信者奪還

ゆずさくら

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 四人は信者を一人人質として連れ、太位無たいむ教がこの土地を買い上げる前に病院だった建物を後にすると、再び牧場にやってきた。トラクターに乗ると牧場をもと来た方へ進んでいく。
 牧場はでこぼこと凹凸が激しく、坂になっている為か、行きよりスピードが出ない。
 目いっぱいスロットルを握る為に大きなエンジン音が響く中、和泉が人質の信者に話しかける。
「君、この施設の信者たちが子供をろす場所を知らないかい?」
 飯塚がつけた猿ぐつわのせいで、信者は和泉を睨み返すだけで何もしゃべれない。
「知っているなら、その場所を案内してくれないか」
 当然、何度聞いても、何も話さない。
 和泉は苛ついたように信者の口元を指さす。
「これ、とっても良いかい? 嬰児えいじを捨てる場所を聞き出したいんだ」
「だめだ。大きな声を出されたらおしまいだ」
「このトラクターだって十分大きな音が出ている。おそらく気がついて、こっちに向かっているよ。それより僕の目的である太位無たいむ教のスクープ写真を取る方が大事だ」
 飯塚は和泉のむなぐらを掴んで持ち上げる。
「そんなに死にたきゃ、お前ら二人をここで落としてやる」
「く、くるし……」
 飯塚は手を離してもなお、にらみつけている。
「わ、わかったよ。やめるよ」
「知ってますよ」
 トラクターの進行方向を見つめながら、來山きたやまがそう言った。
の子供を捨てる場所のことですよね」
「そのこども?」
って、教祖きょうそ麻森あさもりの事ですよ。いや、もう俺は太位無たいむ教とは関係ないから、ただの麻森あさもりだけど」
 それを聞いて、和泉は興奮したように話し始める。
「麻森《あさもり》って、教祖の麻森昭光あきみつだね? 空中浮遊ができるとか言う、あの、ほら、髪の毛がもじゃもじゃ、っとして、ひげを生やした男」
「ええ。あいつは自分の快楽のために信者を手込めにするんですよ。信者同士での子供の場合もあるみたいですけど、信者にはコンドームが配られてますから、そんなに妊娠する確率は高くないです。妊娠させるのは生でやる麻森あさもりだけです」
 田所も飯塚もびっくりした顔で聞いている。
「おお、そうか、それは取材した通りだ、で、どこなんだいその場所は」
 來山きたやまが指したのは、三人が信者の白装束を盗んだ建物だった。
「えっ、あれは信者の宿舎みたいなものじゃ」
「そうですよ。あそこの裏手にあります」
「飯塚くん、行こう。スクープ写真が撮れるぞ。スクープになったら、金…… じゃなかった。名誉が手に入る」
 飯塚は來山に向かっていう。
「立ち寄って問題ないようなところなのか? 俺たちは中林の追求から逃げ切らなければならないんだ」
「少しなら……」
「どうする、たけし
「な、なんで俺に振るんだよ」
 田所がトラクターのハンドルを握っていた。ガタガタと揺れるたびに大きくハンドルを修正する必要があって、田所は考えに集中できない。
「いいんじゃないか。何もなければ俺たちは頑張ってプラスマイナスゼロだからな。何か持って帰らないとやってられない」
 飯塚が、ドン、と田所の肩を叩いた。
「よし、行こう。ただし、写真を撮るだけだ。深入りして、つかまったり殺されたりするのはばかばかしいからな」
 和泉が飯塚と握手をする。大げさに手を上下に振る。
「すばらしい決断だ。そして君の意見が飯塚くんを決断させた、ありがとう!」
 と、和泉は田所の手も握ろうとする。
「運転中だからやめてください」
「おっと、すまない」
 危ないモノに手を触れそうになったように、和泉は手を引っ込めた。



 田所たちは、信者の宿舎の裏に回っていた。飯塚がガラスを割って侵入したランドリーがあった。
「こっちの奥です」
