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* 死神生活一年目 *
第10話 殺し屋ダンディズム
しおりを挟む死神ちゃんは悩んでいた。幼児のように感情の起伏が激しく、気持ちがすぐさま表情や言動に現れるということを。どんなことにも動じない冷静沈着な殺し屋〈死神〉が驚いて叫び恐怖で涙し、挙句の果てには一度〈幼女スイッチ〉が入ると疲れきるまでは泣きやめない。言葉遣いだって、生前の年齢相応なものではなく、若干お子様じみた砕けた話し方になってしまっている始末だ。
生前のように冷静で狡猾で、スタイリッシュでスマートだったら。〈尖り耳狂〉にも〈にんげんがたのいきもの〉にも、もちろん他の冒険者にだって遅れをとることはなく、好き勝手などさせてはいなかったはずだ。これは、この事態は、死神ちゃんの殺し屋としての、ひいては漢としての信条や美学にとても反することである。――そう思った死神ちゃんは〈感情のコントロール〉と、〈幼児らしさを逆手にとって武器にする〉ための訓練を行うことにした。
そんなわけで、ある日、死神ちゃんはラウンジにある姿見と睨み合っていた。自分の部屋にはまだ、小さな鏡すらなかったからだ。泣き顔、笑い顔、怒り顔――どうやったら〈いかにあざとく、見た者の心を掴む〉のにベストに見えるのかを、表情だけでなくポーズもつけて研究した。
鏡の前で一喜一憂している死神ちゃんを、寮の仲間達は笑いを必死で堪えながら見守った。同居人達の生暖かな視線に気がついた死神ちゃんは、真っ赤な頬を膨らませて盛大に怒った。
またある日、死神ちゃんは共用リビングの隅で座禅を組み、瞑想をしていた。どうしてリビングでなのかというと、どんなことがあっても集中を切らさず冷静でいられるために、敢えて騒がしい場所を選んでのことだった。
しかし、気がついたら一人、また一人と死神ちゃんの横で座禅を組む者が増えていった。生前は僧侶だったという寮民までもが乗り出してきて、どこから持ってきたのか、ご丁寧にも警策という座禅の必須アイテムを手に持ち、死神ちゃん達の背後を彷徨いた。こうして、座禅瞑想は完全にサークル活動と化した。
「薫ちゃん、最近さ、座禅組んだり鏡の前でポーズ決めたり、何だか楽しそうだよな」
「こちとら、遊びでやってるわけじゃあないんだよ」
同居人のうちの一人が笑うのを、死神ちゃんは睨み返した。そして事情を説明すると、興味津々とばかりに同居人達が集まってきた。
「そう言えば薫ちゃんって、生前は殺し屋だったんだよな」
「おう、スナイプ専門のな。でも、最初から殺し屋だったわけじゃあなくて、その前はある組織で諜報員をしていたんだよ。だから、俺に備わっているのは殺しの技だけないぜ。潜入から拷問から、そして女を口説くのだって朝飯前さ」
「女の口説き方!? 教えて下さい、十三先生!!」
「諸君、そんなに知りたいかね。いいともいいとも」
死神ちゃんは得意気に笑うと、男達の輪の中で熱弁を振るった。すると聞き覚えのある声で「おもしろそうじゃのう」と聞こえてきて、意気揚々と講釈を垂れていた死神ちゃんは話すのをピタッとやめた。
周りのみんなと一緒に声のあったほうへと視線をやると、そこには何故か天狐がいて、キラキラとした目で死神ちゃんを見つめていた。死神ちゃん以外の全員が慌てて頭を下げると、天狐は自慢気に胸を張って両の手を腰に置いた。
「皆の者、面を上げよ! わらわはただの〈お友達のおうちに遊びに来た、ごく普通の女子〉なのじゃ! だから、そう畏まることはないのじゃ!」
「ていうか、ここ、入居者以外は入館手続きが必要なんだが。ちゃんとそれ済ませてから上がってきたんだろうな?」
「お花、それは決まっておるじゃろ。〈四天王〉の権威を盛大に振りかざしたのじゃ!」
「それのどこが〈ごく普通の女子〉だよ!」
「まあまあ、そう固いことを言うでない! ――で、一体何を話しておったのじゃ?」
死神ちゃんは溜め息をつくと、今までのことをざっと説明した。すると、尻尾をふりふりしながら興味深げに聞いていた天狐が、片手を胸に当てて不敵に笑った。
「ではお花、わらわを口説いてみるがよい! わらわを落としてみせるのじゃ!」
「いや、でも――」
「皆に実践で見せるのじゃ! もしや、わらわを籠絡する自信、お花にはないのかのう?」
ニヤリと笑う天狐を、死神ちゃんは真顔で見返した。そしてフンと漢の笑みを見せると、いいだろうと言って天狐に近づいた。
「いいか、男性諸君。我々、男というものは即物的な生き物だ。だから〈一刻も早くヤりたい〉と焦りがちだが、女は違う。女というのは、雰囲気やストーリーをとても大事にする。だから、焦らずゆっくり、丁寧に。こう、余韻というものを意識しながら、そっと割れ物を扱うように――」
