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* 死神生活ニ年目 *
第148話 死神ちゃんとアイドル天使③
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死神ちゃんが待機室で出動待ちをしていると、無線で呼び出しても受けたのか、モニターブースにいたマッコイが不思議そうな顔で首を捻った。彼は一班の副長である魚屋に声をかけると、何やら指示を出して待機室から出て行った。
しばらくして、彼は心なしかげっそりとした表情を浮かべて戻ってきた。そして彼はモニターブースに戻るではなく、まっすぐ死神ちゃんの元へとやってきた。
「薫ちゃん、お客さんよ」
「はい……?」
死神ちゃんが眉根を寄せると、マッコイは困惑気味に薄っすらと苦笑いを浮かべた。そして「ついて来て」と言うと、待機室から出て行った。
死神ちゃんは彼のあとに続くと、不思議そうに首を傾げて彼を見上げた。
「さっきお前が呼び出されたのは、その〈客〉絡みなのか? ていうか、客なんてどこから来るんだよ」
「ええ、直接薫ちゃんに声掛ける前に〈本日の現場監督者〉に確認しようということで、まずアタシが呼び出されたのよ。薫ちゃんに、手伝ってもらいたいことがあるんですって。シフト的には薫ちゃんが抜けても問題ないことは先方には伝えてあるから、あとは薫ちゃん次第よ。――お客さんのこと、見たらびっくりすると思うわよ」
死神ちゃんが適当に相槌を打つと、ちょうどウィンチの社内オフィスの前に着いた。部屋に入ると、そこにはたしかに〈びっくりする人物〉がソファーに腰掛けていた。彼女は優雅に立ち上がると、死神ちゃんに向かって頭を下げた。
「ソフィアがお世話になっております。――ソフィアの、母です」
表世界の教会の大司教は小首を傾げると、控えめな笑顔を浮かべた。死神ちゃんは思いもよらぬ客に口をあんぐりとさせると、見開いた目を何度も瞬きした。
死神ちゃんが依然驚いたまま固まっていることにウィンチは苦笑すると、死神ちゃんに「ソファーに座るように」と促した。そして彼は大司教にも着席を勧めると、「あとはお二人で」と言い自分の仕事に戻った。
にこにこと穏やかな微笑みを絶やさない大司教を驚愕顔でジッと見つめながら、死神ちゃんは何とか声を絞り出した。
「えっ……あの……何で……?」
「大司教様はね、簡単に言うと規格外なのよ。今のところ、表世界の住人でこちらに来ることが出来る唯一の人物よ」
言いながら、マッコイは死神ちゃんの隣に腰を掛けた。
死神のような〈ダンジョンに縛られている特殊な社員〉は別として、普通の社員やその家族達は表と裏を行き来できる。だから、サーシャと冒険者ギルドのエルフさんは時折お食事に行くような仲を築けているわけだ。しかしながら、このダンジョンを運営する〈裏世界〉は、基本的に〈裏世界の者以外は立ち入り禁止〉となっている。そのため、表世界の人間はたとえギルド職員であっても立ち入ることが出来ないのだ。
だが、ソフィアの母であるこの大司教は特別なのだそうだ。強大な力を持つ彼女は、神からの信頼も得ている。その関係で、なんと灰色の魔道士とも密かに繋がりがあり、だから表と裏の関係やシステムなどもよく熟知しているのだそうだ。
「魔道士様が神の一族であらせられることは存じておりますし、わたくし達が信仰する神々も〈どうして魔道士様がダンジョンをお創りになったのか〉を理解なさっておいでです。でなければ、このダンジョンの存在を数十年もそのままには致しません。――この国の王族は、それほど酷い非礼を魔道士様に働いたということです」
「はあ……。――で、あの、こちらにいらした目的は? なんか、手伝って欲しいことがあるということだけは伺ったんですけれど」
