神楽鈴の巫女

ゆずさくら

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磁器人形

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 保健室に晶紀を搬入すると、佐倉から、かなえと知世は外に出ているようにと告げられた。
 校舎の影で晶紀とかなえの磁器人形軍団との戦いを見ていた知世は、思いだしたように言った。
「あっ、仲井さん」
「……と、児玉先生も。とにかく校庭に行ってみよう」
 知世とかなえが校庭に出ると、仲井の姿はなく、児玉先生が仰向けに寝転がっていた。
 知世は先生に近づき、肩を揺すった。
「先生!」
 かなえが児玉先生の背中に手を回し、上体を起こした。
 すると、手で目を擦りながら児玉先生が起きる。
「……」
「先生、これ、メガネ」
 知世が近くに落ちていたメガネを手渡すと、目を細めてそれを確認して受け取った。メガネをかけると、目を見開き、周りを確認して、言った。
「えっ? 私、どうしてここにいるの?」
「記録の為のペンを持ってきていただいた際に、倒れられたのですわ」
「先生、大丈夫?」
 かなえが言うと、児玉先生は知世とかなえの顔を交互に見てから、周りを見回す。
「えっと、他の皆さんは? 体力測定をしていましたよね」
 知世は少し考えて言った。
「光化学スモッグが出たとかで、体力測定は中断になりました。先生もその光化学スモッグの影響で倒れられたのではないですか?」
「そ、そうでしたかしら」
「きっとそうだよ。ほら、私たちも校舎に戻らないと」
 かなえが同調し、児玉先生に肩を貸して起き上がらせた。
「確かに快晴ですから、光化学スモッグが出てもおかしくありませんね。早く教室にもどりましょう」
 児玉先生はたちあがると、かなえから離れ、一人で立った。
「歩けますか?」
「大丈夫ですよ」

 校舎に入ると、児玉先生は職員室に戻っていった。
 知世とかなえは更衣室にいくフリをしてから、保健室の前に戻った。
「佐倉先生?」
 保健室からは何も反応がない。
 それどころか、知世には人の気配すら感じなかった。
 慌てて扉を開ける。
 居ない。佐倉先生の白衣や衣類が床に乱雑に落ちている。
「どういうこと?」
 かなえの言葉に答えないまま、知世は保健室の奥へと進んでいく。
「知世、大丈夫なの?」
 床に血がついていて、足がとられそうになる。
 知世はゆっくりと『仕切り』を動かして、ベッドの方を確認する。
 シーツは真っ赤に染まっていた。その上に重なりあう二人。それも一糸もまとわぬ姿で。
「……」
 かなえが背後で息を飲むのが分かった。
 裸の晶紀と知世はお互いの体が重なることで、大事な部分を隠していた。呼吸に伴って、上下に動く以外、生きている気配を感じない。呼吸音もしない静寂な世界。
「……綺麗」
 かなえはそう言った。真っ赤に血で染まったシーツの上に、血だらけの裸の女性が二人、重なり合っている。その通り、美しいとも言える。
 しかしこのまま目が覚めなかったら…… 知世は、勇気を振り絞って声を上げた。
「晶紀! 晶紀! 目を覚まして!」
 微かに下になっている晶紀の体が反応したように見えた。
「晶紀さん……」
 再び反応したが、動き出したのは上に乗っていた佐倉先生だった。
 上体を反り返るようにして、晶紀の体の上で起き上がる。大きな胸を隠すこともせず。
 眠そうに手で目を擦ってから、瞼を開けると、佐倉先生は二人に気付いたようだった。
「大丈夫。死ぬようなことはないから、もう少し寝かしてやれ」
 ベッドを下りて、立ち上がると、血で足を少し滑らす。
「儂はシャワーを浴びてくる。二人は床についた血を拭って、晶紀の体についた血を拭いてやってくれないか。放っておくと固まってしまう」
「はい」
 知世が返事をすると、佐倉先生は血だらけになった下着や服を手にして、白衣を羽織り、保健室を出て行った。



