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磁器人形
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しおりを挟む「ここで間違いないのか?」
晶紀は小泉聞いた。
「ここで間違いない。連中も集めているから、そろそろくるだろう」
「『連中』って、鏡水とかいう?」
「ああ。そうだ」
晶紀の背中に悪寒が走った。晶紀は思った。あの『鏡水』とかいうのは、どうも苦手だ。
「仲井さん、いまはどちらにいらっしゃるのでしょう?」
小泉が知世に見えるようにスマフォを動かすと、地図を説明する。
「ここが今いる場所で、公園の入り口。この点が『すず』の居場所だ。ほぼ公園の真ん中だな」
以前、尾行してきた公園だった。小泉達が突然『隠れ鬼』を始めた公園。
「体育館で目が覚めた時は何があったのか、理解できなかったが、あの時に人形に入れ替わったんだな」
「仲井さんに『どっこいパンダ』のペンが握られた時に、衝撃波のようなものが発生したんだ。それをきっかけに人形とすり替わったんだろう」
晶紀は公園の奥を見つめて言った。
霊力レーダーが付いているスマフォを取り出して、画面を開く。
さっき小泉が見せてくれた方向と同じ位置に、強力な霊の流れが表示された。
「待っていても仕方ない。行こう」
早く対応しないとまた逃げられてしまうというのが理由だったが、正直、鏡水が苦手だから『来る前に移動したい』というのも理由の一つだった。
晶紀と知世、小泉の三人は公園の中心、仲井すずの位置に向かって歩き出した。
陽は沈んではいなかったが、公園の木々であちこち影になっていて、外灯が照らしている場所以外は暗く沈んでいた。
公園の中心が近づいてくると、前方から向かってくる者がいた。
外灯の下に一人現れたと思うと消える。近づくと同じ場所に今度は二人。また消える。
近づくと今度は三人。暗かったが、だいぶ姿が分かってきた。
「連中だ。先回りして公園の中に入っていたんだ」
その連中とは小泉の仲間である『新月鏡水』がまとめている茶髪の四人のことだった。
だが、まだ新月鏡水はいない。
小泉の歩き方が速くなる。
晶紀も追うように速く歩く。
また消えて、今度は四人。確かに知っている顔だった。しかし、表情の変化がない。陶器の人形のように表情が変わらない。晶紀は霊力レーダーのついたスマフォを確認する。
「小泉、待て、奴らは」
外灯の下からいなくなり、四人のすがたが見えなくなる。
晶紀が小泉の肩を掴んで引き留める。
と同時に新月鏡水が現れる。オープンフィンガーのグローブをはめ、ファイティングポーズをとる。表情はさっきの四人と同じような仮面をつけたように変わらない。
小泉が晶紀の手を払いのけようと肩を揺すりながら叫ぶ。
「新月!」
外灯の下に一人、また一人と現れる。
それぞれの手には、チェーン、メリケンサック、木刀、鉄パイプが握られていた。
「しん…… げつ…… おい、なんのつもりだ」
小泉が呼びかけるが、反応がない。互いの視線が合わない。何を見ているのか、何を考えているのかが見えない。どこか磁器の人形のようだ。
晶紀は小泉を強引に引き戻す。
「様子がおかしい。知世と一緒に下がっててくれ」
「わ、わかった」
ようやく連中に違和感を持ったのか、小泉が後ろに下がった。
晶紀は腰の神楽鈴を抜いて、前に突き出すと、左右に開いた。すると神楽鈴の先に光る剣が現れる。
この時には完全に陽は沈み、空も漆黒の闇だった。
茶髪の連中と新月は、姿は同じだった。神楽鈴を振って、術を解けば正気に返るかもしれない。
考えているうち、チェーンを持っていた一人が消えた。
「後ろにいますわ!」
知世の声と同時に、空気を切るチェーンの音が聞こえた。
素早く頭を下げると同時に、足を交差して振り返る。
二度、三度、チェーンが空を切ってから止まる。
晶紀は、チェーンをねらって、下から剣を振り上げる。
チェーンが手から離れ、通路に落ちる音が聞こえる…… はずだった。
「えっ?」
両手の間に張ったチェーンが、神楽鈴の剣と交差したままだった。それどころか、上げようとする晶紀の力を上回って、抑え込まれていく。
晶紀は神楽鈴を引いた。
強い。
学校で呼び出されて戦った時とは比べ物にならない。四人全員を同時に処理できたのに、と晶紀は思った。これだけ強い敵と、正面から戦っていたら、残りの連中、新月も含め、時間も霊力ももたない。目的は仲井すずを捉えることなのだ。
光る剣を収めて、祈りながら神楽鈴を振る。憑き物が落ちれば、きっと正気に戻る。
茶髪の女生徒は、チェーンを拳に巻き付けると、そのまま振り込んできた。
晶紀は何度も神楽鈴に祈りを込めて振る。
『無駄だぞ』
先の外灯の下から声が聞こえた。音声合成されたようにピッチがズレて聞こえる。
チェーンの攻撃を避けながら、ちらりと声の方を見た。
『一人一人倒して、ここまで上がってこい。新月様が闘ってやる』
新月の口が開いて、そこから声が聞こえるのだが、その姿はとても声を出しているように思えなかった。ただ機械のように口を開いているだけに見える。