死神ちゃんがしどろもどろにそう言うと、大司教が苦笑いを浮かべ「ソフィアが……」と口ごもった。死神ちゃんが頬を強張らせると、彼女は心なしか肩を落として俯いた。
何でも、教会を管理する司祭というものは定期的に配置転換があるそうなのだ。このダンジョンの司祭であるあの胡散臭い爺さんは、去年の春に受けた視察にて普段の仕事のいい加減さがバレてしまい、秋までに正すよう警告を受けていた。しかしそれでも改善が見られなかったため、このたび修行のし直しを言いつけられ、別の教会へと移されることとなったのだとか。
本当ならば新年度から新しい司祭を送りたかったのだそうだが、ダンジョンでの奉仕というのは通常とは異なるそうで、適任者を選出するのに時間がかかったそうだ。そしてようやく後任も決まったので、彼女はその後任を引き連れてやってきた。彼女が一緒について来たのは、この後任のために研修会を開くためだった。
「配置転換でダンジョン内の教会に新しい司祭が配属されるたびに、研修を行っているんです。その際は、死神課の課長さんにお手伝いをお願いしているのですが……。――ソフィアが、どうしても〈女の子の姿にさせられた、死神のおじさんでなくちゃ嫌だ〉と言って聞かないんです。あの子、あなたのことを一方的にお友達だと思っているみたいで。今回の来訪でもきっと会えるだろうと、勝手に楽しみにしていたようで」
大司教はほんの少しだけ〈母の顔〉を見せ、困ったものだわと言いながらため息をついた。
何度諭しても譲らないソフィアを置いてこようかとも思ったのだが、目にいっぱいの涙を浮かべながら駄々をこねるのだそうだ。そして仕方なくそのまま連れて来て、研修のある本日のギリギリまで説得を試みたものの、ソフィアは頑として譲らなかったのだとか。
「普段は我が儘なんて、これっぽちも言わない子なんです。それだというのに、あなたに会いたいということだけは絶対に譲れないと言って聞かなくて。――無視してもいいのですけれど、あの子の機嫌が悪いままだと、たわむんですよね」
「何がですか?」
死神ちゃんは不思議そうに首を傾げて大司教を見つめた。すると、隣に座っていたマッコイが気まずそうに顔を伏せ、大司教も言いづらそうに死神ちゃんから視線を逸らした。死神ちゃんが訝しがって眉間のしわを深めると、大司教はポソリとためらいがちに答えた。
「世界が、たわむんです。あの子本人はまだ自覚がないようですが、あの子はわたくし以上の力の持ち主でして……」
死神ちゃんは表情を失い、呆然とした。そして、こちら側の世界にいる〈幼い友達〉とソフィアを心の中でぼんやりと重ねた。
少しの沈黙ののちに、死神ちゃんは抑揚のない声で「分かりました、手伝います」と言った。そして必死に頭を下げる大司教に連れられて、死神ちゃんはダンジョンへと降りていった。
**********
新たに赴任してきた司祭はやる気に満ち溢れた若者だった。大司教は彼に「冒険者ギルドから借りてきた」と言って、冒険者の腕輪とともに死神ちゃんのことを備品として紹介した。裏と彼女との繋がりはごく一部しか知り得ない極秘事項であるため、本物を連れてくることが出来るというのが知れるのはまずいらしい。
どう見ても死神ではなくただの幼女にしか見えない備品を、司祭は訝しげに眺めていた。死神ちゃんはニヤリと笑うと、彼を見上げて胸を張った。
「ダンジョンにいる死神というのは、骸骨姿のヤツだけじゃないんだぜ。覚えておくんだな」
「うわ、喋った!」
「おう、この見た目の死神は喋ることも出来るんだ。すごいだろう。俺は、それを模して作られているんだ」
「すごいな……。一体、どんな技術で作られているんだ……」
