転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
上 下
136 / 362
* 死神生活ニ年目 *

第136話 死神ちゃんとマンマ

しおりを挟む
 ズウンと音を立てて、モンスターがその巨大な体躯を地に沈めた。それを平然とした表情で見下ろしながら、女が言った。


「何だい、だらしがないねえ。もっと強いかと思ったけど、こんなもんかい」


 フンと鼻で短く息を吐きながら肩をすくめる女を、死神ちゃんは呆然と見つめた。そして彼女の規格外な強さに、死神ちゃんは恐怖して震えたのだった。



   **********



 死神ちゃんが〈担当のパーティーターゲット〉を求めて彷徨さまよっていると、それと思しき冒険者の方から近寄ってきた。ズンズンと近寄ってくる冒険者――というよりも、巷の食堂のおばちゃんというような出で立ちの恰幅の良い女性に、死神ちゃんは思わず後ずさりした。おばちゃんは死神ちゃんの肩をがっしりと掴むと、とても心配そうな顔を近づけてきた。


「お嬢ちゃん、駄目じゃないかい。こんな危ないところに入ってきちゃあ。ここは楽しい遊び場じゃあないんだよ? 親御さんとはぐれて、間違って入っちまったのかい? それとも、お友達も一緒だったりするのかい? ん?」

「いえ、あの、これでも一応、職務中なんです……」


 一気に捲し立てられて、死神ちゃんは何となく怖気づいた。〈職務中〉という単語に驚いたおばちゃんは、腰を落ち着かせるのに調度良い瓦礫を見つけると、死神ちゃんを手招きした。
 彼女はポーチからミートパイを取り出すと、死神ちゃんに笑顔を向けた。


「さあ、お食べ。マンマ特製のミートパイだよ。たくさん持ってきているからね。もうすぐおやつの時間だし、お嬢ちゃんのような育ち盛りじゃあ、お腹もペコペコだろう。何の仕事に就いているのかは分からないけど、少しくらい休憩してもばちは当たらないだろう? さ、お食べ」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべ、おずおずとパイに手を伸ばした。受け取ったそれを口に持って行きながら「マンマ?」と首を傾げさせると、おばちゃんが笑顔で頷いた。
 何でも、彼女は見た目通り、巷の食堂のおばちゃんらしい。街のみんなの胃袋を満たす彼女にとって、お客さんはみんな、年齢関係なく〈子供〉のようなものらしい。そしてお客もまた彼女のことを〈第二のお母ちゃん〉と思ってくれているそうで、そのため、彼女は街のみんなから敬愛を込めてマンマと呼ばれているのだそうだ。
 そんな彼女が何故ダンジョンにいるかというと、肉を卸してもらっている肉屋の亭主が、伝説の調理器具を求めてよくダンジョンに繰り出しているという話を耳にして、羨ましく思いやってきたのだそうだ。


「奥さんのほうと茶飲み友達でねえ。彼女、趣味でパンを焼くから肉屋の一角で手作りピザとかも売ってるんだけど。そのピザをね、ダンジョンで手に入れたピザカッターでカットしているそうなんだよ。これがまた、すごくいい切れ味だそうでねえ。それを聞いて、あたしも欲しくなっちゃってさあ」


 羨望の眼差しを宙に彷徨わせ、フウと気だるげな息をついたマンマの言葉に、死神ちゃんは思わずせた。彼女は心配そうに眉根を寄せると、ポーチから水筒を取り出して死神ちゃんに差し出した。


「あらやだ、大丈夫かい? ――ほら、これでもお飲み」


 死神ちゃんは礼を述べながら水筒を受け取りつつも、盛大に顔をしかめた。――まさか、いつぞやの肉屋の話がここで出てくるとは。しかも、モンスターに対して凄惨な攻撃を行うのに使用したピザカッターを、まさかそのまま普段使いしているとは。
 死神ちゃんがひと心地つくと、マンマはパイの味について尋ねてきた。死神ちゃんは笑顔を浮かべると、「美味しいです」と答えた。そのまま、死神ちゃんは不思議そうに首を捻った。


