神楽鈴の巫女

ゆずさくら

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磁器人形

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『やはり直接戦わないとならんようだな』
 外灯の下、明かりに照らされた場所に立つ、新月が言った。
 神楽鈴の剣は消えている。つまり公園の闇の中にいる。しかし、新月の視線は的確に晶紀の居場所を捉えていた。
 選ばれて口にされる言葉は、何者かに操られている人間の発言とは思えない。晶紀は警戒した。新月は、さっきの四人とは別の次元にいると考えた方がいい。
『来んのか。ならば』
 ピッチのズレたケロ声が、さらにもう一段裏返ったように聞こえる。
『新月。すなわち暗闇。我が名の意味を思い知るがいい』
 新月が、外灯の下を出る。
「えっ?」
 闇を利用して隠れているはずの晶紀の方が、声をあげてしまう。
 新月を見失ってしまったのだ。
 晶紀は、声を出してしまった為に、植込みの中を走って移動する。光がほとんど届かなければ、手がかりは音しかない。晶紀は動きながらも、周りの音に気を配る。音、微かな光、匂い、木々や草の動き、気配、殺気…… とにかく五感を研ぎ澄ませて、敵を察知しなければならない。
 息が乱れる前に止まり、ゆっくりと周りを観察する。
「!」
 背後からの強い『気』に気付き、頭を下に沈めながら、転回てんかいする。
 空気を切る音だけが聞こえるが、新月の姿を確認できない。振り返った時にはもういない、ということは、新月はどれだけのスピードで動いているのか。それとも、存在に気付いていないだけなのか。晶紀は混乱し始めた。
 再び背後に強い殺気を感じる。
 晶紀は避けるのではなく、肘を当ててガードする方法を選ぶ。
 空気を切る音が、急に変化して、顔の左側に打撃が入る。
 意識していなかった頭を打たれたことで、身体が余計に大きく触れると、また空気を切る音がした。
 右腕を立てて、顔の右側をガードするが、またしても音が変化する。
 目の前に、オープンフィンガーのグローブを嵌めた拳が見える。
 慌てて後ろにスウェーしてかわす。
 態勢を整えた時には、もう新月の姿は見えなくなっていた。
 ここまで、新月の姿を先に捉えたことはなく、その為、当たる直前まで、避けるべき方向やガードする場所がわからない。
 晶紀は神楽鈴を抜いて、光る剣を伸ばす。
 周囲が剣の光に照らされる。新月の手足が当たる距離に入れば、光で姿を確認出来るはずだ。
 剣を構えたままゆっくりと体を回す。
 この光から隠れるとすれば…… 木々の影ぐらいだろうか。晶紀は神楽鈴を、左右に倒すように振り、木々の影を照らしてみる。
 姿が見えないのに、晶紀は新月の強烈なプレッシャーを感じた。
 背後、おそらく背後に回っているに違いない。晶紀は山を張った。鈴がならないように手で抑えておいてから、急に神楽鈴を片手で高く突き上げた。
 バリッ、と大きな音がして、電荷が空気を裂いて地面に落ちた。
 すると強烈な圧が消えた。
 晶紀は神楽鈴から落ちたいかづちの方を振り返る。
 次は警戒されて雷は余計あたらないだろう。別の手段を探すしかない。晶紀は神楽鈴をホルスターにしまった。
 両手を握り込み、ファイティングポーズをとる。新月がやっていたように、小さく体を揺する。
 しばらくすると再び、新月の圧が感じ取られる。いる。絶対に近くにいる。体を回して、常に動きまわった。
 次第に詰まってくる間合い。蹴りなのか、拳なのか。背後だ、新月は必ず背後を取って来る。
 晶紀が目を右に向けた瞬間、空気を切る音が、正面から聞こえた。
 避け…… られ…… いや、間に合う。晶紀は拳を両手で掴んだ。
 掴んだと思った拳は、すぐに引き戻されてしまう。再び圧が消え、新月を見失っていた。
「ふう……」
 暗闇で見えなかったが、晶紀は笑った。
 再び神楽鈴を抜くと、真っすぐ前を向ける。神楽鈴に鈴が一つ足りないことが分かる。鈴はどこにいったのだろうか。残っている鈴が、磁石に引かれるかのように、一斉に同じ方向を向く。
 晶紀がその鈴の方向に体を向けると、鈴がまた揺れながら、何かに引っ張られるように動く。足りない鈴に引きつけられるように。
 晶紀が神楽鈴の指し示す方向に動き続けていると、次第に鈴の揺れ方が強くなってくる。
 鈴の様子から考えて、新月の居場所が近い、と晶紀は思った。神楽鈴の鈴が鳴らないように抑えた時、一つ鈴を外して手に握った。そして新月の拳を掴んだ時にグローブに鈴を仕込んだのだ。鈴が居場所を示すように神楽鈴に祈れば、姿は見えなくとも新月の位置を把握することが出来る。
 鈴の揺れが十分近いと判断した瞬間、晶紀は神楽鈴を上に突き上げた。
 鈴から飛び出た電荷が、空気を裂いて進むと、新月の体に落ちた。
『なにっ……』
 さっきとは違うモーションから発せられた雷を、新月は避けることが出来ずに喰らってしまう。
 電圧は高いものの電流量が少ない為、焼けこげることはない。しかし体がしびれて動けなくなるだろう。
 晶紀はゆっくりと、雷の落ちた方向を振り返ると、新月が倒れていた。
 そうか。晶紀は納得した。新月は、肌の出ている場所をすべて黒く塗っていたのだ。そして靴ではなく、足袋をはいていて、動く際の音が出ないように工夫していた。新月が会得しているのは、所謂いわゆる『忍び』の術、それを現代に応用したものなのだろう。
 これで五人すべてを倒した。
 後は仲井を探して、仲井の呪いを解くだけだ……


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