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* 死神生活ニ年目 *
第144話 死神ちゃんと保護者⑥
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死神ちゃんはルンルン気分で〈担当のパーティー〉を探していた。どうやら今回のターゲットは小人族に大人気の〈桃源郷〉こと、〈お子様の社交場〉を目指しているらしいのだ。そしてそれに気がついたケイティーが、該当パーティーを死神ちゃんの担当に手配してくれたのである。
「お前は仕事中に堂々と大好きな甘いものを飽きるまで食べることが出来て、私は仕事中に堂々と目の保養が出来る。……素晴らしくない!? ねえ、これ、素晴らしくない!?」
そう言いながら、ケイティーは目にも留まらぬ速さでコンソールを操作していた。死神ちゃんはそんな彼女と喜びのハイタッチをして、ダンジョンに降りてきたのだった。
(……お、いたいた。あのパーティーだな?)
死神ちゃんは早速、それと思しきパーティーを発見した。六人中四人が小人族で、一人はドワーフ、そしてもう一人は死神ちゃんが初めて見る種族の女性だった。一年も勤務していてい初めて見る種族があるだなんて、と驚きつつも首を傾げながら、死神ちゃんはその〈お初にお目にかかる種族〉にとり憑いてみようと決めた。
音もなく死神ちゃんが近づいていくと、何故か小人族の一人が死神ちゃんに気がついた。超反応を示した小人族は、凄まじい速さで死神ちゃんに向かって突っ走ってきた。思わずぎょっとした死神ちゃんがその場で浮いたまま停止すると、走ってきた小人族は高く跳躍して死神ちゃんの腰にしがみついて来た。
* 僧侶の 信頼度が 2 下がったよ! *
「うわあ、あの子があんなに積極的なの、初めて見たかも。驚きを通り越して、ちょっとびっくりしちゃったよ……」
宙に浮いている死神ちゃんにぶら下がっている彼女を見て、他の仲間達は頬を引きつらせていた。重みに負けてずるずると降下していた死神ちゃんは、地面へと降り立ちながら顔をしかめた。――とり憑いた相手に、何となくだが違和感を覚えたのだ。
死神ちゃんは気を取り直すと、パーティーメンバーをぐるりと見渡した。そしてドワーフが以前会ったことのある人物であることに気がつくと、彼に向かって声をかけた。
「お前、〈小人族攫い〉の保護者が募集していた怪しいアルバイトに参加していたヤツだよな? まだ冒険者していたのかよ」
「うん、週末だけ。平日は学校のあとに普通のアルバイトして、週末は冒険者しているんだ。せっかく冒険者登録したからね、このダンジョンは普通のアルバイトをするよりもいい小遣い稼ぎになるから、無理のない、死なない範囲で頑張ってるよ。おかげで冒険者としても強くなってきたから学費も何とかなってるし、家にもお金を入れることが出来ているんだ!」
「そうか。でも本分は学生なんだろう? 勉強を疎かにはするんじゃないぞ」
死神ちゃんが目尻を下げると、ドワーフ――貧乏ながらも学ぶことを諦めない苦学生の彼は元気よく頷いた。
苦学生は苦笑いを浮かべると、死神ちゃんにいまだしがみついている小人族に目をやりながら言った。
「それにしても、死神ちゃん。すごく懐かれてるね。その子ね、〈はい〉とか〈いいえ〉くらいしか喋らない、すごくシャイな子なんだよ。だから、死神ちゃんに向かって一目散に走っていったのを見たとき、本当にびっくりしたんだ!」
「お前も、何やらえらい懐かれているようだが」
死神ちゃんは苦学生の後ろに隠れている〈初めて見る種族〉を興味深げに見つめた。死神ちゃんにしげしげと見つめられて、彼女は恥ずかしそうに苦学生の後ろに隠れた。死神ちゃんとケイティーの中間くらいの背丈の、ほんの少し肌の浅黒い美少女は再び苦学生の背後から死神ちゃんを覗き見ると、大きな目をくりくりとさせた。
