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第一章 小笠原事変

第十二話 事態の核心

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    部屋に戻ってきた伯爵と合流し、朝食を食べたエルフ達は、食後の紅茶を飲んでいた。
貴賓室なので、紅茶とコーヒーのどちらかを選べるのであるが、彼女等の住む西方大陸では、コーヒーに馴染みが無い様だ。
朝食ではパンの柔らかさ等に、散々驚いて歓喜していたが、食後は馴染み深い飲み物で、落ち着く事を選択したらしい。
万屋と山田以外は、全員が紅茶であった。

    (紅茶があるのもおかしい様な……)

    万屋はそう思ったが、口には出さずに、記憶に留めておく。
偶然という可能性が高いものの、気になった事や違和感を、ファンタジーで済ませずに、詳しく調べる事も大切なのだ。
もっとも、万屋が調べるとは限らない。
むしろ、万屋としては自分が調べるつもり等、全く無かった。
それどころか、今現在必要とされる情報とすら、認識していない。
どちらかと言えば、将来的に誰かが調べる事を、前提としていた。

    ちなみに侍女達は、王女達との同席を固辞していたが、ベアトリクス自身の一声で、特別に同席している。
これは、絶対王政どころか、未だに封建体制を採っている国の王族としては、異例の振る舞いらしく、アンジェリカどころか、伯爵までもが反対していたのだが、ベアトリクスが強行したのだ。
彼女自身は、軍人でもあるので気にしないらしいが、それにしても異例との事だった。

    (身分制度が無い相手……
想像も出来ませんが、敵対しない様に出来る限り、彼方に合わせなければなりません)

    ベアトリクスとしては、そんな思惑があったのであるが、それは万屋の知るところでは無い。
この場では唯一人山田だけが、何かを察した様な顔をしている。
伯爵も気付きそうなものだが、やはり年齢もあるのだろう。
異文化を察して、順応する能力は鈍っている様だ。
もちろん、ベアトリクスが特別に優れた外交センスを、持っている可能性も否定出来ないが、残念ながら万屋には判断出来ない。

    「そういえば、お国の情勢を聴きませんなぁ。
国家転移ともなれば、大いに混乱しているでしょう。
我等が都まで入って、大丈夫なのですか?」

    一息吐きながら雑談をしている最中、伯爵がそう問い掛ける。
さりげないが、これも探りの一種だろう。
万屋は、自分が粗忽である事を自覚しつつあるので、警戒を強めた。
もっとも、万屋の資質とは関係無く、ある程度の情報流出は避けられない、という予測は立っている。
その為、万屋小隊には、「秘義務違反にならない程度の情報は、恩着せがましく公開する様に」という通達が、届いていた。

    「それもそうですね。
ちょっと失礼します」

    伯爵に促された訳でもないのだが、万屋は気になったのか、立ち上がってテレビの側へ向かい、電源を入れる。
客船の場合は、衛星放送しか観れないが、大型の護衛艦ならば本土の電波を拾う事も、可能なのだ。
等と言っても、それを必要とするのは、貴賓室のある様な艦だけであるが、とにかくこの場に、本土の放送を観る為の設備がある。

    「「「これは!?」」」

    何事かと、万屋の行動を見守っていたエルフ達が、映った映像を観て驚きの声を上げる。

    「これはテレビと言います。
遠くから送られた風景を、映し出す道具です」

    万屋が簡潔に説明するが、誰一人聴いていない。
ベアトリクスから侍女まで、全員がテレビに見入っている。

    「聴こえてないな……
刺激が強過ぎたか?」

    万屋は呆れた様な声を出す。

    「大丈夫ですよ、隊長。
日本語が解らないのですから、興味を持てば持つ程、内容が気になって、通訳を求めて来る筈です。
すぐに落ち着きますよ」

    山田はフォローするものの、自身も少し呆れ気味だった。
呆れる対象が、万屋の考え無しの行動である可能性も、無くはないのだが、万屋はそれについて考える事を止めた。
考え続けても、幸せにはなれない。
憂鬱になるだけである。

    結果的に山田の予想は、半分だけ当たった。
エルフ達は、一旦落ち着いたものの、すぐに質問責めが始まったのだ。

    「これは、今の様子が映るのですか?
道具の大きさ、重量はどれ程になります?
距離に制限は?
過去の様子も映せますか?
保存する事は可能でしょうか?」

    特に伯爵はこんな具合で、異様に食い付いて来ている。
これには、万屋も山田もドン引きだった。
伯爵は軍人なので、当然軍事的な意味で、その有用性に着目したのであるが、ここまで食い付きが良過ぎると、引いてしまうのは仕方の無い事だろう。
    
「お、落ち着いてください。
今、説明しますから。
アンジェリカ様は、剣を仕舞ってください」

    アンジェリカの取り乱し様も、結構なものだ。
万屋個人としては、それをからかいたい衝動に襲われたが、貴賓室で暴れられても困るので、グッと堪える。
万屋には責任が取り切れない、海自でも有数の備品ばかりなのだ。
そして、アンジェリカの様子は今でさえ、なんとかに刃物に近い状態の、錯乱っぷりである。
ベアトリクスが宥めているので、辛うじて暴れないだけなのだろう。
万屋が直接責任を問われる事は、まず無いであろうが、それが絶対という保証もまた、何処にも無いのだ。
こうして観ると、万屋の危機回避能力は、そこそこのものである。

    そして、数分後。
万屋は、山田の補佐を受けながら、テレビと電波についての、極簡単な説明を終えた。

    「テレビについては、理解しました。
ですが、お話を伺っている内に、一つ疑問が出来ました」

    ベアトリクスは、理解出来た様だ。
伯爵は興味を持ったものの年齢から、アンジェリカは興味が薄く、頭の出来もあって、理解してる様には見えない。
二人して頭を捻っている。
侍女達の方は、理解する事を諦めている様だ。
彼女等は、元騎士との事らしく、当然王族の侍女なので、護衛に関してもそれなりに有能な様だが、知識や教養については、今一なのだろう。
どうも、エルフにとっての騎士というのは、必ずしも貴族階級出身、という訳では無いらしい。
案外と実力主義な面もあるのだ。

    ベアトリクスの質問は、そんな中で行われた。

    「何でしょう?」

    細かい間違いがあっては困るので、一応返事を返すのは、万屋の役目だ。
山田に通じている場合でも、念の為に訳するという、通訳っぷりを見せている。

    「他ならぬ八百万組の事です。
衛星とやらを打ち上げるタイミングが、少し異常ではありませんか?」

    万屋は、一瞬一昨日の夢を思い出すが、直ぐに打ち消した。
関係無い事だと、信じたかったのだ。

    「隊長、自分も一つ心当たりがあります。
八百万組が所有する、予備のロケット発射場の件です。
あれが退避するタイミングも、異常に早かったとは思いませんか?」

    しかし、それを邪魔する様に、山田からも指摘があった。

    「たしかに、偶然にしては出来過ぎているな。
でもそうなると、この国家転移そのものについても怪しくなるし、俺だけが言葉を通訳出来るというのも、何か関係がある事になりそうだぞ?
それこそ人間には無理だろう?
疎遠だが、俺の家族は人間だ。
名義だけ貸している可能性も、無くはないが、それでも人間には無理だろうよ。
まあ正直に言うと、それっぽい神々しい人影なら、何度か見たことがある。
けど、名義を借りて会社を創るのは、ちょっと無理だと思うぞ。
光ってたし、実体もなさそうだったからな。
日本でなくとも、地球社会に溶け込めるとは思えない」

    実を言うと万屋の実家から、帰郷を促す様な内容の手紙があったのだが、万屋はそれを口に出さない。
指定された日付から言っても、怪しい事この上無いからだ。
言えば、万屋が主体となっての調査、という事になるだろう。
万屋としては、実家の異変等に関わりたくは無かった。
むしろ、嫌な思い出しかないのだ。
「絶対に関わりたくない」というのが、本音である。
だが、万屋のそんな思いを知ってか知らずか、山田の推理は続く。

    「隊長、この現象と関わっていると思われる、全国一律の地震、震源地をご存知ですか?
出雲市です。
ここまで来ると、偶然では済まないでしょう。
隊長の夢の話も、今なら信じられます」

    万屋は、不快感を堪える。
それはそうだろう。
自分の中で終わった筈の出来事を、他人が勝手に蒸し返しているのだ。
それも、自分では否定するしかなかった事を、今になって肯定している。
万屋にとっては、自分の苦労を嘲笑うかの様な、耳の痛い指摘なのだ。
ストレスになるのは、当然だろう。
現に万屋は、海上での朝食後という事も重なって、嘔吐寸前であった。
なんとか堪えてはいるが、顔色は悪い。
真っ青というよりは、白い顔をしている。

    「万屋さん、どうなさいました?
急に顔色がおかしくなりましたよ?」

    異変に気付いたベアトリクスが、席を立って万屋に近付く。
そして万屋の頬を、両手で挟み込む様に包んだ。
ちなみに、歯軋りが聴こえるのは、気のせいである。

    「お疲れなのでしょう。
もう少しお休みになってください」

    そして客観的に観ると、優しい言葉を懸けた。

    (あざとい……)

    しかし、万屋の主観では違った。
昨日の醜態を観ていた者ならば、万屋に同意するだろう。
同意しないのは、アンジェリカぐらいである。
あれを見た後では、どんなに優しくされても、あざとさしか感じないのだ。

    「大丈夫です、御心配無く」

    かと言って、振り払う訳にもいかない。
万屋は失礼にならない様に、ベアトリクスの手を解いた。

    「隊長、そもそも八百万組とは、どういった組織なのです?」

    山田は万屋の内心を察しつつも、容赦無く話を続ける。
彼もまた、公僕としての義務感を持っているのだ。
万屋も、それが分かっているので、文句は言わない。
溜め息を吐くだけだ。

    「そう言われてもなぁ。
そっちの関係者は、家の方に近付いた事すら無いぞ。
少なくとも、俺が居た頃は見た事も無いな。
深夜に、酒を呑みながら相談って事なら、分からないけど。
そもそも、実家が財閥化しているのに、最近気付いたぐらいだからな。
俺に訊くよりはまだ、経済関連の専門家に訊いた方が、早いだろう。
実家の事ながら、それぐらい分からないってのが、正直な話だ」

    万屋はそう言ってから、手元にあったグラスから、水を飲み干した。
万屋が、強く否定すればする程、勘繰られる可能性も高くなるのだが、そんな事を気にする余裕は無いのだろう。

    「そ、そうですか。
変な事を言いましたね。
申し訳ありません」

    万屋の剣幕に、これ以上は無理と判断したのか、山田は追及を止めた。
もとより、万屋自身に何かあるとは、微塵も思っていないのだ。
山田としては、あくまでも参考や、手掛かりになれば御の字、という程度の意図での質問だった。
しかし、それでも万屋の拒否反応が強過ぎたので、止める他無かったのである。

    「しかし、今までの会話で収穫がありました」

    そんな状況でも、山田は何かに気付いたらしい。
室内に居た全員の視線が、山田に集中する。

    「八百万の神々と、天津大陸の神々は、同じ存在なのではないでしょうか?」

    そして山田は、爆弾を落とした。

    「どういう意味だ!?」

    万屋が問い掛ける。
それはそうだろう。
異世界と日本の信仰が、同じ等という事は、普通ならあり得ない。
と言うより、そういう発想が出て来る事自体が、おかしな事だ。

    「ですが、可能性はあります。
先ず、確認しますが『勇者』とは、天津大陸の危機に、神々が遣わす存在、という事ですね?」

    山田の言葉に、エルフ達は頷く。

    「そして、今回の様々な出来事。
偶然とは思えません。
もちろん、可能性の話ですが、充分あり得ると思いますよ」

    山田はそう言うと、立ち上がりコップを持って、水差しの元へ向かう。
他の面々は、何も言わない。
信仰という、デリケートな問題だからだ。
その場は、暗くも明るくもない、奇妙な沈黙に包まれた。
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