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第二章 西端半島戦役

第二十三話 躊躇いの結末

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「輸送ヘリ、一機ロストしました………」

   悪い報告によって、CICは一気に通夜の様な空気に染まる。

「司令、何故躊躇なさったのですか!?」

    一人の幕僚がいち早く我に返ったのか、大谷を問い詰めた。
    一番若いからか、頭に血が昇っているらしく、言葉に遠慮が無い。

「……………」

    大谷は何も答えなかった。

「貴方という人は、部下の命を「止めたまえ!」」

    尚も食って掛かろうとする幕僚を、先任の幕僚が諌める。

「責任の所在は、司令が一番理解しておられるんだ。
    君の立場から言うべき事では無い」

「………………。
    失礼致しました」

    若い幕僚は言葉とは裏腹に、反省した様子は欠片も見せていない。
    明らかに不満のありそうな顔をしている。

「下がって、少し休むと良い。
    司令、彼を連れて行きます」

    先任の幕僚はそう言うと、若い幕僚の肩を抑える様にして、CICを退出した。

    場の空気は変わらないままだが、主席幕僚が大谷の方に体を向ける。
    冷静に説明を促しているのだろう。

「…………、当初の予定では敵を殲滅するつもりが無かった。
    そこは諸君等も理解しているな?」

    大谷は重い口を開く。
    幕僚達は黙って頷いた。

「問題は、『どの程度で済ますか』という点だ。
    それを予め決めておかねば、判断に迷いが生じる」

「ええ。
    だからこそ、当初は『敵が離脱するまで攻撃を続行する』と、そう決まりました。
    それは妥当な判断だったと思いますよ」

「そう、妥当な判断だった筈だ。
    事前に決めた筈の方針を、ぶれさせなければな」

「ですから、彼の不満はお門違いですね。
    悲劇が起こった最大の要因は、そこにあったのですから。
    躊躇なさったのは、表面上の問題です」

    主席幕僚が嫌みを言う。
    こういう事を言う男では無かった為、大谷は目を丸くして驚く。

「失礼致しました。
    続きをどうぞ」

「あ、ああ。
    だが、敵は我々の攻撃を受けた事で、大いに混乱した。
    我々の事前予想を、遥かに越えた状態に陥ってしまった訳だ。
    そこで攻撃を制限したのは、確かに私の失態だろうな」

    大谷はハッキリとミスを認めた。

「救出部隊のヘリに近付く敵だけを攻撃し、追い払おうとしたまではまだ良かったのかもしれん。
    あの時点であれば、まだ取り返しの付く結果になっただろう」

「ほとんどの敵は、後退を始めました。
    当初の方針通りなら、そこで戦闘は終わった筈でしたね」

「ああ、そうだ。
    それで終わった筈だった。
    だが、その段階で提言された意見が全てを狂わせた訳だ」

「追撃論。
    いきなり言い出しましたね。
    根回しの『ね』の字もありませんでした」

    幕僚の一人が、迷惑そうに言う。
    実際、掻き回されたのだから仕方の無い事だ。

「ああ、それだ。
    『将来的な損害を減らす為にも、徹底的に追撃すべき』という意見は、間違っている訳でもないと思った。
    少なくとも、正解の一つではあった筈だ。
    あの時はだからこそ、直ぐに決断する事が出来なかった。
    本来なら作戦だろうと何だろうと、事前の計画通りに進んでいる状況にも拘らず、不必要な方針変更というのは愚策だ。
    却下の一言で終わっただろうし、意見具申そのものが無かったかもしれん。
    しかし、この異世界では何が起こるかも分からない。
    将来的な損害云々という意見には、かなりの魅力があった。
    方針がぶれる事による危険は承知していたのだがね。
    そのデメリット以上に、魅力的だったという事か」

「予定を狂わせておいて、失敗の責任は押し付ける。
    まるでマッチポンプの様ですね。
    いえ、マッチポンプそのものと言って良いでしょう」

「そこまで分かっているなら「それでも、決断なさったのは司令御自身です。
    悩まれたのも、躊躇なされたのも司令御自身です。
    それは間違いありません」」

    主席幕僚は、大谷の言葉を遮る形で事実を言う。

「………………」

    大谷は、顔を伏せて黙り込んだ。
    反論しないという事は、自覚があるのだろう。

「まあ、私も彼が言って良い事ではないと思いますよ。
    司令のお気持ちも分かります。
    少なくとも、道義的責任の何割かは彼にあるでしょう。
    法的な責任は、やはり司令にありますが……………」

    主席幕僚は、そう言って溜め息を吐いた。

「それはそれとして置いておきましょう。
    重要な話ではありますが、今はそれよりも敵の動きの理由が気になります。
    司令のお考えを聞かせてください。
    何が起こったのでしょうか?」

    大谷が答えるよりも前に、主席幕僚は話題を変える。
    気を使っているのか、前向きなのか分からない話題だ。

「え、ああ……………。
    確証は無いが、それなりに見当は付いている」

    大谷は、いきなり話題が変わった事に目を白黒させながら答えた。

「確証の無い話でも、見当が付けばそれで十分でしょう。
    何せこの状況ですからね」

「何事も、ほとんど推論で進めなければならない。
    それが現状だ。

    さて、敵の機動についての話だが……………。
    私が思うに、ヘリに突っ込んで来た敵は、生還する事を諦めたのだと思う」

「それは…………、そうでしょうね。
    私にも分かります」

    主席幕僚は大谷の意見を聞いて、失望したかの様な呆れたかの様な、微妙な表情を見せる。
    分かり切った事を言われたと感じたのだろう。

「しかし、その敵の機動だがね。
    これが、かなり妙なんだ」

    大谷はそう言って、自身のタブレットを主席幕僚に渡した。

「司令、これは私物ですよね?
    隊規違反ですよ」

    主席幕僚は関係の無いところを指摘する。

「細かい事はどうでもよろしい。
    まったく、これだからエリートは……………。
    よく見たまえよ」

    大谷はタブレットを操作して、敵全体の動きを3Dの再現画像で表示した。
    近年予算の限られつつある自衛隊では、最新機器を使えないという状況も多々あり、大谷の行為も場合によっては黙認されているのだ。