言いながら、死神ちゃんは天狐の長い金髪をそっと指で梳き、触れるか触れないかくらいのタッチで頬をゆっくりと撫でながら、間合いを詰めて腰に手を回した。ほとんど瞬きをせず、じっと天狐の瞳を見つめ、優しく彼女を抱き寄せる。そしてその間もゆっくりと頬をなぞっていた指は顎に到達し、天狐の顎はクイッと持ち上げられた。
天狐の顔はみるみるうちに真っ赤になった。そして、ぷるぷると小刻みに震えだした。
その様子を、同居人達は静かに見守っていた。見守っていたのだが――
片方は男前で爽やかな微笑みを浮かべていて、もう片方は恥ずかしさで死にそうとでも言いたげにもじもじとしている。これが美男美女のラブシーンだったら、どんなに格好のつく素敵で素晴らしい一幕だったであろう。しかし、目の前の二人は、どうみても幼女だ。幼女と、幼女なのだ。幼女が絡み合っているのだ。
二、三人くらいは関心の眼差しで死神ちゃんを見ていたが、他の大勢は笑いを堪えるのに必死だった。
「おおおお花、お主、中々の〈てくにしゃん〉のようじゃのう。しかし、わらわは〈れでぃー〉じゃからな、そう簡単には靡かないのじゃ! ――うにゃ!? 何がおかしい! 何故笑うのじゃ!」
「それはお前が、レディーの割に可愛らしい反応をするからさ。それとも、淑女だからこその反応なのかな?」
「うにゃああああ! もうやめるのじゃ! もうやめるのじゃ!!」
天狐は死神ちゃんを押しやって一旦距離をとると、死神ちゃんをポカポカと叩いた。死神ちゃんは叩かれながら、勝ち誇ったように笑った。そして必死に笑いを堪えていた面々は、とうとう耐え切れずにどっと笑い出した。
何故笑うんだと怒り心頭の死神ちゃんの横で、天狐はいまだにぷるぷると震えていた。そして、観覧者の中にも一人、ぷるぷると震えている者がいた。――ペドである。
天狐のあまりの可愛らしさに興奮し過ぎたペドは、相手が〈組織の偉い人〉ということも忘れてうっかり天狐に飛びかかろうとした。そして、びっくりした天狐に焼き払われた。反射的に飛び出した大量の狐火に襲われたペドは、幸せそうな表情でプスプスと煙を上げながらバッタリと倒れた。
「おい、誰か、ロープ持って来い、ロープ! 身体が再生する前に縛っとこうぜ! こいつ、放っといたら危ないって!」
「やばっ、もう再生し始めた! 早く! 早く縛れ!!」
言っていることの割に楽しそうな様子の同居人達を横目に、死神ちゃんはげっそりとした顔で溜め息をついた。すると、艶々とした笑顔の天狐がこんな状況を気にすることもなく、ホウと甘ったるい息をついた。
「それにしても、本当に凄かったのう。お花は相当な〈てくにしゃん〉じゃな!」
「ふふふ。そうだろ、凄いだろう」
「わらわもいつか、こんな風に殿方に口説かれたいものじゃ」
「そんな日が来るのは、少なくともあと十数年は先だろう」
「たしかにそうじゃがの!? そうはっきり言ったら駄目なのじゃ! にしても――」
天狐は一拍間を置くと、とても朗らかな声で言った。
「お主ら、一体、いつこの技を使う気なのじゃ? お主らの生活の中では、最も活かしようのないものじゃろう」
天狐は悪意のない、とても素直で明るい笑顔を浮かべた。それに反して、死神ちゃんを含め、そこにいた全ての非リア充な男達が悲しみと切なさのあまり、石像にでもなったかのようにピシッと動かなくなった。
天狐が不思議そうに一同を見渡しながら首を傾げると、そこにマッコイがやって来た。困り顔を浮かべた彼は天狐を抱き上げると、窘めるように言った。
「もふ殿、ここにいらっしゃんたんですね。さ、おみつさんがお迎えに来てますよ」
「ぬ!? マッコ、わらわはいない、ここには来ていないと伝えるのじゃ!」
「だーめーですっ! 勝手に抜け出してくるもふ殿が悪いんですよ? せめて〈宿題〉を終わらせてから、いらっしゃればよかったのに。おみつさん、カンカンに怒ってましたよ」
「何じゃとっ!? それは余計に帰りとうないのじゃ! マッコ、下ろすのじゃ! 早く下ろすのじゃ!」
ジタバタと暴れる天狐を、マッコイはしっかりとホールドすると問答無用で連れ去った。リビングには天狐の「いやじゃー!」という悲鳴がこだましたが、それが消えてもなお、動く者は誰一人としていなかったのだった。
――――小さな子どもの素直な反応って、どんなキルスキルよりも効果が高いと思うのDEATH。
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