 保健室の床の血がきれいになったころ、佐倉先生が戻って来た。
 晶紀も目を覚まし、佐倉先生が集めた情報などから現状が分かってきた。
 いつかと同じように磁器の人形にすり替わった生徒や先生は、体育館に集まり床で寝ていた。
 仲井すずはその体育館にはおらず、校庭からも姿を消していて、行方知れずの状態だった。
「ここから警備室にアクセスして、監視カメラの映像を確認するか」
 佐倉があっさりとそう言った。
「いつのまにそんなことが出来るようになったんだ?」
「ついこの前、知世の家の者がやれるようにしてくれた」
 晶紀は知世を振り向くと、知世は苦笑いした。
 校門を移したカメラ映像を時間指定して見ていくと、佐倉が言った。
「……これかな?」
「なんだ? ずいぶんノイズが」
「ノイズではなく、ブレているというべきでしょうか?」
 晶紀が言ったことを知世が言い換えた。
 顔のあたりが、写真を撮るときに素早く動いてしまったモノのように、ブレたように見えていた。
「けど、鞄には『どっこいパンダ』がついてる」
 とかなえが言った。
 佐倉が画像を拡大すると、確かに鞄は『仲井すず』のもののようだった。
「佐倉、けど、なんでこんなに顔が『ブレて』いるんだろう。これじゃ仲井さんか分からない」
「過去、強い呪いがかかった人物が監視カメラ映像でこんな風に映っているのを知っているが、それではないか」
「それだけ強い呪いなのかな」
 仲井の映像がすべて同じなのかを確かめる為、仲井が登校してくる状況を、別のカメラの履歴を追って確認する。
 特に歪んだ様子はない。
 同じカメラの他の生徒の映像に同じ乱れがないことから、晶紀と佐倉は呪いの副産物として映像が歪んだと考えた。
「だとすると、さっきの『どっこいパンダ』のペンに呪いがかけられているんだ。間違いない」
 知世が、何かをひらめいたように言う。
「じゃ、児玉先生が……」
 晶紀も体力測定の事を思い出していた。仲井たちが記録をする係になった時に、一斉にペンが書けなくなり、体育の先生が職員室側に頼んだ結果、児玉先生が『どっこいパンダ』のペンを持ってきた。
 大体、校庭に持っていくペンとして『どっこいパンダ』のペンを選ばなければ、そして仲井に『どっこいパンダ』のペンを渡さなければ、あの磁器人形の騒ぎにならなかった。
「児玉先生がわざと仲井さんに渡したってこと?」
 知世はうなずく。
「もう少し調べないと確実なことは言えないですが、可能性は高いと思いますわ」
 かなえが二人に言う。
「けど児玉先生は仲井から発せられた『気』のようなもので気絶してた。そんで、ついさっきまでぶっ倒れてた。そんな先生が悪者だとは」
「だから調べないと確実なことは……」
 困ったように身をよじる知世を、助けるように晶紀が言う。
「調べよう。佐倉、お願い」
 佐倉はカメラの映像を確認していたノートPCを閉じると、振り返って言った。
「職員室に行って、調べてはみる。調べてみるが、ペンをとって校庭に行くような些細なことを覚えている人がいるとは思えないが……」
「いいから調べて。こっちも出来るだけ……」
「!」
 保健室の扉に人影が映っていた。
 晶紀は全員に向かってから、口の前に人差し指を立てた。
 静かに扉に近づくと、保健室の扉開く。
「……」
 扉の向こうには児玉先生が立っていた。うつむいて手を下に伸ばし、体の前で重ねるようにして、じっとしている。
 まさか今の話を聞いていた? 晶紀は掛ける言葉が見つからなかった。
 佐倉が立ち上がり、児玉先生に近づいていく。
「児玉先生。確かめたいことが」
 晶紀が小さい声で呼び止める。
「佐倉!」
 佐倉は無視して話を続ける。
「児玉先生が記録係にペンを持っていくときのことを教えて欲しいんです」
「……」
「誰かに頼まれませんでしたか? これを持って行けとか、これを渡せとか」
「……」
「児玉先生?」
 児玉先生の手が震えているように見える。晶紀は警戒しながら、佐倉の袖を引き、言った。
「(佐倉、もうやめろ)」
 児玉先生の、重ねている手が、ギュッと握り込まれた。
「よ、よくおぼえていないんです」
「よく覚えていない、というのは、どういう意味ですか?」
「あの時間帯、何かボーッとしていて」
「(佐倉っ)」
「誰かの声が聞こえませんでしたか?」
「確かに、何か、繰り返し、同じことを言っている声が聞こえていたような気がします」
 急に、児玉先生は手を上げて耳を押さえた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「児玉先生?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 耳を押さえたまま、同じことを言い続け、だんだん頭を下げていった。
 児玉先生の瞳から、涙がこぼれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 繰り返し言っていたかと思うと、耳を押さえたまま走り出した。
「待て!」
 佐倉が追おうとするが、滑ったように転んでしまう。
 晶紀が佐倉の代わりに追おうとしたときには、児玉先生を見失っていた。
「大丈夫か、佐倉」
 佐倉の足が痙攣したようにブルブル動いている。
 晶紀が引っ張って立ち上がらせる。
「お前の治療に力を使いすぎたようだ」
「児玉先生……」
 晶紀が児玉先生の去っていった方を見て言うと、知世も廊下にやってきて、言った。
「結局、何も分からなかったね」
「あくまで予想だが、児玉先生は何者かに操られているんだろう。取り乱し方が異常だ。術を解かれたら全くいつもの児玉先生だろうから、答えは分からない」
 晶紀も佐倉が言ったことと同じことを考えていた。そして児玉先生を操っているものがいるとしたら…… 『綾先生』に違いない。鞄の交換にしろ、ペンを児玉先生に持たせるのも、どちらも綾先生なら出来たことだ。
「佐倉、職員室には監視カメラないの?」
 三人は保健室に戻った。 


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