(転移によって、枷が外れている様だな……………。
    まあ、許容範囲内だろう)

    黙認はしていても、問題を起こされては堪らないので、当然ながら制限はある。
    私物を流用出来るのは、佐官以上の者に限られている上に、然り気無く監視もされる事になっていた。
    監視はお互いに行われる。
    明文化されてはいないものの、それが暗黙のルールとして成立していた。
    それでも、当然ながら不祥事が起きれば、隊規通りに処罰されるだろう。
    主席幕僚も、法治国家として如何なものかと思わないでもないのだが、実際の問題として必要な事を理解しているので、あまりにも酷い時以外は黙認している。
    背広組や防衛省勤務の自衛官であれば、もう少し官僚的杓子定規な判断をするのだろう。
    自衛隊であろうと、軍隊は官僚機構なのだ。
    だが、現場には現場の理論があるのもまた、事実だった。
    この様に、現場が臨機応変な対応を可能としているのが、日本流なのだろう。
    法律や規則が臨機応変に変更し易い、或いは現場に大きな権限を与えている様な、アメリカンスタイルとは異なるものだ。

    ちなみにこの予算不足には、アマテラスシステムの構築計画が優先されているという、政治的な問題が絡んでいるのだが、それはそれで自衛隊にとっても活用出来る為、反対意見は皆無だった。
    むしろ、計画の早期実現の為に血を吐く様な思いをして、予算の削減をしていた程だ。

「この敵だがね。
    最初は冷静に逃げようとした。
    逃げた敵の中でもかなり早い方だな。
   一直線に逃げていたから、おそらくは冷静な人物だったのだろう」

    大谷は主席幕僚の様子に気付かないまま、話を続けた。
    主席幕僚の心情には、興味すら無いのだろう。

「その後、我々が逃げる敵を落とし始めても、暫くは逃げ続けている。
    それにも拘らず、急激な反転だ。
    我々には、この心変わりが分からない。
    全く予想出来なかった。
    極々単純に言えばそういう事だ。
    そこまでは良いね?」

    主席幕僚は頷く。

「私としては、正直な事を言うとこれを予想するのは不可能だったと思う訳だ。
    国語の問題に、『登場人物の心境を書け』などという設問があるだろう?
    あれに近い話だ。
    国語の問題ならばともかく、これを本気で解析するとなると、情報が不足し過ぎている。
    個人的な心境の変化による、文字通りの心変わりかもしれない。
    だが、何らかの文化や風習に基づく行動だったのかもしれん。

    現段階では、『結論を出せない』というのが、私の出した結論だ」

「それはそれとして、司令の責任問題とは無関係なのでは?」

「私はなにも、責任逃れをするつもりじゃ無い。
    責任を取ろうにも、何処に非があったのかを明白にしなくてはならん。
    単純に、油断したの一言で済ませては、誰かが同じ失態を繰り返す可能性もある」

「起こってしまった問題を解析する事が、司令の責任の取り方という意味ですか?」

    訝しげだった主席幕僚の表情が、納得したものに変わった。

「それ以外に、責任の取り方なんてものがあるのかね?
    少なくとも、私はそれが最善だと思っている。
    世間がどう思うかまでは知らないがね」

    大谷が言う意味での責任の取り方は、非常に困難だ。
    それを理解しているが故に、この言い草なのだろう。

「『文豪提督』と渾名されるだけあって、司令は変人でらっしゃる」

    主席幕僚がそう溢した。
    上官に向けて言う言葉では無い。
    慌てて口をつぐんでいるところを見るに、口に出すつもりは無かった様だ。

「人が懲戒免職直前だと思って、遠慮無しかね?
    これだからエリートは嫌いなんだ……………。
    相手によって、露骨に態度を変える」

    大谷は普段から言い続けているエリート云々を、普段と同じ様に言った。
    余程エリートが嫌いなのだろう。

「ブププッ」

    それの何処が面白かったのかは分からないが、主席幕僚は笑いを堪え切れずに吹き出した。

「何が可笑しいのかね?
    全く……………。
    私の勘違いでも被害妄想でもなく、本当に遠慮が無くなったな」

    大谷はそう言いつつも、不快そうな顔をしない。

「失礼しました。
    司令は、こんな状況下でも普段通りだと思いまして…………。
    普通なら、もっと暗くなるものでしょう?」

    主席幕僚には、あまり悪びれた様子が無かった。
    職務上最低限の付き合いしかしてこなかった彼等は、皮肉な事にこの状況となって初めて、急激に打ち解けつつあるのかもしれない。

「「はぁ??」」

    お互いに、その皮肉な雰囲気を理解したのだろう。
    二人は同時に溜め息を漏らした。

「まあ、どうなるにせよ、報告を上げなくてはな。
    本作戦の報告は、可能な限り統幕長にも上げるのだったか?
    内閣の意向が強いからだろうな」

「可能な限り中間を飛ばして、情報を一秒でも速く内閣に伝える為、でしょうか?」

「そういう事だ。
    もっとも彼等としては、耳を塞ぎたくなる様な報告だろうね。
    自分達の意向が強い作戦で、多数の死傷者が出たのだから。
    良い気味だ」

    エリート嫌いな大谷は、上機嫌でそう言った。

     この大谷の予想は、半分だけ当たる事となる。
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