大司教が苦笑いを浮かべる中、司祭が恐る恐る死神ちゃんに手を伸ばし、頬を突いたり鼻を摘んだりした。死神ちゃんが鬱陶しそうに彼の手を払いのけていると、奥にある部屋からソフィアがひょっこりと顔を覗かせた。彼女は嬉しそうに目をキラキラと輝かせ、頬を上気させると小走りで死神ちゃんに近づいてきた。そして、母親を見上げると、彼女は両の手を握りこんでそわそわとしながら言った。
「お母様! お母様!! ソフィア、冒険者の役、やりたいわ!」
最初は母も若者も困惑の表情を浮かべていたが、結局、澄んだ瞳に光を溢れさせる幼な子の願いを叶えてやることにした。
ソフィアは嬉しそうに緑の腕輪を装着すると、死神ちゃんに向かって「さあ、とり憑いて」と言いニッコリと微笑んだ。備品として用意された腕輪は死神ちゃんの〈担当のパーティー〉として、予め設定されていた。なので、死神ちゃんはそれを装着したソフィアに軽くタッチしてやった。
死神ちゃんの黒い腕輪からソフィアの付けている緑の腕輪へと黒い糸がするすると伸びていくのを、若い司祭とソフィアが興味深げに見つめた。腕輪と腕輪の間を黒い糸が連結した状態で死神ちゃんがソフィアの背後に浮かび上がると、大司教は「死神にとり憑かれた冒険者は、こういう状態でやって来ます」と説明を入れた。そしてこの糸を断ち切ると死神はどこへともなく帰っていくことを付け加えると、司祭に〈死神祓い〉を実際にやってみるようにと促した。
何度か練習を終えて研修のうちの〈死神ちゃんが手伝わなければならない範囲〉が終わると、ソフィアは死神ちゃんの手を引いて裏へと引っ込んだ。そして嬉しそうに抱きついてから離れると、死神ちゃんに椅子を勧めた。
死神ちゃんが腰掛けるのを確認すると、ソフィアもその横に腰掛けた。我が儘を言った甲斐があったと言って舌を出す彼女に、死神ちゃんは苦笑交じりに言った。
「あまり、お母さんを困らせるなよ。何でも、お前の機嫌が悪いと大変なことになるそうじゃないか」
「何かそんな気もするけれど、ソフィア、よく分からないわ」
「俺、お前の他にも友達がいるんだけれどもさ。そいつが泣くと雷が鳴って大雨になるんだ。お前の母さんからお前の話を聞いて、何となくだけどその友達に似てるなと思ったよ。――そいつが泣き出さないように周りも必死にご機嫌取りしてるんだがな、それよりも何よりも、我が儘が原因で泣くのだけは良くないってことで、そいつもかなりお姉さんに厳しく言われていたよ。だって、急に雷雨になったら、他の人に迷惑だものな」
「たしかにそうね。もし我が儘のせいで周りの人に迷惑がかかっているなら、それは本当に気をつけなくちゃいけないことだわ。ソフィアも、これからは気をつけるようにする! ――それから、いつか、そのお友達ともお友達になりたいわ」
恥ずかしげに小さく笑って俯くソフィアに、死神ちゃんは頷いて返した。それから少しばかり、ソフィアの話に死神ちゃんは付き合ってやった。そしてそろそろ帰らねばならないというころになると、ソフィアがもじもじと照れくさそうに俯いた。
「あのね、遅くなったけれど、この前はごめんなさい。まさか踊りを踊っただけで死神さんが倒れてしまうとは思わなかったの。それでね、お詫びの印に、クッキーを焼いてきたの。死神さんは、甘いもの、好き?」
死神ちゃんが笑顔で頷くと、ソフィアは嬉しそうにクッキーを取り出した。「一枚食べてみて」とせがまれた死神ちゃんはクッキーを受け取ると、早速一枚口の中に放り込んだ。そして、顔を青ざめさせた。
ソフィアはおろおろとしだすと、涙を浮かべて声を震わせた。
「えええっ、どうして!? お姉ちゃんに手伝ってもらいながらレシピ通りに作ったから、絶対に失敗なんてしていないのに! 叔父さんも美味しいって言ってくれたのに! 材料が悪かったのかしら? ここに持ってくるまでに傷んでしまったのかしら!?」
