転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
上 下
137 / 362
* 死神生活ニ年目 *

第137話 死神ちゃんとライバル農家④

しおりを挟む
「やあ、死神ちゃん! 野菜、食べているかい?」


 ライバル農家は笑顔でそう言うや否や、いそいそとポーチを漁りだした。彼は瓶詰めと小さなトングを取り出すと、それを死神ちゃんに差し出した。


「うちの持ち山のひとつで採れたたけのこだ。水煮にしてある。食ってくれ」


 死神ちゃんは表情もなくそれを受け取ると、たけのこをパクリとひとくち食べてみた。そして、目を見開いた。


「すごいな! こんなに風味が良くてギュッと味が凝縮したたけのこ、初めて食べたよ!」

「そうだろう! うちは山の管理にも力を入れていてな。そこから採れる食材も畑から採れるものと同じくらいに評判なんだ。ちなみにそれは、あの毛玉と一緒に収穫したんだ」

「は!? お前、いつの間にムークと仲良くなってるんだよ!」


 彼は快活に笑うと「毛玉と雇用契約を結んだんだ」と言った。そしてムークとの不思議な農家ライフを彼は楽しそうに語りだした。死神ちゃんはたけのこをもりもりと食べながら、興味深げに話を聞いていた。しかし、毛玉とたけのこ採りをしたという話になると、彼はたけのこが如何に美容にいい食べ物なのかを熱く語りだした。
 死神ちゃんは面倒臭そうに聞き流しながら、なおもたけのこを頬張り続けた。死神ちゃんは彼の話の隙をついて口を挟んだ。


「で、結局、何を一番伝えたいわけ」

「つまりだな、そのたけのこを美味しく頂いて欲しいんだ」

「おう、美味いよ。凄まじく」


 たけのこを口に運び続けてコリコリと音を立てる死神ちゃんを、彼は嬉しそうに眺めて満足気に頷いた。死神ちゃんが「水煮を分けて欲しい」と言うと、彼は喜んで頷いた。今手にしている瓶をそのまま持ち帰るといいと言いながら、彼は更にポーチを漁りだした。


「処理前のたけのこもあげよう。あと、山菜も幾つか。ノビルやタラの芽、ぜんまいにフキもあるぞ」

「なんか、毎回こんなにもたくさん頂いてばかりで申し訳ないなあ」


 死神ちゃんがどっさりと手渡されたお土産を両手いっぱいに抱えながら苦笑いを浮かべると、ライバル農家は〈気にするな〉と言うかのように笑いながら小さく手を振った。
 死神ちゃんは頂いた山菜類を一旦地面に置いてひとつずつポーチにしまい、それが終わると「お前、何か空いてる袋とか、ある?」と言いながらタッパーを取り出した。ライバル農家はそれを不思議そうに見つめて首を傾げた。


「袋ならあるが……。見たこともない容器だな。どこで売っているんだ、それは。それとも、ダンジョン産かい?」

「容器は差し上げられません。――いいから。ほら、早く袋出せよ」


 彼が袋を出すと、死神ちゃんはそこにマドレーヌをいくつか詰めてやった。


「俺のとっておきの、すごく大切なおやつ。の手作りは本ッ当に美味いんだ。――少なくて申し訳ないが、いつも貰ってばかりは申し訳ないから」

「おお、何だか逆に申し訳ないな。あとでゆっくり頂くよ。――ところで、って誰だい?」


 首を傾げさせる彼に向かってゆっくりと苦笑いを浮かべると、死神ちゃんは穏やかな声で「今のは忘れて?」とお願いした。ライバル農家は首を逆方向に向けて目をしばたかせると、不思議そうながらも了承の頷きをした。


「それにしても、死神もおやつを持ち歩くものなんだな」

「あー、うん。それも忘れろ。――ところで、お前、今日は何しに来たんだよ」


 ライバル農家は頷くと「取り引きに来た」と言った。死神ちゃんが顔をしかめると、彼はニコニコと笑いながらどこかへと歩き出した。三階のとある場所に辿り着くと、彼はおもむろに壁を二、三度軽く叩いた。そこには特に隠し部屋もなかったはずであると記憶していた死神ちゃんは、この光景に既視感を覚えて眉根を寄せた。
 何もないはずの壁がズッと音もなくズレたかと思うと、地響きにも似た音を立ててゆっくりと開いた。ますますもって既視感が強まる光景に死神ちゃんが眉間のしわを深めると、死神ちゃんよりも小さな〈キャリアウーマン風の女性〉が中からひょっこりと顔を出した。――彼女は、ライバル農家が生み出してしまったアスフォデルのお嬢様だった。

