転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活一年目 *

第33話 死神ちゃんと夜の蝶

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 死神ちゃんは管理業務のためにモニター前にいたマッコイと一緒に、たくさんある画面を眺めていた。すると画面のひとつをぼんやりと眺めながら、マッコイが「あら」と声を上げた。


「何、どうした?」

「今、六階に冒険者が降りてきたのよ。大抵の冒険者が五階までで引き返すから、珍しいなと思って。――六階降りてすぐの辺りはね、五階のサロンのような〈罠施設〉がたくさんあるのよ。この機会を逃すと次はいつ六階に出動できるか分からないし、興味があるなら、この冒険者の担当として割り当ててあげるけど。……見に行ってみる?」


 死神ちゃんが目を輝かせて元気よく頷くと、マッコイはニコリと笑って機械の認証スキャナに腕輪をかざした。そして責任者コードを入力すると、手動で担当の割当処理を行った。
 電子掲示板に死神ちゃんの社員番号と〈六階へ〉という指示が表示されると、死神ちゃんはワクワクを胸に飛び出していった。



   **********



 死神ちゃんをおんぶした冒険者が、めそめそと泣き始めた。自分以外のパーティーが全滅してしまった彼は、本当ならば地上に向かいたかったらしい。しかし、手持ちの地図は不完全なものだわ、探索不足だわで迷子になった挙句、うっかりシュート穴で下階へと落ちてしまったのだそうだ。
 落下による衝撃で怪我を負ったため、もしもモンスターと遭遇してしまったら一巻の終わりなのであるが、彼の中では既に〈もう終わっている〉ようだった。すすり泣きながら重たい足を引きずる姿はまるで〈葬式にでも赴く〉かのようであったのだが、そんな雰囲気に似つかわしくない人物が、彼と死神ちゃんの行く先で待ち構えていた。
 その人物は、気だるげにペチンペチンと手を打ち合わせながら、やる気のない声で言った。


「お兄さん、いかがっすか。網タイツ、パッツンパッツン」


 泣いていたはずの冒険者は、呆気にとられすぎて哀しみを吹き飛ばした。死神ちゃんも、目の前の光景が理解できずに顔をしかめさせた。すると、目前の人物――いわゆる水商売の黒服の格好をした男が、一瞬だけこちらに視線を向けた。そしてまた、何事も無かったかのように手を打ち鳴らした。


「当店内はセーフティーゾーン。安全地帯。休んでいくのにちょうどいいよ。さ、いかがっすか。お兄さん、いかがっすか」


 〈安全地帯〉という言葉に反応すると、冒険者は来店の意向を黒服に伝えた。すると、黒服はやる気がなかったのが嘘だとでもいうかのようなハイテンションで、冒険者を店へと案内した。

 黒服に促されるまま冒険者とともに入店した死神ちゃんは、入店するやいなや〈トゥンク……〉という音を久々に耳にした。それと同時に冒険者の背中から投げ出され、死神ちゃんは慌てて飛行靴でバランスを取った。そのまま冒険者の前方へと回り込んでみると、彼はうっとりとした表情で何かに魅了されていた。


「……ここ、安全地帯じゃなかったか? 何で魅了されてるんだよ」

「ああ、それは、私のフェロモンが強すぎるからだわ。魅了する気は全く無いのだけど、勝手に魅了されちゃうのよね」


 腑抜けた冒険者の顔を苦々しく見ながら死神ちゃんが呟くと、どこからともなく返答があった。その声のほうを向いてみると、やけに色気のある女が科《しな》を作って立っていた。どこをどう見てもキャバ嬢な彼女は、どうやらサキュバスのようだった。
 ダークエルフや吸血鬼亜種モーラのヘルプ嬢を引き連れた彼女は、冒険者を赤い革張りのソファーへと誘い、メニュー表を差し出した。


「何で、キャバクラ?」


 その様子を眺めながら死神ちゃんが首を傾げさせると、サキュバスが爽やかな笑顔を死神ちゃんに向けた。


「キャバだけが売りじゃなくてよ。奥にはVIPルームがあって、金額次第ではにゃんにゃんすることだって出来ちゃうんだから。つまり、そう、言うなればここは〈大人の社交場〉なのよ」

「爽やかな笑顔でサラッと言うことじゃないよな。ていうか、だから、何でこんなダンジョン内で〈社交場〉なんだよ」


 死神ちゃんが険しい顔をすると、サキュバスが一転して腹黒く笑った。


「お金も精もカッスカスになるまで絞りとって、心も体もボッキボキに折るために決まってるじゃない」

「えげつねえな!」


 死神ちゃんはドン引くとともに、勢い良く冒険者に視線を走らせた。しかし、彼はすっかり魅了されきっているようで、彼女の腹黒発言は一切耳に入っていないようだった。
 キャバ嬢達と楽しく会話をしながら、冒険者は手当をしてもらった。そして軽食とソフトドリンクを注文すると、再び楽しそうにカードゲームを嗜み始めた。