「なあ、ソフィア……。材料に何を使った……?」
痛むお腹を押さえながら、死神ちゃんは必死に声を絞り出した。ソフィアは嗚咽を堪えると、スカートの生地をギュッと握りしめた。
「えっとね、すごく新鮮な卵に、ちょっとお高いお砂糖に……それから、えっと、綺麗なお水に……」
死神ちゃんは一瞬真顔になって嗚呼と呻くと、一転して笑顔を浮かべた。そしてソフィアの頭を撫でてやりながら、何事もないかのように振る舞った。
「クッキー、すごく美味しいよ。よく出来ている。一生懸命に作ってくれて、ありがとうな。とても嬉しいよ。――ただ、あの、綺麗なお水だけは今後使わないでもらえるとありがたいかな。普通のお水で大丈夫だから……」
そのまま、死神ちゃんは背中からばったりと倒れると、床に溶けるようにスウと消えていった。
**********
死神ちゃんは例の如く二、三日のお休みを言い渡された。濡らしたタオルで額を拭ってくれているマッコイに声をかけると、か細い声で「クッキーはどこ?」と尋ねた。
「一応、テーブルの上に置いてあるわよ。でも、聖水が使われているんじゃあ、食べられないでしょう」
「それってさ、やっぱり妖狐も食べられないかなあ? 妖怪なわけだし」
死神ちゃんの言葉に、マッコイは目を瞬かせた。そして首を傾げると、思案顔で答えた。
「妖怪である以前に、ご両親が神様としても祀られているし。狐火にも神聖な力が篭っていたから、もしかしたら大丈夫かもしれないけれど。――おみつさんに確認してみましょうか?」
死神ちゃんは頷くと、ニッコリと笑った。
「ああ、頼むよ。それで、もし大丈夫そうなら『お前と友だちになりたがっている子からもらった。せっかくだから、お前にもお裾分け』って言って、渡してもらえないかな。――てんこにさ」
マッコイが笑顔で頷くと、死神ちゃんは安心して夢の中へと旅立っていったのだった。
――――表裏のアイドル三人が集結して、アイドルグループを結成する日は近そうDEATH……?
しばらくして、彼は心なしかげっそりとした表情を浮かべて戻ってきた。そして彼はモニターブースに戻るではなく、まっすぐ死神ちゃんの元へとやってきた。
「薫ちゃん、お客さんよ」
「はい……?」
死神ちゃんが眉根を寄せると、マッコイは困惑気味に薄っすらと苦笑いを浮かべた。そして「ついて来て」と言うと、待機室から出て行った。
死神ちゃんは彼のあとに続くと、不思議そうに首を傾げて彼を見上げた。
「さっきお前が呼び出されたのは、その〈客〉絡みなのか? ていうか、客なんてどこから来るんだよ」
「ええ、直接薫ちゃんに声掛ける前に〈本日の現場監督者〉に確認しようということで、まずアタシが呼び出されたのよ。薫ちゃんに、手伝ってもらいたいことがあるんですって。シフト的には薫ちゃんが抜けても問題ないことは先方には伝えてあるから、あとは薫ちゃん次第よ。――お客さんのこと、見たらびっくりすると思うわよ」
死神ちゃんが適当に相槌を打つと、ちょうどウィンチの社内オフィスの前に着いた。部屋に入ると、そこにはたしかに〈びっくりする人物〉がソファーに腰掛けていた。彼女は優雅に立ち上がると、死神ちゃんに向かって頭を下げた。
「ソフィアがお世話になっております。――ソフィアの、母です」
表世界の教会の大司教は小首を傾げると、控えめな笑顔を浮かべた。死神ちゃんは思いもよらぬ客に口をあんぐりとさせると、見開いた目を何度も瞬きした。
死神ちゃんが依然驚いたまま固まっていることにウィンチは苦笑すると、死神ちゃんに「ソファーに座るように」と促した。そして彼は大司教にも着席を勧めると、「あとはお二人で」と言い自分の仕事に戻った。
にこにこと穏やかな微笑みを絶やさない大司教を驚愕顔でジッと見つめながら、死神ちゃんは何とか声を絞り出した。