 建物の灯りもなく、奥は薄暗かった。全員、奥に嬰児の遺体があることだけは分かっていたせいで、雰囲気異常に気味悪さが漂っていた。
たけし、ライト」
 田所は無言で首を振る。
「俺が点けます」
 來山がライトを点けて、案内しながら先に進む。
 進むとランドリーのある場所が突き出て、狭くなっていた所を越えた。
 パッと周囲が開けた空間に出る。
「うっ」
 田所が声を漏らしたが、その場にいた全員がそう言いかけていた。
 理由はこの空間の中心にある木造の小屋だった。
 小屋、ちょっとした小屋ではなく、平屋の一軒家と言うのが正しいかもしれない。
 近づいていくと、鼻をつく刺激臭がする。
「腐ってる。腐っている臭いだ」
 和泉が言うと、スマフォで小屋の入り口とかの写真を撮った。
「ここがそうかい?」
「そうです」
 ガタッと中から物音がする。
 田所は、声を上げそうになって自らの口を手で押さえた。
「どんな建物なんだい?」
「麻森が信者を連れ込む場所です」
「えっ?」
 ガタガタガタッ、と小屋の引き戸が激しく揺れた。來山は慌ててスマフォのライトを消す。
 バァーン、と音がして、引き戸は開いてしまった。田所たちは、逃げることも出来ず、ただその扉が開いた先を見ていた。
「……」
 静と動。
 いや、この場合、順序的には動、そして静。
 勝手に開いたように思える引き戸が、開ききると、そこには闇が見えていた。
 扉のガタガタとした音が止まって、辺りを静寂が支配した。
 引き戸の奥の闇、何もない闇を見つめているうち、一人が言った。
「いや…… 違う」
 來山は再びスマフォのライトを点け、手前の地面からゆっくりとその引き戸の闇の方へ光を当てていく。
「あ、あしっ」
 まず、戸口の一番近くに見えたのは、薄汚れた素足だった。血の気がひいているような、青白い肌。指は細く、互いの間隔が開いていて、足の甲に骨や血管が浮き出ていた。
 ライトの光がぼんやりとその上の姿も照らしている。
 信者の白装束。しわだらけで、あちこち染みのような汚れがある。
 ライトを上げていくと、手が見えた。足の甲と同じように、肉が削げ落ちたかのように細く、骨が出ている。
 胸、胸には女性の下着が透けて見えた。
「うわっ……」
 と田所が声を上げた。
 引き戸の奥に立っている人物の頭が見えた。髪は長く、前に垂れていて、顔は見えなかった。少しだけ見える首筋は、手足から想像するのと同じく、やせ細っていた。
「あさもり?」
「違う、これは……」
「中島、さん、ですか?」
 來山が問いかける。
「……」
 ゆらっと、前に一歩、足が出てきた。
「ひっ……」
 田所が悲鳴になりかけの声を出した。
「答えるわけないでしょ」
「!」
 全員がきょを突かれた。
 背後からの声に、全員が振り返ったその場に、髪の短い信者が一人、立っていた。
 飯塚が飛びつこうと動き出すと、素早く引き下がっていった。
 ゆっくりと追い詰めるが、信者は手を左右に振りながら後ずさる。
「あなたたちの居場所を知らせたりしないから! 信用して」
「……どうしてそんなことが信用できる?」
 飯塚が言うと、その信者は言った。
「私もここから抜け出たいからよ。その髪もじゃもじゃの人、オリエンテーションのバスに乗って来たでしょ。一度いなくなって、そしてまた帰って来た。つまりあなた達はここから抜け出る方法を知っている。そうでしょ?」
 ガタッ、と音がして、田所が振り返ると、引き戸の所で女性が座り込んでしまった。
 再び後ろの信者が話しはじめる。
「だから、密告したりしないから。お願い」
 田所はうなずいた。
 そして小屋の方を振り返り、言った。
「どうして答えるわけがないんだ」
「気がくるってるから」
「どういう……」
 信者は田所達の間を抜けて、引き戸の所で座り込んでいる