 完全に孤立した死神ちゃんは溜め息をつくと、店の一角にあるバーカウンターに移動した。椅子に腰を掛けると、整髪油でかっちりと髪を整えたちょび髭の男が手にしたグラスから目を離すことなく「何かお飲みになりますか」と聞いてきた。死神ちゃんが仕事中だからと断ると、彼はようやく死神ちゃんをちらりと見た。そして一瞬驚いたような表情を浮かべると、ニヤニヤと笑いながら身をクネらせた。


「あらやだ、誰かと思ったら、華麗な連携技でマッコイをした渋ダンディーじゃないの! ねえねえ、あれからどうなの? 進展は? 教えなさいよ! そう言えば、あんた、ヤる分にはどっちでもイケるんでしたっけ? それって、行為だけ? それとも恋愛的嗜好でも両刀なの? あ、ちょうど、ここ、ベッドあるし、私が試してあげましょうか? マッコイには悪いけどもさ。――あー、でも、幼女のままじゃあ駄目ね。ねえ、どうしたら渋ダンディーに戻るのよ?」

「……はい?」


 死神ちゃんがご機嫌斜めに眉根を寄せると、ちょび髭はクスクスと楽しそうに笑った。アリサが騒動を起こした日、彼はちょうど仕入れのために社内を彷徨《うろつ》いていたそうで、偶然にもあの騒ぎを目撃したのだそうだ。それを聞いた死神ちゃんは眉間の皺を一層深くさせて目を見開くと、カウンターに肘ついて丸めていた背中を真っ直ぐに伸ばした。


「お前かーっ! アルデンタスさんにあることないこと吹き込んだオカマは!」

「いやだ、そんな、褒めないでちょうだいよ」

「褒めてねえよ! 俺もマッコイも迷惑してるんだよ!」





「えー、だってー」

「だってじゃねえよ! ふざけやがって、他にはどんなこと言いふらした――」

「ちょっとちょっと、渋ダンディー、あの冒険者、そろそろお会計みたいよ。お仕事に戻らないと」


 依然おかんむりの死神ちゃんを気にすることなく、ちょび髭は食い気味にそう言った。死神ちゃんは我に返ると、急いで冒険者の元へと戻っていった。
 戻ってみると、彼はボッタクリな金額の書かれた伝票を手にガクガクと震えていた。あまりにも非常識な額を見て、魅了もすっかり解けたようだった。


「いやあね。高山の山小屋で食べる質素なカレーが、どうしてべらぼうに高いか、お分かり? そこまで材料を運ぶのが大変だからよ。だからこれは、ボッタクリじゃなくて正当な請求代金なのよ!」


 愕然と膝をつく冒険者と、それを冷ややかに見下ろすキャバ嬢を、死神ちゃんは渇いた瞳で見つめた。社内から仕入れているのだから、材料入手の手間なんて〈近所のお店に買いに行く〉程度だ。高山だなんて、ホラもいいところだ。しかし、ここは〈冒険者の心も身体もボッキボキに折る場所〉。キャバ嬢のホラは効果てきめんで、冒険者は六階に降りてきたとき以上に顔面蒼白となっていた。

 冒険者は泣きながら財布の中身を全部出したが、それでも足りなかった。すると奥から黒服姿の厳ついミノタウルスが出てきて、恐怖で取り乱した冒険者は慌ててその場から逃げ去ろうとした。そして、足を滑らせ、頭を激しく打ち付けた。
 折角傷の手当をし、体力も回復させたにもかかわらず、打ち所が悪かったせいで彼は灰と化してしまった。一度奥に引っ込んだミノタウルスはちりとりと箒を持って再び顔を出すと、悲しげな表情で〈冒険者の成れの果て〉をかき集めた。


「『足りない分は、皿洗いしていく?』って聞きたかっただけなのに、そんなに驚かなくても……」


 きっと、このミノタウルスは〈この店唯一の優しい人〉なのだろう。灰を袋に詰めながら、しょんぼりと肩を落としていた。そんな彼に同情にも似た労《ねぎら》いの言葉をかけると、死神ちゃんはとぼとぼと待機室へと戻っていったのだった。




 ――――夜の蝶には毒がある。だから、火遊びするなら慎重にならなければならないのDEATH。
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