と文句を垂れた死神ちゃんに、隣に座っていたクリスが「分けてあげようか?」と声をかけてきた。死神ちゃんは心なしか不機嫌にそれを断ると、店員さんに声をかけて早速春菊を追加注文した。
 甲斐甲斐しく死神ちゃんの世話を焼こうとしては断られているクリスを横目に、同居人のひとりがポツリとこぼした。


「いまだにちょっと慣れないわ、クリスがこっち側の参加者としていることが」

「そうか? 風呂だって俺らと一緒に入ってるんだし、俺はもう慣れたけど」


 そう返す同居人に、さらに別の同居人が頭を抱えた。


「ややこしいよなあ。寮長も寮長で、いわゆるオカマさんとか、ゲイの人とはちょっと違うし。女として育てられて、育った環境的に性の不一致に気づくことがないままだったんだって? 不一致に悩んだのもこっち来て他人の目に晒されてからだっていうから、あの人の中には男性の部分はなくて、もう完全に女と分類して良さそうな感じだし」

「そもそもがマイノリティだからってだけで差別するのはよくないんだけどさ。でも、そういう事情を知りもしないで、俺ら、結構ひどいことしてきたよな……。めっちゃ反省してるわ」

「あとさ、クリスの場合は、基本的に女性扱いしていれば問題ないんだけど、それで上手くいかないこともあるし。かといって〈俺らからしたら不一致な状態が正しい〉からって、オカマさんとして認識するのも違うし。――寮長もクリスも、二人とも、だけ見たら同じなのに」


 そんなことを言いながら困惑している同居人に呆れ顔を浮かべながら、死神ちゃんはしいたけにかじりついた。


「別にややこしいこともないだろう。個として捉えて、付き合っていけばいいだけなんだから」


 すると同居人のひとりがニヤリと笑って「まあ、そうね」と同意した。


「だから俺らは、薫ちゃんを幼女ではなく〈薫ちゃん〉という生物として、きちんと見ているわけで」

「生物ってなんだよ。何だか、失礼な言い方だなあ」

「基本は〈おっさん〉だと思っているよ。でも、幼女の見た目を利用して美女に抱きかかえられたり美女の胸に埋もれたりして、本当にけしからんと思ってもいる。ちゃっかりハーレムも築いているようですし? そのポジション、本気で譲って欲しいわ。マジでリア充爆発しろよ」

「好きで抱えられたり埋もれたりしているわけじゃあないし。そんなもん築いてもいないし。ていうか、前にも似たようなこと言ってたな、お前ら。だったら、お前らも幼女にしてもらって変態どもに追いかけられて、スカートの中に顔突っ込まれたりあちこち撫でられたりしろよ。憂鬱だぞ、本当に」


 死神ちゃんが同居人たちを睨みつけると、彼らは「やっぱいいわ」と口を揃えた。死神ちゃんが「お前ら、爆発四散しろよ」と憤慨すると、彼らは死神ちゃんを苦笑いで宥めながら、死神ちゃんのとんすいにベストな感じに味の染みてきたタラやお餅などを掬い入れた。
 死神ちゃんから少し離れたところでは、住職が数名にいじられていた。前世では女を食い放題していた生グソ坊主な彼が、今ではすっかりシャイボーイとなっていることを同居人はニヤニヤとした笑みを浮かべながら揶揄していた。