「えっ……あの……何で……?」
「大司教様はね、簡単に言うと規格外なのよ。今のところ、表世界の住人でこちらに来ることが出来る唯一の人物よ」
言いながら、マッコイは死神ちゃんの隣に腰を掛けた。
死神のような〈ダンジョンに縛られている特殊な社員〉は別として、普通の社員やその家族達は表と裏を行き来できる。だから、サーシャと冒険者ギルドのエルフさんは時折お食事に行くような仲を築けているわけだ。しかしながら、このダンジョンを運営する〈裏世界〉は、基本的に〈裏世界の者以外は立ち入り禁止〉となっている。そのため、表世界の人間はたとえギルド職員であっても立ち入ることが出来ないのだ。
だが、ソフィアの母であるこの大司教は特別なのだそうだ。強大な力を持つ彼女は、神からの信頼も得ている。その関係で、なんと灰色の魔道士とも密かに繋がりがあり、だから表と裏の関係やシステムなどもよく熟知しているのだそうだ。
「魔道士様が神の一族であらせられることは存じておりますし、わたくし達が信仰する神々も〈どうして魔道士様がダンジョンをお創りになったのか〉を理解なさっておいでです。でなければ、このダンジョンの存在を数十年もそのままには致しません。――この国の王族は、それほど酷い非礼を魔道士様に働いたということです」
「はあ……。――で、あの、こちらにいらした目的は? なんか、手伝って欲しいことがあるということだけは伺ったんですけれど」
死神ちゃんがしどろもどろにそう言うと、大司教が苦笑いを浮かべ「ソフィアが……」と口ごもった。死神ちゃんが頬を強張らせると、彼女は心なしか肩を落として俯いた。
何でも、教会を管理する司祭というものは定期的に配置転換があるそうなのだ。このダンジョンの司祭であるあの胡散臭い爺さんは、去年の春に受けた視察にて普段の仕事のいい加減さがバレてしまい、秋までに正すよう警告を受けていた。しかしそれでも改善が見られなかったため、このたび修行のし直しを言いつけられ、別の教会へと移されることとなったのだとか。
本当ならば新年度から新しい司祭を送りたかったのだそうだが、ダンジョンでの奉仕というのは通常とは異なるそうで、適任者を選出するのに時間がかかったそうだ。そしてようやく後任も決まったので、彼女はその後任を引き連れてやってきた。彼女が一緒について来たのは、この後任のために研修会を開くためだった。
「配置転換でダンジョン内の教会に新しい司祭が配属されるたびに、研修を行っているんです。その際は、死神課の課長さんにお手伝いをお願いしているのですが……。――ソフィアが、どうしても〈女の子の姿にさせられた、死神のおじさんでなくちゃ嫌だ〉と言って聞かないんです。あの子、あなたのことを一方的にお友達だと思っているみたいで。今回の来訪でもきっと会えるだろうと、勝手に楽しみにしていたようで」
大司教はほんの少しだけ〈母の顔〉を見せ、困ったものだわと言いながらため息をついた。
何度諭しても譲らないソフィアを置いてこようかとも思ったのだが、目にいっぱいの涙を浮かべながら駄々をこねるのだそうだ。そして仕方なくそのまま連れて来て、研修のある本日のギリギリまで説得を試みたものの、ソフィアは頑として譲らなかったのだとか。
「普段は我が儘なんて、これっぽちも言わない子なんです。それだというのに、あなたに会いたいということだけは絶対に譲れないと言って聞かなくて。――無視してもいいのですけれど、あの子の機嫌が悪いままだと、たわむんですよね」
「何がですか?」
死神ちゃんは不思議そうに首を傾げて大司教を見つめた。すると、隣に座っていたマッコイが気まずそうに顔を伏せ、大司教も言いづらそうに死神ちゃんから視線を逸らした。死神ちゃんが訝しがって眉間のしわを深めると、大司教はポソリとためらいがちに答えた。
