転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第126話 死神ちゃんとクレーマー②

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 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めて四階の〈小さな森〉付近を彷徨さまよっていた。それと思しき冒険者を発見した死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、腕輪を操作して魂刈をブローチサイズから元の大鎌サイズへと戻した。
 柄をしっかりと握りしめると、死神ちゃんは飛行速度を速めた。真剣な面持ちで前方を見据え、真っ直ぐに対象へと飛んで行く。死神ちゃんがここというタイミングを見極めて鎌を振るうと、目標はすんでのところで横っ飛びに跳んで攻撃を回避した。そのまま、は侍特有の〈瞬時に間合いを詰め、敵の懐に飛び込む〉という技・縮地を繰り出し、死神ちゃんに掴みかかった。死神ちゃんはぎょっとして身を翻したのだが、寸分の差で足首を掴まれた。
 は死神ちゃんの足首を掴んだまま、我が物顔で胸を張った。


「フハハハハハ! この勝負、俺の勝ちだな! 殺される前に、こちらからとり憑かれに行けば良いのだ! そうすれば、お前らは俺のことを殺せなくなるものな!」

「あー、クソ! 離せ! 離せよ、ふざけんな!」


 死神ちゃんは依然掴まれたままの脚を懸命にブンブンと振った。彼――尖り耳狂は勝ち誇った笑みを浮かべると、そのまま死神ちゃんを空中から引きずり下ろしがっしりとホールドした。


「死神よ、そろそろ諦めたらどうだ。尖り耳教にくだれば、お前の人生バラ色だぞ? ――さあ、楽しいお話のお時間の始まりだ。準備はいいか? いいよな? 異論は認めんぞ? では、開始だ! 『むかしむかし、あるところに尖り耳に魅せられた一人の男が……』」


 死神ちゃんが耳を塞ぐと、尖り耳狂は〈楽しいお話〉を語りながら、片耳だけでも開けてやろうと死神ちゃんの手を取り、耳から引き剥がそうとした。
 ブラックリスト入りしている冒険者は、基本、見かけ次第排除して構わないことになっている。しかし、〈何故かコンピューターヤッ上がって来ない者ピン〉を除いて、彼らがターゲットとして割り振られることも残念ながらあるのだ。そして、一度とり憑きが成立してしまうと、〈祓われるか、冒険者が灰化するまで側に寄り添い続ける〉という死神の性質上、もう自分では排除したくても出来なくなってしまう。
 運良く同僚が通りかがって、こいつを殺してくれたらいいんだが。――そんなことを考えながら、死神ちゃんは情けない声で「もう、帰りたい」と小さく呟いた。

 尖り耳狂の〈楽しいお話〉という名の素晴らしくどうでもいい話に辟易しながら、死神ちゃんは辺りに視線を彷徨わせた。そして、顔をしかめた。何故なら、彼は一階に戻ろうとするどころか、森の奥へと進んでいっているからだ。
 死神ちゃんは尖り耳狂を仰ぎ見ると声をかけた。しかし、彼は気にせず〈お話〉を続けており、何度目かの呼びかけでようやく〈お話〉を中断させた。


「……なんだ。これから、感涙間違いなしの素晴らしい展開が始まるところだったというのに」

「知るかよ。――お前、何で森の奥へと進んでいるんだよ。とっとと俺のこと祓いに行けよ」

「何を馬鹿なことを。折角目標地点の近くにいるというのに、きびすを返すだなんてもったいないだろう。――尖り耳と言えば、森ッ! 森と言えば、尖り耳ッ! ……分かったか?」


 死神ちゃんは答えることなく眉根を寄せた。すると、彼は〈修行が足りないな〉とでも言うかのようにかぶりを振ると、親切丁寧な解説をしてくれた。
 エルフ族は今でこそここそこの街に住み、様々な職に就いているが、元々は深い森の中で多種族と交わることなくひっそりと生活していたのだそうだ。事実、彼らは都会化した現在でも〈森の賢者〉と呼ばれており、その類まれない知識と魔力はどこの業種でも重宝されている。


「まあ、つまるところ、森は尖り耳の原点なわけだ。だから俺は森に篭もり〈尖り耳体験〉をすることによって、少しでも尖り耳に近づこうと思ってな」

「何かよく分からないが、お前なりに〈相手を知る〉ということをしようとしてはいるんだな。――そう言えば、お前、この前ギルド職員のエルフさんを見るなり逃げ出していたが。お前が口説きに行かないエルフなんて、いるもんなんだな」


 死神ちゃんが不思議そうに目をしばたかせると、尖り耳狂は死神ちゃんから視線を外してぼんやりと遠くを眺めた。そして彼は、小さな声で「あれ・・は尖り耳の皮を被った悪魔だ」と呟いた。死神ちゃんが呆れて目を細めると、彼は明後日の方を見つめながらボソボソと言った。