「あなたの推測の通り、その女性ひとは中島よ。麻森の寵愛を受けていたんだけどね。何度か妊娠、出産、子供の死を繰り返してしまった後、麻森に捨てられた。ゴミのように」
 信者が中島を背負うように立ち上がらせ、話をつづけた。
「捨てられたとわかった時、気が狂ってしまった。ずっとここに引きこもりっぱなし。私が食事を持って来たり、様子を見に来たりしてるの」
「……」
「君は誰なんだい?」
「鹿島葵よ」
 中島の肩を担ぎながら歩かせている信者はそう答えた。
 和泉が、小屋の引き戸まで進むと、言った。
「そんなことはいい。その死んだ子供達はどこだ」
「……そんなもの見てどうするの」
「報道だ。ジャーナリズムだよ。社会に訴えるんだ。太位無たいむ教がこんなに酷いことをしてるって」
「この小屋の風呂場だよ」
 吐き捨てるように言うと、中島を連れて宿舎内に消えていった。
「?」
「抜け出したいっていうのはどうなった?」
「知らねぇよ。逃げたきゃ、勝手についてくるだろ」
 和泉と來山は小屋に入っていくと、飯塚が首振って田所にも行けと合図する。
「俺はこいつを捕まえているから、たけしも見てこい」
「お、俺は……」
「行けっ」
「……うん」
 田所は一人遅れて小屋に入った。部屋の灯りはなく、外光が微かに部屋の中を照らしている。
 田所が入った所は、畳がひいてあり奥にふすまが見えた。
「こっち、かな……」
 畳の上を歩き、ふすまに手をかける。
 ゆっくりと引き開け、中を覗くと一組の布団が見えた。
 ここで…… 田所は気分が悪くなって、ふすまを閉めた。
 反対方向へ進んでいくと、台所があり、奥に洗面所が見えた。
 少し進んでいくと、フラッシュの光が何度も付き、周囲に光が漏れていた。
 田所は二人の背後から、様子を見た。
 パッと光るフラッシュの光で、一瞬、ドス黒いキャベツ大の塊が見える。そして、再び暗くなって見えなくなる。
 フラッシュの光で見えたキャベツ大の黒い塊の映像が、 田所の頭の中で解釈されていく。
 変色し、干からびた皮膚、縮こまって形のはっきりしない手足。頭と同じぐらいの体…… ミイラ。黒いキャベツかと思った塊は、嬰児のミイラだった。
 和泉の興奮した声が聞こえてくる。
「こういう風に並べて写そう。いいぞ、いいぞ。いや、これはスクープだ」
「かわいそうだ……」
 田所の声を聞いて、嬰児を動かしていた來山の手が止まる。
「もういいだろう! やめろ」
 田所が大声を出すと、二人が振り返った。
「……」
 來山が田所の方に戻ってくるが、和泉が言った。
「僕はね。これが仕事なの。別に『嬰児がかわいそう』という気持ちがないわけじゃないの」
「……」
 來山が和泉の方を振り返る。
「放っておけ」
 田所は來山を連れて、小屋を出る。
「……そうか。お前も麻森に」
「そんなことどうでもいいでしょ。忘れたいんだから」
 飯塚は鹿島という信者と何か話していたようだった。
「お、戻ったか。こっちも戻ってきている。全員揃ったなら、後は脱出するだけだ」
「……」
 田所が返事をしないでいると、飯塚が様子に気付いた。
たけし、和泉はどうした?」
「まだ写真撮ってます」
「結局、あいつはこれが撮りたいだけでここに連れて来たんだ。この写真を撮っていれば満足なんだろうさ」
「どうした、たけし
「置いていこう」
 田所がそう言い放つと、飯塚が人質の信者をドンと突き飛ばして田所に渡す。
「こいつを逃がすなよ」
 田所は言われるままに信者の腕をつかんだ。
 その時、飯塚がやってきて田所の頬を叩いた。
「子供みたいなこと言ってんじゃない」
 飯塚は小屋の中に走っていく。
 和泉は飯塚に襟首を引っ張り上げられながら、戻って来た。
 和泉が田所に頭を下げる。
「ごめんなさい」
「……」
「さあ、行くぞ」
 飯塚が言うと、信者の宿舎を後にした。


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