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しおりを挟むバスに乗っていた十九人分の遺体を冷凍トラックに乗せ、トラックをアイドリング状態にして荷台を冷やす。
天野は警察という立場上、不法侵入は出来ないということでその場にとどまった。
和泉、飯塚、田所の三人は、歩道を歩いて教団の連中に会うのを避けるため、林の中を進むことにした。
山道は、暗く、足元が見づらいために、非常に時間がかかった。
林を通って、坂を上りきると、ムラノ・リゾートの横に出てきた。
宗教施設は、そのムラノ・リゾートに隣接している。
「どこから出てきたんですか? そこから入れるはずですよね」
田所が言うと、和泉は言った。
「まあ、そうなるよね。そこはね、まずムラノ・リゾートに入らなきゃいけないんだ」
「えっ?」
ムラノ・リゾートは周囲を高い壁で覆われていて、警備会社のシステムが入っていた。宗教施設の取って付けたような簡単な壁を超える方が容易いのではないか、田所と飯塚はそう思った。
「ムラノ・リゾートには入れないよ」
「この場合、出てこれたから入れる、という理論には無理があるな。ムラノ・リゾートからはどうやって出たんだ」
飯塚は、和泉にそうたずねた。
「警備員につまみ出された」
「……だろうな。つまみ出されたのを逆に実行するとすれば、警備員に招き入れてもらわなければならない訳だ」
飯塚はお手上げだ、という風に手のひらを上に向けて、左右に広げ、肩をすくめた。
「けど、ムラノ・リゾートと宗教施設は通じている。まったく怪しまれずに宗教施設の中に入れる」
「しかしだな……」
飯塚は目を閉じてうなだれた。
田所は何か思いついたように言った。
「そうだ、こういうのはどうだ?」
田所が小さい声で二人に考えを告げた。
ムラノ・リゾートの正面に和泉が立った。
そして、夜間呼び出し口の呼び鈴を押した。
プルプルと呼び出しているような音が返ってくる。そして、ライトが点いて和泉が照らされる。目を細める和泉。
「すみません」
『どちら様ですか?』
「さっきつまみ出された者ですが、中に忘れものをしたんです。少しだけ中に入らせてくれませんか?」
田所はわざわざ『さっきつまみ出された者』という表現が最悪だ、と思った。この男は、宿泊していた者ですが、とか適当に嘘をつけないのか。
『……その白装束、太位無教の信者だよね。悪いけど、信者の方を中に入れることは出来ないよ。オーナーから強く言われているんだ』
と言うなり、パッとライトが消えた。
「まったく……」
夜間呼び出し口に田所と飯塚が近づいていく。
「嘘が下手だな。取材の時に正直に話したら、答えてくれないこともあるだろう」
和泉は怒ったように腕を組んだ。
「じゃなにか? ここに立って話させた君たちには一ミリも責任無いって言うのかい? 馬鹿言うんじゃないよ、あんた方の脳みそが足りないんだよ。こんな格好の男を一人夜間通用口に立たせて、誰が中に入れようとするよ? ここらで白装束なんて太位無教以外の何者でもないじゃないか」
「?」
その時『ピピ』と音がしてから、通用口の鍵がカチャリ、と開いた。
飯塚が和泉の口を手で塞ぎ、全員が通用口に集中した。
ゆっくりと扉が開くと、屈んで覗き込む女性が現れた。ロングスカート、エプロン、ヘッドドレス。メイドのような恰好だった。
「あなた、さっき太位無教の施設から出てきた人ですよね? たしか、ジャーナリストのイズミさん?」
飯塚の手をのけて、和泉が大声で言う。
「そーーうです。私が和泉です(モガモガ)」
「声が大きい」
と飯塚がすぐ手で押さえた。
「早く入ってください。開けっ放しだと警備会社に異常が通知されてしまいます」
三人が頭を低くして通用口から中に入ると、女性は逆に通用口から外にでて扉を閉めた。
「えっ?」
全員が顔を見合わせていると、外で『ピピ』と音がして、扉の鍵がカチャリと開き、女性がそこから入ってきた。
「ここはカメラに記録されますからあちらへ」
女性が言うまま、移動する。
「イズミさんは、ジャーナリストなんですよね? 他のお二方もジャーナリスト?」
田所は首を横に振ったが、飯塚は話し始めた。
「俺は上九兎村の救急隊員です。お嬢さんは?」
「えっ、私ですか……」
「俺たちを招き入れたのには何かわけがあるんでしょう?」
飯塚が女性の手を取って顔を見つめている。
女性は、下に目線を外し、言った。
「隣の宗教施設に弟がいるのです……」
飯塚が手の平をひろげて止めた。
「助け出してほしい。そういうわけですね」
女性はゆっくり首を縦に振った。
まずい。救急隊員だけでなく、見ず知らずの女性の弟も助けなくてはいけない。中の状況が分からない俺たちにできるのだろうか。田所はそう思った。