「俺はただ愛を語っているだけだというのに、あれ・・は事あるごとに〈冒険者資格停止アカバン〉をチラつかせてくるんだ。おかしいだろう……」

「いや、おかしいのは停止バン食らうほどの粘着をしているお前のほうだと思うぞ」


 死神ちゃんが毒づくと、彼は聞いていないという素振りを見せた。そして「さ、続きが待ち遠しくて仕方がなかったよな!?」と言って〈楽しいお話〉を再開させた。死神ちゃんは鼻を鳴らすと〈お話〉を右から左へと受け流した。
 しばらくして、尖り耳狂は森の奥のとある場所で足を止めた。そして抱えていた死神ちゃんを降ろすと、彼は木と木の間を入念に見て回り始めた。何をしているのかと尋ねると、彼は「魔物を探している」と言った。首を捻った死神ちゃんに、尖り耳狂はニヤリと笑った。


「幻影を見せてくる魔物がいるのだ。そいつの力を借りて、俺は今から〈尖り耳体験〉をするのだ」

「あー、いわゆるバーチャルリアリティってやつか」


 聞き慣れぬ言葉に尖り耳狂が眉をひそめたが、死神ちゃんは説明することなく〈気にするな〉という態度をとった。とその時、木と木の間からぬるりと魔物が姿を現した。しかし、その魔物に実体はないようで、それ・・はホログラムの如く宙に浮いていた。
 モンスターが攻撃行動に出ると、尖り耳狂の腕輪から混乱時に飛び出す小さな鳥が飛び出た。それが頭上を回り始めると、彼は焦点の合わない虚ろな目でうわ言をブツブツと言い始めた。しかし、ほんの少しすると、彼はカッと目を見開き、頭上の小鳥を追い払って腹の底から叫んだ。


「チェンジ! チェンジだ! チェンジを要求する!」

「はあ……?」


 思わず、死神ちゃんは眉根を寄せて呻くように声を上げた。知力が高く設定されているレプリカなのか、モンスターも死神ちゃんと同じく〈何言ってるんだ、こいつ〉と言いたげな表情を浮かべていた。
 尖り耳狂は地団駄を踏みながら、怒りを撒き散らし始めた。


「何故、尖り耳の幻影を見せないのか! どうせ攻撃として幻術を仕掛けてくるのであれば、相手にとって幸せなものを見せたほうがその後の攻撃も容易いだろう! 何故、あの〈尖り耳の皮を被った悪魔〉を俺に見せるのか! 俺を苦しめて、何が楽しいんだ!」

「いや、攻撃として見せる幻覚って、普通は苦しいものなんじゃないのか? それから、一応お前の要望にお応えしてエルフさんを見せてくれているじゃないか。文句言うなよ」


 死神ちゃんが呆れ果ててそう言うと、彼は「だから、あれ・・は尖り耳ではない!」と叫んだ。モンスターは渋々、別の幻影を彼に見せた。しかし、彼はまたしても「チェンジ!」と怒号を飛ばした。


「違うだろう! 白い尖り耳は清楚な存在なんだ! だから、そんなに胸がデカいはずがないだろう! だのに、その尖り耳はなんだ? 肌を脱色した黒尖り耳か!? それとも、ドワーフとの混血なのか!? ダークエルフという設定にしたいのであれば、最初からそのようにしろ! 胸だけダークエルフサイズで、他はエルフとか、そんなのおかしいだろう! 分かったら、さあ、やり直せ!」


 二度目のチェンジを受けてやり直した直後、尖り耳はまたもや「チェンジ!」と喚いた。彼はポーチの中から紙の束を取り出すと、モンスターに向かってそれを突きつけた。


「この分からず屋め! そこまで低レベルな幻影しか見せられないのであれば、ここに台本を用意してあるからそのようにしてくれ!」


 死神ちゃんはすでに呆れてモノも言えなくなっていた。モンスターも〈もう付き合いきれない〉とでも思ったのだろう、木と木の間の空間が捻れるように歪み、そこから実体化した前脚を出してきた。そしてモンスターは猫のようなモフモフの足から爪を出すと、尖り耳狂を問答無用で叩き斬った。
 ブワッと広がり漂う灰を眺めながら、死神ちゃんはヘッと皮肉めいた笑みを浮かべた。そしてそのまま、溶けるように消えていった。

 後日、サーシャとギルドのエルフさんはこの一件を酒の肴に、お食事会という名の愚痴大会を開いたという。




 ――――自分に都合の良いことしか見ようともしないでいると、いつか必ず痛い目に遭うのDEATH。
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