「世界が、たわむんです。あの子本人はまだ自覚がないようですが、あの子はわたくし以上の力の持ち主でして……」
死神ちゃんは表情を失い、呆然とした。そして、こちら側の世界にいる〈幼い友達〉とソフィアを心の中でぼんやりと重ねた。
少しの沈黙ののちに、死神ちゃんは抑揚のない声で「分かりました、手伝います」と言った。そして必死に頭を下げる大司教に連れられて、死神ちゃんはダンジョンへと降りていった。
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新たに赴任してきた司祭はやる気に満ち溢れた若者だった。大司教は彼に「冒険者ギルドから借りてきた」と言って、冒険者の腕輪とともに死神ちゃんのことを備品として紹介した。裏と彼女との繋がりはごく一部しか知り得ない極秘事項であるため、本物を連れてくることが出来るというのが知れるのはまずいらしい。
どう見ても死神ではなくただの幼女にしか見えない備品を、司祭は訝しげに眺めていた。死神ちゃんはニヤリと笑うと、彼を見上げて胸を張った。
「ダンジョンにいる死神というのは、骸骨姿のヤツだけじゃないんだぜ。覚えておくんだな」
「うわ、喋った!」
「おう、この見た目の死神は喋ることも出来るんだ。すごいだろう。俺は、それを模して作られているんだ」
「すごいな……。一体、どんな技術で作られているんだ……」
大司教が苦笑いを浮かべる中、司祭が恐る恐る死神ちゃんに手を伸ばし、頬を突いたり鼻を摘んだりした。死神ちゃんが鬱陶しそうに彼の手を払いのけていると、奥にある部屋からソフィアがひょっこりと顔を覗かせた。彼女は嬉しそうに目をキラキラと輝かせ、頬を上気させると小走りで死神ちゃんに近づいてきた。そして、母親を見上げると、彼女は両の手を握りこんでそわそわとしながら言った。
「お母様! お母様!! ソフィア、冒険者の役、やりたいわ!」
最初は母も若者も困惑の表情を浮かべていたが、結局、澄んだ瞳に光を溢れさせる幼な子の願いを叶えてやることにした。
ソフィアは嬉しそうに緑の腕輪を装着すると、死神ちゃんに向かって「さあ、とり憑いて」と言いニッコリと微笑んだ。備品として用意された腕輪は死神ちゃんの〈担当のパーティー〉として、予め設定されていた。なので、死神ちゃんはそれを装着したソフィアに軽くタッチしてやった。
死神ちゃんの黒い腕輪からソフィアの付けている緑の腕輪へと黒い糸がするすると伸びていくのを、若い司祭とソフィアが興味深げに見つめた。腕輪と腕輪の間を黒い糸が連結した状態で死神ちゃんがソフィアの背後に浮かび上がると、大司教は「死神にとり憑かれた冒険者は、こういう状態でやって来ます」と説明を入れた。そしてこの糸を断ち切ると死神はどこへともなく帰っていくことを付け加えると、司祭に〈死神祓い〉を実際にやってみるようにと促した。
何度か練習を終えて研修のうちの〈死神ちゃんが手伝わなければならない範囲〉が終わると、ソフィアは死神ちゃんの手を引いて裏へと引っ込んだ。そして嬉しそうに抱きついてから離れると、死神ちゃんに椅子を勧めた。
死神ちゃんが腰掛けるのを確認すると、ソフィアもその横に腰掛けた。我が儘を言った甲斐があったと言って舌を出す彼女に、死神ちゃんは苦笑交じりに言った。
「あまり、お母さんを困らせるなよ。何でも、お前の機嫌が悪いと大変なことになるそうじゃないか」
「何かそんな気もするけれど、ソフィア、よく分からないわ」
「俺、お前の他にも友達がいるんだけれどもさ。そいつが泣くと雷が鳴って大雨になるんだ。お前の母さんからお前の話を聞いて、何となくだけどその友達に似てるなと思ったよ。――そいつが泣き出さないように周りも必死にご機嫌取りしてるんだがな、それよりも何よりも、我が儘が原因で泣くのだけは良くないってことで、そいつもかなりお姉さんに厳しく言われていたよ。だって、急に雷雨になったら、他の人に迷惑だものな」