彼女の耳は少し尖った形をしていた。かといって、エルフほど細く長いわけでもないし、ノームのように大きめというわけでもない。どの種族に一番似ているかと言われれば、ドワーフに似た形をしていた。
死神ちゃんと少女がお互いを不思議そうに見つめ合うのを見て、苦学生が笑った。そして彼は少女の肩に腕を回すと、彼女を引き寄せて自分と死神ちゃんとの間に連れてきた。
「この子ね、僕の妹なんだよ!」
「妹ぉ!? この、ロリッロリのが!?」
死神ちゃんが素っ頓狂な声を上げて驚くと、苦学生と少女が照れくさそうに笑った。
何でも、彼女はまだ義務教育中のためダンジョンに潜るには相応しくない年齢ではあるのだが、冒険者登録するのに一応は年齢制限がないことをいいことに兄に黙って登録を済ませてしまったのだという。
見た目がこんなにも違うのは、彼女がまだ思春期前だからだそうだ。ドワーフは思春期を経ると見た目に劇的な変化が訪れると聞いていたとはいえ、実際にここまで差があるとは思っていなかった死神ちゃんは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。また、このロリ美少女が数年経てばどこぞのマンマを彷彿とさせるような逞しい生き物に変化すると思うと、何となく複雑な気持ちになった。
「あのね、あたしね、お兄ちゃんの行くところにはどこでもくっついて行きたいのよ。だから、盗賊で登録して〈姿くらまし〉の術を覚えたのよ。少しでも危なくないようにすれば、連れて行ってもらえると思ったから」
はにかんで俯く美少女に、死神ちゃんは頬を引きつらせると何とか「おう」という返事を捻り出した。
一行は、予想通り〈お子様の社交場〉に向かっているのだという。ドワーフの二人が同行しているのは「自分達は子供であるから、入場出来るに違いない」と思ったからだそうだ。たまには美味しいものを妹にいっぱい食べさせたいから、と言って笑う苦学生に死神ちゃんも笑顔を返した。
「さあ、ようやく着いたよ。ドワーフ君達もきちんと入場できるといいね」
数々の罠を潜り抜け、ようやく社交場に着くと小人族の一人がそう言って笑った。そうだねと笑い合いながらぞろぞろと店の扉を潜ったのだが、苦学生だけは立ち入れなかった。――立ち入りを禁止されたというよりも、扉が小さすぎて通り抜けられなかったのだ。
「なんで!? どうして!? 僕、まだ子供だよ!?」
「ここは小さい人専用なんです。大きい人はごめんなさいなんです」
「どうして!? 中にいる小人族の人達、実際は全員大人でしょう!? 子供じゃなくて入店可能なのに、何で子供の僕は駄目なの!?」
「だから、ここは小さい人専用なんです~ッ!」
「そんな、あんまりだよ~!」
店員のピクシーは本当に申し訳無さそうに瞳を潤ませながら、扉の外にいる苦学生に必死に頭を下げていた。苦学生もまた、悲しそうに目にいっぱいの涙を溜めていた。店員の背後では、彼の妹が大層悲しそうに顔をクシャクシャにしていた。
「お兄ちゃん……。あたし、お兄ちゃんと一緒じゃないなら、我慢するよぅ……」
「僕のことは気にしないで、お前だけでも楽しんでおいで。僕、ここで待ってるから」
「でも、お兄ちゃん……」
ここまで一緒にやって来た小人族は、兄妹の切ないやり取りを見て悲しい気持ちになった。死神ちゃんも、彼らのことを不憫に思った。
苦学生が未成年であることは確かだ。その点では、彼は〈小さい人〉なのである。〈お子様の社交場〉と言うのであれば、体の大きさだけでなく年齢も加味されて然るべきなのではないか。――そのようにみんなで店員を説得して、彼の店舗利用許可を何とか取り付けた。ただし、体格の関係で扉を潜れないものは仕方がない。そのため、扉の近くに仮設で席を用意し、妹がそこに座ることになった。そして妹が彼の分も食事を持ってきて、扉を挟んで料理を分け合うという方法でどうにか対処することになった。
