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* 死神生活一年目 *
第8話 * おおっと! * 死神ちゃん
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〈尖り耳狂〉に散々な目に合わされた日の翌日。死神ちゃんは待機室のソファーの上で膝を抱えて体育座りをしていた。ふてくされ顔を膝に埋めた死神ちゃんは、ご機嫌斜めオーラをバシバシと溢れさせていた。
マッコイが隣に腰を掛けると、死神ちゃんは少しだけ顔を上げて彼を睨んだ。
「なあ、俺は〈クレーム担当〉的な何かなのか? どうしてこうも、変人変態ばかりアサインされるんだよ」
マッコイは困ったように笑うと、申し訳なさそうに肩を落とした。
「どうしてなのかしらねえ……。アタシ達班長にも、よく分からないのよ。もしかして、システム管理のほうで何か意図的に組んでいるのかしら? でもね、今後、きっともっと増えるかもしれないわよ」
「……はい?」
「薫ちゃんが一番最初に相手した幼女好き戦士。彼がね、無事に蘇生を果たしたあとに広めたらしいのよ。〈幼女の姿をした死神がいるこのダンジョンは楽園のようだ〉って。おかげさまで、ダンジョン創設時と同等の来場者数を記録中だそうでね――」
「あいつが触れ回ったってことは、もちろんのごとく、変態ばかりが増えたってか」
マッコイが気まずそうに頷くと、死神ちゃんは顔を膝に埋めてグズグズと鼻を鳴らし始めた。〈幼女スイッチ〉が入りかけている死神ちゃんを必死に励ますと、彼は「同じくらい、ごく普通の冒険者もいるから」と言った。その直後、死神ちゃんに出動要請が出た。死神ちゃんはグジグジと目元を拭うと、トボトボとダンジョンへと向かっていった。
**********
今回の〈担当のパーティー〉はソロ探索中のド新人戦士だった。彼は死神ちゃんと遭遇すると恐怖で悲鳴を上げ、必死で逃げ回り、足をもつれさせて勝手に転んだ。上手く立ち上がれずに地べたをのたうち回る彼にタッチして、死神ちゃんはすんなり〈とり憑き〉を成功させた。そして思わず、深い深い溜め息をついた。
「ひいっ……! 何!? 同情ですか!?」
涙目で怯える戦士に、死神ちゃんは感慨に耽った調子でぼんやりと答えた。
「いや、今まで、変態にしか遭遇しなかったから。これが〈普通の冒険者〉なんだなあと思って……。本当に、ちゃんと〈普通の冒険者〉もいるもんだなあと……」
散々っぱら怯えきっていた戦士が、死神ちゃんを同情の目で見つめてきた。さすがの死神ちゃんも、「同情ですか!?」と泣き叫んだ相手に同情されるのは腹が立った。そして頬を膨らませると、死神ちゃんは戦士の額をひと叩きして当たり散らした。
**********
「なあ、お前、何度この道を通れば気が済むんだよ……」
「えっ!? また同じ道通ってた!? だったら何で通る前に教えてくれないんだよ!」
「いやだって、教える義理もなければ、そもそも教えること自体ご法度だし」
「えええ、そんなあ! 別にいいじゃないか、僕と死神ちゃんとの仲だろ!?」
「どんな仲だよ、どんな」
戦士は溜め息をつくと、よいしょと掛け声を上げながら死神ちゃんをおんぶし直した。――死神ちゃん一行はかれこれ小一時間、同じところをグルグルと彷徨っていた。
三階までは冒険者ギルドで地図が販売されているのだが、彼は冒険者としての腕を磨くためにも、自力で地図を作ろうと思い購入しなかったそうだ。それが仇となり、二階という浅瀬も浅瀬で迷子になり、三階に降りることもできず一階にも戻れずで困っていたのだとか。
彼はクスクスと肩を揺らしながら笑うと、朗らかな声で言った。
「いやあ、それにしても。初めて死神と遭遇したけどさ、全然大したこと無かったなあ」
「何言ってんだ、お前。ギャーギャー泣き喚いてただろうが」
「いやでも、死神ちゃん、可愛いし。それに、さっき叩かれたのだって全然痛くなかったし」
