転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活一年目 *

第89話 死神ちゃんと町内会長

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 死神ちゃんは前方を歩いている〈担当のパーティーターゲット〉と思しき冒険者達を見つめて首を傾げた。簡素とはいえ戦士のような格好をした三人の男は、どう贔屓目に見ても戦士とは言い難く、街の自治会が運営する自警団というような雰囲気を醸していた。
 死神ちゃんは天井スレスレを静かに移動すると、一番偉そうなおっさんのハゲ頭をぺちりと叩いた。仲間にからかわれたとでも思ったのか、おっさんは顔を真っ赤にさせると後ろを歩く二人のほうを振り向いて睨みつけた。


「違いますって! 会長、うしろうしろ!」


 若い二人はおっさんの後ろで変顔を決める死神ちゃんを必死に指差した。おっさんは顔をしかめると、二人に促されるまま前に向き直った。しかし、そこにはすでに誰もおらず、おっさんはさらに激高して勢い良く二人を振り返った。
 死神ちゃんはおっさんが二人を怒鳴る前にもう一度ハゲ頭をひと叩きした。怒り顔のまま、おっさんは死神ちゃんのほうを振り向いた。死神ちゃんはおっさんの眼前にふよふよと浮いたまま、にこやかな笑みを浮かべた。


「どうも、死神です」

「しっ、死神ぃいいいいいい!?」


 三人の男どもは互いの肩を抱き合うと、声を合わせてそのように叫んだ。彼らはそのまま尻もちをつくと、目を白黒とさせて辞世の句を述べたり神に祈ったりし始めた。少しして、彼らは〈とり憑かれたからといって、すぐさま死ぬわけではない〉ということに気がつくと、お互いの顔を見つめ合いながら苦笑いを浮かべた。


「そうだよ、冒険者ギルドの初心者講習でも習ったじゃないですか。死神は特殊な罠であって、命を狙ってくるモンスターとは違うって」

「そうだったそうだった。たしか、死んだら一発で灰になって、蘇生成功率が物凄く下がるんだったかな?」

「それは一大事じゃあないですか! 失敗したら、存在ごと消えてしまうのでしょう!? うわあ、やっぱり、もう終わったも同然だあ!」


 再び混乱を来たした彼らをぼんやりと眺めながら、死神ちゃんは久々に見る〈ごく普通の新米冒険者の反応〉に心なしかほっこりとした。死神ちゃんがにこにことしていると、いまだ挙動不審の男どもは口々に「何を笑っている!?」とどもった。死神ちゃんは謝罪すると、何のためにダンジョンに来たのかと彼らに尋ねた。すると、おっさんが咳払いをし胸を張った。


「私は、ここから結構離れたところにある町の、町内会長である」

「はあ……。町内会長さんが一体何でこんなところに? 町が違うから会費を請求されても困るし、回覧板も必要ないんだが」

「違うわ! 誰がダンジョンの罠である死神なんぞに会費を請求するか! でも、払ってくれるなら、喜んで受け取るぞ」


 そう言って、町内会長は満面の笑みを浮かべて〈金をよこせ〉というかのように手を出してきた。死神ちゃんが勢い良くそれを払いのけると、彼は「冗談も通じぬとは」とぶちぶち言いながら口を尖らせた。
 何でも、彼らは年越しの際に毎年ちょっとしたお祭りを行っているのだそうだが、例年同じようなことの繰り返しでマンネリ化してきたことを憂慮しているのだとか。そして来年は新しいことをしようということになり、遠い国で行われている〈餅つき〉というものを行ってみようと決めたそうだ。しかし、上手いことイベントを成功させられる自信が、〈話で聞いただけ〉の彼らにはなかった。だから、この目で〈本物〉を見て学ぼうと思ったのだという。


「だからって何で、それが〈ダンジョンにやって来る理由〉になるんだよ」

「このダンジョンに餅をつくモンスターがいると聞いたのだよ。視察もできて、ダンジョン産のアイテムを売り払って小銭稼ぎもできて、一粒で二度美味しいかなと思い、冒険者登録をしてみた次第である!」

