転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
上 下
91 / 362
* 死神生活一年目 *

第91話 死神ちゃんとモップお化け③

しおりを挟む
 死神ちゃんが〈担当のパーティーターゲット〉を探してダンジョン内を彷徨うろついていると、何かに恐れおののく冒険者に出くわした。部屋に入ろうと扉をくぐろうとしていた彼は何かを見つめたまま仰天して、声もなく尻もちをついた。
 地図を確認してみると、死神ちゃんのターゲットはこの冒険者の視線の先に居るようだった。死神ちゃんは顔をしかめると、横合いから部屋の中を覗き見た。そして一層、眉間にしわを寄せた。

 部屋の中ではファンシーな見た目のライオンのぬいぐるみが二体、ぴったり重なり合うようにして立っていた。そして、ライオン達はその場から動くことなく、タイミングをずらしてぐるぐると円を描くように身体を動かしていた。
 少しして、ライオン達はぐるぐるダンスをしながらじりじりと前に進みだした。尻もちをついたまま硬直していた冒険者は悲鳴を上げると、必死に地面を這いながら逃げていった。――残念なことに、この珍妙なぬいぐるみ達が今回の死神ちゃんのターゲットのようだった。

 赤と白の二体のライオンぬいぐるみは冒険者が逃げてしまったことに呆然としていたようだが、死神ちゃんの存在に気がつくと、死神ちゃんに迫り寄った。そして、先頭の白いライオンが死神ちゃんの目と鼻の先まで近づいたところで動きを止めると、ぬいぐるみ達は抑揚のない声を張り上げた。


「こいつは春から、縁起がいいわえ!」

「違う! 俺の知ってる連獅子はこんなんじゃない!」


 死神ちゃんは怒りを含んだ驚愕の叫びを上げると、白いライオンに張り手を食らわせた。すると、ライオン達はすっと背筋を正して棒立ちとなり、無言で互いを見つめ合った。
 しばらく、ライオン達は無言で見つめ合ったままだった。放置を食らった死神ちゃんは顔をしかめると、ライオンのたてがみ部分をもふもふと触りながら彼らに声をかけた。


「なあ、お前ら、一体何者?」

(あなたは何故、会うたびに破廉恥なところをまさぐるのですか?)


 心地悪そうに身体をくねらせるライオンがテレパシーで話しかけてきたことに、死神ちゃんは表情を失った。死神ちゃんは勢い良くライオンを見上げると、低い調子でボソリと言った。


「お前、ムークなのか」

「はい、そうです」

「ていうか、俺が触るのは毎回違うところだろう。お前の破廉恥ポイントは一体いくつ存在するんだよ」


 死神ちゃんがゆっくりとムークから離れると、ムークもまたスッと身を引いて死神ちゃんとほんの少しだけ距離をとった。死神ちゃんはそのままの調子でムークに尋ねた。


「ていうかさ、さっきの〈はい、そうです〉っていうの、声がハモッて聞こえた気がするんだが」

「ええ、そうでしょうね」

「またハモッた! え、何!? もしかして、赤い方もムークなのか!?」


 死神ちゃんが驚くと、赤と白のライオンはゆっくりと頷いた。白いライオンは赤い方を手で指し示すと「義兄あにです」と言い、それを受けて赤いライオンが白い方をやはり手で指し示して「彼の姉の、夫です」と言った。そして二人は声を揃えると、無機質な調子で〈母さん(赤い方は、嫁さん)が夜なべしてぬいぐるみを編んでくれた〉と歌い出した。
 死神ちゃんが呆然としていると、彼らはそんなことなど気にも留めずに淡々と話しだした。


「折角の新年ですから縁起物をということで、ぬいぐるみを新調したのです。これを着て幸せの舞を舞えば、仲間が増えると聞いたのですが……。おかしいですね」

「まあ、まだ策はあります。めげずに行きましょう、義弟おとうとよ」

「――で、お前ら一体、何しに来たわけ?」


 死神ちゃんがぶっきらぼうに尋ねると、白いほうが「私はいつもの通り、自分探しです」と答えた。赤いほうは純然たる〈力試し〉目的だそうで、冒険者として力をつけ、より一層強くなることができれば私生活にもそれが活かせると思ったのだという。
 その話を聞いて死神ちゃんが不思議そうに眉根を寄せると、赤いのがこぶしを振り上げるかのようにグッと腕を持ち上げた。


