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* 死神生活一年目 *
第53話 死神ちゃんとハム③
しおりを挟む冒険者に修行スポットとして人気の三階の奥へとやって来た死神ちゃんは思わず声を裏返した。
「ハム!? お前、ハムなのか!?」
目の前の半裸の筋肉ダルマは死神ちゃんのほうを振り向くと、腕を広げて死神ちゃんへと走り寄った。そして、死神ちゃんを抱きしめると、厳ついフルフェイスのヘルメットの奥からくぐもった声で答えた。
「嬢ちゃーん! 久しぶりだな! 待ちわびてたぜ! さあ、俺の筋肉を査定してくれ!!」
ハムは死神ちゃんから離れると、そわそわとしながらポージングをし始めた。呆気にとられた死神ちゃんは、片手で頭を抱えながらハムを制した。
「いや、待て。待てったら。たしかに久しぶりだよ。でも、そんな何ヶ月ぶりってわけでもないだろう。なのに、何でそんな、一回りも二回りもデカくなってるんだよ」
「驚いただろう。俺はな、修行の末、結果にコミットしたんだ!」
何でも、盗賊団の凶弾に倒れたのが悔しかった彼は筋肉の強化に一層努めたのだそうだ。そして、どう頑張っても鍛えることのできない頭部については、仕方なくヘルメットに頼ることにしたらしい。
「普通こういうメットは剣士系の職業しか装備できないんだが、これはギルドの特別製でね。これで頭部は万全だし、俺の筋肉は今や〈重装備の君主〉を超えているからな! もうこれで、怖いものなんて無い! 今度こそ、俺は筋肉を極めたんだ!」
ヘルメットを小脇に抱えて誇らしげにポージングするハムに死神ちゃんは溜め息をつくと、呆れ果てた顔でポツリと言った。
「お前は、筋肉を何も分かっちゃいない」
「何!?」
「見せるための筋肉なら、それでも良いよ。でも、お前はボディビルダーではなくて冒険者だろ? 戦闘時に機敏に動けなきゃ、意味が無いだろうが。――脇が閉まらなくなってるし、動きも鈍くなってるじゃねえか。そもそも、お前、遅筋と速筋のバランスとか、全く考えていなかっただろう」
言い終えて、死神ちゃんはじっとハムを見つめた。すると、ぽかんとした顔でパチクリと瞬きしていたハムは片手を後頭部にあてがい、笑顔をくしゃりとさせた。それを見て、死神ちゃんは再び溜め息をついた。
「〈てへっ♪〉じゃねえよ。お前、しばらくトレーニング禁止な。一旦リセットかけて、鍛え直せ」
「そんな! やっぱり、嬢ちゃんは手厳しいぜ!」
「ていうかな、筋肉含め、身体の細胞ってのは三ヶ月ごとに入れ替わるんだよ。そのサイクルを無視して無茶をすると体を壊すだけだし、三ヶ月経たずに辞めると維持どころか元に戻ろうとするんだよ。――お前、その今の状態を保つために、きついトレーニング続けられんのかよ。無理だろ。もっと計画性のあるトレーニングをしろよ」
死神ちゃんがフンと鼻を鳴らすと、ハムは頭を抱えて悔しがった。するとそこに、盗賊団が現れた。いつぞやの賊とは違う集団で、こちらのほうが人数も多かった。ハムは気を取り直して拳を握ると、死神ちゃんに向かって叫んだ。
「たしかに俺は、トレーニング方法を誤っちまったかもしれねえ! でも、君主の装備を超えたのは確かなんだ! 嬢ちゃんには、是非それを見て、知ってもらいたい!」
言い終わるや否や、ハムはヘルメットを被り直して賊の集団に飛び込んでいった。
つけすぎた筋肉のせいで身体が重くなり動きも遅くなったとはいえ、相手はモンスターではなく、人間。しかも、他者から奪うばかりでまともに修行も冒険もしていないため、素人と言っても差し支えがないレベルである。だから、ハムは対象を難なく、そして次々に倒していった。そして案の定、ハムの強さに恐れをなした賊の一人が彼に向かって発砲した。
銃を構えた男は、倒れないどころかゆっくりとこちらに歩いてくるハムに更なる恐怖を覚え、もう二、三発撃った。ようやく歩みを止めたハムを見て賊の男はホッと息をついたが、すぐさまガタガタと震えだした。
「ふふふ……。ふははははは! 銃など効かん! 効かんぞ! ――ふんッ!」
そう言って高笑うと、ハムは身体中に力を込めた。すると、潰れてくず鉄となった弾丸がハムの体からポロッと剥がれ落ちた。弾丸はハムの体を傷つけることすらできておらず、ただ肌を赤く色づかせただけだった。
「はっはっはっ! 蚊に刺されたくらいにしか、感じねえなあ! ――どうだ! これが! 君主の重装備をも超える筋肉の力! この最強の俺から物盗りが出来るものなら、してみるがいい!」
ハムが胸を張ると、賊は恐れをなして逃げていった。
ハムが嬉しそうに死神ちゃんを振り返ると、死神ちゃんはパチパチと拍手をした。気を良くしたハムは「今なら四階の敵も楽勝な気がする」と拳を握ると、颯爽と下階へと続く階段へと走っていった。死神ちゃんが慌てて後を追いかけると、ハムはモンスター相手でもまあまあ善戦していた。そして、階段を降りて少し行った先で、ハムと死神ちゃんは火吹き竜と遭遇した。
立ち位置を考え、竜の吐く炎を避けながら少しずつ攻撃を行っていたハムだったが、体力のあるドレイクは中々手強く、ハムは徐々に疲弊していった。そして、重くなった体のせいで、ハムはとうとうドレイクの攻撃を避けきれなくなった。ドレイクの爪を受け膝をついたハムは、炎を全身に浴びた。しかし、ハムはそれでもめげずに鬨の声を上げると、吐き出され続ける炎をかき分け、炎の外へと顔を出した。
まるでその中で泳ぐかのように浮上し、顔を出したハムを一身に見つめていた死神ちゃんは、汗ばんだ手をギュッと握りこんだ。しかし、目を輝かせて期待する死神ちゃんを裏切って、ハムはサラサラと崩れていった。
「ハムぅぅぅぅぅッ!!」
「また、会おう、な……。嬢ちゃ……ん……」
**********
死神ちゃんがしょんぼりと肩を落として待機室へと戻ってくると、モニター前の床でマッコイが膝をついてうずくまっていた。その周りには同僚が数人、壁に手をついたり、マッコイと同様に膝をついて背中を丸めていた。彼らは〈笑い転げすぎて、もう声も出ない〉という体でひいひいと息をつきながら身体をふるふると震わせていた。
いまだ笑いのツボを押されたまま復帰ができないマッコイの代わりに、壁にもたれかかっていた同僚達が笑いを堪えながら切れ切れに言った。
「班長が変な反応するから、俺らもモニター覗いたんだよ。そしたらさ、筋肉ダルマが……フンッて銃弾……」
「しかも、炎の中をドヤ顔で泳ぐとか……。ホント、この世界のヤツらって、おかしいとしか……」
「やべえ、薫ちゃん、マジ話題に事欠かないな。こんなに笑ったの、久々だよ。マジでウケるわ! ありがとう、薫ちゃん!」
死神ちゃんは〈納得がいかない〉という顔つきで、マッコイと同僚達をじっとりと見つめたのだった。
――――鋼に勝るといえども、ブレスや魔法まで防げるわけではない。だからやっぱり、筋肉は程々にしてきちんと装備をしたほうがいいと思うのDEATH。
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