「助けますとも」
「飯塚」
田所は女性の手を両手で包み込んでいる飯塚を引っ張った。
「(なにすんだよ)」
飯塚が小さい声で言った。田所も同じように小さい声で言い返す。
「(むちゃなこと言うなよ。俺たち中がどんな様子かも知らないんだぞ)」
「(だが、あんな間抜けそうなやつが出てこれたんだ。なんとかなるだろう)」
「(それだけじゃない弟さんの顔も知らいなんだぞ)」
「……」
飯塚は少し冷静になったようだった。
田所と飯塚が戻ると、女性はまた話し出した。
「私、來山朱美と申します。弟は來山直人と言います」
言いながら、スマフォの写真を見せる。
和泉が、指で顎をなぞるように触りながら、その顔をしげしげと眺めている。
田所が口を開く。
「弟さんを助けてくれ、ということですが、宗教施設ですよね。宗教に嵌っているのを、脱退させるのは俺たちには無理です。本人が逃げたいとおもっているなら、一緒に出てこれるかもしれませんけど」
「弟は、教団を抜けたがっています」
このジャーナリストが簡単に抜けてきていることからすると、それが真実とは考えにくい。
「本当でしょうか。抜けたいならもう抜けているように……」
「お願いです。このまま施設にいたら殺されてしまう」
無意識なのか、來山朱美は田所の手をつかんできた。
田所は、すこし頬が熱くなるのを感じた。
「こ、殺され……」
しかし田所は冷静だった。ならば、これから入る俺たちの命も危ない、ということではないか。
「ますます、こちらにメリットはないじゃないですか。殺されるかもしれない人を逃がしたりさせようとしたら、こっちも命を狙われるかも」
「武。他人が殺されるかもしれない時に、そんな冷たいこと言うのかよ」
「けど……」
「この話は、そもそも人助けだ。救急隊員と取り戻すことになんのメリットがある? 勝手に宗教施設に入っていったのだとしたら、自己責任だろう」
「……」
「美女のお願いはきいとくもんだぞ」
飯塚はそう言った。
究極の答えはそれか、と田所は思った。髪は長く、緩やかにウエーブしている。顔立ちは優しげだが、異国の血も感じさせるような目の色だった。スタイルはモデルのようで、顔立ちから姿まで非の打ちどころがなかった。
そんな女性が、ムラノ・リゾートのメイド服を着ているのだ。飯塚がおかしくなるのも無理はない、と田所は考えた。
「ようするに、下心があるということだ」
「(バカっ!)」
ドン、と音がするほど肩を叩かれた。
咳き込む田所、何を言ったのか聞こえていなかったようにキョトンとした顔をした朱美。
急に和泉が人差し指を立てて言った。
「じゃ、こうしよう。この作戦がうまく行ったら、雑誌の記事にお前らの名前をのせてやるよ」
「……」
「雑誌の記事に名前がのるなんて、すごいだろう? な? 栄誉の為に頑張ろう」
朱美は、手を広げて、田所の方へ近づいてきた。
少し頬が赤くなった田所の首に、朱美の腕が回っていった。
口づけ、と思われるほど顔と顔が近づいた時、田所は首の後ろ、次に喉仏のあたりに何かが当たるのを感じた。
朱美がパッと、田所から離れると言った。
「これはペンダント型の小型の爆弾よ」
確かに、チェーンで繋がれた懐中時計のようなものが首についている。
「私だけが解除できる」
「こんなっ、脅しに決まっ……」
首のチェーンを引きちぎろうとすると、朱美は後ろに下がりながら言った。
「チェーンを外せば爆発するわ!」
朱美は左手でスマフォを持ち、右手で触れるか触れないかというあたりに指を浮かせている。
「ほら、そこの木の枝に同じものが付いているのが見えるでしょう? 脅しだと思われると思って、見せるようのものも用意していたのよ。こっちのアプリから爆発させるわよ」
朱美が顎でさした方向に、田所の首にかかっている懐中時計と同じものがつるされていた。
スマフォの画面を三人に向けると言った。
「私がスイッチを入れれば……」
木の枝についていた懐中時計が、ボン、と爆発した。背面の金属が勢いよく飛び散り、幹に幾つか破片が刺さっていた。
「首で爆発すれば助からない」
田所は、ゾクッと寒気を感じた。
「私が解除しなければ、三時間で爆発する。時間内に戻ってきて、私が解除キーを入れれば、爆発せずに外せる」
「……」
地雷ではなく、爆弾。爆弾女…… そう、こういう場合は『爆女』とでも呼ぶのだろうか。
「これで全員に動機が出来たわね」
スマフォに指を置きながら、朱美はニヤッと笑った。
「くッ……」
田所は拳を握り込んで、我慢した。
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