「薫ちゃんが『おみつさんも泊まっていけば』と誘ってくれているおかげで、おうちデートが実現しているわけですが。どこまで進んだんでしたっけ、住職さん」

「えっと、あの、まだ胸にちょっとタッチするくらいしか……」

「ちょっとって何だよ、恋愛童貞か? 俺ならあの豊満たわわなお胸様、ガッツリと揉みしだくぜ?」


 同居人たちがギョッとして住職を見つめると、彼は顔を耳まで真っ赤にして声を荒げた。


「そうだよ、悪いかよ! 一応、部屋にサイレント魔法かけるためのアイテムも買って用意してあるけど、いまだに使用できていないよ!」

「出ました、破廉恥発言! でも、何だかいたたまれない気持ちになるのは何故なんだ」

「すみませんね、いたたまれなくて」

「ていうか、たまに朝帰りもしてるよな、お前。それでも? それなのに?」


 住職は同居人たちから視線を逸らすと、しょんぼりと俯いて静かに頷いた。同居人たちは本気で同情しているような、低いトーンで申し訳なさそうに「なんだか、ごめんな」と謝ったのだが、それがさらにいたたまれなさを煽っていた。
  彼らの話を横で聞いていた他の同居人はきょとんとした顔を浮かべると、ビールを煽りながら「そう言えば」と口を開いた。


「朝帰りと言えば、この前、薫ちゃんもしてたな」

「やだ、なに、それ、どういうこと!? 私、知らないんだけど!」


 クリスが青筋を立てて話題に食いつくと、他の同居人たちも「それ、俺も気になってた」と口々に言った。死神ちゃんはあっけらかんとした表情を浮かべると「別に大したことじゃあないよ」と言いながらお茶を口に含んだ。


「あの日は、元の姿に戻ってアルデンタスさんの施術を受ける日だったんだよ。あの〈少女化騒動〉からかなり改善されたからかな、アリサの噛み跡が消えても幼女に戻らなくてさ。〈あろけーしょんせんたー〉でたらい回しに遭っていたよ」

「だからって、朝までかかったってわけでもないだろ? ていうか、何が〈大したことじゃあない〉だよ。めちゃめちゃ大したことじゃん! ――で、朝までナニしてたんですか」


 含みのある言い方をしてニヤニヤといやらしく笑う同居人に顔をしかめると、他の同居人が「いやでも、それはないんじゃね?」と言った。何故なら、死神ちゃんはたしかに朝方帰ってきたのだが、幼女の姿でマッコイに抱えられて帰ってきたのだ。どのタイミングで幼女に戻ったのかは分からないが、朝までは保たなかったわけだし、戻ったあとは再び検査でたらい回しだったであろうから、何があったにせよ〈朝まで〉ということはないのはたしかだ。

 同居人は同情して表情を暗くすると、残念そうに言った。


「この前美女化した時は数日間保ったのに、元の姿は保てなかったって、不憫だなあ」

「いや、多分それは、投げ飛ばされた際にどこかズレたっぽいんだよな。それがなければ数日保っていたかもしれないよ。――そしたら、お前にも俺の真の姿を見せることができたんだがな」

「いや! そんなの、見たくない!」


 死神ちゃんがニヤリと笑ってクリスのほうを向くと、彼は両手で顔を覆い拒否反応を示した。周りの同居人たちは怪訝な顔を浮かべて「投げ飛ばされた?」とざわついた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、頭を掻いた。


「マコを驚かせようと思って背後から忍び寄ったら、そのまま腕取られて一本背負いされたんだよ。しかもあいつ、流れるように腕をへし折ろうとしてきてさ。投げ飛ばした相手が俺だってことをあいつが認識するのが少しでも遅かったら、大惨事になっていたよ」

「へえ、そう……」

「それにしても、さすがは元暗殺者だよな。隙のない動作で、とても美しかったよ。――って、何だよ、お前ら、そんなげっそりとした顔して」

「いや、あの……、薫ちゃん、意外とワーカーホリックな部分あるよな……。そんな、嬉々として〈殺しの技〉の技量の素晴らしさを語ってさ」

「ていうか、薫ちゃん、変なところでズレてる気がするわ……」


 同居人たちは〈残念なものを見る目〉で死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんは意を解さぬと言わんばかりに眉根を寄せて首をひねったが、すぐさまニコリと笑って「お前らも、気をつけろよ」と言った。死神ちゃんは過去に似たようなことをケイティーにも行い、脊髄反射的に思いっきり投げ飛ばされたことがあった。空に向かって投げられ、飛行靴でブレーキをかけなければ危うくお星様となっていた死神ちゃんに、彼女は「可愛らしいものに、私はなんてことを」と言いながらおいおいと泣いたらしい。