「それ、残念ながら〈とり憑き〉後の死神の特性ってだけだから。今度、またお前と会うことがあったら、その時はズタボロに痛めつけてからとり憑いてやるよ」
「あはは、一生懸命ゲス声ゲス笑いしても、全然怖くないよ。可愛いだけだよ、死神ちゃん。ていうか、女の子がそんなはしたないことをしてはいけません」
楽しそうに、そしてまるで保護者のような口ぶりでそんなことを言う戦士に、死神ちゃんは再びムカッ腹が立った。
「うるせえな! ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと歩けよ! ふざけたこと抜かしてると今すぐ灰化させんぞ!?」
「ちょっ……やめて! やめて!! 暴れないで! ごめんって!!」
ジタバタと暴れる死神ちゃんが落っこちないように必死でバランスを取りながら、戦士は謝り倒した。怒り冷めやらぬ死神ちゃんは定期的にぷすぷすと怒りを溢れさせては、戦士の背中から落ちそうなほど暴れ回った。
ようやく一階に続く階段を見付けた死神ちゃん一行は、ダンジョンの出入り口を目指して歩き続けた。出入り口に近づくに連れて賑やかさが増し、さながら街のような活気すら感じられるようになった。
簡易的とはいえ武器・防具屋や道具屋などが並ぶのを興味津々とばかりに死神ちゃんが眺めていると、戦士が「もしかして、ここに来るのは初めて?」と聞いてきた。
「まさか、ダンジョンの一角が街みたいになっているだなんてな。驚いたよ」
「出入り口付近は完全に冒険者ギルドが管理できてるからね。モンスターも出なければ、死神罠発動までのカウントダウンも止まる〈安全地帯〉だし。……さてと、着いた着いた」
そう言いながら戦士が立ち止まったのは、なんと教会の前だった。死神ちゃんがギョッとして「うぇぇ!?」と変な声を上げると、戦士はしれっとした声で言った。
「ここで死神をお祓いしてもらわないと、僕ら冒険者は地上に帰れないんだよね」
(マジかよ、お祓いってなんだよ!? マッコイからも他の班長達からも、何も聞いてないぞ……!? 死にはしないだろうが、身の危険は無いんだろうな!? 大丈夫だよな!?)
死神ちゃんは大量の脂汗をかいた。戦士はそんなことを気にすることもなく、背中からおろしていた死神ちゃんの手を引きながら「すみませーん」と教会に足を踏み入れた。すると、何だか胡散臭くて小汚い爺さんが面倒臭そうに顔を出し、死神ちゃんをちらりと一瞥するなりフンと鼻を鳴らした。
「お前さん、レベルはいくつかね?」
「えっと……まだニです」
爺さんは持っていたそろばんをパチパチと弾くと、それを無言で戦士に見せた。値段を見て驚愕した戦士がガックリとうなだれつつも金を支払うと、爺さんは満足そうに頷いてパチンと指を鳴らした。
すると、どこからか音楽隊がやって来て、荘厳な音楽を奏で始めた。それに合わせて、音楽に不釣り合いなほど不思議で滑稽な踊りを踊る爺さん。そんな爺さんに対して頭を下げ、じっと待機する戦士。――しかし、死神ちゃんはこの珍妙な光景を楽しめる余裕などなかった。だりだりと汗をかきながら、自分の身を案じることしか死神ちゃんには出来なかったのだ。
突然、爺さんが踊るのをやめた。それと同時に音楽もぴたりと止まった。満足気に艶々とした笑顔を浮かべながら、爺さんはホウと息をついた。
「さて、気分も盛り上がったし、ちゃっちゃとお祓いするかの」
「えっ!? 気分の問題!? 儀式とかじゃなくて!?」
戦士が驚いて顔を上げ、死神ちゃんもショックで眉間にしわを寄せ、目を真ん丸く見開いた。爺さんは「うるさいのう」とぶつくさ文句を言いながら、死神ちゃん達に近づいてきた。そして、むんずと〈呪いの黒い糸〉を掴んだ。
通常、〈黒い糸〉は人には見えない。それを爺さんが安々と掴んだということが、死神ちゃんにとって結構な衝撃だった。しかし、衝撃はそれで留まることはなかった。――小枝をポキッと折るような感覚で、爺さんがいとも簡単に糸をちぎり取ったのである。
あまりの信じられなさに、死神ちゃんはより一層眉間のしわを深くして、目をこれでもかと見開き、そしてふわふわの髪の毛をブワッと逆立てた。
