5 / 362
* 死神生活一年目 *
第5話 びば★のんの
しおりを挟む寮内のとある場所で、死神ちゃんは迷っていた。神妙な面持ちで見つめるその先には、入り口が二つ。その双方へと交互に視線を投げ、そして死神ちゃんは頭を抱えた。
「どっちに入るのが正解なんだ……」
死神ちゃんは深い溜め息をつくと、はためく温泉マークに背を向けた。そして、とりあえず一度、自分の部屋へと戻ることにした。
**********
死神ちゃんも関わっているこの〈ダンジョン運営〉は、さながら企業のようだ。だからお給料もちゃんと出るし、完全週休二日のシフト制で休日も保証されている。
研修期間中、死神ちゃんは〈帰って寝るだけ〉の生活を送っていた。あまりにも濃密な出来事の連続で疲れきってしまい、夕飯を食べに行く以外はどこに寄ることもできず、帰ってすぐに朝まで泥のように眠るという五日間だった。
そして迎えた初の休日、昼近くまで惰眠を貪った死神ちゃんは、寮の近隣にある食事処へのんびりとブランチをしに行った。帰ってきてからはマッコイが歓迎会を企画してくれて、ちょっとしたゲームを楽しみつつ寮のメンバーとの顔合わせを改めて行った。シフトの関係で全員とは会えなかったが、どの人も親切で優しくて、死神ちゃんは楽しい時間を過ごした。女性陣に抱きかかえられ大好きなスイーツをこれでもかというほど堪能し、男性陣とは〈漢の会話〉を楽しんだ。
夜になり、死神ちゃんは寮内に風呂があることを思い出した。疲れの抜けきらない死神ちゃんは、湯に浸かってリフレッシュしたいと考えた。しかし――
「なあ、俺はどっちに入ればいいと思う?」
死神ちゃんが真剣な顔でそう言うと、共用のリビングで寛いでいた面々の表情が固まった。
「言われてみれば……どっちなのかしら……」
「えっ、別に私らと一緒に入ればよくない?」
「でも、薫ちゃんって、中身はおっさんなんでしょ? 男の人と一緒に入るのは、ちょっとなあ……」
「じゃあ、俺らと一緒に入る?」
「いや待てよ。お前、ペドじゃん。中身おっさんだって知ってるから今は何とも思ってないにしても、さすがに裸見ちゃったらそんなの関係なくなるんじゃね?」
「やだ、それ、薫ちゃんがピンチ!」
ああでもないこうでもないと言い合う同居人達を、死神ちゃんはげっそりとした顔で静かに見つめた。一体、本当に、どっちの風呂に入ればいいんだ――。
すると、そこへマッコイがやって来た。彼は事情を聞くと「じゃあ、アタシと一緒に入りましょう」と笑った。
「ん? アタシと?」
不思議そうに首を傾げた死神ちゃんに、マッコイは苦笑いを浮かべた。そして彼は死神ちゃんを手招きすると、リビングから出て行った。
**********
マッコイは男湯の暖簾に〈マッコイ使用中〉という札をかけた。死神ちゃんが不思議そうにそれを見ているのに気づいた彼は、苦笑いを浮かべて言った。
「気にしないようにしていたって、結局は何かと気を遣うのよ。みんなも、アタシも」
ああ、と死神ちゃんは相槌を打った。彼が先ほど「アタシと」と言ったのは〈どちらと一緒に入るのかを悩むのならば、それ以外と入ればよい〉というわけだ。
「この折衷案のおかげで、優雅に貸し切り。浴槽も広々!」
彼は札を揺らしながら笑ったが、心なしか表情を暗くして「やっぱり、〈アタシと〉は抵抗ある?」と遠慮がちに聞いてきた。死神ちゃんはケロリとした顔で「全然」と答えると、率先して暖簾を潜った。
幼女になってから一週間が経とうとしていたが、死神ちゃんはいまだに服の脱ぎ着に慣れずにいた。というよりも、腕のリーチが微妙に足りず、まだ〈上手にやれるコツ〉を掴んでいなかった。
死神ちゃんが脱衣に手間取っていると、マッコイが手伝ってくれた。無事にかぼちゃパンツ一枚になるまで脱ぎ終えた死神ちゃんはふと、彼を見上げた。そして思わず呟いた。
「脱いだら凄いんだな……」
「あら、薫ちゃんったら破廉恥ね!」
ニヤリと笑った彼に、死神ちゃんは真っ赤な怒り顔で抗議しようとした。しかしそれを「冗談よ」と遮って、彼は続けて言った。
「アタシもこう見えて、その筋の〈名うて〉だったのよ」
マッコイが遠慮がちに笑うと、死神ちゃんは納得の表情で笑い返した。二人はそのまま笑い合いながら浴室へ入っていき、そして死神ちゃんはマッコイに頭を洗ってもらった。邪魔にならないよう髪をまとめ上げてもらい、体を洗ってから仲良く湯に浸かる。死神ちゃんはしみじみと、母親がいたらこんな幼少時代を送ることができただろうかと思った。
「お風呂に入りたい時は、いつでも声をかけなさいね」
そう言って、マッコイは死神ちゃんに笑いかけた。死神ちゃんはムスッとした顔を照れくさそうに赤くすると、無言でコクンと頷いたのだった。
――――こうして、死神ちゃんの初めての休日はほっこりと更けていったのDEATH。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる