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第一話 定められた入内
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「徳子様と高倉天皇様との結婚の話が持ち上がっているようです」
「帝と?」
巻物を読んでいた徳子はそれを聞いて、内心驚くほどに冷静だった。きっと遅かれ早かれ、従弟である高倉天皇と結婚するということが何となく周りの雰囲気などで分かっていたためだろう。
けれども結婚したのちの、皇后という響きだけは、近くて遠いように徳子には感じられた。
「徳子様は今十五歳、それに帝は十一歳、ちょうどいいお年かと思われてのことでしょう」
「確かに、確かにそうだけれども、でも平家は武士で私は武士の娘なのよ。五摂家が黙っていないのではないのかしら」
天皇と結婚し、皇后になるということは貴族でなければいけない。けれども徳子の姓は「平」で武士である。貴族である五摂家と張り合えるくらいではない。もし徳子と高倉天皇の結婚に、きっと五摂家が黙っていないだろう。
「そのことについては、後白河法皇が徳子様を養子に向かい入れるような段取りが進められているようですよ」
「無茶なことをするものね」
優しい目元をした徳子はそうやって、女房である右京大夫へと困ったように微笑みかけた。
「徳子様は一度高倉天皇とお会いしたことがございましたでしょう?私はお二人の様子を見て、とてもお似合いだと思ったのです。きっと聡明で美しい、徳子様なら大丈夫です」
幼少期から徳子のことを育ててきた右京大夫は今まで近くで見守ってきた徳子が、高倉天皇と結婚するということがとても嬉しく感じられていた。
父や親戚のつながりによって、人生を定められるということは分かっていたのだけれども、本当に定まってしまうと何とも言えない悲しみに徳子は襲われた。
「貴方とも離れることになるのかしらね。それは悲しいことだわ」
「大丈夫です。徳子様が憲仁様と結婚なさるということは、平氏と皇室の繋がりが今より一層強く結びつくということ。すぐにお会いできますよ」
「それも、そうね」
ゆっくりと目を閉じて、それから長い睫毛をぱちりとあけて、外を見た。庭園はいつも通り美しく、その中ぽつぽつと、可愛らしく咲く娑羅又樹の淡い黄色の花を見た。
「遠くへ行くわけじゃないのだものね」
入内の日、徳子は十二単を纏って未来の高倉天皇である十一歳のまだ元服したばかりの高倉天皇と顔を合わせた。深々と頭を下げ、顔を上げた。高倉天皇は、四歳年上の徳子のことをみると、目を丸くした。そうして少し恥ずかし気に、目をそらした。
まだ幼い容姿をしていて、雰囲気も子供の様に柔らかい。
そんなまだ幼さの残る高倉天皇を見て徳子は、柔らかな表情を浮かべると、優しく笑いかけた。
「これから、よろしくお願いいたします」
目を合わせないようにして高倉天皇は「うむ」と小さくうなずいた。
その日は美しい夜であった。満月がぷっかりと夜空へと浮かび、入内という喜ばしい日にはとても似合った夜空だった。きっと歌を読めば、それは静謐とした美しい、品のあるこの空間を文字に起こして残すことができるのかもしれない。
「とても美しい夜空でございますね」
「晴れて、良かったと思う」
緊張していない様子を徳子は装っていたのだけれども、人並み程度の緊張はしていて、高倉天皇の前で出てきた言葉はただの風景の話。そして高倉天皇も同じように人並みの緊張をして、当たり障りのない、返答をすることしかできなかった。
高倉天皇と結婚をした徳子は、平家一門の希望の光であった。今以上に平家を高みへと押し上げて、政治のおおいなる実権までも握ることができるかもしれない。
その希望は徳子へと大きくのしかかり、皇后と言う地位に立ち幸せを約束されたようなものである徳子は、歪な時代に飲み込まれ、大きなうねりとともに巻き込まれていく。それを拒絶することも、逃げることもできない。
そんな中で醜く、美しく生き抜いた一人の女性の物語である。
ーーーーーーーーーーーーーーー
【解説】
高倉天皇は後白河法皇と平家の人間である平滋子の子として生まれ、幼少期の名前は憲仁と言いました。1168年2月19日に憲仁はたった七歳で高倉天皇として即位しました。これは初めて平家の血が流れた天皇が誕生したときです。
そして十一歳で元服した際、入内(結婚)の候補として挙がったのが、平清盛の次女である平徳子です。
高倉天皇の母である平滋子と、徳子の母である平時子は姉妹で、高倉天皇と徳子は従弟の関係にありました。そのため二人の入内の話が持ち上がったという様子です。
徳子と言う名前は入内する際に与えられた名前で、入内以前の名前は未だ解明されていないので、この小説では入内前も徳子と表記させていただきます。