「ほれ、お前さん、もう帰ってよいぞ」
爺さんは死神ちゃんを見やると、犬でも追い払うかのようにシッシッと手を振った。そのぞんざいな扱いに、死神ちゃんはさらにショックを受けた。
死神ちゃんはぷるぷると震えると、目に涙をたくさん溜め込んだ。そしてあんぐりと開けていた口を固く閉じて俯くと、ボタボタと涙を落とし始めた。戦士は何だか非常に申し訳ないことをしたような気がして、大層胸を痛めた。
「あの……死神ちゃん……?」
戦士がおずおずと声をかけると、死神ちゃんは勢い良く顔を上げてキッと戦士を睨んだ。
「覚えてろよな! うわああああああ!」
そんな捨て台詞を泣き叫びながら、死神ちゃんは教会から走り去った。
後日、死神ちゃんは寮長室に呼び出された。死神ちゃんが顔を出すと、マッコイが嬉しそうに手招きをした。彼は仕事机の一番大きな引き出しから金庫を取り出すと、その中から何やらを取り出した。――給料とは別に手渡しで貰える金一封でお馴染みの、例のぽち袋だ。
「えっ、俺、ここ最近、金一封を貰えるようなことをしたか? それらしい記憶が無いんだが……」
「おめでとう、薫ちゃん! 見事、お祓いリアクション選手権の月間MVP獲得よ! これはその賞金よ、はいどうぞ!」
「お祓いリアクション選手権……?」
彼が言うには、〈教会で祓われる際、いかに冒険者の心にダメージを負わせられるか。そのリアクションの良し悪しを死神達の間で競い合っている〉のだそうだ。教会に足を踏み入れた時点で自動エントリーされ、その中で最も〈冒険者の心にダメージを負わせた者〉が賞金を得るという仕組みらしい。
「そういうことは全部、先に言って欲しいんですけど。俺、祓われたら怪我するんじゃあないかと思って、気が気じゃなかったんですけど」
「いやあねえ。先に教えてたら、あんなおもしろ……素晴らしいリアクション、出来なかったでしょう?」
「今、おもしろいって言いかけたよな? 言いかけたよな!? ドッキリじゃああるまいし、先に教えとけよ、マジでさあ!」
何を仰るとばかりに笑ってごまかす彼を、死神ちゃんは必死に睨みつけた。しかしながら、臨時収入はありがたく頂戴したのだった。
――――心臓に悪いドッキリは勘弁して欲しいのDEATH。
マッコイが隣に腰を掛けると、死神ちゃんは少しだけ顔を上げて彼を睨んだ。
「なあ、俺は〈クレーム担当〉的な何かなのか? どうしてこうも、変人変態ばかりアサインされるんだよ」
マッコイは困ったように笑うと、申し訳なさそうに肩を落とした。
「どうしてなのかしらねえ……。アタシ達班長にも、よく分からないのよ。もしかして、システム管理のほうで何か意図的に組んでいるのかしら? でもね、今後、きっともっと増えるかもしれないわよ」
「……はい?」
「薫ちゃんが一番最初に相手した幼女好き戦士。彼がね、無事に蘇生を果たしたあとに広めたらしいのよ。〈幼女の姿をした死神がいるこのダンジョンは楽園のようだ〉って。おかげさまで、ダンジョン創設時と同等の来場者数を記録中だそうでね――」
「あいつが触れ回ったってことは、もちろんのごとく、変態ばかりが増えたってか」
マッコイが気まずそうに頷くと、死神ちゃんは顔を膝に埋めてグズグズと鼻を鳴らし始めた。〈幼女スイッチ〉が入りかけている死神ちゃんを必死に励ますと、彼は「同じくらい、ごく普通の冒険者もいるから」と言った。その直後、死神ちゃんに出動要請が出た。死神ちゃんはグジグジと目元を拭うと、トボトボとダンジョンへと向かっていった。
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今回の〈担当のパーティー〉はソロ探索中のド新人戦士だった。彼は死神ちゃんと遭遇すると恐怖で悲鳴を上げ、必死で逃げ回り、足をもつれさせて勝手に転んだ。上手く立ち上がれずに地べたをのたうち回る彼にタッチして、死神ちゃんはすんなり〈とり憑き〉を成功させた。そして思わず、深い深い溜め息をついた。
