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* 死神生活一年目 *
第22話 死神ちゃんと保護者
しおりを挟む死神ちゃんが〈担当のパーティー〉を探して彷徨っていると、突如、悪寒が全身を駆け巡った。どこぞのストーカーに追い回されたときと同じような、ねっとりとした視線を感じて、体中の毛という毛が逆立つようだった。
死神ちゃんは警戒するように辺りを見回しながら、ゆっくりと前進した。すると、曲がり角で品のある女と遭遇した。先ほど地図で見た座標的にも、彼女が今回のターゲットであることは間違いなかった。嫌な予感もするし、さっさと一仕事終えて待機室に戻ろうと思った死神ちゃんは、〈とり憑き〉を行うべく女に笑顔を振りまいた。――笑顔で油断させて、そつなくとり憑こうという算段だ。
女は気品溢れる笑顔をふんわりと浮かべた。しかしそれも一瞬のことで、彼女はカッと目を見開くと、地鳴りのような声で「見つけた」と呟いた。
「ようやく見つけたぁわよぉ……。あなたみたいな悪い子ぉはぁ、お仕置きが必要よねぇぇぇ……」
「はあ!? 何だよ、何のことだよ!?」
まるで蛇が獲物に巻き付くがごとく、女は死神ちゃんを抱きしめて離さなかった。死神ちゃんはジタバタと暴れたが、動けば動くほど女の腕がぎゅうぎゅうと死神ちゃんの体を締め付けてきた。
「可哀想な盗賊団の坊や達……。仲間だと思ってたあなたに裏切られて、本当に可哀想だったぁわぁ……。私が責任持って死体と灰を回収して、教会で復活してもらって、今は私の家で厳重に保護してぇるわぁ……」
どうやら彼女は、先日の追い剥ぎ達を助けてやり、さらには面倒を見てやっているらしい。死神ちゃんはふと気になって、彼女に質問をした。
「厳重に保護って、どういうことだよ」
「お外は危ないから、外に出られないように何重にも鍵をかけて――」
「それって監禁って言わねえか?」
「保護よ! 保護なのよ! 私は、世界中のちびっ子達の保護者なぁのよぉ!」
言葉に少々の訛りがある彼女は、ここから遠く離れた村の出身で、とにもかくにも〈小さな子〉が大好きなのだそうだ。〈本物の子供〉はもちろん小人族もイケるクチだそうで、冒険者になれば小人族の里を訪れなくてもたくさんの小人族と出会えると思い立ち、ダンジョン近くにわざわざ引っ越してきたのだとか。
「それで早速、可愛い子ちゃんを探して彷徨っていたのぉうお。そしたぁら、あなぁた達を見つけぇて。微笑ましいわと思って観察していたぁら、まさかあんなこぉとになるだぁなんて……」
「今、さらっと〈観察〉って言ったよな。怖えよ」
残念なことに、死神ちゃんの素直な感想は彼女の耳には届いてはいなかった。彼女は親指の爪をカリカリと噛みながら、虚空を見つめて何やらぶつぶつと呟いていた。耳を澄ましてみると、彼女は「保護しなきゃ。この子もしっかり保護しなきゃ。私がいい子に育てるのよ」と繰り返していた。
死神ちゃんの背筋はゾッと凍りついた。女の腕を何とか振り解くと、死神ちゃんは慌てて天井ギリギリまで浮かび上がった。すると、彼女は精一杯背伸びをするのではなく、逆に精一杯身を屈ませた。その姿勢でじりじりと近づいてくるのが、本当に気味が悪いと死神ちゃんは思った。
「言っとくけどな、俺は連れては帰れないぜ。なにせ、死神だからな」
「あら、どぉして死神だと連れて帰れないぃのよぉ」
「思い出せよ。冒険者ギルドの登録時講習で〈死神罠〉について習っているはずだろう?」
女は〈死神罠にかかった者は、死亡するか教会でお祓いを受けない限りはダンジョン外に出られない〉ということを思い出したのか、一瞬残念そうに肩を落とした。しかし、すぐさま明るい笑顔を浮かべた。まるで〈いいことを思いついた〉とでも言うかのように。
「一階の露店街の空きスペースを借ぁりてぇ、そこで保育園を開きぃましょう。そうすれば、小人族の坊や達もあなたも、保護することが出来るようになぁるわぁ!」
「自分の欲望のためなら、どこまでもポジティブになれるって凄いな!」
死神ちゃんが呆れ果てると、彼女は褒められたとでも言うように頬を染めて喜んだ。そんな彼女を見て、死神ちゃんはぐったりと肩を落とした。
善はいそげと言わんばかりに、彼女は一階へと引き返した。そして冒険者ギルドの出張所にて〈出店料はいくらかかるのか〉などの質問をしたのだが、〈問い合わせは本部にしてくれ〉と追い返された。
一旦地上に帰らなければならないことが確定した彼女は悲しみで背中を丸めると、とぼとぼと教会へと入っていった。
〈祓いの儀式〉によって彼女から開放された死神ちゃんは心の底からホッとして、安堵の気持ちが思わず顔に出てしまった。すると、それを見た彼女は盛大に傷つき、絶対に諦めないわという捨て台詞を吐きながら走り去っていった。
後日、お祓いリアクション選手権の週間MVPを獲得したということで、賞金の入ったポチ袋をマッコイから手渡された。安堵の笑顔が金一封獲得の決め手となったことにもやもやとした思いを抱きながら、死神ちゃんは無言でポチ袋を見つめたのだった。
――――保護者の保護も度が過ぎると、それはもはやモンスターと変わりがないのDEATH。
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