転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第188話 死神ちゃんとアイドル天使④

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「どうしましょう……。ここは一体、どこなのかしら……?」


 ソフィアは困惑顔でそう呟くと、辺りを慎重に見渡した。
 無機質で継ぎ目のない石の壁がずっと続いた廊下に、ランタンが一定距離で並んでいた。ランタンには強力な魔力で灯された炎が揺らめいていて、まるで太陽の光を浴びているかのように明るかった。――それは実家の神殿はもちろんのこと、年に一度母親に連れられて訪れる教会本部の大神殿でも見たことのない光景だった。

 ソフィアがおどおどとしながら廊下を歩いていると、様々な〈人〉とすれ違った。その中には人間ヒューマンやエルフ、ドワーフにノームなどの〈いわゆる、〉だけではなく、獣人などの亜人や精霊、魔族などもいた。


(多種多様な種族が同じとして、ここでは生活しているのね……!)


 そう思いながら、ソフィアは誰かとすれ違うたびにその人を目で追った。すると、その〈すれ違った人〉のうちの一人が戻ってきて、ソフィアを不思議そうに見下ろしながら首を捻った。


「君、〈こども参観日〉で来て、クラスのみんなとはぐれちゃったのかな? それとも、個人的にパパママに会いに来たのかな?」


 ソフィアは目を見開いて驚くと、力の限り走り出した。角を曲がり、どこかの扉を通り、どこかの広間を抜けて物陰に隠れると、胸に手を当てて肩を上下に揺らしながら激しく息をついた。そして相手がせっかく声をかけてくれたのに、驚いて逃げてしまったことを少しだけ後悔するとともに、心の中で「〈こども参観日〉って何かしら?」と呟いて小首を傾げた。

 しばらく、ソフィアは身を潜めながらここそこを見て回った。予知したイメージや遠くの国のことを映し出したものを映し出す水晶よりも鮮明な映像が表示されている〈四角い水晶のようなもの〉がたくさん嵌め込まれた、鉄のような何かでできたオブジェクトがたくさんある部屋では、黄色い体の〈人のようなもの〉が部下らしき人たちに指示を出しながらせわしなく動き回っていた。またある部屋では、遠い国の侍という武人がオークと一緒に箱に入った何かを仕分けしていた。食堂らしき場所ではたくさんのたちが互いの種族について気にすることもなく、ともに楽しそうに食事をしていた。
 そのような光景を見て、ソフィアは「ここは楽園に違いないわ」と思った。そしてその楽園が、自身の周りでも形成されたらとても幸せだろうと思った。


「帰って、お母様に〈どうしたら楽園を作れるか〉を聞いてみましょう」


 そう呟いて一人頷くと、ソフィアは〈帰り道〉を探して歩き出した。



   **********



 来客対応を依頼されて、死神ちゃんは困惑した。天狐やアリサなら向こうから待機室に押しかけてくるし、サーシャなど〈他の課の友達や顔見知り〉の場合は勤務終了後にアポを取ってくる。つまり、死神ちゃんの勤務中にわざわざ訪ねて来るような知り合いなど、死神ちゃんにはいないのだ。
 一体誰だろうと首を傾げさせながら指示された場所に赴いた死神ちゃんは、部屋に入るなり思わず「えっ!?」と叫んだ。不安げな表情でソファーに腰を掛けていたは、死神ちゃんの存在に気づくなり満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


「死神さん!」

「えっ、ソフィア、お前なんでこんなところに!? 母さんと一緒に、こっちに来たのか!?」


 死神ちゃんは仰天して、その場に立ちすくんだ。ソフィアが「いいえ」と困り顔で首を横に振ると、死神ちゃんはようやく彼女の側へ歩み寄った。


「じゃあ、一体どうしてにいるんだよ?」

「あのね、ソフィアね、春にお母様がのを見たのよ。それで、そこには隠し扉があるのか、それとも別の何かがあるのかなって、とても気になったの。――だから、ソフィアもこっそり試してみたのよ」