「私は力が欲しい。――そう、あの農家の男に勝てるくらいの。そして私は〈お夕飯の食材〉を手に入れるのです」

「お前かよ! ライバル農家の畑を荒らすムークは! 搾取してないできちんと金払ってやれよ!」


 死神ちゃんが怒鳴ると、赤いのは不思議そうに首を捻った。死神ちゃんは呆れて目を細めると、深く溜め息をついた。

 ムーク達はダンジョン内の探索を再開させたが、冒険者とすれ違うたびにぐるぐるダンスをしながら冒険者ににじり寄っていた。もちろん、そのたびに冒険者は悲鳴を上げて逃げていった。
 不思議そうに首を傾げさせたムーク達は「次の策を試そう」と言い合い頷くと、今度はすれ違った冒険者に明るく声をかけた。フレンドリーに話しかけてくるぬいぐるみを不審に思いつつも、冒険者は足を止めた。ムークは腕をバタバタと上下させて喜びを表現すると、冒険者に向かって言った。


「お兄さん、知っておいでですか? 遠い国では、紅白の獅子に頭から噛みつかれると、その年一年間を幸福に過ごせるのだそうです」


 そう言って、ムークはふるふると小刻みに震えだした。すると突然、ぬいぐるみの口の部分がガパッと開いた。開閉できそうな作りにはなっていないのに、だ。それを見た冒険者は息を飲むと、そのまま目をチカチカとさせてばったりと倒れた。


「おや、どうやら夢の世界に旅立ってしまったようですね。なんと幸福な……」

「いやいやいや、お前、それ、すごく怖いよ! それに、一体何を見せたんだよ!」


 死神ちゃんが顔を歪めると、ムークはライオンの首から上の部分を不自然に揺らしながら言った。


「あなたも確認しますか?」

「嫌だよ! この前、意識が飛んで散々な目に遭ったんだからな!」


 死神ちゃんが怒鳴りつけると、ムークは心なしか残念そうに揺れるのをやめた。そしてしょんぼりと背中を丸めると、白いのと赤いのは膝を突き合わせてボソボソと泣き言を垂れた。


「私達の、一体何がいけないのでしょうか……。どうして皆さん、怖がって仲間になってくれないのでしょうか……」

「全くです。どうして、野菜のひとつやふたつ、快く見逃してくれないのでしょうか……」

「おい、赤いの、それは話をすり替えてるから。ていうか、お前ら二人とも、人里に降りてくるならそれなりに周りの習慣に合わせろよ。郷に入りては郷に従えって言うだろうが」


 死神ちゃんはツッコミを入れたが、彼らは不思議そうに首を捻るだけだった。死神ちゃんが面倒くさそうに頭をガシガシと掻くと、その後ろを何かが通りかかった。ムーク達はそれ・・を見るなり嬉しそうに立ち上がり、それ・・に喜び勇んで近づいていった。


「もしや、あなたも同族ですか? いやあ、それにしても、よくできている!」

「同じ悩みを抱えし者同士、仲良くダンジョン探索を行いませんか?」


 彼らは嬉しそうにそれ・・の周りをぐるぐると回り、腕をバタつかせながらそれ・・に話しかけた。しかし、それ・・は問答無用で彼らに攻撃を仕掛けた。
 ムーク達は「何故だ」と言いながら、地に崩れ落ちた。死神ちゃんは悠々と去っていく〈獅子のワービースト〉をぼんやりと眺めながら、ポツリと呟いた。


「人かモンスターかの見分けができるくらいには、人に慣れようぜ……」


 そして小さく溜め息をつくと、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。




 ――――自分探しの前に、世間慣れが必要だと発覚したムーク達。新年早々、目標がきちんと定まったようで良いスタートがきれそうDEATH?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...