きちんとした椅子に座ることが出来ず、自分で料理を選べず、薄暗くセーフティーゾーンでもない場所で食事せねばならないという状態ではあったが、可愛い妹と美味しいものをお腹いっぱい食べられるというのは彼にとってとてつもなく幸せなことだったのだろう。そして、妹もまたそれを幸せに感じているのだろう。彼らが喜びに満ちた表情で料理を堪能しているのを見て、小人族達も死神ちゃんも、そして店員も嬉しく思った。
しかし、一人だけ我関せずな者がいた。――あの〈死神ちゃんに飛びついてきた小人族〉である。
彼女はドワーフ達がもめている最中も店内の光景にしか興味がないようだった。そしてみんなで店員を説得している間なんかは一人どこかへと行ってしまったようで、一緒に来ていた者の中でその間に彼女の姿を見たものはいなかった。戻ってきた彼女に「どこへ行っていたのか」と問いただすと、彼女は抑揚のない声でたどたどしく「やけに疲れてしまったので、奥のベッドで休憩させてもらっていた」というようなことをポツリと答えた。
彼女のことを不審に思いつつも、一行は料理を楽しむことにした。もちろん、死神ちゃんも一緒にケーキやパフェをたらふく食べた。その際中、例の彼女は道中を共にした小人族と死神ちゃんを交互に、食い入るように見つめていた。
「ねえ、そんなに見られちゃあ落ち着かないよ。君は食べないの? とっても美味しいのに。――ほら、少し食べてみなよ」
仲間の一人はスプーンでプリンをすくい取ると、彼女に向かって「はい、あーんして」と差し出した。彼女はスプーンを見つめて束の間プルプルと震えていたかと思うと、突然、勢い良く鼻血を吹き出した。
「ああ、もう、限界ぃだわ……。幸せすぅぎて、死にぃそうよ……」
そう言って、彼女はばったりとソファーから転げ落ちた。そして床に倒れ込んだ瞬間、彼女の身体がぐにゃりと歪んだ。
「きゃああ! 大変だ! 大きい人が紛れ込んでいたぞ!」
「しかも、この人、噂の〈小人族攫い〉だ! うわあああ!」
どうやら彼女は、見た目まで変えることの出来るファッションリングで小人族に成りすましていたらしい。リングの使用者である保護者が意識を失ったことにより、幻術が解けて正体がバレてしまったというわけだ。
店員のピクシーや妖精達は彼女の足を掴むと「重いよー」と嘆きながら必死に扉付近まで引きずっていった。しかし、大きい人が小さな扉を通り抜けることなど出来るはずもなかった。仕方なく、店員達は彼女をバックヤードへと運んでいった。しばらくして、死神ちゃんの腕輪に〈灰化達成〉の知らせが上がった。
それにより彼女が調理されたことを知った死神ちゃんは頬を引きつらせると、道中をともにした小人族とドワーフ達に挨拶し、スタッフルームから待機室へと帰っていった。
後日、保護者はダンジョン内店舗利用の際に詐欺を働いたという罪状で一時的な〈冒険者資格停止〉に処されたという。また、空港にある金属探知機よろしく、〈お子様の社交場〉の扉には幻術を解く装置が設置されたのだった。
――――苦学生のように正当な主張があれば、利用が認められてもそれは然るべき。逆に、騙して搾取するのは絶対に駄目なこと。バレなきゃいいというのは良くないことなのDEATH。
「お前は仕事中に堂々と大好きな甘いものを飽きるまで食べることが出来て、私は仕事中に堂々と目の保養が出来る。……素晴らしくない!? ねえ、これ、素晴らしくない!?」
そう言いながら、ケイティーは目にも留まらぬ速さでコンソールを操作していた。死神ちゃんはそんな彼女と喜びのハイタッチをして、ダンジョンに降りてきたのだった。
(……お、いたいた。あのパーティーだな?)