 部屋の中はヤクザのお屋敷のような雰囲気を醸す根菜の巣とは対照的に、ビジネスオフィスを思わせるようなスタイリッシュな作りとなっていた。ソファーに促されるまま腰を掛けた死神ちゃんが「何故?」と言いたげに強張った表情で沈黙を保っていると、アスフォデルのお嬢様がお茶を出しながらニッコリと微笑んだ。


「本当だったら生まれ育った二階に居を構えたかったのですけれど、二階にはがいらっしゃいますから。同じ場所にシマを張ったら、無駄な抗争が生まれますでしょう?」

「キャリアウーマンに見せかけて、お前らもなのかよ!」


 アスフォデルのお嬢様――いや、お嬢はお盆で口元を隠すと、コロコロと笑った。死神ちゃんがげっそりとした顔でソファーに埋もれると、それを気にすることなくライバル農家とお嬢が取り引きを始めた。
 彼はポーチから何やら袋を取り出した。お嬢は受け取ったそれを鼻に押し当ててスウと大きく息を吸い込んだ。そしてときめき顔で頷くと、彼女は下っ端を呼びつけて、袋を裏に持って行かせた。
 死神ちゃんは表情もなくぼんやりとした声で言った。


「中身、確認しないのかよ」

「お兄様の最高級品は、袋の上から香りを嗅ぐだけで十二分に分かりますから。中身が異なるなどの詐欺をお兄様が働かないということも、存じておりますし。――もちろん、相手がお兄様でなかったら、もっときちんと確認致しますわよ?」

「はあ、そう……」

「それに先日、中身を確認した際に、あまりの素晴らしさに興奮し過ぎてしまって、うっかり一気に開花させてしまってお兄様をあやめてしまったんですの」

「はあ、そう……。ていうか、あれ、肥料なんだよな?」

「それ以外、何があるんですの」


 何を変なことを、と言いたげにお嬢が顔をしかめた。死神ちゃんは口の端だけを持ち上げてフッと小さく笑った。そして、彼女の視線が外れた途端に〈疲れた〉とでも言いたげにぐったりと全身の力を抜くと盛大にため息をついた。――どうして、農家たちの生み出す生物は揃いもそろって筋者すじもの臭を漂わせるのだろうか。どうして、彼らは肥料をまるで〈危ないヤク〉のように取り扱いたがるのだろうか。
 死神ちゃんがぐったりとソファーに身を預けてぼんやりとしていると、先ほど奥に引っ込んだ下っ端が瓶に詰まった何かを持ってきた。しかし、彼は先ほどとは違い、何故か惚けたような表情で千鳥足だった。そのせいで、彼は足をもつれさせて何もない場所で転んだ。その拍子に瓶が割れ、それを目にしたライバル農家は慌てて口と鼻を押さえ込んだ。


「あなた、もしかして裏に持って行った際に抜け駆けしましたわね!? ――あっ!」


 お嬢が青筋を立てて下っ端を怒鳴りつけた横で、ライバル農家がばったりと倒れた。割れた瓶から舞い上がったのは、アスフォデル特製の睡眠粉だった。
 ライバル農家はどうやら、量産できないのであれば直接彼らと取り引きをして、現物を薬師の工房に卸せば良いと考えたらしい。そして彼が取り引きにて手に入れる睡眠粉は〈生みの親であるお兄様への愛〉が詰まった特別製らしく、通常のものよりも濃縮して作られていた。
 そんな特製の危険物がうっかり充満してしまったら、ただでは済まないのは当たり前であろう。ライバル農家は〈口と鼻を覆う〉という応急処置も虚しく、そのままについてしまった。

 やらかしてしまった下っ端は、涙を浮かべたお嬢にギロリと無言で睨みつけらてれてすっかり酔いも冷めたようで、冷や汗をかきながら必死になって灰を革張りのアタッシュケースに詰めていた。そして彼は「教会に行ってきます」と叫ぶと、血相を変えて部屋を飛び出していった。
 後日、冒険者の間で〈根菜に次ぐ新たな不思議植物の噂〉でもちきりとなったという。




 ――――根菜がジャパニーズヤクザなら、アスフォデルは海外マフィアのような感じのようDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...