 春に母が姿を消したのと同じ場所の壁を触ってみたものの、ごく普通の石の壁で扉などはなかったそうだ。そのため、最初は落胆したという。しかし、諦めきれなかった彼女は「どうしても、壁の中に入りたい」と強く願ったそうだ。そしたら、壁の一部にひずみができて、ことができたのだという。
 死神ちゃんは苦笑いを浮かべ相槌を打ちながら、その話を静かに聞いていた。ソフィアは期せずして死神ちゃんに出会えたことが嬉しかったのか、とても饒舌になっていた。
 にやって来て見たこと思ったことをひとしきり話し終えると、ソフィアは〈何かを思い出した〉とでもいうかのような明るい表情で両手のひらを打ち合わせた。


「そうそう、あのね、ソフィアね、死神さんの奥さんにお会いしたのよ!」

「はあ!? 俺はまだ独り身だよ! 誰だ、そいつは!」


 思わず死神ちゃんが絶句して口をあんぐりとさせると、ソフィアは困惑顔をほんのりと赤くしてまごついた。


「あのね、帰り道が分からなくて、それで誰かに聞こうと思って、でも知らない人に話しかける勇気がなかったから〈誰か、ソフィアと関係のある人はいないかしら?〉って探したのよ」


  彼女は物事の〈真実〉を見抜く力を持っている。そのため、ダンジョン内教会で祓われる死神たちが本当は骸骨姿ではないことも知っているし、死神ちゃんが本当は幼女ではなくおっさんであるということも知っているのだ。どうやら彼女は、その力を用いて〈自分の関係者探し〉をしたらしい。
 死神ちゃんが「他に何かたのか?」と尋ねて顔をしかめると、ソフィアは必死に首を横に振った。そして彼女は、なおも困惑顔でおどおどとしながら必死に捲し立てた。


「もちろん、その情報だけしかていないわ。他の個人的なことまで覗きするなんて、そんな失礼なことはしていないわよ。――そしたら、たまたま奥さんを見つけたの。……でも、死神さんにまだ奥さんがいないってことは、もしかして、未来もえるようになったのかしら? そんな力、無いと思っていたのだけれど」


 そう言って眉根を寄せたソフィアは、一転して優しい笑みを浮かべた。


「とにかく、その人がね、ソフィアをここまで連れてきてくれたのよ。とても優しくて、素敵な女性だったわ」

「そうか……。俺、いつか嫁さんをもらえる日が来るんだな……」

「死神さんはソフィアとお友達になってくれた、とても素敵な人だもの。当然のことだと思うわ!」


 満面の笑みで太鼓判を押してくれる小さな友人に、死神ちゃんは嬉しそうに目尻を下げた。
 春に会ったときにもらったクッキーを〈ソフィアと共通点の多い友人〉にお裾分けしたとソフィアに伝えた。その〈友人〉と友達になりたいと思っていたソフィアは、一瞬明るい顔を浮かべたのもつかの間、すぐさま暗い顔を浮かべてポツリと言った。


「その子、美味しいと思ってくれたかしら」

「なんなら、本人に直接聞いてみるか?」


 そう言って、死神ちゃんは天狐に連絡を入れた。天狐は「あのクッキーの子が来ている」と言うと、すぐさま駆けつけてくれた。天狐とソフィアは顔を合わせるなり、すぐさま意気投合した。楽しそうにキャッキャと戯れる二人を眺めて、死神ちゃんはほっこりとした気持ちになった。

 しばらくして、ソフィアの母親が血相を変えて彼女を迎えにやって来た。必死に頭を下げて謝る母親に、死神ちゃんたちは「気にしないで」と苦笑した。
 ソフィアが母親に手を引かれて壁の中へと消えていこうとする直前、天狐が名残惜しそうにソフィアを呼び止めた。ソフィアが天狐と死神ちゃんのほうを振り返ると、天狐は立てた小指を差し出した。


「次にまたダンジョンに来たときも、絶対に遊びに来るのじゃぞ、ソッフィ! 指切りげんまんで約束じゃ!」


 ソフィアは嬉しそうに頷くと、母親と繋いでいた手を離して天狐と指切りげんまんした。

 後日、〈裏〉のアイドルツートップと〈表〉のアイドルの三人が顔合わせをしたという内容の記事が社内報の一面を飾った。ケイティーを始めとするたくさんの〈可愛いののファン〉が「楽園はここにあった」と言いながら、その一面を切り抜きして大切に保管したという。




 ――――切り抜きをありがたそうに眺めるケイティーを見て死神ちゃんは呆れ顔を浮かべつつも、ソフィアの〈自分の周りを楽園にしよう計画〉は順調に滑り出しているなと思ったそうDEATH。
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