死神ちゃんは早速、それと思しきパーティーを発見した。六人中四人が小人族で、一人はドワーフ、そしてもう一人は死神ちゃんが初めて見る種族の女性だった。一年も勤務していてい初めて見る種族があるだなんて、と驚きつつも首を傾げながら、死神ちゃんはその〈お初にお目にかかる種族〉にとり憑いてみようと決めた。
音もなく死神ちゃんが近づいていくと、何故か小人族の一人が死神ちゃんに気がついた。超反応を示した小人族は、凄まじい速さで死神ちゃんに向かって突っ走ってきた。思わずぎょっとした死神ちゃんがその場で浮いたまま停止すると、走ってきた小人族は高く跳躍して死神ちゃんの腰にしがみついて来た。
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「うわあ、あの子があんなに積極的なの、初めて見たかも。驚きを通り越して、ちょっとびっくりしちゃったよ……」
宙に浮いている死神ちゃんにぶら下がっている彼女を見て、他の仲間達は頬を引きつらせていた。重みに負けてずるずると降下していた死神ちゃんは、地面へと降り立ちながら顔をしかめた。――とり憑いた相手に、何となくだが違和感を覚えたのだ。
死神ちゃんは気を取り直すと、パーティーメンバーをぐるりと見渡した。そしてドワーフが以前会ったことのある人物であることに気がつくと、彼に向かって声をかけた。
「お前、〈小人族攫い〉の保護者が募集していた怪しいアルバイトに参加していたヤツだよな? まだ冒険者していたのかよ」
「うん、週末だけ。平日は学校のあとに普通のアルバイトして、週末は冒険者しているんだ。せっかく冒険者登録したからね、このダンジョンは普通のアルバイトをするよりもいい小遣い稼ぎになるから、無理のない、死なない範囲で頑張ってるよ。おかげで冒険者としても強くなってきたから学費も何とかなってるし、家にもお金を入れることが出来ているんだ!」
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苦学生は苦笑いを浮かべると、死神ちゃんにいまだしがみついている小人族に目をやりながら言った。
「それにしても、死神ちゃん。すごく懐かれてるね。その子ね、〈はい〉とか〈いいえ〉くらいしか喋らない、すごくシャイな子なんだよ。だから、死神ちゃんに向かって一目散に走っていったのを見たとき、本当にびっくりしたんだ!」
「お前も、何やらえらい懐かれているようだが」
死神ちゃんは苦学生の後ろに隠れている〈初めて見る種族〉を興味深げに見つめた。死神ちゃんにしげしげと見つめられて、彼女は恥ずかしそうに苦学生の後ろに隠れた。死神ちゃんとケイティーの中間くらいの背丈の、ほんの少し肌の浅黒い美少女は再び苦学生の背後から死神ちゃんを覗き見ると、大きな目をくりくりとさせた。
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死神ちゃんと少女がお互いを不思議そうに見つめ合うのを見て、苦学生が笑った。そして彼は少女の肩に腕を回すと、彼女を引き寄せて自分と死神ちゃんとの間に連れてきた。
「この子ね、僕の妹なんだよ!」
「妹ぉ!? この、ロリッロリのが!?」
死神ちゃんが素っ頓狂な声を上げて驚くと、苦学生と少女が照れくさそうに笑った。
何でも、彼女はまだ義務教育中のためダンジョンに潜るには相応しくない年齢ではあるのだが、冒険者登録するのに一応は年齢制限がないことをいいことに兄に黙って登録を済ませてしまったのだという。
見た目がこんなにも違うのは、彼女がまだ思春期前だからだそうだ。ドワーフは思春期を経ると見た目に劇的な変化が訪れると聞いていたとはいえ、実際にここまで差があるとは思っていなかった死神ちゃんは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。また、このロリ美少女が数年経てばどこぞのマンマを彷彿とさせるような逞しい生き物に変化すると思うと、何となく複雑な気持ちになった。
「あのね、あたしね、お兄ちゃんの行くところにはどこでもくっついて行きたいのよ。だから、盗賊で登録して〈姿くらまし〉の術を覚えたのよ。少しでも危なくないようにすれば、連れて行ってもらえると思ったから」
はにかんで俯く美少女に、死神ちゃんは頬を引きつらせると何とか「おう」という返事を捻り出した。
一行は、予想通り〈お子様の社交場〉に向かっているのだという。ドワーフの二人が同行しているのは「自分達は子供であるから、入場出来るに違いない」と思ったからだそうだ。たまには美味しいものを妹にいっぱい食べさせたいから、と言って笑う苦学生に死神ちゃんも笑顔を返した。
「さあ、ようやく着いたよ。ドワーフ君達もきちんと入場できるといいね」