「たしかにそうね。もし我が儘のせいで周りの人に迷惑がかかっているなら、それは本当に気をつけなくちゃいけないことだわ。ソフィアも、これからは気をつけるようにする! ――それから、いつか、そのお友達ともお友達になりたいわ」
恥ずかしげに小さく笑って俯くソフィアに、死神ちゃんは頷いて返した。それから少しばかり、ソフィアの話に死神ちゃんは付き合ってやった。そしてそろそろ帰らねばならないというころになると、ソフィアがもじもじと照れくさそうに俯いた。
「あのね、遅くなったけれど、この前はごめんなさい。まさか踊りを踊っただけで死神さんが倒れてしまうとは思わなかったの。それでね、お詫びの印に、クッキーを焼いてきたの。死神さんは、甘いもの、好き?」
死神ちゃんが笑顔で頷くと、ソフィアは嬉しそうにクッキーを取り出した。「一枚食べてみて」とせがまれた死神ちゃんはクッキーを受け取ると、早速一枚口の中に放り込んだ。そして、顔を青ざめさせた。
ソフィアはおろおろとしだすと、涙を浮かべて声を震わせた。
「えええっ、どうして!? お姉ちゃんに手伝ってもらいながらレシピ通りに作ったから、絶対に失敗なんてしていないのに! 叔父さんも美味しいって言ってくれたのに! 材料が悪かったのかしら? ここに持ってくるまでに傷んでしまったのかしら!?」
「なあ、ソフィア……。材料に何を使った……?」
痛むお腹を押さえながら、死神ちゃんは必死に声を絞り出した。ソフィアは嗚咽を堪えると、スカートの生地をギュッと握りしめた。
「えっとね、すごく新鮮な卵に、ちょっとお高いお砂糖に……それから、えっと、綺麗なお水に……」
死神ちゃんは一瞬真顔になって嗚呼と呻くと、一転して笑顔を浮かべた。そしてソフィアの頭を撫でてやりながら、何事もないかのように振る舞った。
「クッキー、すごく美味しいよ。よく出来ている。一生懸命に作ってくれて、ありがとうな。とても嬉しいよ。――ただ、あの、綺麗なお水だけは今後使わないでもらえるとありがたいかな。普通のお水で大丈夫だから……」
そのまま、死神ちゃんは背中からばったりと倒れると、床に溶けるようにスウと消えていった。
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死神ちゃんは例の如く二、三日のお休みを言い渡された。濡らしたタオルで額を拭ってくれているマッコイに声をかけると、か細い声で「クッキーはどこ?」と尋ねた。
「一応、テーブルの上に置いてあるわよ。でも、聖水が使われているんじゃあ、食べられないでしょう」
「それってさ、やっぱり妖狐も食べられないかなあ? 妖怪なわけだし」
死神ちゃんの言葉に、マッコイは目を瞬かせた。そして首を傾げると、思案顔で答えた。
「妖怪である以前に、ご両親が神様としても祀られているし。狐火にも神聖な力が篭っていたから、もしかしたら大丈夫かもしれないけれど。――おみつさんに確認してみましょうか?」
死神ちゃんは頷くと、ニッコリと笑った。
「ああ、頼むよ。それで、もし大丈夫そうなら『お前と友だちになりたがっている子からもらった。せっかくだから、お前にもお裾分け』って言って、渡してもらえないかな。――てんこにさ」
マッコイが笑顔で頷くと、死神ちゃんは安心して夢の中へと旅立っていったのだった。
――――表裏のアイドル三人が集結して、アイドルグループを結成する日は近そうDEATH……?
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