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しおりを挟む俺は家の前で立ち止まり、ゆっくりと周囲を回りながら確認した。
外から誰かに入られた様子はない。
セキュリティとして完璧という感じではないが、外から強引に家に入れば人目に付くだろう。
人目につかない側は、きっちり窓も閉まっている。
俺は玄関に回り、なるべく音を立てないように鍵を開けた。扉も音を立てないように開けて、閉める。
ダイニング・キッチンに行って、小麦粉の袋と、目の細かいざるを手に取った。
粉を撒きながら移動すれば、俺以外の誰かが移動すれば足跡が残る、と思ったのだ。
ダイニング・キッチンに一通り粉を撒いたら、居間、居間を回って階段を上り、自分と妻の部屋に入る。
誰もいない。物音もしない。
ただ、今までずっと気が付かないほどの相手だ。何か特別な居場所、方法があるのかもしれない。
俺は警戒しながら、二階に粉をふって歩き回る。樹の部屋、沙耶の部屋。誰もない。
二階は自分の足跡以外ない。もう一度、階段に粉をふりながら降りていく。
一階にふった粉に足跡は残っていない。
つまり、誰もいない。
残るは、トイレと…… 風呂場。
俺は自分の足跡を消しながら、トイレへ向かう。
恐怖に少し顔が引きつったように感じる。
誰かいたら、思いっきり扉を戻せば何とかなる。
俺は小麦粉とざるを置いて、トイレのドアに手を掛ける。
グイッと引いて中を見る。
……誰も……
誰も…… いない。
俺はゆっくり扉を閉めて、小麦粉とざるを持ち直す。
最後の部屋は風呂場しかない。
これで誰もいなかったら……
誰が動画を撮った? 誰がインターフォンを鳴らしている?
俺は移動しながら、粉を振り直し、風呂場の前についた。
風呂場につながる曇りガラスの扉はガムテープで目張りしていて、扉の取っ手を覆うように『使用禁止』と貼り紙をしている。
自分の字だ。故障してお湯も出ない…… はず。誰が確認したんだっけ。俺が書いたに間違いはないが、貼った記憶とか何が故障しているのかとか、どこの業者を呼ぼうとしていたのか。
これらを俺がやったのではなく、もう一人の家に潜む人間がやっているとしたら。
もうここを開けるしか残っていない。
しかし、足が動かない。
震えている。
勝手に頭の中の血が抜けてくように、目の前が白くかすんでいく。
何があるんだ、この先に…… 何が……
朝、俺は台所でお湯を出し、お湯につけたタオルを絞って体を拭いた。
髪は少々脂っぽかったが、髪形を整えるにはちょうどいい感じだった。
ワイシャツを着て、スーツに着替えると会社に出かけることにした。
今日も体中がだるい。疲れだけではなく、筋肉痛がひどくなっているように思える。
同じ朝が繰り返されているような感じだ。
目が覚めた時、俺は居間のソファーで寝ていた。
そして、床にまき散らしていた小麦粉がきれいに片付けられていて、ふき取った紙などをまとめたごみ袋が一つ、台所に置いてあった。
風呂場。
あそこで気を失ったのだ。
誰かが俺を運んだ? 誰かが床を掃除した? どこにも部屋のどこにもいないのに? それとも誰かが外から入ってきた?
疑問符だけで、いずれも大前提が間違っている気がする。
誰もいないのだ。
どす黒く、重い霧のようなもので覆われた先から、足を引きずりながら人が出てくる。
そして俺の知らない何かを実行すると、またそのどす黒い、気味が悪くて重たい霧の中に帰っていく。
そいつがいる時には、俺が替わりにそのどす黒い霧の中に……
俺はスーツで通勤電車に乗りスマフォを見ていた。
画面の端から通知が現れ、来客があることが分かった。
会社に電話を入れ、会社を休むことを告げた。
途中の駅で一度改札を出てUターンする。
快晴で、暑くも寒くもない。気持ちのいい天気だった。
逆方向の電車は空いていて、左右を空けても座席に座ることが出来た。
インターフォンの画像から、俺はお金が無くなって妻が人の金をとったとか、長男の樹が学校で暴力をふるったのかとか、娘が悪い仲間とヤバイ薬でもやったのか、などと様々なことを想像した。
しかし、何故家のインターフォンを鳴らすのだろう。家族を逮捕したなら、拘留している警察署から電話がかかってくるのではないか。
そうだ。何故電話してこない?
俺は駅に着くと、自宅へ歩いた。
自宅に近づくと、警官や救急車の回転灯が目に入った。通りが一部規制されていて家に近づけない。
俺は回り込みながら、規制線の外で様子を見ている人に声を掛けた。
「何があったんです?」
「……」
声を掛けても反応がなかったので、肩を叩いた。
振り返った人は、近所に住む顔見知りの女性だった。
「キャー」
突然、叫び声を上げて、しりもちをついてしまう。
俺が手を差し伸べると、拒否するように後ずさりする。
規制線を見ていた制服の警察官がやってきて聞く。
「どうしました」
警察官の手にすがるようにして立ち上がると、俺を指さした。
「あの、あれ、林、林さん!」
俺はあっという間に警察官に囲まれ、規制線の中に入れられた。
家の近くにくると、門の前の道路にチョークで丸が三つ描かれていた。
「何があったんですか?」
立ち止まらず、そのまま家の中へと移動していく。
「何があったかって? お前何を……」
スーツの警察官が、割り込んできて、口に指を立てて言葉を遮った。
「何もご存じないのですか?」
「ええ」
俺は正直に答えた。
「インターフォンを押すと、スマフォに通知が来るんですよ。制服の警察官のかただったので、ちょっとびっくりし家に戻ってきただけです」
スーツの警察官は何かを書きとってから、
「お宅の前にごみ袋に入ったご家族の遺体が置かれていました」
俺は、門の方を振り返った。
朝と同じように、どす黒くて重い霧が立ち込めて、何者かが現れた。
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