数々の罠を潜り抜け、ようやく社交場に着くと小人族の一人がそう言って笑った。そうだねと笑い合いながらぞろぞろと店の扉を潜ったのだが、苦学生だけは立ち入れなかった。――立ち入りを禁止されたというよりも、扉が小さすぎて通り抜けられなかったのだ。
「なんで!? どうして!? 僕、まだ子供だよ!?」
「ここは小さい人専用なんです。大きい人はごめんなさいなんです」
「どうして!? 中にいる小人族の人達、実際は全員大人でしょう!? 子供じゃなくて入店可能なのに、何で子供の僕は駄目なの!?」
「だから、ここは小さい人専用なんです~ッ!」
「そんな、あんまりだよ~!」
店員のピクシーは本当に申し訳無さそうに瞳を潤ませながら、扉の外にいる苦学生に必死に頭を下げていた。苦学生もまた、悲しそうに目にいっぱいの涙を溜めていた。店員の背後では、彼の妹が大層悲しそうに顔をクシャクシャにしていた。
「お兄ちゃん……。あたし、お兄ちゃんと一緒じゃないなら、我慢するよぅ……」
「僕のことは気にしないで、お前だけでも楽しんでおいで。僕、ここで待ってるから」
「でも、お兄ちゃん……」
ここまで一緒にやって来た小人族は、兄妹の切ないやり取りを見て悲しい気持ちになった。死神ちゃんも、彼らのことを不憫に思った。
苦学生が未成年であることは確かだ。その点では、彼は〈小さい人〉なのである。〈お子様の社交場〉と言うのであれば、体の大きさだけでなく年齢も加味されて然るべきなのではないか。――そのようにみんなで店員を説得して、彼の店舗利用許可を何とか取り付けた。ただし、体格の関係で扉を潜れないものは仕方がない。そのため、扉の近くに仮設で席を用意し、妹がそこに座ることになった。そして妹が彼の分も食事を持ってきて、扉を挟んで料理を分け合うという方法でどうにか対処することになった。
きちんとした椅子に座ることが出来ず、自分で料理を選べず、薄暗くセーフティーゾーンでもない場所で食事せねばならないという状態ではあったが、可愛い妹と美味しいものをお腹いっぱい食べられるというのは彼にとってとてつもなく幸せなことだったのだろう。そして、妹もまたそれを幸せに感じているのだろう。彼らが喜びに満ちた表情で料理を堪能しているのを見て、小人族達も死神ちゃんも、そして店員も嬉しく思った。
しかし、一人だけ我関せずな者がいた。――あの〈死神ちゃんに飛びついてきた小人族〉である。
彼女はドワーフ達がもめている最中も店内の光景にしか興味がないようだった。そしてみんなで店員を説得している間なんかは一人どこかへと行ってしまったようで、一緒に来ていた者の中でその間に彼女の姿を見たものはいなかった。戻ってきた彼女に「どこへ行っていたのか」と問いただすと、彼女は抑揚のない声でたどたどしく「やけに疲れてしまったので、奥のベッドで休憩させてもらっていた」というようなことをポツリと答えた。
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「ねえ、そんなに見られちゃあ落ち着かないよ。君は食べないの? とっても美味しいのに。――ほら、少し食べてみなよ」
仲間の一人はスプーンでプリンをすくい取ると、彼女に向かって「はい、あーんして」と差し出した。彼女はスプーンを見つめて束の間プルプルと震えていたかと思うと、突然、勢い良く鼻血を吹き出した。
「ああ、もう、限界ぃだわ……。幸せすぅぎて、死にぃそうよ……」
そう言って、彼女はばったりとソファーから転げ落ちた。そして床に倒れ込んだ瞬間、彼女の身体がぐにゃりと歪んだ。
「きゃああ! 大変だ! 大きい人が紛れ込んでいたぞ!」
「しかも、この人、噂の〈小人族攫い〉だ! うわあああ!」
どうやら彼女は、見た目まで変えることの出来るファッションリングで小人族に成りすましていたらしい。リングの使用者である保護者が意識を失ったことにより、幻術が解けて正体がバレてしまったというわけだ。
店員のピクシーや妖精達は彼女の足を掴むと「重いよー」と嘆きながら必死に扉付近まで引きずっていった。しかし、大きい人が小さな扉を通り抜けることなど出来るはずもなかった。仕方なく、店員達は彼女をバックヤードへと運んでいった。しばらくして、死神ちゃんの腕輪に〈灰化達成〉の知らせが上がった。
それにより彼女が調理されたことを知った死神ちゃんは頬を引きつらせると、道中をともにした小人族とドワーフ達に挨拶し、スタッフルームから待機室へと帰っていった。
後日、保護者はダンジョン内店舗利用の際に詐欺を働いたという罪状で一時的な〈冒険者資格停止〉に処されたという。また、空港にある金属探知機よろしく、〈お子様の社交場〉の扉には幻術を解く装置が設置されたのだった。
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