「でも、どこかで食べたことがあるような」

「あら、本当かい? 最近、肉屋が不思議な包丁をダンジョンで手に入れたそうでね。それで肉を処理しているおかげか、うちのミートパイも味がパワーアップして。おかげさまで、今、街で人気になっているんだよ。――でも、おかしいねえ。お嬢ちゃんのような可愛いお客さん、このマンマが忘れるわけないんだけどねえ」


 マンマは首を傾げさせながら、パイの追加を死神ちゃんに手渡した。死神ちゃんはそれを頂きながら、先日再会したフリマ出店者からこのパイを貰ったということを思い出していた。

 マンマは死神ちゃんがお腹いっぱいになるまでパイを与え続けると、満足気に頷いて立ち上がった。一緒に帰ろうというマンマの手に引かれて、死神ちゃんも歩き出した。
 途中、モンスターに出くわしたのだが、彼女はグーパンひとつでそれを捻じ伏せた。死神ちゃんは目をひん剥いて口をあんぐりとさせると、ポツリと呟くように言った。


「マンマ、すごく強いんですね……」

「あっはっは! 毎日パスタやパイ生地を大量に捏ねてりゃあ、このくらいはねえ。むしろ、気候によって水分量が変わる生地と格闘するほうが、こいつらと格闘するよりも大変だよ」


 そこら辺の職業冒険者の、闘士や僧兵よりも立派な太い腕に力こぶを作ると、マンマは豪快に笑ってそれをペチペチと叩いた。死神ちゃんは頬を引きつらせると、小さく「へえ」とだけ返した。それが、精一杯だった。
 その後も、マンマは拳ひとつで魔物を倒しながら進んでいった。しかし、そんな彼女の目の前に巨大なモンスターが小さな仲間とともに立ち塞がった。彼女はゴクリと唾を飲み込むと、不敵に笑ってポーチに手を伸ばした。


「こいつは、の力を借りる必要がありそうだねえ……」


 そう言って彼女が取り出したのは、麺伸ばし棒だった。彼女はそれをしっかりと握り締めると、モンスターの群れに突っ込んでいった。襲い来るモンスター達を華麗なステップで避けながら、彼女は一心不乱に伸ばし棒を振った。


「遅い! 遅いよ、あんた達! お昼の混雑時に押し寄せるお客のほうがよっぽど強敵だよ! そんなんでこのマンマに敵うと思っているのかい!?」


 叩き伏せたモンスターから上がる血しぶきを浴びても動じること無く、マンマは軽やかに踊り続けた。そして、巨大なモンスターが倒れ、全ての魔物が駆逐されると、彼女はけろりとした表情でそれを眺めながら言った。


「何だい、だらしがないねえ。もっと強いかと思ったけど、こんなもんかい」


 ただのおばちゃんとは思えない強さに、死神ちゃんは縮み上がった。そしてカタカタと震えながら、死神ちゃんはポツリと呟いた。


「マンマ、こええ……」



   **********



 勤務が明けた死神ちゃんが寮に戻ってきてキッチンの前を通りかかると、マッコイとクリスが何やら楽しそうに鍋を囲んでいた。死神ちゃんが顔を出すと、クリスが「料理を教えてもらっているの」と嬉しそうに笑った。
 トマトの香りが漂う中、マッコイはパンと手を打ち鳴らすと、笑顔でクリスに言った。


「さ、それじゃあ、お鍋の火を一旦弱火にして。煮込んでいる間に、麺をカットしましょうか」


 死神ちゃんは真顔になると「何を作っているのか」と尋ねた。すると、マッコイはウキウキとした調子で嬉しそうに答えた。


「丸洗いが出来る製麺機を買ったのよ。折角だから早速使いたいなと思って、パスタを麺から作ってみたの。今日はミートソーススパゲティーよ」


 言いながら、彼は麺伸ばし棒を取り出した。死神ちゃんは喉の奥が冷たくなるのを感じると、慌てて口を両手で塞いだ。青い顔でキッチンから逃げるように走り去る死神ちゃんを、マッコイとクリスは慌てて追いかけたのだった。




 ――――母は強しと言うけれど、ちょっと強すぎだと思うのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...