「ひいっ……! 何!? 同情ですか!?」
涙目で怯える戦士に、死神ちゃんは感慨に耽った調子でぼんやりと答えた。
「いや、今まで、変態にしか遭遇しなかったから。これが〈普通の冒険者〉なんだなあと思って……。本当に、ちゃんと〈普通の冒険者〉もいるもんだなあと……」
散々っぱら怯えきっていた戦士が、死神ちゃんを同情の目で見つめてきた。さすがの死神ちゃんも、「同情ですか!?」と泣き叫んだ相手に同情されるのは腹が立った。そして頬を膨らませると、死神ちゃんは戦士の額をひと叩きして当たり散らした。
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「なあ、お前、何度この道を通れば気が済むんだよ……」
「えっ!? また同じ道通ってた!? だったら何で通る前に教えてくれないんだよ!」
「いやだって、教える義理もなければ、そもそも教えること自体ご法度だし」
「えええ、そんなあ! 別にいいじゃないか、僕と死神ちゃんとの仲だろ!?」
「どんな仲だよ、どんな」
戦士は溜め息をつくと、よいしょと掛け声を上げながら死神ちゃんをおんぶし直した。――死神ちゃん一行はかれこれ小一時間、同じところをグルグルと彷徨っていた。
三階までは冒険者ギルドで地図が販売されているのだが、彼は冒険者としての腕を磨くためにも、自力で地図を作ろうと思い購入しなかったそうだ。それが仇となり、二階という浅瀬も浅瀬で迷子になり、三階に降りることもできず一階にも戻れずで困っていたのだとか。
彼はクスクスと肩を揺らしながら笑うと、朗らかな声で言った。
「いやあ、それにしても。初めて死神と遭遇したけどさ、全然大したこと無かったなあ」
「何言ってんだ、お前。ギャーギャー泣き喚いてただろうが」
「いやでも、死神ちゃん、可愛いし。それに、さっき叩かれたのだって全然痛くなかったし」
「それ、残念ながら〈とり憑き〉後の死神の特性ってだけだから。今度、またお前と会うことがあったら、その時はズタボロに痛めつけてからとり憑いてやるよ」
「あはは、一生懸命ゲス声ゲス笑いしても、全然怖くないよ。可愛いだけだよ、死神ちゃん。ていうか、女の子がそんなはしたないことをしてはいけません」
楽しそうに、そしてまるで保護者のような口ぶりでそんなことを言う戦士に、死神ちゃんは再びムカッ腹が立った。
「うるせえな! ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと歩けよ! ふざけたこと抜かしてると今すぐ灰化させんぞ!?」
「ちょっ……やめて! やめて!! 暴れないで! ごめんって!!」
ジタバタと暴れる死神ちゃんが落っこちないように必死でバランスを取りながら、戦士は謝り倒した。怒り冷めやらぬ死神ちゃんは定期的にぷすぷすと怒りを溢れさせては、戦士の背中から落ちそうなほど暴れ回った。
ようやく一階に続く階段を見付けた死神ちゃん一行は、ダンジョンの出入り口を目指して歩き続けた。出入り口に近づくに連れて賑やかさが増し、さながら街のような活気すら感じられるようになった。
簡易的とはいえ武器・防具屋や道具屋などが並ぶのを興味津々とばかりに死神ちゃんが眺めていると、戦士が「もしかして、ここに来るのは初めて?」と聞いてきた。
「まさか、ダンジョンの一角が街みたいになっているだなんてな。驚いたよ」
「出入り口付近は完全に冒険者ギルドが管理できてるからね。モンスターも出なければ、死神罠発動までのカウントダウンも止まる〈安全地帯〉だし。……さてと、着いた着いた」
そう言いながら戦士が立ち止まったのは、なんと教会の前だった。死神ちゃんがギョッとして「うぇぇ!?」と変な声を上げると、戦士はしれっとした声で言った。
「ここで死神をお祓いしてもらわないと、僕ら冒険者は地上に帰れないんだよね」
(マジかよ、お祓いってなんだよ!? マッコイからも他の班長達からも、何も聞いてないぞ……!? 死にはしないだろうが、身の危険は無いんだろうな!? 大丈夫だよな!?)