「体術を得意とする戦闘要員に背後から気配消して近寄ると、結構な確率でそういう目に遭うからな。ホント、気をつけろよ」

「分かったけどさ、笑顔で言う事じゃあねえよ、それは……」


 死神ちゃんは再び〈意を解さぬ〉という顔をした。すると誰かが〈その日、何があったのか〉の話を催促し、死神ちゃんはそれについてポツポツと話しだした。

 その日は検査を受けたあと、アリサに連れ回された。ご機嫌な彼女は仕事を放棄して死神ちゃんの〈元の姿〉を堪能しようとしたそうだが、死神ちゃんは彼女に業務に戻るよう窘めた。トボトボと帰っていく彼女を見送ったあと、死神ちゃんは中番が明けたあとに〈あろけーしょんせんたー〉に呼び出されているだろうマッコイを待ち伏せして、そして彼に投げ飛ばされた。


「服がアルデンタスさんからの借り物のままだったから少し買い物に付き合ってもらって、そのあと一緒に〈あろけーしょんせんたー〉に行って、軽く食事してから、ゲームセンターに付き合ってもらったんだ。ゲーセンって、二十二時過ぎはお子様禁止だろう? 大人の姿でなければ、その時間には絶対に立ち入れないからな。ここぞとばかりに行ってきたよ。それから、大人の姿でなければできないことをってことで、普段は飲まない酒をちょっとばかし引っ掛けて……」


 死神ちゃんは満面の笑みで、目をキラキラと輝かせて語っていた。しかし、同居人たちはまるでお通夜のような雰囲気だった。死神ちゃんが気分を概して「何なんだよ」と呟くと、彼らは俯いて目頭を押さえたり口元を押さえたりしながらポツリと言った。


「何か、聞けば聞くほど不憫に思えて……。二十二時過ぎのゲーセンとか、酒とか、オールで遊ぶとか、それって〈成人したての若者が『大人の証』として大人ぶってやること〉のオンパレードじゃん。薫ちゃん、れっきとした大人のおっさんなのに、そんな若者たちと同じことして喜んでさ……」

「うるさいな! 何か悲しい気持ちになってくるから、やめてくれよ!」


 死神ちゃんが顔を真っ赤にして怒鳴ると、同居人達は謝罪しながら死神ちゃんのとんすいに食べ頃となったあれこれを掬い入れた。死神ちゃんは「また食べ物でごまかされた」と思いながらも、それらを美味しく頂いた。

 同居人たちは何かとリアルが充実しているご様子の者が自分たちの中に少なくとも二人はいるということに、羨ましそうにため息を漏らした。そして口々に「来年は俺らもリア充になっていたい」と呟いた。死神ちゃんはデザートを頬張りながら、そんな彼らに苦笑いを浮かべた。


「別に、住職のように〈彼女がいる〉だとか、俺みたいに〈異性の友達が多い〉とか、そういうのだけが〈リアルが充実〉じゃあないだろう。趣味に打ち込んだり、友達と楽しい時間を過ごすのだって十分に〈充実〉と言えるだろう?」

「それはそうなんですけれどもね、それでもやっぱり彼女とイチャイチャしたいわけなんですよ。もしくは、異性と楽しくキャッキャして過ごしたいわけですよ。――というわけで、そのハーレムポジ、代わってくれよ、薫ちゃん」


 死神ちゃんはニッコリと微笑むと「だったら、まずは幼女になって」と言った。すると同居人達はそれを遮るように「やっぱいいわ」と返した。そして同居人達は腹を立てた死神ちゃんに謝罪代わりに自分の分のデザートを与え、死神ちゃんはまたもや食べ物でごまかされたのだった。




 ――――二次会のカラオケでは、同居人たちから〈演出エフェクト〉を借りた死神ちゃんがノリノリでショーを開催してくれて盛り上がったそうDEATH。
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