「帝と?」
巻物を読んでいた徳子はそれを聞いて、内心驚くほどに冷静だった。きっと遅かれ早かれ、従弟である高倉天皇と結婚するということが何となく周りの雰囲気などで分かっていたためだろう。
けれども結婚したのちの、皇后という響きだけは、近くて遠いように徳子には感じられた。
「徳子様は今十五歳、それに帝は十一歳、ちょうどいいお年かと思われてのことでしょう」
「確かに、確かにそうだけれども、でも平家は武士で私は武士の娘なのよ。五摂家が黙っていないのではないのかしら」
天皇と結婚し、皇后になるということは貴族でなければいけない。けれども徳子の姓は「平」で武士である。貴族である五摂家と張り合えるくらいではない。もし徳子と高倉天皇の結婚に、きっと五摂家が黙っていないだろう。
「そのことについては、後白河法皇が徳子様を養子に向かい入れるような段取りが進められているようですよ」
「無茶なことをするものね」
優しい目元をした徳子はそうやって、女房である右京大夫へと困ったように微笑みかけた。
「徳子様は一度高倉天皇とお会いしたことがございましたでしょう?私はお二人の様子を見て、とてもお似合いだと思ったのです。きっと聡明で美しい、徳子様なら大丈夫です」
幼少期から徳子のことを育ててきた右京大夫は今まで近くで見守ってきた徳子が、高倉天皇と結婚するということがとても嬉しく感じられていた。
父や親戚のつながりによって、人生を定められるということは分かっていたのだけれども、本当に定まってしまうと何とも言えない悲しみに徳子は襲われた。
「貴方とも離れることになるのかしらね。それは悲しいことだわ」
「大丈夫です。徳子様が憲仁様と結婚なさるということは、平氏と皇室の繋がりが今より一層強く結びつくということ。すぐにお会いできますよ」
「それも、そうね」
ゆっくりと目を閉じて、それから長い睫毛をぱちりとあけて、外を見た。庭園はいつも通り美しく、その中ぽつぽつと、可愛らしく咲く娑羅又樹の淡い黄色の花を見た。
「遠くへ行くわけじゃないのだものね」
入内の日、徳子は十二単を纏って未来の高倉天皇である十一歳のまだ元服したばかりの高倉天皇と顔を合わせた。深々と頭を下げ、顔を上げた。高倉天皇は、四歳年上の徳子のことをみると、目を丸くした。そうして少し恥ずかし気に、目をそらした。
まだ幼い容姿をしていて、雰囲気も子供の様に柔らかい。
そんなまだ幼さの残る高倉天皇を見て徳子は、柔らかな表情を浮かべると、優しく笑いかけた。
「これから、よろしくお願いいたします」
目を合わせないようにして高倉天皇は「うむ」と小さくうなずいた。
その日は美しい夜であった。満月がぷっかりと夜空へと浮かび、入内という喜ばしい日にはとても似合った夜空だった。きっと歌を読めば、それは静謐とした美しい、品のあるこの空間を文字に起こして残すことができるのかもしれない。
「とても美しい夜空でございますね」
「晴れて、良かったと思う」
緊張していない様子を徳子は装っていたのだけれども、人並み程度の緊張はしていて、高倉天皇の前で出てきた言葉はただの風景の話。そして高倉天皇も同じように人並みの緊張をして、当たり障りのない、返答をすることしかできなかった。
高倉天皇と結婚をした徳子は、平家一門の希望の光であった。今以上に平家を高みへと押し上げて、政治のおおいなる実権までも握ることができるかもしれない。
その希望は徳子へと大きくのしかかり、皇后と言う地位に立ち幸せを約束されたようなものである徳子は、歪な時代に飲み込まれ、大きなうねりとともに巻き込まれていく。それを拒絶することも、逃げることもできない。
そんな中で醜く、美しく生き抜いた一人の女性の物語である。
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【解説】
高倉天皇は後白河法皇と平家の人間である平滋子の子として生まれ、幼少期の名前は憲仁と言いました。1168年2月19日に憲仁はたった七歳で高倉天皇として即位しました。これは初めて平家の血が流れた天皇が誕生したときです。
そして十一歳で元服した際、入内(結婚)の候補として挙がったのが、平清盛の次女である平徳子です。
高倉天皇の母である平滋子と、徳子の母である平時子は姉妹で、高倉天皇と徳子は従弟の関係にありました。そのため二人の入内の話が持ち上がったという様子です。
徳子と言う名前は入内する際に与えられた名前で、入内以前の名前は未だ解明されていないので、この小説では入内前も徳子と表記させていただきます。
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