死神ちゃんは大量の脂汗をかいた。戦士はそんなことを気にすることもなく、背中からおろしていた死神ちゃんの手を引きながら「すみませーん」と教会に足を踏み入れた。すると、何だか胡散臭くて小汚い爺さんが面倒臭そうに顔を出し、死神ちゃんをちらりと一瞥するなりフンと鼻を鳴らした。
「お前さん、レベルはいくつかね?」
「えっと……まだニです」
爺さんは持っていたそろばんをパチパチと弾くと、それを無言で戦士に見せた。値段を見て驚愕した戦士がガックリとうなだれつつも金を支払うと、爺さんは満足そうに頷いてパチンと指を鳴らした。
すると、どこからか音楽隊がやって来て、荘厳な音楽を奏で始めた。それに合わせて、音楽に不釣り合いなほど不思議で滑稽な踊りを踊る爺さん。そんな爺さんに対して頭を下げ、じっと待機する戦士。――しかし、死神ちゃんはこの珍妙な光景を楽しめる余裕などなかった。だりだりと汗をかきながら、自分の身を案じることしか死神ちゃんには出来なかったのだ。
突然、爺さんが踊るのをやめた。それと同時に音楽もぴたりと止まった。満足気に艶々とした笑顔を浮かべながら、爺さんはホウと息をついた。
「さて、気分も盛り上がったし、ちゃっちゃとお祓いするかの」
「えっ!? 気分の問題!? 儀式とかじゃなくて!?」
戦士が驚いて顔を上げ、死神ちゃんもショックで眉間にしわを寄せ、目を真ん丸く見開いた。爺さんは「うるさいのう」とぶつくさ文句を言いながら、死神ちゃん達に近づいてきた。そして、むんずと〈呪いの黒い糸〉を掴んだ。
通常、〈黒い糸〉は人には見えない。それを爺さんが安々と掴んだということが、死神ちゃんにとって結構な衝撃だった。しかし、衝撃はそれで留まることはなかった。――小枝をポキッと折るような感覚で、爺さんがいとも簡単に糸をちぎり取ったのである。
あまりの信じられなさに、死神ちゃんはより一層眉間のしわを深くして、目をこれでもかと見開き、そしてふわふわの髪の毛をブワッと逆立てた。
「ほれ、お前さん、もう帰ってよいぞ」
爺さんは死神ちゃんを見やると、犬でも追い払うかのようにシッシッと手を振った。そのぞんざいな扱いに、死神ちゃんはさらにショックを受けた。
死神ちゃんはぷるぷると震えると、目に涙をたくさん溜め込んだ。そしてあんぐりと開けていた口を固く閉じて俯くと、ボタボタと涙を落とし始めた。戦士は何だか非常に申し訳ないことをしたような気がして、大層胸を痛めた。
「あの……死神ちゃん……?」
戦士がおずおずと声をかけると、死神ちゃんは勢い良く顔を上げてキッと戦士を睨んだ。
「覚えてろよな! うわああああああ!」
そんな捨て台詞を泣き叫びながら、死神ちゃんは教会から走り去った。
後日、死神ちゃんは寮長室に呼び出された。死神ちゃんが顔を出すと、マッコイが嬉しそうに手招きをした。彼は仕事机の一番大きな引き出しから金庫を取り出すと、その中から何やらを取り出した。――給料とは別に手渡しで貰える金一封でお馴染みの、例のぽち袋だ。
「えっ、俺、ここ最近、金一封を貰えるようなことをしたか? それらしい記憶が無いんだが……」
「おめでとう、薫ちゃん! 見事、お祓いリアクション選手権の月間MVP獲得よ! これはその賞金よ、はいどうぞ!」
「お祓いリアクション選手権……?」
彼が言うには、〈教会で祓われる際、いかに冒険者の心にダメージを負わせられるか。そのリアクションの良し悪しを死神達の間で競い合っている〉のだそうだ。教会に足を踏み入れた時点で自動エントリーされ、その中で最も〈冒険者の心にダメージを負わせた者〉が賞金を得るという仕組みらしい。
「そういうことは全部、先に言って欲しいんですけど。俺、祓われたら怪我するんじゃあないかと思って、気が気じゃなかったんですけど」
「いやあねえ。先に教えてたら、あんなおもしろ……素晴らしいリアクション、出来なかったでしょう?」
「今、おもしろいって言いかけたよな? 言いかけたよな!? ドッキリじゃああるまいし、先に教えとけよ、マジでさあ!」
何を仰るとばかりに笑ってごまかす彼を、死神ちゃんは必死に睨みつけた。しかしながら、臨時収入はありがたく頂戴したのだった。
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