「しかたない」
晶紀はもう一度神楽鈴の光る剣を伸ばした。
しかし、これで直接斬るわけにはいかない。別の方法で体の痛みを与え、本人を正気に戻すしかないのだろう。いったいどこまで痛みを与えていいのか、それはやってみるしかないのだが……
剣を伸ばすと、相手はチェーンを伸ばして振り回してきた。
神楽鈴で斬りつけるならともかく、正気に戻すために『体』に痛みを与えるには、間合いに入らなければならない。チェーンを拳に巻いてくれていた方が晶紀には都合がよかったのだ。
「こっちのやろうとしていることがバレてる」
ならば……
晶紀は神楽鈴の剣を振り下ろす。避けきれないと判断して、チェーンで受け止める。剣を戻して、別の角度から振り下ろす。やはりチェーンで受け止める。すこし剣を戻すのが遅れた。
「!」
チェーンをぐるりと光る剣に巻き付けられてしまった。
がっちりチェーンが剣を捉えている。
神楽鈴の光る剣が、光を増した。公園の通路に二人の影がくっきり映るほど、光を増すと、チェーンが手から離れて落ちた。
晶紀は神楽鈴の剣を収め、間合いを詰めると、体重を乗せたボディーブローを打ち込んだ。
お腹を押さえながら前かがみに倒れていきながら、短く言葉を吐いた。
「熱っ」
神楽鈴は光を放つとともに、温度を上げたのだ。温度はチェーンを伝わり、握っている手に伝わる。相手は熱さでチェーンを握っていれなくなったというわけだ。
「一人一人では物足りないぞ。同時に来い」
『行け!』
新月が顎で指図すると、残りの茶髪三人が、同時に外灯の下から消える。
しかし、晶紀は三人の動きを捉えていた。
何故か……
かなえとの戦いの後、晶紀は蠅をなぜ簡単に捕まえることが出来ないかを学んだ。様々なことを調べる中『箸で蠅をつかむ』という部分がきになった。これが出来れば、その剣豪に近づけるかもしれない。晶紀が食事中に妙な箸の動きを見られて、訳を話したらこう言われた。
『晶紀さん。蠅を箸でつかまえるところだけど、史実ではなく、創作なのよ』
居候している昭島家のおばさんから、そう言われた。剣豪小説で『箸で蠅をつかむ』くだりがあるが、あれは創作の中の出来事で実際に出来るわけがないことを知った。人が何故、蠅を捕まえられないか、理由を調べた。蠅は実に人間の四倍ものサイクルで映像を捉え、処理しているらしいのだ。どれだけ早く動いたつもりでも、蠅から見れば四分の一の、ゆっくりとしたスピードでしかない。だから、人間も速く映像を処理できれば、先に対処できるはずだ。そう考えて、霊力の使い方を考え、訓練することで『フリッカー融合頻度の増加』を可能にした。つまり、晶紀は霊力のアシストを使って、人の動きをスローに捉えるほど、速い反射速度を得ることが出来るのだ。
晶紀の立っている外灯の下、左手側に木刀を持った女生徒が現れる。
振り下ろす木刀を、後ろに下がって難なくかわす。
すると今度は、右手側に鉄パイプを振りかぶった茶髪の女生徒。
晶紀の背後から水平に振ってくる。晶紀は正面の闇を見る。そこにはメリケンサックを嵌めた女生徒が見えた。
おそらく、最初からそこに誘導しようという作戦だ。前に避ける時、木刀で足を引っかけることも出来るだろう。
晶紀は、相手の鉄パイプより速く動き始め、木刀を握っている生徒の背後に回る。
足の裏で押し出すように蹴ると、木刀の生徒が鉄パイプの軌道上に入ってしまう。
鉄パイプの動きは鈍くはなるが、止まらない。そのまま仲間を叩いてしまう。
鉄パイプで叩かれた生徒が転ぶと、飛び出そうとしていたメリケンサックの生徒の足に蹴られてしまう。
これで木刀の生徒は戦闘不能だ。
「!」
二人が、晶紀を見ると、スッと下がって外灯の灯りの外、闇に紛れてしまう。
攻勢だった二人が背中を合わせて闇にいる晶紀の出方を待っている。
晶紀は時折、闇の中で居場所を知らせるかのように、神楽鈴の剣を光らせた。
闇の中でパッと光る剣と共に、晶紀の姿が見える。闇の中を移動し、近づいたり遠ざかったり、一定の間隔で光ったと思えば、しばらく闇のまま。闇のままかと思えば光らせたまま、駆けてくる。いったいいつ仕掛けてくるのか、茶髪の女生徒の緊張が高まっていく。
耐えきれなくなったメリケン・サックの生徒が外灯の下を出て、闇に隠れる。
バチッと静電気が飛ぶような音がして、鉄パイプの生徒がその方向を見る。
晶紀の神楽鈴から、ジグザグを描いて放電された電荷が闇に飛ぶ。
メリケン・サックの生徒の姿が見えた瞬間に、消え、残像だけが残った。
鉄パイプを持った生徒は、外灯下に立って構えていたが、再び緊張に耐えきれなくなって、何もない空間に鉄パイプをやたら振り回し始める。
突然その空振りが止まったかと思うと、晶紀の光る剣と交わった。
神楽鈴の光が増すと、再び空気中に電荷が爆ぜる音がする。
鉄パイプが手から離れ、通路に落ちてカンカラと音がした。持っていた女生徒も、目を閉じて、膝をつき、倒れた。
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