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磁器人形
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しおりを挟む「で、仲井は普通に戻ったのか? だって、今日も四時間目が始まる前に、どっか行っちゃったぞ」
と山口が言った。あきな、知世、晶紀の三人は、いつものように屋上でお昼を食べている。
「ええ。戻ったのですが『どっこいパンダ』は相変わらず好きなので、今日みたいな行動はしてしまうようなのです」
「ペンの呪いって結局どうなっていたのか、知世の家の人の調査結果って来てる?」
「あ、ちょうど午前中に連絡が来ていたようですわ」
そう言ってから知世が内容を声に出して読んだ。
ペンの柄となる筒の部分を割って、内側に小さな針のようなもので呪文を掘り込み、再び接着剤を利用して貼りつけたとのことだった。成形時とは異なる切れ目が入っていたそうだ。
相当な器用さを持っていると思われる。
「へぇ…… あんな破片からそこまで分かるんだ」
「おもちゃが壊れてクレームになったりするとき、本当に設計が悪くて壊れたか、お客様の扱いが悪くて壊れたか、調べなければなりませんから」
「なるほどね」
山口がお弁当箱を片付けながら、
「倒れていた児玉先生とか、茶髪の四人とか、その『新月』とかいう娘たちはどうなったんだ?」
「私の家の者が近くの病院に搬送しましたわ。幸いにも全員軽傷でしたので、すぐにご自宅へ帰られましたよ」
晶紀自身は佐倉に運ばれ、再びその夜、保健室で泊まることになったことを思いだした。そういえば、佐倉とその日以来会っていない。どうやら、学校に来ていないらしいのだが。
「児玉先生も軽傷だったの?」
晶紀がそう聞くと、あきなが加えた。
「晶紀の方は重傷だったのにな」
「出来事を全く覚えていないようです。保健室の話すら覚えていませんでしたの」
あきなが首をかしげる。
「保健室の話って、さっき話していた『ごめんなさい』とか言いながら出て行ったってヤツ?」
「そうなのです」
「うーん」
晶紀は腕を組んでそう言った。児玉先生はずっと誰かにコントロールされ、支配されていた。ならばもっと早く気づけなかっただろうか。
支配されていたとしたら『ごめんなさい』を誰に向かって言っていたのかということになる。佐倉や晶紀に向かって『ごめんなさい』だとしたら、児玉先生に戻っていたはずだし、戻っていた場合、支配している相手に『ごめんなさい』と言うだろうか。何か大事な事を誤解している気がした。
翌日、通常の授業が終わると、晶紀はクラスの数人と補習授業を受けていた。
補習授業を終え、生徒がバラバラと帰っていく中、児玉先生は晶紀を呼び止めた。
「なんでしょうか」
「ちょっと話したい事があって、少し時間いいかしら」
晶紀は昨日のことが頭に残っていたせいか、児玉先生をじっと見つめてしまう。
「えっ? あの、ちょっと、何か私の顔に何かついていますか?」
児玉先生は、慌てたように顔のあちこちを手で触れながら、そう言った。
「いえ、別になにもついていません」
児玉先生は周りを見渡してから、一つ机の向きを変えて突き合わせた。
「ではここで話しましょうか」
右手で眼鏡の弦を押し上げ、手持ちの資料を机に置いた。
晶紀が児玉先生の正面に座ると、児玉先生はタブレットを操作した。何か画面を表示させた状態で、晶紀の方に向けた。
タブレットの映像は、四角に組まれた護摩壇とその中で燃える炎が映っていた。
晶紀はいきなりその映像で警戒を強くした。
「よく見て」
炎の先に護摩行をしている人物の姿がうっすら見えてきた。
見覚えがあり、けっして忘れてはいけない相手の姿……
「公文屋!?」
晶紀は映像の中の炎、その奥で行を行う人物を食い入るように見た。
児玉先生が、晶紀が聞こえるか聞こえないかという声の大きさで、何かをしゃべり始める。
それに気づかないまま、じっとタブレットを見つめている内、晶紀は目を閉じてしまい、机に突っ伏すと、そのまま寝てしまった。
教室で時間をつぶしていた昭島カレンは、慌てて二年の教室へ向かっていた。
手持ちのタブレットで同人用のイラストに色を塗っていたら、補習が終わった時間を過ぎてしまったのだ。
カレンは今日、二年の教室で補習が行われる情報を掴んでいた。なぜなら補習に、晶紀が参加するからだった。晶紀が受ける補習なら、ひょっとすると知世も一緒に受けているかもしれない。そう思ったのだ。補習のように教室の人数が少ない場面で出会えば、今度こそ、知世に紹介してくれるかもしれない。そんなことを考えていた。
二年の教室につくと、すでに補習は終わっていて、晶紀と児玉先生しかいなかった。
声を掛けてもしょうがない。カレンはそのまま帰ろうかとも思ったが、何か二人の様子にある種の緊張を感じとった。
カレンは姿勢を低くし、扉の隙間から覗き見を始めた。
児玉先生が机の向きを変え、突き合わせると、晶紀が対面に座った。
そして、タブレットを見ている内に、晶紀が倒れるかのように寝てしまう。
「!」
カレンは声をあげようとした瞬間、大きな手で口をふさがれた。
「覗き見はだめですよ」
その声に聞き覚えがあった。カレンは思った。確か、化学の綾先生……
「さあ、あなたにも寝ていてもらいます」
大きな手を、頭を上からつかむように乗せてくると、頭皮から感じる温かさと同時に強い眠気が入ってきた。
「これでよしと……」
左肩に昭島カレンを載せ、教室に入った。
入れ替わりに児玉先生が出てきて、左右を見回す。児玉先生が合図すると、綾先生は右肩に天摩晶紀、左肩に昭島カレンを載せて出てくる。
「ほら、急ぐわよ」
「軽々と抱えているように見えるかもしれませんが、結構重いんですよ?」
「口ごたえしないの」
廊下の先に黒い霧が充満し始め、児玉先生がその闇に消えていく。
続いて、二人を担いだ綾先生もその霧の中に溶けるように消える。
最後に黒い霧が、時が巻き戻るように動き出すと、あっという間に廊下から消え去った。
磁器人形 終わり
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