「はあ、そう……」


 死神ちゃんが半眼で適当な相槌を打つと、町内会長はふんぞり返って偉そうに頷いた。死神ちゃんは溜め息をつくと、面倒くさそうにボリボリと頭を掻いた。


「じゃあ、とりあえず、それを探しに行く前に一階で俺を祓おうか。俺、お前らの遠足に付き合いたくないし。もしくは、今すぐ死んで?」

「貴様、見た目は可愛らしいくせに、やはり死神なんだな! そうやって私達の心を折ろうという魂胆か! だったらば、意地でも祓いになどいかんぞ! 貴様の言う〈遠足〉に、とことん付き合わせてやる!」

「うへえ、マジかよ……」


 死神ちゃんが盛大に顔をしかめると、町内会長は悠々と歩き出した。お供の若者二人が慌てて後を追い、死神ちゃんもトボトボとそれに続いた。
 死神ちゃんに大見得を切っていた町内会長だったが、モンスターと遭遇するたびにひどく怯え、若者達の後ろで震えながら「死にたくない。灰になりたくない」と涙ぐんでいた。そんな無様な状態を繰り返しながら、一行はゆっくりとダンジョン内を彷徨さまよった。
 同行することに飽き飽きしてきた死神ちゃんは、二言目には「もう死んで」と口にした。そのたびに、町内会長はぎゃあぎゃあと文句を垂れた。


「餅つきなんてさ、モノを用意したらやってみればいいだけだろうが。俺、もう本当に飽きたよ。帰りたいから、とっとと死んでくれないかな」

「ええい、うるさい! コツ的なものを、見て学びたいではないか! 意地でも死なん! 死なんぞ!!」

「だからって、若いの二人にだけ戦闘を押しつけるとか、お前、それはひどすぎるだろう。そんなんじゃあ、人望無くして会長職も更迭だな」

「何だとう!?」


 死神ちゃんと町内会長が言い合っていると、遠くの方からペタペタという音が聞こえてきた。町内会長は押し黙ると、お供を伴っていそいそと音のするほうへと近づいていった。――そこには、彼らのお目当てのモンスターがいた。

 二匹の可愛らしいうさぎが、一生懸命に餅をついていた。その餅は何故か赤い色をしており、辺りには鉄のような臭いが漂っていた。町内会長達ははじめ、熱心にうさぎが餅をつく様子を観察していた。しかし、その異様な色と臭いのことが段々と気になり始めた。そして、ようやく〈うさぎ以外〉に視線を移した。

 彼らが顔を青ざめさせると、二匹のうさぎは不気味な笑みを浮かべた。町内会長達は悲鳴を上げると、必死になって元来た道を走った。
 彼らの見た光景は、しっかりと彼らのトラウマとなった。もちろん、彼らの町で餅つきが行われることはなかったという。



   **********



「……というわけで、〈冒険者で餅つきしてるえげつないうさぎ〉がダンジョン内にいたんだけどさ。あれって、お前の親戚か何か?」


 死神ちゃんは天狐に抱っこされているうさ吉を見つめると、心なしか眉根を寄せて首を捻った。すると、うさ吉は神妙な表情を浮かべて溜め息をついた。


「あいつら、ボクとキャラが被ってるよねえ。とんだ営業妨害だよ」

「可愛いままえげつないことするのと、可愛いのがえげつない姿に変わるのとでは、どちらが恐怖だろうな」

「うえーん、ケイティーちゃーん! このピンクの悪魔、ボクのこといじめるよー!」


 うさ吉は泣きマネをすると、天狐の腕の中からぴょんと飛び出てケイティーに泣きついた。ケイティーはにっこりと笑うと、うさ吉を撫でながら言った。


「ねえ、うさ吉。ギャップ萌えっていう言葉、知ってる?」


 うさ吉は褒められたとばかりに頬を染めると、照れくさそうに身をくねらせた。死神ちゃんは上手いこと言いくるめられたうさぎのぬいぐるみを呆れ顔で見つめると、肩をすくめて溜め息をついたのだった。




 ――――なお、うさ吉の商売敵(?)は他にもいるのだとか。うさぎ界隈も競争が激しいようDEATH。
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